第18話 スケルトンさん、危機一髪
シェフ、アン=シディ特製の高級料理を食べ終えた後、俺達は各自、次の目的に向けて準備を始めた。
まず、カラは自身の呪汚染浄化 の威力の向上も兼ねて、ゴブリン達の墓や居住スペースを訪れ、早速浄化作業を行う。
オブ=シディはそんなカラの案内役を引き受けてくれた。
アン=シディはレイローと共に食器の後片付けと夕食の準備。
俺は昨日一泊したカラの秘密基地からローグガルムの肉をゴブリンの集落へと運んだ後、冒険者三人と共に再びムカデの巣へと向かう。
バーバヤガーと交易関係にあったであろう例のゴブリンの集落へ向かう前に、冒険者達は一度タルツィアの町へ戻り、改めて装備などを整えてくることとなった。
また、しばらく拠点をこのゴブリンの集落跡地に置くとのことで、俺達の分のテントやその他生活に必要な物資も持って来てくれるという。
その資金となるのが、ムカデ達だ。
流石に解毒薬の調合はできないが、ムカデの毒顎からエキスだけを取り出すのは比較的簡単なのだそうだ。
エキスだけならば大した荷物にはならないため、町へ帰還がかなりスムーズになる。
また、実はこの三人、黒き森に入るには少々レベルが低過ぎるらしい。
そのため、魔物との遭遇を避ける手段として、退魔の香と呼ばれるレアアイテムを使って、ここまでやって来たのだという。
しかし、道中、退魔の香を落としてしまい、このままでは町へ帰還するのは難しい状態だったようだ。
このことを打ち明けられた時、解決策を提案してくれたのがオブ=シディだ。
彼の【隠密】スキルのレベルは高く、自身の他に一人だけスキルの恩恵を受けることができる。
暗殺者のテイも【隠密】スキルを取得しているので、よって、三人の冒険者のうち二人がタルツィアまで安全に戻ることが可能となった。
というわけで、タルツィアの町には今回、テイとネシリ、そしてオブ=シディの三人が向かう。
勿論、オブ=シディは町までは付いて行くことはできないので、黒き森の出口で再び二人と合流するまで待機する予定だ。
往復で約六日の旅になるが、何が起こるか分からない黒き森の探索を行うならば、準備には念を入れるに越したことはないだろう。
因みに、言うまでもないがヨウはマチの斧と共に、ここで留守番である。
「それと、お願いがあるんだが」
「なんでしょう?アルヴィンさんの頼みなら、私達はどんなことでもしますよ」
頼もしい言葉と共に、キラキラとした笑顔を俺に向けるネシリ。
ムカデの巣へと向かう道中、俺は冒険者三人に頼み事をすることにした。
「今回、ムカデの巣を討伐したのは、ギシー達だって冒険者ギルドに報告してほしいんだ。できれば、相討ち…、という形で」
デリケートな話題だが、やむを得ない。
彼らがこちら側の事情も察してくれることを祈ろう。
俺の発言に対してネシリは一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐに俺の意図を汲み取ってくれたのか、微笑みながら頷いた。
「分かりました。冒険者ギルドの方にはそのように伝えておきます。浄化も姉が行なってくれていたので、不要だとも言っておきますよ」
「助かるぜ。ありがとな」
「いえ、こちらとしてもその方が自然ですし、ムカデのエキスの納品もスムーズに行えますから」
「じゃ、一つそういうことでよろしく」
「はい」
ムカデを倒した魔物がいる。
もし、冒険者ギルドにそう報告されてしまうと、こちらとしては非常に困るのだ。
ムカデより強い魔物がこの近辺に出現したとなると、その魔物を調査するため、大勢の冒険者達がこの場所へやってくるだろう。
それもギシー達以上の実力を持った者達が。
そんな冒険者達に見つかったら最後。
か弱い俺達など、一人も残らず狩り尽くされてしまうだろう。
人間怖い…。この世で一番怖い。
こうしてムカデの巣に再び訪れた俺達は、それぞれ役割を分担し、ムカデエキスの抽出に取りかかった。
俺がムカデを解体し、毒顎を切り出す。
それをテイが瞬間移動で外へと運び出し、ヨウがハサミで切り開く。
そして、ネシリが抜き取った毒腺を布でこし、そこからムカデエキスを取り出す。最後にエキスはゴブリンの集落跡から持ってきた小さな樽に詰める。
何という完璧な連携!
実際作業は思った以上にうまく進んだ。
ミリオンレッグのエキスを一樽分。サウザンドレッグのエキスを四樽分つめたところで、処理済みの毒顎を抱えて戻ってきたテイが俺に作業が終了したことを知らせてくれた。
後はテイと共に毒顎を再び巣の中へと運び入れ、後片付けに勤しむ。
「いやー。お疲れさん。明るいうちに終わって良かったな」
片付けを終え、地上へと上がった俺は、丁度樽詰めを完了し、額の汗を拭いているネシリへと声をかけた。
「いや、本当に。実は我々、冒険よりもこういう解体作業の方が向いているのでは?」
「カニ剥いてるみたいで、なかなか楽しいかったわ」
「私、瞬間移動のレベルが上がりましたよ」
そう嬉しそうに笑う三人。
うん。若者がこうして楽しそうにしているのを見ていると、なんだかおじさんまで元気になってくるぞ。
良きかな良きかな。
後は、せっかくだから集落跡に戻る前に、大樹の状態をチェックしておこうか。
レイローの炎魔法で燃えそうなものなのか、一応確認は必要だろう。
俺は大樹へと歩み寄ると、状態を確認するため幹に手を当てた。
うーん…。
思ったよりもちょっと水気が多いかなぁ。
だからといってこんな大木、切り倒すなんて絶対無理だし。
つか、あれ…?
なんか、今、脈打たなかったか?
手に感じた違和感に、俺はすぐさま大樹から飛び退いた。
「どうしました、アルヴィンさん」
「いや、なんかこの木、ヤバいかもしれない。とりあえず【鑑定】してみる」
どうか俺の勘違いでありますように。
そう祈りながら、俺は大樹に対して【鑑定】を使った。
[【鑑定 LV.2】による樹木の解析結果]
【カスタネアの木】
HP:8979(魔樹覚醒まであと1021)
樹齢1500年。
非業の死を遂げた後、根元に埋められた生き物の魂を吸い上げ成長を続けている。
体力が一定値を上回るとカオストレントとして覚醒する。
また、むやみに燃やそうとしたり、切り倒そうとすると、未熟な状態でも覚醒してしまうので注意が必要。
ぎゃ───っっ!!!
「テイ!」
「は、はひ!」
「大至急、カラを呼んでこい!この木、もうすぐ魔物化するぞ!」
って。
言ってるそばから鑑定ボードのHPの数値がどんどん上がっていくんですけど!
もしかして、俺達が倒したムカデの魂まで吸い上げてるのか?
「わ、わかりました!すぐにカラちゃんを連れてきます!」
俺の切迫した様子に、テイはすぐさまその場から姿を消した。
少し離れた場所に現れ再び、ふっ、と消える。
瞬間移動を繰り返す彼女の移動方法が、この中では一番速いはずだ。
あっという間に姿が見えなくなったテイを見送った俺は、残された二人に事情を手短に説明しながら鑑定ボードを見せた。
「HP:9100って…」
「うわ、まだ増えるわけ?」
鑑定ボードとにらみ合いをする二人を大樹から引き離しながら、俺はカラの到着を待つ。
くそ、迂闊過ぎた。
【鑑定】は大事だと、あれほど反省した後に、また同じ失敗をするとか…。
悠長に昼飯食ってる場合じゃなかった。
落ち込むぜ…。
それに、こんな体力オバケ、どうやって倒すんだよ。
ちまちま体力削るのもよくないみたいだし。困った…。
俺がそうこう一人で頭をひねっているうちに、カラが猛スピードで駆けてきた。
テイも瞬間移動でその後を追いかけて来てはいるが、なかなかカラのスピードにはついて行けないようだ。
流石、猟犬ボディ。
めっちゃ速い。
「アルヴィン様ー!!カラが参りましたー!!」
俺の元に辿り着いたカラはその場におすわりを決めると、パタパタと尻尾を振ってみせる。
「すまん、カラ。すごく急なんだが、この大樹の根元を浄化することはできるか?」
「えっ?」
すまない!
そりゃ、そういう反応になるわな。
俺はカラへと簡単に状況説明を行った。
「──というわけなんだ。浄化は可能か?」
「うーん…。実力的には問題はないと思うんですけど。ただ、さっきまでゴブリンさん達の集落跡地を浄化していたので、魔力が足りないです」
MP切れか…っ。
くそぅ。
万事休すかと思いきや、ネシリがカラへと走り寄る。
「カラ君。私の魔力でよければ、好きなだけ持っていってくれ」
ネシリがカラの頭へと手をかざすと、彼の手がぼんやりと青白く光始めた。
そして、青い光はカラの身体へと吸い込まれていく。
ナイスだぜ!
流石は医者!緊急時の対応が素早い!
「器用なもんね」
「医者はパーティの活路を見出すために、常に柔軟な対応が求められるからね」
頼もしい!
「あ、結構魔力、回復してきました!僕、行ってきますね」
程なくしてカラの準備が整ったところで、テイが持っていたピンネのロッドをカラへと差し出す。
「カラちゃん、これ持ってってね」
「ありがとうございます!」
カラはロッドを口に咥えると、すぐさま大樹の根元へと走り出した。
黒い影があっという間にムカデの巣の中へと飛び込んでいく。
直後。
黒き森の薄暗い昼下がりには到底似合わない、純白の光が大樹の根元のうろから溢れ出した。
春の日差しのようにやわらかく暖かな光に何度も何度も照らされた俺は、何とも心地よい感覚に包み込まれた。
あー、きもちー。
なんか、ふわふわするー。
昼寝したくなってきたなー。
「ちょっと!どこ行くのよ!!」
と、下の方からヨウの怒鳴り声が聞こえたかと思うと、ふわふわと浮き上がっていた身体が、地上へと引き戻される。
「え?」
我に返った俺の目の前には、必死の形相で俺の口を両手でふさいでいるヨウの姿があった。
「す、すごい、お姉ちゃん。人魂って掴めるんだね」
ヨウの背後でテイが驚きを隠せないといった様子で、そんなことを口にする。
え?もしかして、今、この人、昇天しかけた俺の魂つかまえて、口の中に突っ込んだの?
何それ、すごい。
「ったく、ぼーっと口開いてんじゃないわよ。バカじゃないの?」
「すみませんでした。助けてくれてありがとう!」
命の恩人だよ、お前は!!
危うくカラの放った聖魔法に除霊されかけた俺は、連れ戻してくれたヨウへ素直に礼を述べ、頭を下げた。
そして、問題の大樹の根元へと視線を移す。
見れば、すでにカラによる浄化作業は終了しており、呪汚染浄化 の光はいつのまにか消えていた。
魔樹は…?
そこでようやく完全に意識がはっきりした俺は、慌てて目の前に浮かんだままの【鑑定】ボードを覗き込む。
[【鑑定 LV.2】による樹木の解析結果]
【カスタネアの木】
HP:9849(魔樹覚醒まであと151)
値はそこで、止まっていた。