第23話 スケルトンさん、恐ろしい場所に招かれる
※グロ注意です。
母親の墓に供える花を摘みに出かけたまま行方不明となったアン=シディとレイロー。
彼女らを探しに向かった俺とカラ、そしてヨウの三人は、真っ赤なバラに囲まれた古びた洋館へと辿り着いた。
「絶対ここじゃない?早く入ったら?」
「ああ、絶対この中だな。お前こそ早く入ったら?」
「あん?一体誰のせいでアンがいなくなったと思ってんのよ。責任とんなさいよ。今!すぐ!ここで!」
「ヨウさん、ヨウさん。レイローさんも忘れないであげてくださいね」
「分かってるわよ!ほら、アル、早く行って」
ヤダもう、このチンピラ女。
だがしかし、悔しいがコイツの言ってることは正論だ。
俺のせいでアンちゃんとレイローがいなくなったのは事実なのだ。
ここは俺が覚悟を決めて入るしかない…っ。
俺は大きく深呼吸をすると、目の前にそびえる鉄門へと歩み寄る。
すると、鉄錆が浮き上がった赤黒い鉄柵の門が、蝶番を軋ませながらひとりでに開いていった。
痛みに呻く声のような音色を奏でながら、ゆっくりゆっくり、まるで俺達を招き入れるかのように、鉄門は大きく口を開ける。
「こっわ…。もう無理…」
「まだ、昼ですよ」
ホラーな展開に思わず怖気付く俺に、カラが後ろから励ましてくれた。
ああ、ありがとう。
でも、まだ昼だとしても、ダメなものはダメだ。
俺は背後を振り返ると、俺の様子を見守っている二人へと助けを求めた。
「…すいません。一人だと怖いんで、一緒に中に入ってもらってもいいですかね?」
途端、その場で腕組みして立っていたヨウが、ぶはっと吹き出す。
「アルったら、自分だって十分ホラーのクセに、なんでそんなにビビってんのよ」
ひ、ひどい!
確かに今はスケルトンだけど、少し前までは俺だってちゃんと人間だったのにさ!
「お化け出たら嫌じゃん!こんな怖い演出!絶対なんか出るじゃん!」
「まだ、昼ですよ」
再びカラに優しく囁かれたが、知ったこっちゃない。
「ったく、しかたないわねぇ。アンタがビビってるの見てたら、なんかわりと平気な気がしてきたわ」
「じゃ、僕も一緒にいきますよ。このままだとアルヴィン様、泣いちゃいそうですもん」
「うう…、ありがとう。お前ら…」
『称号【泣き落とし LV.1】を獲得しました』
べ、別に泣いてなんかないんですけどっ!?
仕切り直した俺達は三人横一列に並ぶと、同時に一歩、門の中へと足を踏み入れた。
その瞬間、生暖かい何かに全身を包み込まれるような、奇妙な感覚に襲われる。
「ひぇっ!」
思わず悲鳴を漏らしたが、そのおかしな感覚は一瞬で消え失せた。
…何だったんだ?今の変な感じ。
両隣を見ればカラとヨウもなんともいえない表情浮かべて、その場で固まっている。
うん。こいつらも同じ体験をしたんだろうな。
一体、何だったんだろう?
俺が首をかしげていると、今度はいきなり目の前の空間から青白い光をまとった三人の男達が飛び出してきた。
「ぎゃ───っっ!!!」
『うわあぁぁあああっっ!』
俺の「ぎゃー」と三人の男の内の一人が上げた悲鳴が重なる。
幽霊だ!
ほら!やっぱり出たじゃん!!
でも、なんか、今まで幽霊とは違う…。
三人はまるで目の前にいる俺達の存在など見えていないかのように、ただただ背後から迫りくる何かに恐怖し、こちらへと駆けてくる。
「ああ、あれは思念体ですね」
隣で全く動じる様子のないカラが冷静に告げた。
「し、思念体ってなによ?」
あ、こっちはちょっとビビってる。
よかった、俺だけじゃなくて。
「まぁ、見てたらわかりますよ」
カラが言い終わるや否や、必死の形相で先頭を走っていた男の首が、赤い放物線を描きながら宙を舞った。
え…?
『ぎゃあぁぁあああ!!』
『うわぁああああ!ジョーンズうぅぅぅ!!』
頭を失った男は首から血を噴き上げながら二、三歩前に進んだ後、地面へと崩れ落ちた。
その様子を見た残りの男達は、絶望と恐怖に満ちた悲鳴を上げる。
彼らの背後では、倒れた男の体がぐちゃぐちゃとひしゃげ、ちぎれ、臓腑や血液を辺りに撒き散らしながら、徐々に細切れにされ消えていった。
あまりにも凄惨な光景だ。
しかし、何者かがそうして倒れた男の身体を弄んでいる間に、残りの二人は門まで辿り着くことができそうだ。
真っ正面から突っ込んでくる男達。
彼らにぶつかりそうになった俺は、思わず自分の視界を両腕で覆った。
だが、二人は俺にぶつかることなく、まるで霞のようにすり抜けていく。
そうして、彼らは出口である門へと駆け寄って行った。
ああ、よかった。
この人たちは逃げられたのか…。
俺はほっとしながら後方へと振り返る。
しかし、そこに映し出された光景は、俺の予想と大きく反したものであった。
『開けて!開けてくれ!お願いだっ!!』
『誰かぁ!ここから出してくれぇっ!!』
固く閉ざされた鉄門にすがりつき、その場に膝をつく男。
まるで壁を叩くように、門へと何度も両手を打ち付ける男。
そして、いつの間にか閉じられている鉄門に、俺は悪寒を覚えた。
これって、完全に閉じ込められてる…よな?
『いやだ!死にたくない!死にたくないぃ…、ぎぃ──ッ』
と、必死な叫びを繰り返しながら門を叩いていた男から、おかしな音が鳴る。
見れば、男の首の側面を「何か」が串刺しにしていた。
その「何か」は透明であるため視認することはできないが、矢尻程の太さだろうか。
男の首筋にぽっかりと空いた穴に釘付けになっていると、ぐにゃりと引き伸ばされるように穴が歪み、男の体が首を支点として後方へと引っ張られるように傾いた。
『ぎ、ぃ…ぎぃ───』
『うあああああああ!!!』
仲間の悲鳴と共に、男は喉元からひきつった音を漏らしながら、そのまま仰向けに倒れた。
俺の足元に引き倒された男の頭が転がる。
口からは血の混じった泡を噴く彼の表情は、痛みと恐怖に歪んでいた。
どこか既視感を覚えるその表情を前に、俺は一切視線をそらすことができない。
『だ、ず……げ……』
「助けて」と虚空へ手を伸ばしながら男は訴える。
しかし、男の願いは叶うことはなかった。
『ぶ、ぎ…、ぃ───ッッ』
まるで、瓜を踏み割る時に鳴るような、ミシミシという音が男の頭蓋骨から上がる。
頭蓋骨が裂け、砕けていく音。
唇はめくれ、眼球は飛び出し、恐ろしい形相へと変わり果てゆく男の頭部。
それでも、男の両腕は救いを求め、天へと向かって伸ばされ続けている。
俺の閉じることのできない眼孔は、そんな哀れな男が絶命する瞬間までを残酷にも映し続けていた。
バコン
最後に一際大きな音が鳴る。
男の身体は大きく痙攣した後、青い光を散らしながら消えていった。
何だこれは。
今、俺達は一体何を見せられているんだ。
「ぎゃああああっ!来るな、来るな、来るな化け物───っ!!ああぁぁあああッッッ」
最後に残された男の断末魔の叫びに、反射的に視線がそちらへと移動していく。
「やめろぉおおお!食わないでくれぇええ──が、ごふ、──ぎゃ、、」
門の前に座り込み、ばたばたと手足をばたつかせる男。
プレートメイルで覆われている彼の腹部には、ぽっかりと赤黒い空洞が空いていた。
ぐちゃ
粘ついた水音と共に、腹に開いた穴が大きく広がる。
生きたまま、食われてる…っ!!
俺はそのおぞましい光景に耐えきれず、視界を両手で塞ぐとその場にうずくまった。
しかし、骨の手では耳穴を完全に塞ぐことはできなかったらしく、男の腹が何者かに食い破れる音は、未だに俺の頭の中で響き続けている。
ブチブチ、ぐちゃぐちゃと汚い水音が混ざった咀嚼音と、男が恐怖と苦痛でむせび泣く声に、俺はただその場に小さく身を丸めて震える他なかった。
やがて、全ての音が止んだ。
と、おもむろに温かな手が、ぽん、と俺の頭の上に乗せられた。
顔を上げれば、いつもと変わらないムスっとした仏頂面で、ヨウがこちらを見下ろしている。
「ほら、終わったわよ」
つん、と唇をとがらせたままヨウはあごを使って閉ざされた鉄門の辺りを示した。
見れば、すでに男達の姿は跡形もなく消え失せている。
だが、彼らがいた石畳の跡には、雨で流しきれなかったであろう赤黒い何かが、うっすらとでこびり付いたままになっていた。
その赤黒いシミが血痕であることぐらい、流石の俺でも理解はできる。
「やっぱりあれは、この場所で実際に起こったことなんだな」
ポツリとつぶやく俺に、カラがうんうんと頷いてみせる。
「そうですよ。あれは思念体。思念体とは魂が見る夢のようなものです。どうやらさっきの方々は死後もこの空間に捕らわれ、自分達が死ぬ瞬間の夢を延々と見続けているんでしょう」
それだけ彼らにとって、自分たちの最期という記憶は強烈なものだったってことか。
まぁ、強烈だよな。あんな死に方…。
悪夢以外、何物でもない。
「で、アンタはアンデッドのクセに、いつまでそうやってヘタってんのよ。しっかりしなさいよ」
「え、あ、すいません」
つか、逆になんでヨウはそんなに気を強く持ってられるんだ?
喝を入れられ、半ば強制的に立ち上がることとなった俺は、まじまじとヨウを見つめた。
「あにジロジロ見てんのよ?ちょん切られたいの?」
「いや、あんな恐ろしいものを見た後で、よくそんなに普通にしていられるなって感心してるだけなんですけど…」
俺が素直にそう伝えると、ヨウはあからさまに顔をしかめる。
「はん?バカ言ってんじゃないわよ。あんなので腰抜かして震えてたら、それこそアイツらの二の舞踏んでおっ死ぬじゃないの。私はまだアンタみたいに骨になる気はないの」
「今回は骨も残してくれなさそうですけどね」
「だから、犬っころは黙ってなさいっての!」
「はぁい」
なんつーか、コイツ、すげーな。
きっと、こういう気が強くて、肝が据わったヤツが冒険者でも大成を果たすんだろうな。
うん、よし。
こんなところで震えてたって、レイローとアンちゃんは探せない。
俺だってアンデッドだ。
ホラー展開なんかに簡単に呑まれてたまるか!
「お、アルヴィン様、持ち直しましたねー」
「アルはアンデッドなのに、反応が本当に普通のおっさんよね」
いや、普通のおっさんの骨だからだよ!
普通のおっさんが骨になったら、人格は普通のおっさんのままだろ。
確かに、魔物ではあるけど…。
まぁ、いいや。
そんなことより、今は情報整理だな。
「カラ、ヨウ。あの人達を襲った姿の見えない生き物に心当たりはあるか?」
「あ、はい。ですが、その前に。あの人達を襲った相手の姿が僕達に見えなかったのは、相手が透明になっていたわけじゃないと思うんです。おそらく魂のキャパオーバーかと…」
ふむ、つまり魂は自身の姿しか思念体として具現化できないと。
そういうことだな。
「となると、あの化け物は実際には、ちゃんと姿が見えるってことね」
「そうです」
やはり、情報認識と情報共有は大切だな。
「それを踏まえて、人の首を容易にはねることができる武器、または爪。人の頭を踏み潰すことができるほどの巨体。人の体を鎧ごと喰い千切ることのできる、牙。そして餌である人間をひと思いには殺さず、恐怖し怯える姿を楽しみながら殺していく残忍性。これらを統合するに、あの生き物の正体は悪魔の類であると僕は推察します」
おお、さすが墓守犬の推理。
「悪魔か。確かにそれは一理あるかもしれない。だけど、そこで正体を悪魔一点にしぼるにはまだ情報が足りないかな。だけど、相手の攻撃手段を細かく分析してくれたのはありがたいぜ」
「お役に立てて何よりですー」
カラは嬉しそうに尻尾を振る。
「あのさぁ、アタシはあの化け物が何なのか、てんで分からないけど、相手がどのくらいの強さなのかなら、分かるかも」
「と、言うと…」
「ちょっと待ってて」
ヨウは俺達にそう告げると、小走りで石畳に残された血痕のうちの一つ、ちょうど一番始めに首をはねられた男が倒れた場所へと向かっていった。
そして、そこから何かを探すように、バラの植え込みの中を覗き見る。
「あったわよ!」
そう声を上げた彼女は、バラの棘で傷つかないように、慎重にバラの茂みの中へと手を入れた。
そして、すぐに何かを掴み取り、引き上げる。
その後、得意げな表情で戻ってきたヨウは、俺の眼前に持ち帰ってきたものをかざして見せてくれた。
それは、チェーンの切れた冒険者ライセンスだった。
「さっき、頭と一緒に飛んでいったのが見えたのよ。やっぱり腐った頭と一緒に落ちてたわ」
お前さ、ホントすげぇな。
冷静すぎだろ。
心臓に毛生えて、ふさふさなんじゃねーの?
「グッジョブ、ヨウ」
「やりますねぇ」
俺達に褒められて、ヨウはまんざらでもなさそうに口角をひくつかせている。
こういう時こそ、無理せず笑えばいいのに。
俺はヨウからジョーンズと呼ばれていた男のライセンスを受け取った。
あいつら結構ガタイも装備も良かったし、レベルもそこそこありそうだったけど…。
そんな奴らが尻尾を巻いて逃げた上、命乞いまでするしかなかった相手って一体…。
いや、まずはジョーンズさんとやらのステータスを見せてもらうとするか。
「南無三!」
掛け声とともに、冒険者ライセンスのステータス表示ボタンを押す。
[冒険者ライセンスによる冒険者一名のステータス表示]
────────
ジョーンズ・サーモン LV.35
職業:戦士
HP:247/0
MP:47/0
力:124
耐久:119
俊敏:136
知性:74
魔力:26
カルマ:32
【魔法】
攻撃力増加 LV.7/防御力増加 LV.5/ロックウォール LV.5
【スキル】
疾風斬 LV.7/裂岩斬 LV.6/シールドバーング LV.4
【称号】
釣り人 LV.3/祭り好き LV.5/刀マニア LV.7/盾役者 LV.2/仲間思い LV.3
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これは…、相当ヤバいのでは?
ある程度予想はしていたけど、レベルがこれで一撃死するとか。
もしこれで、俺達が無事で帰れたら、最早英雄だろ。
あ、これってフラグ?
なしなし、今の!
今のなし!!