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貪婪

「奴の位置は。」


「遠く離れては居ない様ですが、正確な位置まで」


唐突に会話が中断される。

不自然に思った上級騎士は。そちらの方を振り返ろうとして、


“ガリリ!”


その首に、吸血鬼の牙を受ける。

時刻は正午。天候は、雲一つ無い快晴だ。


“ゴクリゴクリゴクリゴクリ…チュウウウ…“


途轍も無い勢いで、牙と槍でそれぞれ騎士一人づつから血を飲み干して行く。

本来の吸血鬼ならば、獲物の苦痛も味わう為に吸血行為は実にゆっくりと行われる上に、快晴の太陽の下など、日傘があっても出ては来れない。


槍で殺めた兵士のミイラ死体から槍を抜き取り、牙で殺めた兵士のミイラ死体を放り捨てる。


「い…一体いつから!?」


「おお落ち着け!一先ず陣形を…」


ーーーーーーーーーー


【渇望Lv1】

吸血行動を行い、飢えは更に深まります。

移動速度+50%


警告!

本体が非常に危険な状態です。

強化値が一部解除されます、


ーーーーーーーーーー


シュレアの現在の状態は死亡。

死亡状態のシュレアから従属者としての能力を取り払った場合、シュレアは本来あるべき状態になる。

そこに存在しないと言う、あるべき状態に。


「血…血…最…最最もっともっと!」


シュレアは渇望する。

己が為、愛すべき主人の為。


「そこだ!…ぐっは!?」


「あの槍にも警戒しろ!奴には、吸血中を叩く手が通じない!」


二人、また二人と、シュレアの供物に変わる。

二人、また二人と、乾き果てた骸へと変わる。


ーーーーーーーーーー


【渇望Lv10(MAX)】

移動速度+450%

攻撃力+7000


ーーーーーーーーーー


ちょうど80人分の騎士の血を平らげた時だった。


「ぅギ!?」


シュレアの右足が唐突に崩壊し、半液に戻る。

シュレアとティーミスに残された時間が、そう長く無いのだ。

ティーミスの最大体力は、他の能力に比べればそう多くは無い。

多くは無いが、目の前の騎士達よりかは遥かに多い。

ティーミスの体力の3倍を工面するには。あと、もう少しだけ必要なのだ。


「…?奴が怯んだ!今だ!」


無数の騎士の剣が、地面に屈むように倒れるシュレアに振り下ろされる。

シュレアの身には赤い傷口が刻まれて行き、特に深い物からは黒いタール状の液体が流れ出して行く。


「ギ…キキ…」


断続的に金切り声を上げながら、シュレアは遠隔で赤槍を操作し騎士を一人屠る。

が、その程度では当然攻撃の手は止まない。


(パパの訓練、もう少し真面目に受けておけば良かったなぁ…)


生前よりも遥かに鈍い痛覚を味わいながら、次第に動かなくなっていく体の感触を確かめながら、シュレアは、現在はどうでもいい後悔を覚える。

もう少し力があれば。もう少し時間があれば。


もっと力が欲しい。

もっと時間が欲しい。

もっと血が欲しい。

もっと、時間が欲しい。










「魔族たる者、貪婪であれ。これが我が屋の家訓なんだ。」


「どんらん?どういう意味ですの?」


「欲望に忠実に。欲しいものは全部手に入れてしまうくらいの心意気って事さ。

シュレア、今欲しい物は何だい?」


「わたくしは、パパといっしょに居られるだけでしあわせですの。」


「はっはっは。全くお前という奴は…」












溶けかけの右腕で騎士の剣の一本を掴み、そのまま騎士の剣を騎士の手首ごと千切り取る。


「ぎゃああああああ!?」


「キィ…」


前かがみに姿勢を崩した騎士の腕にかぶり付き、例の如く血を全て飲み干す。


「クソ…こいつ!」


剣の一本がシュレアの首に振り降ろされるが、その刃がシュレアの首を断つ事は無い。

半分が溶けたシュレアに睨まれた騎士の動きが止まり、その騎士の目は虚ろな物になる。

もはや半分ほどしか判別出来ない状態になったシュレアの顔でも、騎士一人を魅了に堕とすには充分だ。


「わたくしを…運んで下さいまし!早く!」


「かしこまりました…シュレア様…」


他の騎士達は直ぐに異変を察知したが、既に手遅れである。


“ドチャリ…


手の無い騎士が、シュレアを蹴り上げ自身の背中に背負う。


「速く…わたくしが…溶けてしまう前に!」


「かしこまりました…」


シュレアは、足を手に入れた。

シュレアから溶け落ちた赤黒の半液が、騎士の手のあった部分に集結し、即席の手を形作る。

剣は持てないが細いチューブによってシュレアの首と繋がっている為、この手で殺めた騎士からも吸血が可能である。

シュレアの口は崩壊し完全に塞がってしまったが、騎士の手は2本、武器を合わせれば吸血可能な部位は3本。


「何だこいつ…融合?いや、寄生した!?」


「何でも良い!速く殺るぞ!」


騎士が四方八方から迫ってくる。

シュレアの眷属となった騎士が、その手を騎士の鎧に突き刺し一滴残らず搾り取る。

シュレアの武器は変形を繰り返しながら、先程から独立した生物の様に次々と騎士を屠り続けている。

シュレアのこなす事の出来る方法では、夥しい量の血が必要である。

ティーミスの持つ超自己回復能力には遠く劣る、魔族のこなせる精一杯の手当の為に、夥しい量の血が必要なのだ。


「…プクプク…」


シュレアのかつて口のあった場所に、いくつかの赤い気泡が膨らみ萎む。

その姿は実にグロテスクだ。


「…かしこまりました。シュレア様。」


騎士を数人屠った後、眷属は唐突に右足を軸に一回転を行う。


「…何だ?」


次の瞬間、騎士達の一部は魅了状態に堕ちる。

最早、崩壊した腐乱死体の様な状態のシュレアだが、原型を留めている部位もある為、その魅力はなおも耐性の無い者に対しては通用してしまうのだ。


「…プクプク…パチン」


「仰せのままに…」


魅了状態に出来た者は20と居ない。

20と居ないが、既に大人数を失った上にはなから士気の薄い騎士隊の撹乱には充分だ。

その隙に、シュレアの最初の眷属はシュレアを抱えたまま、その戦場から走り去る。


「…お…俺は一体…」


今のシュレアの魅了では、少しでも距離が離れると直ぐに解除されてしまう。

もう、時間が無い。



〜〜〜



見渡す限りの、自身の姿すら見失う程の暗闇の世界。

ティーミスは一人、そんな世界にポツリと立っている。


「やあ。よく来たね。」


ティーミスの目の前に、一人の男が現れる。

少なくともその容姿は、10代から20代程の、白短髪の若者である。

身には黒いスーツを纏い、服や帽子のあちこちに懐中時計を身に付けている。

男は別に光っている訳では無いが、暗闇の世界でも、ティーミスははっきりとその男の姿を視認する事が出来ている。

視認とは、少し違うかも知れないが。


「…貴方は?」


男の、狐の様な糸目がほんの少し笑みを帯びる。


「僕の名前はヌンヒス。君達の言葉で言う所の、死神って奴だね。」


「…私は死んだんですか?」


「まあ、直にそうなる。我々の待ちに待った瞬間が、もうすぐ訪れるのさ。」


「ふふ…死神さんからも嫌われちゃって居ましたか。」


「ん?違う違うそうじゃ無い。別に皆、君を嫌いで死んで欲しいと…まあ、殆どの奴は嫌ってるけど。

とにかく、厄介なのは君の所業じゃ無い。君の素性さ。

…君があの、ジッドとか言う色々な意味で理解不明な男に出会った瞬間、君は天界の定めた運命から外れちゃったんだ。

僕は別に構わないんだけど、あいつらそう言うの嫌いでさ。」


ヌンヒムは、ティーミスにそっと手を差し伸べる。


「既に君は、一生のうちに受ける苦痛を大きく超過しちゃっているんだ。君だって、不幸な人生を延々と生きるのは嫌だろう?さあ、おいで。」


ティーミスは一瞬、迷う事無くその手をとろうとした。

ただ、実際には手は伸ばして居ない。


「…」


ティーミスはかつて、後先考えずに救いの手をとった。

そして、確かに命だけは救われた。


「何を迷っているんだい?さあ早く!」


かつてのティーミスならば、喜んで救いを受け入れた。

ただあいにく、此処にいるのはかつてのティーミスでは無い。


裏切られ、貶され、痛めつけられ、辱められ、裏切り、痛めつけ、殺したティーミス。

人の信じ方も、心の開き方も、愛し方も忘れてしまった、ただの性悪少女だ。


「連れて行くなら勝手に連れてって下さい。少なくとも、私は受け入れませんから。」


「…分かった。じゃあ遠慮無く…」


ヌンヒムの手の平が、赤黒い短刀によって貫かれる。

ティーミスは何者かの手によって、後ろに引き寄せられ抱き抱えられる。


「うううううう…がうがう!」


「……」


威嚇する様にヌンヒムの事を睨み付ける軍服の女性と、目を閉じ少し浮遊している寒そうな格好のドラゴニュートが、ティーミスの背後の陰から現れる。


「おや、変だな、こんな情報聞かされて居ないぞ。」


彼女達はティーミスを捕縛する様にかばい、ヌンヒムを睨み付けている。

一人だけ救われるなど許してなるものか。

自分達を捕らえておいて。一人だけ救われるなどあってなるものか。

ティーミスは、彼女達の声無き声が聞こえてきた気がする。


ヌンヒムが恐れているのは、そんな物だけでは無い。


ティーミスの背後から、続々と人影が現れて来る。

太り過ぎの男。王族装束の男性。サキュバスらしき美しい女性。眼鏡をかけた白衣の青年。色々な生物のパーツをぐちゃぐちゃに組み合わせて作られた様な化け物。トレンチコートを着た黒茶色のロングヘアーの男。マスクと黒いマントに身を包んだ、背の高い紳士。

そしてその先頭に立つのはティーミスでは無く、ティーミスを守るように立ち塞がる一人の男。

その服装は白を基調とした軽装鎧で、右手には白銀に輝く長い剣を携えている。


「はっはっは、驚いたな…まさか…3人どころじゃ無く…こんなに…沢山抱えて居たとは…」


ヌンヒムは、あからさまな動揺を見せる。

白装の男が、ヌンヒムにつかつかと歩み寄る。


「…良いだろう。その勝負、乗った。」


「…えっと、勝負?」


男は唐突にそう告げると、指をくいと動かし後方に合図を送る。

動き出したのはキメラの化け物だ。


ーーーーーーーーーー


【権利付与】

対象 エフェロンデル

内容 魂領域への侵入、攻撃

有効期限 侵入後2分


ーーーーーーーーーー


「地獄とやらがどれ程の物か。俺たちの行く場所に相応しいか、ちょっと調べてきてくれ。」


「分かったよ!俺様が…えっと…頑張ります。覚悟しろ。下さいね。」


エフェロンデルは、メリメリと変形を始める。


ーーーーーーーーーー


【形能変容】

ニュートラル→スピリット


ーーーーーーーーーー


全体的に骨ばった形態に変化したエフェロンデルが、そのままその空間の地面へと潜って行く。

変化はその直後から起こり始めた。

地はひび割れ始め、空間を覆って居た暗闇にも白い亀裂が入る。


「っと、中断だ。」


白装の男が手を挙げると、エフェロンデルは再びティーミス達の元へと戻る。

既にその空間の地と空全てに亀裂が入り、その様は正に、“空間が壊れる”様子だ。


「嘘だろ…君達、自分が何をしたか分かって…」


白装の男がヌンヒムの口を手で塞ぐ。


「第一に、こいつらはこんなのの比じゃ無いほどの罪を、呼吸でもするかの様に平然と犯した連中だ。

第二に、たった一人が30秒暴れただけでこのざまじゃ、あの世ってやつがとてもこいつを収容できる世界には思えない。異論は。」


「プハッ…お前ら一体なんなんだ!?なんであの小娘一人にこんな…」


「さあな。…あいにく、俺たちの時間はもうとっくの昔に終わってるんだ。」


ティーミスの首に、突如不可解な穴の様な傷が刻まれる。


「悪いがあいつはもう少し長生きするみたいだ。次会うときは、そうだな…」


ティーミスを取り囲んでいた者達が、続々と霧状になって消えて行く。


「そのピアス。もう少し小さいのに変えな。その方が似合うぞ。」


そう言い残し、白装の男は消える。

ティーミスは突如意識を失いその場に倒れ、彼らと同じくその世界から消滅する。

その暗闇の世界、俗に言う生死の狭間に入った亀裂は広がり続け、ガラスが割れるかの様に空間そのものが砕け割れる。


「…交わる…ああ…なんて事だ…天界と地獄が…ああああああああ!!!!」



〜〜〜



「…!?」


ティーミスはガバリと起き上がるが、シュレアのささやかながらのバストにその頭を受け止められる。

と、ティーミスは、シュレアの指が自身の首筋に突き刺さっている事に気が付く。


ーーーーーーーーーー


【血族の献血】

余剰吸血量の半分を体力に変換し、自身以外の対象に分け与えます。


ーーーーーーーーーー


「…変な夢を見ました…その、変なお兄さんが出て来て…」


「きぃ。」


「…あれ、何だか少し雰囲気変わりました?」


「そうですの?別に髪型などは前と…」


「にぇ?」


「ん?」

これにて第二章、貪婪はおしまいです。

最長で二ヶ月ほどお休みを頂き、次回からは第三章 騎虎(きこ)をお送りします。

もし宜しければ、御意見、御感想お待ちしておりますm(_ _)m

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