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メアリー・スー

メアリー・スー。

物語や物語の二次創作において、全てが成功する絶対的な強者で、なおかつ物語の主人公かそれに近しい存在である人物を指す名詞である。

ケーリレンデ帝国第三皇子ギズル・ケーリレンデは、自身がそうだと思っていた。

自身こそが絶対的な強者。約束されし無双の成功者であると。

違った。

ギズルも結局は、この世界に生きるただの一人の人間でしか無かった。

今まで、部下には一分の失敗すらも許さなかったギズル。

それは単に、ギズル自身が自分は完璧だと錯覚した故の行動であった。


「…全滅か…」


ギズルは玉座に腰掛けたまま肩を落とし、端的な報告が綴られた紙切れをくずかごに放り捨てる。

人前では、ギズルは相変わらずの完璧主義者として振舞っている。

しかし、その内心はティーミスの脱走事件を境に、少しづつ弱っていっていた。

自信の喪失から来る判断力の鈍りは国政にも影響し、セガネの帝国同盟脱退を期に、ギズルは失脚の一途を辿っている。

次期皇帝の座も、絶望的であろう。


「…【フリーズ】。」


ギズルは、自身の背後に向けて手を翳す。

ギズルの手からは一瞬、雪を伴った突風が放たれる。


「な…!?」


「…惜しかったな。そこのカーペットを踏まなければ、我の首を取れていたかもな。」


ギズルは、七割型氷漬けになった暗殺者に向けて顔も合わせずに嫌味を吐く。

部屋の中はギズルとその暗殺者のみだった為、ギズルは玉座の間に据え付けられた遠隔通話魔法陣を起動させる。


「聞こえるか。衛兵を二人、拘束具を携帯させこちらに寄越してくれ。」


『かしこまりました。』


珍妙な要求であったにも関わらず、ギズルの部下は当たり前の様に応対する。

ギズルが付近に護衛を付けない理由は、単純に魔法の行使の邪魔でしか無かったからである。

並大抵の襲撃者ではギズルと目を合わせる事も叶わぬし、仮にギズル自身が対応出来無い程の相手であっても、打つ手は十分にある。

ギズルの護衛が務まる様な強者を見つければ、ギズルはその者を護衛では無く、騎士団の幹部に任命するであろう。

今思えばただ、それだけだ。

力と権力を持っているだけで、ギズルは心の内で、自身が世界最強の完璧な存在であると錯覚してしまっていたのだ。


「クソ…魔法が使えるだなんて聞いてねえぞ!」


「知らなかったのか?ふはは、馬鹿者が。だったら貴様が今生きているのは貴様では無く、そのたまたま対魔法術式が刻まれていたナイフの手柄だな。お前の命の価値はそのナイフ以下と言う訳か。全く滑稽な話だな。」


「…ッチ。この野郎…」


「それ以上騒げば、完全に冷凍してこの城のエントランスに飾ってやろうか?」


ギズルはまるで何事も無かったの様に、部屋の窓を空け星明かりと夜風を部屋の中に入れる。

夜風は冷たかったが、ギズルの放った数瞬の吹雪に比べれば実に緩い。

そんなギズルの吹雪すら、土地一つを丸々極圏に変える程の威力は出せない。


ティーミスも、ギズルと同じ人間である。

ギズルはその事実を、未だ消化出来ずに居る。

ティーミスが脱走し、その力を振るってからでは無い。

アトゥの住人として認識したその日から、ティーミスがまだ本当の人間だった頃からである。

ただの、貴重な資産の上に立つしょうもない国を構成する一部。住人と言う、建物や立地と同じ一因子としてしか認識出来て居なかった。

そして今は、世界を少しづつ蝕むギフテッド。

ギズルにとって、ティーミスが只の人間であった事は一度も無い。

否、ギズルは本当に、生まれてこのかた、人間を人間として認識した事はあっただろうか。


父も母は、ギズルにとっては父と母である。父と母を人間と呼んだ事は一度も無い。

帝国に住む住人達は、ギズルにとっては、民衆と言う一つの塊である。やはりそれを、人間と呼んだ事は無い。

ギズルは、自身を認識しているが、自身が人間であると確認した事は、今の今まで一度も無かった。

敵兵はただの敵兵。人間とは呼ばない。自軍は自軍。人間とは呼ばない。

しかし、子だろうが親だろうが、ギズルは鹿を鹿と呼ぶ。エルフをエルフと呼ぶ。

妙である。


こんこんと、廊下と部屋を隔てるドアがノックされる。


「入れ。」


ギズルは一言そう告げる。

四角いオーク材のドアが開かれる。

ギズルの命令通りの装備を携えた騎士が二人、部屋の中へと入って来る。


「これはまた随分と陳腐な装備で…民間の反乱軍の者だろうか…」


「ここまで入ってこれたって事は、腕は確かだな。」


低体温によって気を失っている氷漬けの暗殺者に向けて、騎士達は勝手な見解を述べ合う。

彼らも、この暗殺者の事を人間とは認識して居ないのだろうか。


「…者共。」


ギズルはふと、頭脳を介さずに心から直接言葉を放つ。


「お呼びでしょうか。陛下。」


「…お前達は我を、人間と呼ぶか?」


「…?」


騎士達はしばし困惑した様子で顔を向き合い、やがて簡単に結論を出す。


「ええ、陛下は人間ですよ。」


「……」


当たり前である。

人間に、自身は人間かと問われれば、答えは基本的には一つである。


「…そうか…」


ギズルはそれだけ確認すると、再び夜空に浮かぶ月を眺め始める。

ギズルの抱えるこの靄は、一体どう言う言語にならば乗せる事が出来るのだろうか。

騎士達はただ、暗殺者を勾留しながら、そんなギズルの様子を不思議そうに眺めるだけである。


「…ギズル陛下。事も事ですし、今晩は護衛を付けさせましょうか?」


「いや、我なら大丈夫だ。」


ギズルは一言そう告げる。


「そうですか…何かありましたら、いつでも。」


「そうか。」


騎士が立ち去るのを見送ると、ギズルはゆっくりと、窓辺からベッドまで移動する。

ベッドに座り、両足をベッドの上に乗せ、息を吐きながら身を倒す。

普段なら条件反射の様に行なっているはずの一挙一動が、何故だか自然に行えない。

部屋に散らばる氷片から微かに漂う冷気が、少し心地良い。


(…最早、俺の手には負えないか…)


自分は完璧では無い。欠点にまみれた人間だ。

欠点を認めた故に、ギズルには新たな選択肢が生まれた。



〜〜〜



「は…ふぅ……けほ…」


ーーーーーーーーーー


2-423


ーーーーーーーーーー


ティーミスはピスティナを2回殺し、ピスティナに423回殺された。

能力値も武器も何もかもが同じ。小柄なティーミスの方が有利な筈であった。

しかし、いくら有利でも結果に繋がらなければ意味が無い。


「…強いです…流石です…」


「がう?」


果たして、ピスティナを使役する資格があるのだろうか。

ティーミスはそんな自己疑心に陥る。

ティーミスは、ピスティナに何もかもで劣っている。

勝利出来た二回だって、偶然か、でなければ反則の様な不意打ちによる物である。


ティーミスはピスティナの様な真の強さも、ギズルの様な思慮深さも無い。

ティーミスの方が、よほど欠点にまみれている。


「…やめましょう。もう十分判りました。」


ティーミスは言い知れぬ劣等感に苛まれ、プラクティスモードを終了する。


「付き合わせてしまって申し訳ございません。私は…その…どうすれば立ち直れるか、考える時間が欲しいです…」


ティーミスは落ち込んでいる。

挑んだのはティーミスだし、負けたのもティーミスだ。

それなのにティーミスは、ほんの一瞬でもピスティナを難いと思ってしまった。

その事実がティーミスにとって、どれほどの苦しみを与えるか。

数多の屍を重ねてまでも、自分は果たして生きる価値があるのだろうかとさえ思ってしまう。


ティーミスの精神構造は、多少痛んでは居るものの至って平常な、12歳の少女相応の物である。

それが普通であると、誰もティーミスに教えてはくれない。


ティーミスは今まで、自身は完璧な人間であるとは思っては居なかった。

しかしまさか、此れほどまでに醜い人間だとも思っても居なかった。

否、ティーミスは自身が自身の思う何十倍も醜い人物だと、そう思い込む。

しかし、今更そんな事を気にしたとて何も起こりはしない。

ティーミスの人間性を評価するのは、ティーミスのみである。

詰まる所、ティーミスが自身に最低評価を付けた場合、それがティーミスの人間としての評価の全てである。

性分の良い悪いで何かが左右される訳では無いし、今この瞬間から聖人になった所で、ティーミスの重ねた屍が起き上がる事も無い。

自己評価など、ティーミスにとっては本当に何の影響も及ぼさない些細な因子である。


「…くすん…」


ティーミスが人生を楽しもうと悲観しようと、現実は何も変わらない。

ティーミスは、レイドモンスターの【咎人】である。


ナンディンの充電は完了していたが、ティーミスはその場から動こうとはしない。

ティーミスは、もしも沼が沼のままであれば、このまま沈んでしまいたいとさえ思った。

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