第17話 スケルトンさん、スープと戦う
前回のあらすじ。
高級食材、胡椒の魔除けの力が凄まじく、俺の【神聖耐性】がどんどん跳ね上がっていったのであった。
以上!
というか、【神聖耐性】が上がる理由って、この幸せな香りで俺が成仏しかけてるからなのか?
『半分そうです』
え?じゃあ、もう半分は?
『【ナビゲーター】【鑑定】複合スキル発動。このホーンディアと香草のスープに混入している…』
胡椒様に混入とか言うな。
『このホーンディアと香草のスープに含まれている胡椒様には、通常の個体よりも強い退魔作用があります。ですから【ナビゲーター】はアルヴィン(スケルトン LV.13)がダメージを負わないように頑張りました。アルヴィン(スケルトン LV.13)はただでさえ、すぐに成仏しそうになりますので』
お、おう…。
ありがとう。
なんかお前、今日はめっちゃ話すじゃん。
もしかして、寂しかったのか?
『【ナビゲータ】にはそのような感情はございません』
う、うーん…?
うーん…。
まあ、【ナビゲーター】がそういうなら、そういうことにしておこう。
とりあえず、ありがとな。
「アルヴィン様?どうしたんですか?」
「あ、ああ。いや、何かこのスープに入っている高級食材の胡椒様の魔除け機能が高いらしくてな、俺の【神聖耐性】がどんどん上がってるんだよ」
俺がそう口にした途端、テイが目の前から消え失せた。
辺りを見渡せば、集落の入り口付近に瞬間移動している。
「おーい!テイ!俺は大丈夫だからもどってこーい!!」
あの町娘、行動力が半端ないな。
一瞬であんな所に…。
「ダメですー!テイはアルヴィン先輩を成仏させたくありませーん!!」
「は?ま、まさか、お前!俺にそのスープ食わせねぇ気じゃないだろうな!?」
「………」
ちょ、ちょっとまてぃ!!
「お、俺は食うぞ!胡椒様を食せるなら、成仏したっていいんだ!!」
俺だけ仲間ハズレとか、酷い!!
じたじたとその場で駄々を捏ねる俺の肩に、静かにヨウの手が置かれた。
「アンタ、こいつらの顔見て、もっかい同じこと言ってみてよ」
ハッと我に返って周りを見渡せば、そこにはペタリと耳と尻尾を垂らし、悲しそうにこちらを見上げているカラとレイローの姿があった。
そして、その横には涙を湛えたアン=シディと、怒ったように眉を寄せたオブ=シディ。
いつのまにか「アルヴィン様、逝かないで」の会員が増えてるんですけど!
「ご、ごめんなさい!!」
俺は素直にその場に土下座した。
「嘘です!みんな残して成仏はしません!でも、胡椒様を食べたいんです!」
「なんか、アルヴィンさんが、大好物がアレルギーになってしまった人みたいなこと言ってる…」
ネシリ!
お医者様の視点からグサグサ言わないで。
これはアレルギーじゃないの!
食べたら強くなれるの!
【ナビゲーター】が頑張ってくれるの!
「アルヴィン様、僕達よりそんな黒い粒々を選ぶんですね…」
「ぬー…」
「アルヴィンおじさんの、はくじょうもの!」
「俺はがっかりしたぜ。アルヴィン」
「やめて!胡椒の耐性は上がっても、お前らからの悲しみの声の耐性は上がらないの!!」
この後、なんとか俺は胡椒を食べれば【神聖耐性】のレベルが上がり、成仏しにくくなることを伝え、みんなと一緒に食事する許可を出してもらうことができた。
───────────
「それでは、大きな声で」
「「「いただきます」」」
「にゃあん」
食事のあいさつを済ませれば、待ちに待った昼ごはんだ。
ホーンディアのヒレ肉をふんだんに使った、塩味の効いたスープだ。
因みにホーンディアとは、鉄の盾さえ紙同然に貫く角を持った鹿のことらしい。
俺は食欲を誘う香りに誘われるがままスープを一口すくうと、匙ごと口に含む。
おお…っ!
これは…!
口の中でふわりと香る肉と香草の風味!
そして、ピリピリと弾ける黒胡椒の旨味!
最高に美味いんですけど!!
幸せだぁ…。
死んでからまさかこんなに美味い物を食えるとは思ってもみなかったぁ…。
胡椒様の味も素晴らしいけど、こんな沢山のスパイスやハーブを使いこなすアンちゃんの腕も凄いよな!
「アルヴィン様、やっぱり魂出てます」
「ぬー…」
「アルヴィンおじさんのうそつき」
「見損なったぜ、アルヴィン」
「だからぁ!みんなで酷いこと言わないで!食事くらい美味しく食べさせて!」
『常時発動スキル【神聖耐性 LV.5】を取得しました。称号【食い意地モンスター LV.3】【命知らず LV.2】を獲得しました』
な、なによ!
【ナビゲーター】のこと信じて食べたのに!
なんで【ナビゲーター】にまで怒られてる感じになってるのよ!
『【呪殺の呪言 LV.1】【食い意地モンスター LV.3】【命知らず LV.2】を取得したことにより、アンデッドスキル【エナジードレイン LV.1】を取得しました』
あ、また【ナビゲーター】が神様からスキルもぎ取ってきてくれた。
死に急いでごめんなさい。
このスープ、スキルまで覚えちゃったよ。
レベルこそ上がらないけど、このスープ、そんなにアンデッドにとって危険なものなのか…。
「どうしたんですか?アルヴィン様。急に静かになりましたけど」
「舌でも火傷したわけ?つか、食べた物どこやったのよ」
それは、俺も知りたい!
でも、まずは無事なことを報告だ。
「【エナジードレイン】覚えたぜ!」
「なるほど。貴方は一人でフードファイトをしていた…、と。そういうことですね?アルヴィンさん」
「あ、はい」
そんなメガネを指で押し上げてキメ顔されても…。
「アルヴィンおじさん、大丈夫なの?」
アン=シディが心配そうに声をかけてくれたので、俺はしきりに頷いてみせる。
「うん!アンちゃんが作ったスープ、すっごくおいしい!おじさん、こんなに美味しい料理食べたの生まれて初めてだよ!」
まあ、まだ生まれてから3回目の食事なんですけどね。
てか、3回目の食事でいきなり高級食材食べるとか、王族でもないよな。
俺ってば、実はすげー恵まれた環境で育っているのでは?
俺が感動を素直にアン=シディへと伝えると、彼女は顔をほころばせ、ようやく食事をし始めた。
うん、ごめんね。
心配かけて。
それからは各々、アン=シディ特性のスープに舌鼓を打ちながら談笑に花を咲かせる。
中でも話題となったのは、やはりスープに入っている噂の高級食材、胡椒についてだ。
「オブさん、この胡椒は一体どこで手に入れたんですか?」
と、早速切り込んでいったのは、商人の卵のテイ。
「バカね。ゴブリンだもの。商人を襲ったりしたに決まってるじゃない」
ヨウは、みんなが言いづらいことをバンバン言うな。
「いや、ウチの集落はレベルの低いヤツらばかりだったからな。ゴブリンと言えど、流石にそんな無謀なことはしねぇよ。この胡椒ってモンがそんなに高級ってんなら、護衛もかなり腕のたつヤツらばかりだろうしな」
確かに。
胡椒なんて代物を扱う奴らって言ったら大商人だし、取引先だって富豪や貴族といった富裕層の連中だ。
よって、輸送するにあたっては、レベルの高いお抱え傭兵や騎士などを護衛に使うだろう。
彼らにかかればゴブリンなど敵ではない。
だとすれば、この胡椒の出所は一体…?
テーブルを囲んでいる全員の視線がゴブリン親子へと向けられる。
「この胡椒は正真正銘、黒き森産だぜ?」
「ほんとっ!?」
テーブルから身を乗り出すテイの目には、誰がどう見ても「お金」という文字が浮かび上がっていた。
「テイ、落ち着いて。胡椒なんて高級品、我々のような初心者冒険者の手に負えるものではないよ」
「そーよ、おバカ。胡椒なんてヤバいモン持ち帰ったら、泥棒扱いされて牢屋行きよ」
「もしくは胡椒の在処を聞き出すために攫われて、厳しい尋問を受けたりするかもしれないよ」
「こんなん、流石の冒険者ギルドも手に負えないわよ」
珍しくネシリとヨウのコンビが、一攫千金の夢に心を揺らしているテイを諭している。
「うわー。人間って怖いですねー、アルヴィン様」
「そ、そうだなぁ…」
やだなぁ。
黒き森が血眼で胡椒を探し回る冒険者で埋めつくされるの。
一方、ネシリとヨウに胡椒で金儲けを止められたテイも、冷静さを取り戻したようだ。
「そうだよね。これを持って帰るのは危ないよね。胡椒はここだけの秘密にしておいたほうがいっか…」
テイが物分かりのいい娘で本当によかった…!
「ところで、胡椒はこの辺りに自生してるものなのか?」
もしそうならば、手軽に美味しいジャーキーを作れる。
そんな期待を胸に俺はオブ=シディへと尋ねてみた。
しかし、残念ながら彼の答えはノーだった。
「いや、この胡椒はここから二日程南に歩いた場所にある、ゴブリンの集落からの交易品だ。ま、その集落もムカデにやられちまったがな」
オブ=シディの話によると、彼らは胡椒をその集落から更に三日かけて歩くと辿り着くという、少々特殊な森で手に入れて来るらしい。
「バーバヤガーの森っつー場所で手に入ると言っていたが、なんでも普通に足を踏み入れるのは大層危険なんだとよ」
「バーバヤガー?」
馴染みのない言葉に俺が首を傾げると、ネシリがスープの湯気で曇ったメガネをハンカチで拭きながら、バーバヤガーについて教えてくれた。
「バーバヤガーというのは、森に住んでいる魔女のことです。外見は老婆の姿をしており、宙を浮く石臼に乗って移動するそうですよ。魔女故に魔法や薬草学の知識に秀でており、より上位の者になると天気や気候、更には四季までもを操る力を使うことができるとか。誠実に対応すれば害はなく、叡智を与えてくれることもあるそうですが、人肉を好んで食べる、という噂もなきにしもあらず…といった感じですね」
「ふむ、天候を操るということが事実なら、ガンダーディアと似た気候を作り出して胡椒を作ることも可能なわけだ」
「そうですね。しかし、バーバヤガーですか。できることなら、一度お会いして薬草学を学んでみたいものです」
「でも、食べられるかもしれないんだろ」
俺の言葉に、ネシリはメガネをかけ直した後、肩をすくめて笑ってみせる。
「その時は私が彼女に対して不誠実な対応をしてしまった、ということですね。それに、こうしてアルヴィンさん達と出会って思ったんです。魔物は必ずしも悪ではないって」
ネシリに続くようにテイも頷く。
「私もそう思う。できるなら、ずっと仲良くしてくれると嬉しいな」
「もちろんだ。お前らならいつでもここに遊びに来ればいい。歓迎するぜ」
オブ=シディも目元にしわを刻みながら、上機嫌に笑っている。
やっぱり、こういう感じはいいな。
──さて、それにしても俺としては、やはりバーバヤガーと交流があったと考えられる集落には、一度行ってみた方が良い気がする。
胡椒がもしその集落に残っているようであれば、そちらは早いうちに回収しておくべきだろう。
別に胡椒が欲しいからというわけではなく…。
いや、欲しいけど。
今、問題なのは例のゴブリンの集落から、胡椒が人間達へと流出してしまうことだ。
もし、今後、そのゴブリンの集落跡地から胡椒が発見されれば、黒き森はあっという間に胡椒を探す冒険者達や各国の調査団で溢れ返ってしまう。
そのような混乱が起きることは全力で避けたい。
野盗から下着を取り返してボコボコにした後は、美味しい物を食べながらゆっくり過ごしたい。
俺はすぐさま懸念していることを皆に伝えた。
その話に対し、オブ=シディが腕を組みながら眉根を寄せる。
「確かにアルヴィンの言う通りかもしれねぇな。胡椒ってのがそんなに危険なものだとは、俺達ゴブリンは考えたこともなかったが…」
オブ=シディによると幸いなことに、胡椒のやりとりはこの集落が初めてだと、例の集落の者達は話していたらしい。
どうやら彼らに対し「決して集落の外には持ち出すな」と指示していた者がいたのだとか…。
て!
それ言ってるの、絶対バーバヤガーだろうが!!
めちゃくちゃ約束破ってんじゃねぇか!!
「なんか、そいつらの尻拭いみたいになっちまうが、俺達も胡椒を腹に収めちまった身だからな。後始末する責任はあるだろ」
「是非、私達も同行させてください」
「胡椒食べたのは私達も一緒だもの」
「仕方ないから、アンが作った美味しいスープの分くらいは働いてやるわよ」
「よし、じゃあ、とりあえずの目標と方針は決まったな」
まずはカラによる、この集落と大樹の浄化。
レイローによる大樹の始末。
そして、バーバヤガーと交易があったであろうゴブリンの集落跡の調査だ。