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今に解けた罪科の芽

暗い暗い収容室の中、数多の死体に囲まれながら、血の池の真ん中に、一人の少女が拘束されていた。

天井から手かせが釣り下がり、床からは足かせが伸び、少女の手や足首をビスで貫き、固定されている。

その少女の姿は端的に言えば、怒り狂う七人の拷問官から、考えられる限りの苦痛を与えられた後のようだ。

服を纏っていないのも、意図的に奪われたのでは無く、拷問の果てにいつのまにか消失していたのだ。


ティーミス・エルゴ・ルミネア。それが、最期の時を迎えようとしているこの少女の名前だ。

両の瞳は潰され、レンガ色の髪の毛はバサバサに伸び切っている。

ティーミスが此処に幽閉されたのは、彼女が九歳の時だった。


ティーミスは、アトゥ公国と呼ばれる矮小国家を支える貴族家に生まれ、貴族にしては随分と質素ながらも、不自由のない幸せな日々を送っていた。

後に“帝国革命”と呼ばれるその日が、訪れるまでは。


アトゥ公国の地下に眠る、世界でも類を見ない程の規模を持つ魔力の泉に目を付けた周辺国があった。

中でもケーリレンデ帝国は屈指の国力を誇り、近隣諸国との同盟を生かし確実にアトゥ公国の民を少しずつ追い詰めていった。

貿易を停止し、人々の往来を制限し、公国の貴族の買収、更には畑の土に毒を混ぜるなどと言った非人道的な戦法も取った。

しかし、実際に鎧を着た兵士が本土に踏み込み攻め落としたりはしていなかった為、困窮する民の怒りの矛先は、国を治める貴族たちに向いた。

二年を過ぎるころには、アトゥの民の生活苦と怒りは最高潮に達し、ついにそれは起った。

農具と松明を持ち邸宅に押し入る農民たち、自らの主人を裏切った護衛達、どかくさに紛れた帝国兵達によって、アトゥはあっけなく壊滅し、植民地と化していた。


ティーミスの両親は帝国に暗殺され、ティーミス自身も、アトゥの地下牢で、丸二年もの間、責め苦を受ける毎日を送っていた。


「…ごほ…」


しかし、それももう終わる。

瞳を失ったティーミスに、最後の慈悲が、ミセリコルデが、訪れようとしていた。

最期の吐息が吐かれる、吐き切られるその前に、不意に世界は停止する。


(何…?)


走馬灯でも始まるのかと思い、ティーミスは僅かに顔を上げようとしたが、既に体はピクリとも動かなかい。


「っち、くっせ。何だこれ?死体と、腐った死体と、あと鉄くせぇ!」


僅かに利く右耳に、男の声が届く。

年齢は二十かそこらで、ぎらつきの無い聞きやすい声質だった。


「おーい、生きてっかー?…って、今死のうとしてる最中やん、なんつって。」


ティーミスは一瞬、経典に見た死神や神の使いの類を想像したが、どうにもこの声の主がそれらとは考えられない。


「よお、俺の名前はジッドっつうんだ。訳あっててんせ…って、めえつぶれてんのか?しゃーね、こいつぁサービスだ。」


ティーミスは、何か温かいものが自分の瞳のあった場所に満たされていく心地がする。

ふと気が付くと、ティーミスの瞳は蘇っていた。

光の加減や見る角度によってその瞳の色を多彩に変化させる、実に希少なオパールアイだ。


「じゃ、お前が本当に転生者かしらべっからな。」


「…?」


「声は出さなくて結構だぜ。思い浮かべるだけでいいぞ。」


パサついた茶髪に、あちらこちらで光り輝く高価そうな装飾品。

茶色いジャケット。使い古されたであろうジーンズ。黒くゴツついた質感のスニーカー。背中を覆う程度の大きさの、迷彩柄のバックパック。

この世界には実にそぐわぬ、現代風な出で立ちだ。

サングラスで目を隠しているが、その顔立ちはさながら、ダーティな美青年である。


「まず、こいつが何かわかるか?」


ジッドが最初に提示したのは、この牢獄の外観の写真だ。

ティーミスの心に、嫌な記憶と共に色々な事が蘇る。

想えばその建物を見た日が、拷問の日々の始まりなのだ。


「っと、オーケー。じゃ次はこいつだ。」


ジッドは、今度は打って変わって、尖った形の塔の写真を見せた。


「…!」


何故かティーミスは、その写真に写る建物の正体を知っていた。

東京スカイツリー。何故だかわからないが、ティーミスの脳裏に、その塔の展望台からの景色までもが現れる。


「おーおービンゴだな。…差し詰め、前世の記憶はまだ無くとも、知識は残ってるって感じか。」


ティーミスは混乱する。

転生者?前世?そもそも、目の前の男は一体何者?


「ゴホ!?」


「っと。お前、今死んだぜ。」


「…?」


「まあ、時間圧縮解いた瞬間にお前は即死ぬって話だ。…んじゃそろそろ本題に入ろう。」


ジッドがパチンと指を鳴らすと、彼の手元に一本の注射器が現れる。

宝石や貴金属で装飾されるその様は、さながら宮廷に展示されている芸術品のようだ。


「七つの世界を滅ぼした七人の大罪人と、そいつらを滅ぼした審判と正義の神…の血から合成した、『スキルメイド』だ。

…この世界に『スキルメイド』の概念は無えから説明しとくと、基本的にスキルってなあ生まれつきだろ?

だがこいつはなんと、そのスキルの持ち主の血をあれやこれやして作った薬を打ち込むだけであら不思議、スキルを後天的にゲットだぜ!どうだ?すげえだろ?

ま、普通は八人分いっぺんになんてしねえんだけどな。死んじまっから。」


ジッドは、その注射器とティーミスを交互に見る。


「…でだ…おいメスガキ、力、欲しくねえか?」


「………」


突如現れた、このジッドと言う男は一体何を企てようとしているのか。

何故ティーミスを選んだのか。

分からない。分からないけれど。


「…じい…」


ティーミスが口を開けた時に、歯茎に刺さっていた釘が何本かカランと落ちた。


「…にぐい…でいごぐ…いずみ…だみ…にぐい…にぐい…にぐい………ごわい………じにだぐ……ない……ごんなこどで……」


ティーミスの焼き潰された喉から、11歳の少女の物とは思えない程の、ざらついた声放たれる。


「…死にたく無い…か…」


ジッドは、不意に胸がツキリとつつかれた心地がした。

忘れかけていた、生への執着、失いかけていた、命の輝き。

そんなものを、ジッドは目の前の少女に見た気がした。


「色々取引するつもりだったが…気が変わった。」


「あが!?」


ジッドの手に持つ注射器が、ティーミスの口に突っ込まれる。

火傷だらけの喉の奥に針が突き刺さり、内容物がティーミスの体内へと流れ込んだ。


「転生者現象ってのを調べててな、ま、最低限のデータさえ取れれば良いんだ。」


「おご…ゴホ!」


「…力はやる。あとは好きにしろ。」


「ゲッホ!?」


ティーミスが空の注射器を吐き出す頃にはジッドの姿は消えており、牢獄の雨漏りの音が蘇る。時間が再び動き出したのだ。

ティーミスは少しの間痙攣する。血管に、血液の代わりに有刺鉄線が流れているような、全身を巡る激痛に襲われていたのだ。

常人ならば、発狂の果てに絶命する苦痛。二年間の拷問によって強靭(かつ破綻した)な精神力を持つティーミスだからこそ耐えられる激痛。あるいはそれも、転生者としての恩恵だろうか。


「…何だ?ネズミでも出たか?」


カシャカシャという拘束具の擦れる音に反応し、看守の一人がティーミスの牢の様子を見に来た。


「…あ”あ”あ”…」


「おあ、こいつまだ生きてたのか!心臓に杭打たれてたはずなんだがなぁ…丁度いいや。」


看守は鎧を脱ぎ捨てながら、彼女の牢に入っていった。


「へっへっへ、夜勤明けでヘトヘトなんだよ。ちょっと癒してく…」


「…《残機奪取クァチルウタロス》…」


「は?」


ティーミスの胴体から、一本の腕が飛び出す。

赤く太い縁取りに、微かに赤色の散る黒色の腕。まるで、キャンパスに描かれたおどろおどろしい絵画の様なその四本指の腕は、さながら悪魔のかぎづめを連想させた。

腕は看守の胸を貫き、ぐしゃぐしゃと何かを掴み引き抜く。

青白い炎のようなそれを握りながら、腕は再びティーミスの中に戻った。


後に残ったのは、かつて看守だった灰のような粉末。物悲しく付近に転げる、看守が身に纏っていた装備。

赤黒く瞳を光らせたティーミスは、微かな笑みを浮かべた。

そこにはもう、死を恐れ安らぎを乞い願うだけの哀れな少女は、居なかった。

必ず夜中の三時に更新致します。

厨二心全開なお話が描きたくなりました。見様見真似のダークロード物です。

作中に登場するジッドさんは、異世界転生付喪神に登場したのと同一人物です。

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[良い点] 最初から過酷だ… 復讐応援します!
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