第21話 スケルトンさんは、働き者
ネシリ、テイ、オブ=シディがタルツィアへと向かっている間、留守番組が大樹を燃やす準備を行うことが決まった。
それから少しして、タルツィア遠征組が出発する。
父親としばらく会えなくなるアン=シディは、笑顔でオブ=シディを送り出していたが、その姿が徐々に遠ざかっていくのを見ると、寂しげな表情でうつむいてしまった。
しっかりしているからつい忘れがちになってしまうが、オブ=シディの話では彼女はまだ5歳だという。
超成長のスキルは持っていないとはいえ、過酷な環境で生きているためか、同い年の人間の子供よりもしっかりしているアン=シディ。
しかし、やはり彼女もまだまだ親と一緒にいることが当たり前の5歳の子供なのだ。
グス、と小さく鼻をすする彼女の頬を、カラが舐めた。
「ひゃっ?」
驚いたように声を上げるアン=シディにカラが言う。
「お父さんがいない間、僕がずっとそばにいますよー」
アン=シディは彼の言葉にポカンとした表情を浮かべていたが、やがて、嬉しそうに満面の笑みを浮かべると、カラの首に両腕を回し、しっかりと抱きしめた。
「ありがとう、カラちゃん」
と、尊い…っ。
子供と動物の感動物語がここに再び…!
「アンタ、涙出ないクセにいちいち大げさなのよ」
目の前で繰り広げられている涙腺崩壊必至な光景に、俺が思わず両目を覆いながら天を仰いでいると、ヨウから冷めたツッコミが入った。
ひどい!
おじさんだって冷たくされたら傷つくんだからね!
まぁ、本来ならばアンちゃんのことをしっかり見なければいけないのは俺なのだ。
彼女にできるだけ楽しく過ごしてもらえるように、俺も頑張っていこう。
というわけで、留守番組の忙しくも有意義な生活が幕を開けた。
一日目は必要な巻物や魔石の数を調査する日として、過ごすことにした。
俺はレイローと共に森に入り、他のカスタネアの木を燃やしてもらったり、ヨウと共にムカデの巣に入り、ムカデの体内から魔石を探し出すなどして、大体必要な物の数を割り出した。
それらをまとめたものがこちらになります!
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【カスタネアの大樹】
HP:9849(魔樹覚醒まであと151)
【火飴について】
消費MP:2
普通のカスタネアへのダメージ:60
カスタネアの大樹への推定ダメージ:30
【巻物について】
必要な巻物数:約334枚
一日の目標作成枚数:約70枚
一日のレイローの消費MP:140
【魔石について】
魔石一個に含まれるMP:5
最低必要な魔石の数:132個
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まあ、ざっとこんな感じだ。
レイローの一日に消費するMP量は最大MPよりも多い。
だから、レイローには沢山昼寝の時間をとってもらい、MPを回復しながら頑張ってもらわなければならない。
大変だけど頑張ってくれ、レイロー…っ!
後のメンバーはうまく役割分担して動けば、余裕を持って作業に取り組めるはずだ。
だいぶ調査がスムーズに進んだので、昼食後はそれぞれ作業に取り掛かることができた。
ます、俺はレイローの火飴を解析する。そして、すぐさま魔法陣を版木代わりの木片に描いた。
その後は【ボーンブレード】で指先を小刀の形に変化させて魔法陣を掘り上げる。
アン=シディとカラは羊皮紙の代わりとなるホオの葉を集めに森に入り、ヨウとレイローはムカデの巣で引き続き魔石集めに勤しんだ。
二日目。
今日から本格的な作業が始まる。
ヨウは昨日と変わらず、自慢のハサミでムカデの頭部から魔石を取り出す作業を続けている。
それをなめし皮にくるんだものをカラがアン=シディへと運ぶ。
そして、アン=シディはヨウから借りたハサミでなめし皮を紐状に切り、洗い終えた魔石を一つ一つ編み込みながら繋いでいく。
こうして網状に編んだ紐の中に魔石を入れることで、石に穴を開ける手間なく魔石を数珠つなぎにすることができるのだ。
この魔石の数珠は魔法を発動する際、術者が身に付けておくと、自分のMPの代わりに魔石からMPが消費される魔法具となる。
うん。それにしてもアンちゃんは本当に器用だなぁ。
魔石と魔石の間に綺麗な編み細工なんか入れちゃって…。
おじさん、そんなことできないんですけど。
5歳児って本当なの?
もしかしてゴブリンって、戦闘狂じゃなければ実は凄く発展できる種族なのでは?
アン=シディから少し離れたところではレイローがホオの葉製の巻物に向かって火飴を放っている。
とはいっても魔法は発動されることはないので、巨大な火柱が上がることはない。
まず、魔法陣の上に前足を置く。そして、魔法を唱えれば、魔法は自然と巻物の中へと吸収される。
レイローは並べられたホオの葉に火飴を唱えてはアン=シディの隣で休む、といった感じでマイペースに巻物を仕上げている。
俺はというと、そんな一人と一匹の姿に癒されながら、雑用係に徹していた。
ホーンディアの脂と焚き木を燃やして作った炭をよく混ぜて、アルヴィンお手製のインクに仕上げた後、ホオの葉に魔法陣スタンプを押していく。
それから、巻物は乾燥して丸まってしまわないないように、二枚の天板で挟み込み【エナジードレイン】で乾燥処理を施す。
その後、完成した巻物は、お櫃にいれて食料庫に保管した。
その作業だけでは時間が空くので、他にも色々と働いてみた。
【ボーンアックス】で木を切り倒して薪を作り、【エナジードレイン 】で乾燥させてすぐに使えるように調整してみたり…。
おかげで、二つともスキルレベルが上がったぜ。
それに、【エナジードレイン】はなかなか面白いスキルで、最大HP以上に体力を吸うと、残りはストックされるらしい。
詳細はこんな感じだ。
[スケルトン LV.13の【ステータス】]
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アルヴィン (スケルトン LV.13)
種族:アンデッド.スケルトン族
HP:58/58(47)
MP:42/42
力:26
耐久:32
俊敏:43
知性:61
魔力:45
カルマ:-123
【魔法】
グレイブ LV.1
【常時発動スキル】
火耐性 LV.1/神聖耐性 LV.5←new/毒無効
【スキル】
ナビゲーター/ステータス/束縛の呪言 LV.1/支配の呪言 LV.4/呪殺の呪言 LV.1/鑑定 LV.2/ボーンブレイド LV.3/ボーンアックス LV.2/エナジードレイン LV.2←new
【称号】
団体一名様 LV.2/猫好き LV.2/腐れ外道 LV.5/食い意地モンスター LV.3/無慈悲な殺戮者 LV.1/命知らず LV.2←new
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[スケルトン LV.13の保有スキル詳細]
【神聖耐性】
聖なる力に対しての抵抗力を高める。
浄化や魔除け、悪霊祓いなどの聖属性の加護や攻撃に強くなる。
自分の成仏タイミングは自分で決める。お節介な僧侶などから放っておいて欲しいアンデッドにはお得なスキル。
【エナジードレイン 】
過酷な環境下で生きる者達に与えられる生き抜く術。
他者からの生気を吸い取り、自分の糧にするスキル。
余分に吸い取った生気は体内に貯蓄可能だが、最大HP以上の攻撃で一撃必殺された場合はストックを使えないので注意。
葉っぱと薪から頂いたHPは大切に貯蓄しておこう!
薪を作った後は、いよいよカラ待望のジャーキー作りだ。
これを今から完成させておけば、タルツィア遠征組が戻って来た後、次の準備にバタバタしなくていいからな。
岩塩と黒胡椒で美味しく味付けしたローグガルムのジャーキーを作りながら、頑張っているみんなのために食事の準備も進める。
オブ=シディが狩ったホーンディアの他に、近くにあった小川で釣った魚を焼いてみたりしてみた。
綺麗な川だったので、ウグイやヤマメなんかがホイホイ釣れて楽しかった。
うん、こんなに美味しい物が食べれるなら、森ライフも悪くないな。
それから、もう一つ。
ギシーとピンネ、そして、マチの墓を建てた。
ヨウが三人のそばで作業しているのを見ていると、心苦しかったからだ。
なので、カラに手伝ってもらい、彼らの骨をそっと運び出した俺は、ゴブリンの集落跡にある墓地の横に三人の身体をそれぞれ埋めた。
これでいつでも墓参りができるよな。
その夜、さっそく三人の墓に花を供えるヨウの姿を見かけたので、俺の心も少しだけ楽になった。
三日目。
経過は順調だ。
俺は底が抜けた樽と鉄串で作った燻製機に、昨日味付けして乾燥させておいた肉を引っ掛けて燻していた。
と、そこへアン=シディがレイローと共にやって来る。
「お、どうした、アンちゃん」
ヨウに結ってもらったお下げ髪を少し気にするように触りながら、アン=シディは俺を見上げた。
「あの、アルヴィンおじさん。お母さんのお墓、ありがとう」
「え?ああ、いいよいいよ。むしろごめんな。ちゃんと身体、見つけてやれなくて」
実は昨日、ギシー達の墓とは別に、アン=シディの母親であるモルダ=シディの墓も作らせてもらっていたのだ。
残念ながらモルダ=シディの骨は他の者達の骨と判別できず、持ち帰ることができなかったのだが。
そのため、土を盛ってそれを彼女の墓にする他なかった。
「ううん。お母さんもきっと新しいお家、気に入ってくれてると思う。だから身体じゃなくてきっとここに遊びに来てくれるの」
「そっか。そうだと俺も嬉しいな」
「うん!」
アンちゃんがそう言ってくれるなら、きっとモルダさんも迷わずここに遊びに来てくれるだろうよ。
「あ、あのね。アルヴィンおじさん」
「どうした?」
小さな牙を見せて笑っていたアン=シディが、少し遠慮がちに再び俺へと声をかけてくる。
「あの、私、お母さんにお花を摘みに行きたくて…。近くに真っ赤で大きなお花が咲いてる所があって…」
なんて親孝行で優しい子なんだ、アンちゃん。
「いいんじゃない?じゃ、おじさんも一緒に──」
「あのっ、一人で行きたいのっ」
おお?なんだ?
秘密の場所なのかな?
こう、お母さんと二人だけの秘密の場所的な感じの。
うーん。
だったら、こんな骨のおじさんが付いて行くのは野暮だよなぁ。
「わかったよ」
「本当っ?」
「ただし、約束。レイローと一緒に行ってくること。それから、もうすぐ昼ごはんだから、花を摘んだらすぐに戻ってくること。いいかな?」
「うん!ありがとうっ、アルヴィンおじさん!」
アン=シディは満面の笑顔を俺へと向けた。
年頃の女の子は秘密の一つや二つ、持ってるもんだよな。
まぁ、こういうのはお父さん的には微笑ましくはあるけど、少し寂しいんだよね。
俺はレイローと共にお下げ髪を揺らしながら駆けていくアン=シディを見送りながら、呑気にそんなことを考えていた。
俺は完全にこの森を甘く見ていたのだ。
どんな理由があろうと小さな子供達から目を離してはいけなかったのに。
この後、俺は二人をこのまま森の中へと送り出したことを、死ぬほど後悔することになる。
何故ならば、約束の昼を過ぎても二人が集落跡に戻ってくることはなかったのだから。