第22話 スケルトンさん、迷子を探しに行く
「ど、どどど、どうしようーっ!!」
「ぶゎっかじゃないの!?どこの世界にちっちゃい女の子と子猫を危険地帯に放り出す大人がいるのよ!?」
「口減らしたい親ですかねー」
「犬っころは黙ってなさいよ!」
「はぁい」
俺は今、昼食をとりに戻ってきたカラとヨウに、レイローとアンちゃんが戻って来ていないことを伝えました。
そして、ヨウに物凄く怒られています。
でも、言い返せません。
だって、全部、ヨウの言ってることが正しいんだもの。
「ど、どうしようっ!?」
「アンタね、不注意すぎ!ホント、しっかりしなさいよ!」
ヨウの言葉がグサグサ心臓に刺さってくるよー。
「ごめんなさいー!」
「謝るなら、オブのヤツに謝んなさいよ!このバカ骨!」
うわーん!!
「まぁまぁ、ヨウさん。アルヴィン様を責めるのはそのくらいにしておいて、レイローさんとアンさんを探しに行きましょうよー」
「どうしよう、カラ。どうしよう?」
「アルヴィン様は一旦落ち着きましょうね。二人ならきっと大丈夫ですよー。しっかりした子達じゃないですか。それに僕も臭いを辿れますし、すぐに見つかりますよ」
カラが…カラが頼もしいよっ!
もう、俺、自分が情けなくて【グレイブ】で穴掘って入りたい!
もう嫌だよー!
俺のバカ!!
「落ち着けって言ってんでしょ!」
俺が辺りをウロウロさまよっていると、ヨウにスパーンと頭を叩かれた。
そこで俺もようやく我に返り、落ち着きも取り戻す。
「で?アンはなんて言って出かけたって?」
テーブルの上に置かれたホーンディアの骨つき肉に豪快に噛みつきながら、ヨウが尋ねてくる。
どんな時も、腹ごしらえは必要ですよね。
俺はカラにも骨つき肉を渡しながら、アン=シディが出がけに俺に言った言葉を思い返した。
「ええと、モルダさんのお墓にお供えしたい花があるって。赤くて大きな花がこの近くにあるから一人で行きたいって言ってた」
「なるほどー。それで、アルヴィン様は年頃の女の子のことだから秘密の一つや二つあるんだろーなー。無理矢理ついていくのは不粋かなー、と思ってついて行かなかったんですね?」
え?
なんでわかるの?
その時の俺の心境をドンピシャに言い当てたカラに驚いているとヨウが、はぁ、と大きな溜め息をついた。
「バカね。アンタ、こうは考えないの?『お父さんが行ったらダメって言ってる場所なんだけど、あそこにはキレイなお花が咲いてるんだよね。でも、アルヴィンおじさんを連れて行ったら、後でお父さんにこのことがバレちゃう。だったら一人で行っちゃおうかな』って」
「おしゃべりできないレイローさんが同行を許されたのが、何よりの証拠ですね。ま、僕はレイローさんの言葉、分かっちゃうんですけどねー」
マ、マジかよぉおお!!
俺、あんなにちっちゃい子に騙されたの!?
ショックなんですけど!!
え!?
子供ってすご…。
つか、やっぱりショックなんですけど!!
「だから、アンタはチョロいって言ってんの。ホント商人だったの?」
返す言葉もございません…。
これじゃあ、俺の妻はすっごく苦労していたんじゃなかろうか。
はぁ…。
がっくり肩を落として項垂れている俺に、ヨウが骨つき肉を差し出してくる。
「ほら、これ食べながら探しに行くわよ」
そういうと彼女は自分ももう一本口にくわえながら、さっさと出かける準備をし始めた。
さ、さすが冒険者…っ。
行動が早いっ。
俺も二人がお腹を空かせていることを考えて、残りの骨つき肉をホオの葉にくるんで、オブから借りたなめし皮の肩かけ鞄に放り込む。
「じゃ、出発。カラ、頼んだわよ」
「イエス、マーム」
こうして、俺とカラ、ヨウの三人は、花を摘みに出かけたまま帰らない子供達を探しに、黒き森の中へと入っていったのだった。
集落跡を出ると、すぐにカラが地面に鼻を近づけて、ふんふんと二人の臭いを探す。
「あ、よかったー。ちゃんとありましたよ。こっちですー」
そして、すぐに間延びした口調でそう告げ、鼻を下に向けたままトコトコと茂みの中を進み始めた。
スタートは順調のようだ。よかった。
しはらく、カラのぴこぴこと揺れる尻尾を追いかけていくと、ちょっとした崖にさしかかる。
崖とは言っても、地表には草木が茂っており、それらに手をかけて行けば上手く登れそうだ。
「二人の臭いはこの上の方からしますね」
「なーにが、近くに花が咲いてるー、よ。大人が歩いて15分は全然近くじゃないんですけど?」
「い、いや、ほら、人間とゴブリンとの間には、ちょっとした感覚の差があるんじゃない?」
「んなわけないでしょ!?アンのヤツ、見つけたらくすぐり倒してやるんだから…」
うん。
ヨウが子供に優しいコで、おじさん、安心した。
おじさんには、ちょっとキビシめだけど…。
そんなこんなで崖を登った俺達三人。
そんな俺達の目の前に現れたのは、誰も予想だにしていなかった光景だった。
「はぁ?」
なんか、ヨウがキレた。
「なんで、こんなモノがこんなトコロにあるわけ?」
いや、俺のほう見てキレられても…。
つか、ホント、なんだこれ。
俺達の目の前にそびえているのはツタに覆われた、レンガの塀だった。
その上にはご丁寧に、泥棒よけの鉄柵まで取り付けられている。
木々が鬱蒼と茂る薄暗い森の中から突如姿を現した人工物に、俺達一同は思わず混乱しかけた。
だが、そんな中、何やら発見したカラが声を上げる。
「見てください。塀のこの部分、少し崩れてますよ」
カラに言われて地面と塀の境目に視線を落とすと、ツタに覆われ分かりづらいが、確かに一箇所崩れている部分がある。
「二人の臭いはここで終わってます」
この隙間なら子供一人簡単に通り抜けられそうだ。
しかし、二人の臭いが途切れているとは、一体どういうことだ?
塀の向こう側に入った形跡があるならば、カラはそんな言い方はしないはずだ。
「と、いうことは、この塀の前で二人は何者かに連れ去られたのか?」
「いえ、そういうことではなさそうですね。ここは二人以外の臭いしかしませんし」
「空からの襲撃ってこともありうるんじゃないの?黒き森には人喰い鳥なんかもいるっていうわよ…?」
なにそれ、怖い。
「うーん…。でも、僕的に気になるのは、この塀の中なんですよね。塀の穴を境に二人の臭いがプツっと切れているのが気になります」
て、ことはこの塀に何か仕掛けがあるのかもしれないな。
迂闊に触らない方がいいだろ──
「じゃ、僕、ちょっと中見て来ますねー」
「ちょっと待てぃ!!」
なんの警戒もなく塀に開いた穴に首を突っ込もうとするカラを、俺は首にしがみついて必死に止めた。
「どうしたんですか?アルヴィン様ー」
「いやいやいや。それは普通に危ないだろ。やめなさい」
森の中に突然現れた塀。
こんな得体の知れない所に単独で入るなど愚の骨頂というやつだ。
単独行動ダメ!
フラグ立てるのダメ!!
「ふん、バカね」
ヨウがカラを鼻で笑いながら塀に手をかける。
「こういうのは、よじ登ったほうがいいのよ」
「バカはお前だバカ!」
今度はツタを鷲掴みにして壁をクライミングしようとするヨウを、慌てて引きずり下ろす。
「あにすんのよ!」
「バカなの?お前にはあの凶悪は泥棒返しが見えないの?それに結界とか張ってたとしたら、最悪の場合は死ぬぞ!?」
「ぬ、ぬぅ…。仕方ないわね…」
何か言い返そうとしていたヨウだったが、俺の必死さが伝わったのか、バサバサと頭を掻きながらもなんとか折れてくれた。
よかった…。
「よし、じゃあ、まずは普通に入り口を探そう。つーか冒険者の間でこういう建物の噂とか情報とかなかったのか?」
塀に沿って歩き始めながら、一応ヨウに尋ねてみる。
すると、彼女は俺を一瞥した後、フンと鼻で笑った。
「タルツィア近辺で草刈りしかしたことのないアタシが、そんなこと知るわけないじゃない!」
「……」
なんで、お前、開き直り方がそんなにエラそうなの?
おじさん、びっくりした。
まぁ、気をとりなおして…。
この建造物は素人目から見ても違和感しかない。
なにしろここは人間が未だに手をつけることができない未開の地。
そんな場所にこんな立派な塀がどこまでも続いているなんて、不気味すぎる。
絶対曰く付きだよ、これ。
言い知れぬ不安に駆られながら、先を急ぐように進んで行くと、いよいよ中に入ることができそうな場所へと辿り着く。
そこは古びた洋館へと続く、鉄柵でできた門だった。
塀と同じく、門の高さは3、4m程だろうか。
「随分大きな門ですねぇ」
富裕層の屋敷の入り口に設置されているような立派な門を前に、カラから驚きの声が上がる。
うん。すごい建物だ。
こんな建物、俺は生前一度だって足を踏み入れたことはない。
そして、今回もできれば入りたくはない。
だが、俺には中へと入らなければならない理由がある。
アンちゃんとレイローは間違いなくこの中にいる。
何故なら、屋敷まで続く雑草だらけの石畳の道。その両脇の花壇は見事に咲誇る深紅のバラで埋め尽くされていたからだ。
それはアン=シディが亡き母親のために探していた「真っ赤で大きな花」に違いなかった。