第13話 スケルトンさん、お見送りをする
スケルトンの俺ことアルヴィン、ウィッチズ ケットシーのレイロー、チャーチグリムのカラは、愉快な冒険者の幽霊三人衆に連れられて、ゴブリンの骨の山の間を進んでいく。
「確か、この辺だよね。あ、これだ、俺の死体」
「アンタ、意外と前歯、大きいのね」
「お前こそ、自慢のバストはどこにやったんだよ」
「喰われたんだよ。殴られたいの?」
「あ、アルヴィンさん…っ、わ、私の死体、服着てなくて…!。は、恥ずかしいので、見ないでください」
うん。
ツッコミどころ満載。
とりあえず、神官のピンネさん?
俺はスケルトンだからといって、骨までずる剥けの身体に興味はないし欲情しないんだ。
骨は骨だ。
それ以上でもそれ以下でもない。
でも、俺は紳士だからな。
空気を読んでピンネさんが必死にバタバタと手を振っている辺りには近付かないよ。
「じゃあ、カラ。ピンネさんの冒険者ライセンスの回収はよろしく頼んだ」
「はーい!ピンネさん、失礼しまーす」
「はわわわ…っ、お、お粗末様ですっ」
「やや!これは、美味しそうな大腿骨ですねぇ!」
「はわわわわーっ」
「カラー、食人はダメですよー。お父さん、許しませんよー」
「はぁい。パパー」
奴にとっても骨は骨。
お菓子以外の何物でもないようだが、人骨はマジで止めろ。
俺まで捕食対象にされたら困るわ。
カラのカルマ値は、俺が守る…っ!
これ以上カルマ値を下げたら、進化の先になんかヤバい道が拓けそうで怖いもん。
「あのワンちゃんヤベー!」
「ほら、ギシー。バカなこと言ってないで、自分のライセンス探しな。アルヴィンさん、アタシの冒険者ライセンスはこれだよ」
戦士のマチが片膝をつき指差している場所を見れば、わりと新しいゴブリンのものより大きな白骨が散らばっている。
その周辺には彼女がまとっていたであろう装備品が無造作に転がり、鈍い灰色に光る金属タグも見つかった。
「いやー、豪快に喰われたねぇ!」
自分の無惨な死体を前に豪快に高笑いするマチ。
「ありがとうな。俺達のために協力してくれて。後、嫌なもん見せるようなことして悪かった」
いたたまれなくなり思わず謝る俺に、マチがふ、と笑う。
そして、冒険者ライセンスを拾い上げると、タグについたチェーンを俺の首へとかけた。
「アンタが謝ることないさ。悔しいけど、実力不足の上、軽率にあいつらの巣に足を踏み入れたウチらが悪いのさ」
「そうっスよ!アルヴィンさんは、俺達の代わりにミリオンレッグを倒してタルツィアを脅威から守ってくれたし、俺達三人をまたしゃべれるようにしてくれたじゃないっスか!最後の最後で、こうして三人、また笑いあって話せたこと、オレらはとっても感謝してます!」
俺の背中を叩いて笑いながら、戦士のギシーも自分の冒険者ライセンスを首にかけてくれる。
「わ、私も、アルヴィンさんに感謝しております!最後にこんなにかわいい猫ちゃんにも会えましたし」
「にゃー」
カラと共にライセンスを回収し終えたピンネも、二人にならってタグをかけてくれた。
そんな三人に俺はあらためて頭を下げる。
「三人共、貴重な物を貸してくれて、本当にどうもありがとう」
「どういたしまして。参考になるか分からないっスけど、見てみてください!」
リーダーであるギシーに促され、俺はそれぞれのタグに取り付けられた小さな水晶玉を押した。
[冒険者ライセンスによる冒険者三名のステータス表示]
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ギシークラウト・マッカーリ LV.23
職業:戦士
HP:133/0
MP:51/0
力:76
耐久:80
俊敏:54
知性:82
魔力:37
カルマ:56
【魔法】
防御力増加 LV.5/速度加速 LV.4/スモッグ LV.2/ウインドカッター LV.2
【スキル】
索敵 LV.3/クロスカッター LV.4/ウェポンクラッシュ LV.4
【称号】
やればできる子 LV.5/優秀アシスタント LV.4/武器破壊魔 LV.3
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────────
ピンネ・ソリオーイ LV.20
職業:神官
HP:102/0
MP:151/0
力:56
耐久:54
俊敏:83
知性:76
魔力:124
カルマ:82
【魔法】
外傷回復 LV.4/外傷中等度回復 LV.3/範囲内外傷回復 LV.2/状態異常回復 LV.2/呪汚染浄化 LV.3
【スキル】
ロッククラッシュ LV.4
【称号】
癒しの巫女 LV.4/白衣の天使 LV.3/撲殺ヒーラー LV.5
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マチ・ネーベルク LV.26
職業:戦士
HP:169/0
MP:0/0
力:118
耐久:94
俊敏:74
知性:61
魔力:0
カルマ:45
【スキル】
火炎斬 LV.4/火車の舞 LV.4/爆炎斬 LV.2/烈風斬 LV.3
【称号】
一匹狼 LV.3/火遊びマイスター LV.5/魔性の女 LV.3
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つっよ。
戦士二人のパーティだから、てっきり力でゴリ押ししていくスタイルかと思っていたけれど、決してそんなことはない。
マチが火力に特化したパワーファイター。ギシーが敵の撹乱を得意とする伏兵タイプのファイターだ。
そこに自衛もできる回復役のピンネが加われば、防衛面の能力も格段に上がる。
個々の能力ももちろん高いが、全体的に見てもバランスが取れたいいパーティだと思う。
クセの強い俺達三人よりも、遥かに堅実で優れたパーティだ。
今回、俺達がムカデ達に勝つことができたのは、確かにムカデ側の油断と、「【支配の呪言】で同士討ち作戦」との相性の良さもあったとは思う。
しかし、彼らが事前に相当な数のムカデを倒してくれていたことも、勝因の要素であったことは確かだろう。
いやー、しかし、本当にこの人達はすげーな。
ピンネさんのMP量はともかくとして、マチさんの力が3桁いってるのは震え上がるレベルだぜ。
ギシーも意外と頭いいし…。
人は見かけによらないというのは、こういうことを言うんだろうな。
とにかく、今後も俺達には、戦う手段を選んでいられるほどの余裕はなさそうだ。
「どうスか?参考になりました?」
「ああ、アンタ達の方が俺達よりも遥かに実力が上だし、俺達は更に強くならねぇと生き残れないってことは分かった」
「そりゃあ、良かった。アンタ達はこれからも頑張りな!」
マチが俺達に励ましの言葉を送る。
と、三人の中では一番おとなしいピンネが声を上げた。
「あ、あの…。私達からも、アルヴィンさん達にお願いがいくつかあるんです」
幽霊の頼み事か。
まあ、この人達は魔物の俺達に対して、気兼ねなく接してくれたいい奴らだ。
彼らの願いなら、できれば叶えてやりたい。
「いいぜ。こっちからお願いしっぱなしっていうのも、なんか悪いしな」
「いいですよー。あなた達の成仏の手助けになるなら、僕、頑張ります!」
「にゃー」
二匹も頼み事を受ける気満々だ。
俺達の返事に、まずギシーが一歩前に出る。
「じゃあ、まず俺から一つ頼みたいっス」
そう告げた彼はいつものにこやかな表情を収め、至極真面目な面持ちで頼み事を口にした。
「俺達はこの土地に縛られてるようで、この穴から外には出られないみたいなんです。だから、どんな手段でも構いません。俺達の代わりに冒険者ライセンスをタルツィアに届けて欲しいんです」
流石、リーダー。
そういう真面目な対応もできるのか。
「分かった。途中で紛失しないよう、できるだけ俺達が直接町に届けるようにする」
町に入るのは魔物にはリスクが高いが、俺も元は町で暮らしていた人間。
にぎやかな人間社会には未だに未練がある。
変装とかばっちり決めて一度アタックしてみよう。
「アタシからも一つだ」
次に前に出たのはマチだ。
「アタシには可愛い後輩がいてね。そいつにアタシの戦斧を渡して欲しいんだ。ギシーの妹でヨウシャーフって言うんだ。頼めるかい?」
そう笑いながら、彼女は自分の身の丈程もある戦斧を俺へと差し出した。
赤く光る鋼で打たれた立派な斧だ。
ステータスボードを見ていたから、なんとなく予想はできていたが、マチが俺達がこの場所にやってくるきっかけになった斧の持ち主だったんだな。
「わかった。」
「ああ、ヨウシャーフの他に、テイホーフっていう双子の妹と、ピンネの弟のネシリにもできればよろしく言っといてくれ。あいつらもアタシらと同じくらい仲良いからね、多分いつも一緒にいるはずさ」
「ヨウシャーフとテイホーフとネシリだな。わかった。会ったらマチ達に世話になったこと、伝えておくぜ」
「それは、俺からもお願いしたいっス」
「ネシリは話が分かる子ですから、スケルトンである貴方の話も聞いてくれると思います」
「あ、うちはテイなら大丈夫そうだな。ヨウが襲ってくるかもしれないけど、その時はがっつりシメてくれて構わないんで!」
ヨウシャーフはシメて構わない。
了解!
俺は戦斧を受け取った。
だが、俺には斧は重たすぎた。
斧が倒れないように支えるのが精一杯の状態で俺がもがいていると、その場にいる全員が笑い出す。
「いや、本当にキツいから!運ぶのに骨折れるわ!」
「ま、筋肉でも召喚して頑張んな!」
いや、動く人体模型になんか進化したくねぇよ。
骨模型のままでいいわ。
俺がとりあえず一旦戦斧を地面に置くと、最後にピンネが前に出た。
「最後に私から」
一息置いて、彼女は話し始める。
「この場所を浄化して、この大樹を燃やしてほしいのです。この大樹の下では、生き物が死に過ぎました。今、この地は穢れ、無数の霊魂が天に登れず苦しんでいます。そんな彼らをこのままにしておけば、やがて彼らはゴーストとなり、生気を吸い取るために、この森を訪れた者達をこの場所へと招くようになってしまうでしょう。また、この大樹自体もすでに穢れを吸い続けているせいで、魔樹へと変化しつつあります。それをどうか、防いで欲しいのです」
「その役目、僕が務めさせて頂いてもいいですか?」
ピンネの頼み事に対して、カラが声を上げた。
そんなカラを見たピンネの表情が、驚きから納得へと変化していく。
「貴方はもしかして、墓守犬、ですか?」
「はい、カラといいます。今はアルヴィン様を守護していますが、以前は神父様と共に立派な墓地を守っていました。魔力が少ないので少し時間はかかりますが、浄化の魔法を使える僕なら、貴女の不安を取り除くことができます」
背筋を伸ばし、凛とした佇まいで告げるカラへ、ピンネは安堵の笑みを漏らした。
そして、彼女は手に持っていたロッドを、そっとカラの目の前に置く。
「では、この杖はカラさん、貴方に差し上げますね。貴方の魔法の力をより高めてくれるでしょう」
彼女のロッドは飴色に磨き上げられた木の柄の先に、真鍮製の槌が十字を描くように取り付けられている。
この槌の部分で彼女は強烈な【ロッククラッシュ】を放っていたのだろう。
そして、十字に交差した槌の中央には、蜜柑程の大きさの水晶玉がはめ込まれていた。
水晶は浄化の力を強化することのできる石で、聖職者にとって関わり合いが深く大切なものだ。
カラは元々ステータスが戦士タイプだから、MPや魔力の値が低い。
ピンネの杖はそんなカラの弱点を大きく補ってくれるだろう。
「ありがとうございます。神父様から受け継いだ力と、ピンネさんから頂いたこの杖で、必ずこの地を浄化してみせます」
「にゃ、にゃ」
「うふふ、猫ちゃんもありがとう。貴方は火の魔法が得意だから、仕上げに大樹を燃やしてくれるとお姉さん嬉しいな」
「にゃん」
うん。
ピンネの頼み事は俺にはどうすることもできないから、二人に任せよう。
森の平和のために頼んだぜ、クロ助達。
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「じゃ、これ以上長居してもご迷惑かと思うんで、俺らそろそろ逝きますね」
名残惜しいがギシーの言う通り、彼らをこのまま空気の悪い場所に留めておくのは良くない。
「おう。先行って、後で俺達が来たら、あっちの冒険譚でも沢山聞かせてくれよ」
「それ、ナイスアイディアっスね!」
「そんな調子のいいこと言って、すぐ追いかけきたら許さないからね。頑張りなよ!」
「私もあの世に行ったら、猫ちゃん達といっぱいモフモフします!」
一人、別れのあいさつじゃなくて、新生活への決意表明をした奴がいたが、まあいいか。
俺とレイロー、そして、カラが見守る中、無数のサウザンドレッグ率いるミリオンレッグに勇敢に挑んだ冒険者三人は、お互い顔を寄せ合うと、声を上げて笑う。
「俺達ってば、死んでからも一緒とか、サイコーじゃーん!」
ギシーの陽気な声を残し、彼らは青い光の粒となって消えていく。
青く光る雪のように、魂の煌めきを降らせながら、彼らは一足先に天へと昇っていったのだった。
「あいつら、すげーな」
「はい。すげーですね」
「にゃーん」
あの三人はずっと俺達の前で陽気に振る舞ってはいたが、内心は心穏やではなかったはずだ。
死の直前に与えられた恐怖。生への未練。
様々な感情が入り混じり、苦しく辛かったことだろう。
だが、彼らは死んでもなお、三人共にいれたことを喜び、俺達へと想いを託し、前へと進んでいった。
彼らは本当に強い奴らだった。
俺は天を仰ぎ見て笑う。
ネチネチ復讐のためとか言って、骨になっても生にしがみついている俺が、少しだけ恥ずかしくなるぜ。
「でも、アルヴィンさんは逝ったらダメです」
「にゃあ」
足元から聞こえた声の方を見れば、カラとレイローが寂しそうに尻尾を下げ、こちらを見上げていた。
やだ、かわいい!
こんなかわいい子達おいて、一人成仏するだなんて、絶対無理!
罪な奴らだなー。
こいつらも。
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こうして、俺達は荷物をまとめ、一度地上に出ることにした。
このままカラが呪汚染浄化を唱えると、俺が被爆し兼ねないからな。
荷物を運び出したら、俺は外で待機だ。
マチの斧は俺の力では運べなかったので、その辺りに散らばっていたゴブリンの衣服で包み、マチの衣服らしき物の中から見つけた斧用のベルトで固定して、カラに引っ張ってもらうことにした。
俺は三人が俺の首にかけていったタグと、ピンネのロッドを持つ係だ。
アン=シディの母親から託された髪飾りも、落とさぬように腕に引っ掛けてある。
因みにギシーの武器も持って行こうと思ったのだが、見当たらなかったためあきらめた。
きっと、戦ったムカデの背に刺さったままになっているのだ。
そういうことにしておいた。
「にゃー」
「ちょっと、レイローさん?一人だけずるいですよー」
「にゃあ」
クロ助達は何をもめてるんだ?
見てみるとどうやらレイローが斧の包みの上に乗り、カラに運んでもらおうとしているようだ。
「もう、今回だけですからねー」
結局、カラが折れた。
そんなこんなで荷造りを終え、俺達は久々の外へと出る。
黒き森は薄暗い森のはずなのに、暗い場所から出てきたからか、やけに明るく感じるな。
アンデットだけど、陽の光が心地いいぜ!
さて、ゴブリン親子は元気にやってるかな?
ゴブリン飯、実は俺、かなり楽しみにしてるんですけど。
その前にアンちゃんには彼女のお母さんが遺して行った髪飾りを渡してやらないといけないし、オブにも話せる限り中であったことは伝えないとな。
──しかし、
意気揚々(いきようよう)と凱旋を果たした俺達を迎えたのは、思いもよらない光景だった。
「アルヴィン!!」
「ア、アルヴィンおじさん!お父さんを助けてぇ!」
な、なんだよ…、
なんで、こんな事になってんだよ!
大樹の根元のすぐ近くで繰り広げられている信じがたい光景に、俺達は持っていた荷物を投げ捨て、すぐさまゴブリン親子の方へと駆け出した。
俺達の目の前で、三人の冒険者達がゴブリン親子を取り押さえている。
そして、そのうちの一人が巨大な両手バサミに、オブ=シディの首を挟み、今まさに彼の首を落とそうとしていた。