第16話 スケルトンさん、新冒険者三人衆とお話する
「うちの姉がすみません。根はホントはいい方なんですけど、性格と態度がご覧の通り、残念なありさまなんです」
「あによ?ほっといてよ」
「ほっとけないのよ、このポンコツ。あなたとそっくりな見た目のせいで、一発で家族だってわかっちゃうの。私はお姉ちゃんと違って、人間関係に問題起こして生きたくないの。少しはかわいい妹が心穏やかに過ごせる努力をして」
「知ったこっちゃないわよ」
「お姉ちゃん!!」
「「まぁまぁ」」
あ、ネシリと被った…。
ゴブリン親子とレイローが炊事場へと向かったため、現在、広場には俺とカラ、そして新愉快な冒険者であるヨウシャーフ、テイホーフ、ネシリの三人がいる。
俺達はゴブリン達が椅子がわりに使っていたであろう輪切りにした丸太を集め、それぞれ腰を下ろし、改めて顔を合わせた。
だが、上の通りだ。
早速姉妹喧嘩が勃発した。
仕方がない。
フォローを入れておくか。
魔物としては生まれたてだが、精神年齢はおじさんだからな。
「大丈夫だ、テイホーフ。さっきアンちゃんの髪をかわいくセットしてくれた件で、ヨウシャーフは無害だと分かったから。多少口が悪いのも愛嬌だろ」
「ふん、チョロい奴らね…」
お前は本当にもう…っ。
ま、心配してくれてるんだろうな、と思うことにしよう。
「だいぶこじれた性格してますねー。あれはもうダメですよ。治りません」
「医者の私でさえ匙を投げましたからね。後は神に祈るしかないですね」
「うっさいのよ!アンタ達!」
「「こわーい」」
カラとネシリの嫌味コンボに、ヨウシャーフが吠える。
つか、仲良いなお前ら。
でも、あまりヨウシャーフをからかうな。
爆発するから。
これ以上刺激を与えると本当に爆発しそうだったので、俺は両手を挙げ「静粛」にとジェスチャーをして見せた。
「はい、ありがとう」
周りが静かになったので、俺は礼と共に手を下げる。
「さて、君達三人は色々と思うところもあるし、混乱していると思う。だが、まずは自己紹介からだ」
まず冷静に話し合うためには、お互いの身の内を明かすところから始めなきゃいけないよな。
特に魔物なんて生き物は、本来ならば人間にとっては脅威以外何者でもない。
それに、中途半端な接し方をしてしまうと、変な誤解を生みかねないし…。
とにかく、こういう場では、誠意を見せることが大事だ!
「俺はこの森で野盗に襲われて命を落とした元商人だ。今はスケルトンのアルヴィンと名乗っている。さっきは薪を作ろうと思って、斧を探しにムカデの巣に入っていたんだ」
「はぁ?マチ姉の斧で薪割りしようっていうの!?ふざけんじゃないわよ!」
おう…。
さっそく噛み付かれた。
だが、ここは冷静に対処だ。
「いや、もう必要ないからお前にやるよ」
「は?」
「マチさんの遺言だよ。お前が持って行け。次はカラ。よろしく」
よし。
ポカンとしているヨウシャーフはひとまず置いておくとして、自己紹介を進めておこう。
「はいはいー。僕はカラと言います。以前はとある町で墓守犬として働いていたのですが、リストラされてからはこの森で過ごしています。今はアルヴィン様の守護者ですから、あまり失礼なことばっかりを言ってると寿命を1週間まで縮めますよ」
「こら、カラ。やめなさいって。まだこれからの子達なんだから、寛大な目で見てあげて…」
恐喝しないであげて。
あからさまにテイホーフとネシリの顔色悪くなっちゃったじゃん。
それに比べてヨウシャーフは…、全然響いてねぇ…っ
つらっとしてやがる…。
なんという、精神力…っ
「はぁい。ごめんなさーい…」
「……なるほど。チャーチグリムを生み出す技術が禁術となってしまった理由が分かりましたよ。チャーチグリムが【死の宣告】を使うというのは都市伝説かと思っていたのですが、事実だったんですね」
え?そうなの?
確かにカラはちょっとアレなところはあるけど、ちゃんと言うことも聞いてくれるし、無駄吠えもしない優しいコなのにな。
「あのっ、もし確認したければ…」
「だ、ダメよ、カラちゃん!吠えないでっ」
「あ、いえ、アルヴィン様が【鑑定】スキルをお持ちなので、それで確認できると言いたかっただけなんですけど…」
テイホーフに怯えられたのが思いのほかショックだったらしく、しゅん、と尻尾を垂らしてしまったカラ。
「ほら、無闇に怖がらせるからだぞ。せっかく大好きな人間と話せるんだから、相手の気持ちも考えて話ししろよ」
「はぁい…」
カラは反省したらしく、その場に完全に伏せてピスピス鼻を鳴らし始めた。
少し気の毒だったので、俺がよしよしと頭を撫でてやると、ひらひらと弱々しくはあるが尻尾を振って返してくれる。
そんな中、ヨウシャーフが頬杖を付いたまま、カラを見下したように笑った。
「はっ、バカね。別にこんな貧弱な犬、怖くもなんともないわよ」
「ヨ、ヨウシャーフ…さん…っ!!」
うん。
この状況でその発言は、完全にいい人だよね。
「あによ?そんなに尻尾振っちゃって…。ちょん切られたいの?」
そんなこと言っても俺にはもう、お前がいい奴にしか見えないよ。
お前とギシーは確かに血の繋がった兄妹だ。
「そうだよね。こんなに優しいカラちゃんが怖いわけないよね。ごめんね」
「そうですよね。カラさんがまさか僕達に【死の宣告】を使うわけないですよね。申し訳ありません」
「え?あ、は、はい!当たり前じゃないですかぁ!冗談ですよ、冗談!なんたって僕は優しいワンちゃんなんですから!ね、ねぇ?アルヴィン様!」
「そうだなー。カラは優しくて安全なワンちゃんだなー」
うん、大丈夫だ。
お前がさっきこいつらに吠えようとしていたことは黙っておいてやるから安心しろ。
だから、しきりに焦った感じでこっち見るのやめろよ。
その後、俺は薪を作るため、斧を持った冒険者が入ったまま戻ってこないという大樹の根元へと向かったこと。
そこでゴブリン親子に出会ったこと。
何とかムカデを倒した後、俺達より先にムカデ達に挑み、破れた冒険者達の幽霊に会ったこと。
そして、彼らから遺言を託されたことを話した。
三人は俺の話を静かに聞いていたが、話を終えた頃には皆、目元を赤く腫らしていた。
ネシリは覚悟はしていたと言っていた。
しかし、やはり、近しい者の死というものは冒険者とて簡単に受け入れることはできないのだ。
しばらくの沈黙が流れる。
やがて、ネシリが眼鏡を軽く拭いてから顔を上げ、俺達へと向き直った。
「アルヴィンさん、そして、カラさん。私達の家族であり、先輩である三人と最後に話して下さりありがとうございます。貴方達がミリオンレッグやサウザンドレッグを倒して下さらなければ、彼らはまだ自らの凄惨な最期の記憶の中で苦しんでいたはずです」
アイツらいい奴らだったから、気に入っただけなんだって。
「それに、レベルの低い私達じゃ、絶対に敵う相手じゃなかったです。下手したら私達も殺されていたかも…。助かりました。ありがとうございます」
俺も早々にお前達に会えて良かったぜ。ナイスタイミングだったよな。
「……マチ姉の斧とか、持って来てくれてどうも」
珍しく素直に礼言ったな…。
心の中で答えながらも、俺は彼らの言葉に頷きながら礼を受け取った。
「それから、申し遅れました。私はネシリ・ソリオーイ。ピンネ・ソリオーイの弟で、冒険者同行専門の医者をしております」
そう言って頭を下げるネシリに続き、ハンカチで涙を拭い去ったテイホーフがニコリと微笑む。
「私はギシークラウト・マッカーリの妹の一人、テイホーフといいます。どうぞ、テイとお呼びください。職業は暗殺者ですが、主に薬草の採取や、タルツィアの町で商店のお手伝いをしています。よろしくお願いします、アルヴィン先輩」
冒険者と商人のダブルワークか。
すげーな。
後、さりげなく先輩扱いされてしまったが、俺には商人としての記憶も残ってないからな。
一体何屋だったんだろうな。
ま、いいや。
さて、次は……
「アタシ?知ってんでしょ?ハサミ女よ」
ニヤ、と歯を見せて笑うヨウシャーフに、テイが眉を顰める。
「お姉ちゃん」
「あー、はいはい。分かりましたぁ。アンタ達は特別にアタシのこと、ヨウって呼んでもいいわよ」
おお…っ!
随分心を開いてくれたじゃん!
おじさんはめっちゃ嬉しいぜ!
「じゃあ、ネシリ、テイ、ヨウ。改めてよろしくな」
「沢山遊んでくださいねー」
俺達が新冒険者三人衆にあいさつを返したところへ、ゴブリン親子とレイローがこちらへと戻ってきた。
そこで俺達は一旦話を切り上げ、食事の準備を始めた。
かろうじて壊れずに残っていた天板を、輪切りの丸太の上に置いてテーブルを作り、木の器や匙を並べていく。
魔物と人間とが分け隔てなく、皆、和気藹々(わきあいあい)としながら食事の準備を進めている光景は、元人間の俺にとっては何か感慨深いものを感じる。
こういうの、なんか「ザ・平和」って感じでなんかいいよな。
と、料理を取りに炊事場にいるテイから、突然叫び声が上がった。
なんだ!?
ゴブリン飯にどんな衝撃的ものが入っていたというんだ!
ここから炊事場までは少し距離はあるが、テイが何やら鉄鍋の中をのぞきこんで悲鳴を上げているのは分かる。
「テイの奴、うるさいわね。なにが入ってるっていうのよ」
「さあ…」
こちらには俺とカラ、ネシリとヨウが取り残されているのだが、テイの叫び声を聞いてそれぞれ見合わせる顔には「不安」の文字が浮かび上がっていた。
何やらしきりに叫び続けていたテイ。
やがて、彼女はなめし皮の鍋つかみで鉄鍋を掴み上げると、顔をこちらへと向けた。
そして───
「ちょっと!すごい!すごいですよ!アルヴィン先輩!!」
「うおぉぉおっ!?」
テイは次の瞬間には俺の目の前に立っていた。
鉄鍋を掲げながら急に現れたテイに対して、今度は俺が盛大に悲鳴を上げる。
な、なんだよ…。
瞬間移動かよ。
驚かせやがって…。
しかし、テイの奴、暗殺者といえど、すげースキル持ってるな。
「見てください!アルヴィン先輩!」
「お、おい!落ち着け!中身がこぼれる!」
大層興奮した様子でピョンピョンその場で跳ねているテイを制し、俺は言われるがまま鉄鍋の中をのぞきこんだ。
『【ナビゲーター】ボーナスにより、常時発動スキル【神聖耐性 LV.1】を取得しました』
は?
は…?
いやいやいや、【ナビゲーター】ってば最近出番がなかったからって、そんな無理矢理…。
って何?
このスープ、聖水!?
──いや、これはただの肉と香草のスープだ。
いい香りをまとった湯気が俺の顔面の穴という穴から、頭蓋骨の中へと入り込み、何とも幸せな心地になる。
『【ナビゲーター】ボーナスにより、常時発動スキル【神聖耐性 LV.2】を取得しました』
ちょ!!
なんでだよ!!
テイか!?
テイがさっそく俺に聖水盛って暗殺しようとしてんのか?
まさか。
そんなわけがない。
じゃあ、なんだ?
混乱しつつも、スープの中に目を凝らした俺は、衝撃的な事実に気がついた。
「こ、この…、黒い粒々は…まさか…っ」
「ね?アルヴィン先輩、すごいでしょ?」
「胡椒じゃねぇか!!」
胡椒とは、遥か西方の地、神々と精霊の楽園と呼ばれるガンダーディアにしか自生していない、香辛料だ。
まず一般人には入手は不可能。
あれ?
なんで、俺、胡椒のこと知ってんの?
商人だから?
と、とにかくこの胡椒はすごいのだ!
これが手に入れば、ジャーキーの旨さだって、成仏レベルで飛躍する。
防腐剤として肉に直接揉み込んでもよし。
魔除けとして持ち歩いてもよし。
とにかく、万能……
あ…
魔除け……
『【ナビゲーター】ボーナスにより、常時発動スキル【神聖耐性 LV.3】を取得しました』
ちょ、やめて。
成仏できなくなる。