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第9話 スケルトンさんは、斧が欲しい


 ──ムカデコロニー制圧より、2時間前



 新しい朝が来た。

 俺がスケルトンとして第ニの人生を歩み始めてから二日目の朝だ。


 そんな心身爽快の朝に、俺ことアルヴィンと子猫のレイロー、黒犬のカラは、とある大樹の付近のしげみの中に身を(ひそ)めていた。


「なぁ、カラ。あの木の根元、ヤバいのがいるよね?」


「でも、すっごくいい斧もありますよ?僕、見ましたもん」


「すっごくいい斧はあるかもしれないけどさ、すっごく危ない目にも会うんじゃない?」


「そうですね。すっごくいい斧を持って入った人も、彼の仲間二人も、あれから1週間は経つのに出てきた臭いも形跡ないですもん」


「ほらぁ。すっごくいい斧持ってるってことは、すっごく強い人ってことなの。そいつも仲間も出てこないってことは、すっごくすっごく危ないの。分かる?」


「でも、僕、ジャーキー食べたいです」


「にゃ」


「もうっ、食いしん坊さんっ」


 いや、冗談抜きであの木の根元はヤバいだろ。

 ゴブリンに喧嘩(けんか)売るより何十倍もヤバいだろ。


 だって、落ちてるんだもん!


 ゴブリンの骨が。


 頭蓋骨やら大腿骨やら、なんか俺のミニチュアみたいなものがわんさか!


 それに、冒険者。

 冒険者も少なくとも三人喰われてるんだろ、この穴に。


 確かに俺は「ゴブリンに喧嘩を売らない、且つ、街道で人間の追い()ぎをしないで斧を手に入れる方法を知らないか」とカラに聞いた。


 我ながら無茶振りをしたと思う。


 だからって、これは絶対難易度高すぎるだろ!


「バッチリいい方法があります!」じゃねぇよ。


「じゃ、サクサクっとやっちゃいましょう」


「にゃ」


「馬鹿野郎。このまま入ったらサクサクっと食われちまうんだよ」


 この能天気ダブル黒助共が!


 俺は意気揚々としげみから出ようとする二匹の首根っこを(つか)んで、問答無用で引き戻した。


「敵の情報も分からないのに、突っ込む馬鹿がどこにいるんだ」


「分かってますよー。ムカデが沢山います」


「ぬー」


「ムカデっ?勘弁してくれよ。あいつら刺すじゃん」


「え?アルヴィン様は刺されても()れないでしょ?」


「ばっか、お前!あげ足取りやがったな、お前!それにムカデだけじゃないかもしれないだろ!」


「いや、ムカデだけだぜ」


「あ、ムカデだけなんだー。…て、え?」


 自然と肩に手を置きながら会話に混ざって来た何者かに、俺も自然と返事を返してしまったが、すぐにその違和感に気が付く。


 俺は声をかけてきた相手の方へと顔を向けた。


 土でまだらに汚れた緑の肌。尖った耳。末広がりの大きな鉤鼻(かぎばな)。鋭い目付きに、掘り深く険しい顔立ち。唇に食い込むように生えた黄ばんだ二本の牙。


 ゴ、ゴゴゴブリンの兄貴…っ


 人間の大人達がワルワルした子供を(しか)るときに大活躍!みんなのトラウマ、ゴブリンの兄貴じゃないですかっ!!


 しかし、反射的にビクつく俺とは対象的に、ゴブリンは俺にニカッと笑いかけてきた。


「よお、スケルトンの兄ちゃん。元気にやってるか?」


「え?ああ、まぁ、ぼちぼち…」


 やだ、このゴブリンさん、気さくで男らしい…っ


 でも、俺、兄ちゃんって呼ばれる年でもないのよ?


 フレンドリーな対応に戸惑う俺に対して、ゴブリンは特に気にするでもなく、ムカデについて話してくれた。


「ムカデっつっても、一匹1.5メートルはあるでかい奴だぞ。サウザンドレッグっていうらしい。普通は単独行動のはずなんだが、どうやらミリオンレッグっつー大ムカデに進化した奴がいてな、500匹程のサウザンドレッグを手下にしてこき使っているそうだ」


 500匹!?

 うぇええ…

 想像しただけで気持ち悪い。


「しかし、俺達ゴブリンだけじゃなく、人間、しかも冒険者まで食い始めたか…。こりゃあ、相当ヤバいな」


 ああ、もうその辺りから聞いてたのね。

 何者なんだ、このゴブリン。


「おかしいですね。僕、全然この人に気が付かなかったです。この辺り、ゴブリンの臭いが強いからかな?」


 カラとレイローも、突然のゴブリンの出現に戸惑った様子を見せる。

 二匹がクンクンと鼻を動かしながらゴブリンに近寄ると、彼の足元から小さな悲鳴が上がった。


 見れば、ゴブリンの兄貴の足元に小さなゴブリンがもう一人、彼の影に隠れるようにして立っている。


 人間目線で見れば5歳くらいに見えるのだが、相手はゴブリンだ。

 実年齢はよく分からん。


 こいつら、成長めっちゃ早いし。


「あ、驚かせてごめんなさい。お嬢さん」


「ぬぅー」


 小さなゴブリンはボサボサ伸び放題の前髪の間から、オドオドとした眼差しを二匹や俺に送ってきた。


「だ、大丈夫です…」


 彼女は消え入るような声でそれだけ告げると、ささ、とゴブリンの兄貴の後ろへと完全に身を隠してしまった。


「ああ、すまんな。コイツは俺の娘なんだが、ちょっと色々あって元気がねぇんだ」


「それは、お気の毒に…」


 表面上は無難な返事を返してしまったが、内心勝手ながら彼らには物凄い親近感が湧いてきた。


 ゴブリンの言葉にカラは何かを察し、怖がらせないようにと彼女から少し距離を置く。

 しかし、レイローはそんな事情などお構いなしに、ゴブリンの少女の足元にまとわりついていった。


「にゃー」


 で、でた───!

 レイローの必殺「上目遣い にゃー」!


「レイローさん、攻めますねぇ」


 カラが感心したように呟いた。


 一方、無邪気にすり寄ってきた小さな子猫に対し、ゴブリンの少女は困惑した様子を見せていたが、やがて、強張っていた表情をふわりと緩めた。


「ね、猫ちゃん…っ、かわいいね…っ」


 少女はその場にしゃがみ込むとおずおずと手を伸ばし、優しくレイローの頭を撫でた。


「にゃあ」


 彼女の手が心地いいのか、レイローもゴロゴロと(のど)を鳴らしながら、気持ち良さそうに目を細める。


 だめだー!

 泣いちゃう!


 おじさん、子供と動物の友情物語にも弱いんだ!!


 やばい、鼻水垂れそう…。


 確かに芽生えた子猫と少女の友情に、分泌(ぶんぴつ)されないはずの鼻水をすすっていると、隣からも豪快に鼻をかむ音が上がった。


「ちょ、お父さん、静かに。気持ちは分かるけど、一応ここ、危険区域だから」


「す、すまん。娘の笑顔なんて、久しぶりに見たもんだからよ…。ったく、情けない父親だぜ」


 毛皮の腕当てで思い切り鼻水をぬぐっているゴブリンの父親。

 彼の気持ちが俺にはなんとなく分かる。


 俺も情けない父親の一人だからだ。


 でも、彼は生きている。

 生きて、自分の娘のそばにいる。


 それだけで、彼は十分立派な父親だ。


 俺はゴブリンの肩を軽く叩いた。


「情けなくなんかないだろ。アンタは立派に子育てしてる」


 俺の言葉が思いがけないものだったのか、ゴブリンは目を丸くしてこちらを見つめてきた。


 そうだろう、そうだろう。


 子育てに対してコメントしてくるスケルトンなんて、滅多にいないだろう。

 驚くのは無理ないさ。


「お前、すっげぇいいスケルトンだな」


「お前はめっちゃいいゴブリンだぜ」


 ゴブリンってこんなに話せる奴だったんだな。


 俺達はお互いうなずき合うと、固い握手を交わした。


 いい奴に出会えてよかった。

 仲良くしよう。


 一方、俺達が友情の握手を交わしている横で、カラはどこか元気のない様子で項垂れていた。


「わんちゃん…、どうしたの?」


 その様子が気になったのか、先程はカラに(おび)えた態度をとっていたゴブリンの少女が、今度は勇気を出しておずおずと声をかける。


 カラはしゅん、と尻尾を下に垂らしたまま少女へと視線を上げた。


「いえ、…あの、やっぱり、僕的にはお二人に気が付くことができなかったのがショックで。お嬢さん達、気配消すの上手すぎじゃないですか?」


「え、あの。ごめんね…?」


 そう謝るゴブリンの少女の腕の中には、いつの間にかレイローが丸まり収まっていた。

 俺にはない柔らかな温もりがどうやら大層お気に召したようだ。


 動物と少女達の可愛らしい絵に俺がただただ癒されていると、横でゴブリンがカラへと笑いながら胸を張ってみせる。


「悪いな犬っころ。どうやらお前さんの嗅覚より、俺達親子の隠密スキルが(まさ)ったようだな」


「隠密スキル?ゴブリンってそんな強力なスキル持ってんのか」


 ゴブリンって執念深くて荒々しい性格だと思ってたから、もっと正面から数の暴力で(なぐ)ってくるイメージだったんだが。

 こいつら、暗殺みたいなこともできるんだな。


 ……背後には気をつけよ。


 それにしても、魔物になってからまだ二日目だというのに、人間だった時に得た常識と現実との間に随分と差異があるということが分かってきた。


 世界ってやつは、やっぱり自分の目で確かめてみないと分からないもんだな。


 自分が生前、いかに小さなものさしで世界を測っていたかをつくづく感じていると、突然ゴブリンの兄貴のたくましい腕が、俺の背中へと回された。


「なんだなんだ、どうした?」


「スケルトンの兄ちゃん。お前、最高にいい奴だな」


「え?急にどうした?なんで?」


 俺、今なんかいいこと言った?


 ゴブリンが感極まったように涙を目尻に()めて、泣き笑いを浮かべている。

 その理由が分からず、俺が混乱していると、代わりにゴブリンの少女がはにかみながら理由を教えてくれた。


「ゴブリンの間では、隠密スキルは臆病者の技だって、からかわれたりするの…。臆病者のシディ一族だ、って」


「あー…、確かに力任せなイメージのゴブリンにしては珍しいスキルだなとは思っていたけど、他の一族からはあまり重宝されてないのか…」


「そんなにいいスキルを持っているというのに、もったいないですね。あ、申し遅れました。僕はチャーチグリムのカラと申します」


 カラ、本当はそんなにしっかりしてるのに。

 さっきはなんでムカデの巣穴に策もなしに突っ込んで行こうとしたんだ?


 ちゃっかり自己紹介を済ませたカラに、俺も乗っかることにした。


「俺はアルヴィン。見ての通り、元人間のスケルトンだ。それから、こっちのにゃんこはレイロー。ベビーケットシーっていう妖精だ。よろしくな」


「にゃあ」


 俺達があいさつすると、ゴブリン親子も顔を見合わせた後、あいさつに応じてくれた。


「こっちこそ。こんなヤバい場所でこんな気のいい奴らと出会えて嬉しいぜ。俺はオブ=シディ。穏健派ゴブリンのシディ一族の者だ。こっちは娘のアン=シディ」


「よ、よろしくお願いします」


 ニカッと牙を見せて笑う豪胆な父親と、深々と頭を下げる礼儀正しい娘。

 いいコンビだなぁ。


 微笑ましいのと同時に少しうらやましい。


 しかし、なるほど。

 ゴブリンにも穏健派とか過激派とか派閥があるのか。


「シディ一族っつーのはな、ゴブリンの中では比較的争いを好まない性格なんだよ。だから、他の一族とは違って猛攻のスキルや、超成長のスキルは持ってねぇ。ただ、隠れて身を守ることで、なんとか今まで生き残ることはできたのさ。昔も、今もな」


 オブ=シディはそう皮肉混じりに言う。


「じゃあ、アンタ達親子は、そのシディ一族の集落で暮らしているのか?」


 それで、彼は只今(ただいま)ムカデの情報収集中とか?


 それにしても、穏健派のゴブリン。

 これは良い繋がりを持てた。


 シディ一族とならこうして会話も成立するし…、あれ?上手くいけば斧とか貸してもらえるんじゃないか?

 

 それなら、こんなヤバい穴に入らなくってもいいじゃん。


 やったぜ!


 だが、これは俺のぬか喜びに過ぎなかった。


「いや、シディ一族の集落は二十年程前に淘汰(とうた)され、一族は他の一族の元にそれぞれ下ったんだ」


「そ、そうなのか…」


 ぬか喜びどころではない。


 出会って間もない彼らに、一族の暗い歴史を語らせてしまうというとんでもない失態を犯してしまった。


 配慮、足りなさ過ぎだろ!

 俺、ホントに生前商人だったのかっ?


 俺が一人猛省していると、オブ=シディの娘ことアン=シディが、ふと俺の方を見上げてきた。


「あの、おじさん達は、ここのムカデ達を倒しに来たの?」


「え?」


 いや、正直帰ろうとしてましたけども…。

 ここに来た理由も「ジャーキー食べたい」とかいうふざけたものだったし。


 でも、なんだろう?

 そうは言えない空気だよね。


 あからさまに俺が返答に()まっていると、代わりにカラが元気よく返事を返した。


「はい、そうですよー。ジャーキーを食べるためにはムカデを駆除する必要があるんです」


「……ジャーキー?」


 カラの的を得ない発言に、アン=シディが首をかしげる。


「ジャーキーですよ。ジャーキーを作るには沢山の薪が必要で、薪を作るには斧が必要なんです。だから、僕達はこの穴の中にある冒険者さんの斧をもらいに来たんですよー」


 馬鹿正直に全部しゃべりやがったぞ、このワン公。

 絶対、こいつら頭おかしいって思われただろ。


 しかし、思わず頭を抱える俺の耳には、次の瞬間、アン=シディの小さな笑い声が届いた。


「そっかぁ、ジャーキー。食べれたらいいね」


 優しい少女の温かい言葉に、俺は純粋に癒された。

 だが──


「みんなが美味しいジャーキー食べれるように、私、沢山頑張らないとね」


 は?


「え?待て待て、アンちゃん。まさか今からこの穴の中に入るとか言わないよな?」


 そんなことあってはならないという願いとは裏腹に、彼女は大きく首を縦に振って応えた。


「うん。私、今日ね、お父さんとね、お母さんを探しに来たの」


 母さん探しに来たって言ったって、お前…っ。


 こんな小さな子が?

 これからあのムカデひしめくヤバい穴に入るって?


 しかも、この娘の装備、なめし革のワンピースと、小枝を切るくらいしかできなさそうな小刀じゃねぇか。


 ちょっと待て、お前、さっき、シディ一族は戦いに不向きだって言ってただろ。


 冒険者三人喰われてんだぞ?


 いくらなんでも…


「それでね、三人で仲良く旅に出るの」


 少女の衝撃的な言葉に俺は言葉を失った。


 それって、つまりは、死にに行くってことじゃねぇか…


 彼女の父親へと視線を向ければ、彼はうつむき拳を握りしめていた。

 その姿は苦悩に満ちており、俺には彼にさえかける言葉を見つけることができなかった。


 そんな彼が、ポツリと呟く。


「もう、この一帯に住んでいたゴブリンは俺達だけなんだ。みんな、あのムカデ野郎に喰われちまった」


「そ、そんな…」


 そんな馬鹿なことかあるかよ。


 ゴブリンって言ったら、お前、莫大(ばくだい)な繁殖力と残忍性で、旅人どころか森の近辺にある村や町まで被害をもたらす、恐ろしい魔物だろ?


 そんな奴らが、狩り尽くされるなんて、そんなことあるか。


 信じられねぇ。


 しかし、目の前の母親を思い、涙を浮かべる少女の姿を見てしまえば、彼が言っていることは事実なのだと受け入れるしかない。


「今回の一件は森中のゴブリンに知れ渡るだろう。俺達シディ一族はゴブリンの中でも最弱だ。そんな俺達だけが生き残ることを、奴らは決して良しとは言わない。俺達はもうどこに逃げても居場所がないのさ。だからよ、どうせ死ぬなら(かたき)を打ちてぇ。生まれ付いた時から臆病者と言われてきた俺に、手を差し伸べてくれた嫁の(かたき)を取りに行くんだ。今日、俺達親子はそう覚悟決めて、ここに来た」


 俺は何も言えなかった。


 この、気さくで優しいゴブリンの父親がこれから死ぬって?


 このいたいけで笑顔のかわいいゴブリンの少女が、母親の(かたき)を取るために父親に付いて行くって?


「ぬーっ、ぬーっ」


 アン=シディの腕の中でレイローが嫌々と言うように首を振り、彼女の服に爪を立ててしがみつく。


「ご、ごめんね、猫ちゃん」


 少女はオロオロとしながら謝る。

 だが、すぐに唇を引き結んだ後、前へと向き直った。

 彼女の視線の先には、母親を連れ去ったムカデ達の巣が大きく口を開けている。


「でも、私も弱いなりに鬼族なの。お母さんや他のみんなを食べた奴らを許せない。だから、一匹でも多く殺してやるの」


 これが、さっきまで父親の後ろに隠れて小さくなっていた子供と同じだというのか。


 そんな思いを抱いてしまう程、今の彼女の眼差しは強い憎しみと殺意を宿していた。

 ただ、その(つむ)がれた言葉は、自分の決意が揺るがないよう、自分自身へと言い聞かせているようにも聞こえた。


 俺だって復讐者だ。


 彼らの(かたき)討ちを、否定して止める筋合いは全くない。

 それに人間としての価値観を、ゴブリンに無理矢理押し付ける気もない。


 だが、俺はこの親子を、どうしてもあの地獄の入口へと素直に送り出すことはできなかった。


 まだ出会って間もない者達だ。


 でも、彼らには死んでほしくない。

 行かないでほしい。

 そう思えるほど、俺は彼らを気に入ってしまった。


 だから、これは生へ憧れる俺の自分勝手な我儘(わがまま)だ。


「レイロー、それから、カラ」


 俺は静かに二匹を呼ぶ。


「はい、アルヴィン様」


「にゃ」


 俺の呼びかけに応じた二匹はすぐさま俺の前に並ぶと、その場で姿勢を正した。


「斧、取りに行くぞ!」


「了解しましたー」


「にゃー」


 ムカデ500匹かぁ…。

 気持ち悪いなぁ。

【支配の呪言】何回唱えればいいんだろうか?


 でも、そんなこと言ってられないよな。


 俺達が大樹の根元へと歩き出すと、背後から慌てたようなオブ=シディの声が投げかけられる。


「待てよ!お前ら、俺達も……」


 俺は振り返ると、彼に告げた。


「来んな。始めから死ぬつもりの奴となんか、俺は一緒に戦いたくないね」


 この際だ。

 思っていること、コイツらに全部言ってやろう。


「死んだら家族三人で旅をする?無理に決まってるだろ!」


「っ!」


「おい、てめぇ…っ!」


 娘の思いを踏みにじる俺の言葉に、オブ=シディの表情が険しいものへと変わる。


 その恐ろしい怒りの形相に、生前からゴブリンにトラウマがある俺は一瞬、(ひる)みかけた。


 だが、大好きな彼らを行かせたくはない。


 俺は地に足をつけて踏ん張ると、胸に宿す生への渇望(かつぼう)をそのまま彼らへとぶつけた。


「死んでも死に切れない俺の前で、簡単に親子揃って死のうとすんじゃねぇよ!」


 俺の心からの叫びが届いたのか、二人はハッとしたように目を見開く。


「殺されたらな、自分の名前も、愛している家族の顔を名前も思い出せねぇんだよ!頭ん中、自分を殺した奴らに復讐することばかりで埋め尽くされて、大事な家族のことを思い出すこともできねぇんだ!!」


 こうなったらもう言葉は止まらない。


 俺はゴブリンの父親へと訴えかけた。


「死んだら後悔ばっかりだ。俺は家族の顔も忘れちまったダメ親父だけど、娘ともっと遊んでやりたかった。だから、俺はあんたが羨ましい。アンタはまだ遊んでやれるだろ。抱きしめてやれるだろ。──生きてるんだからよ」


 ──言ってやった。


 生者に対して、俺の完全に一方的な思いを言ってやったぜ。

 ざまあみろ!


 ──そうだ。


 俺は、この二人が本当に、本当に(うらや)ましくて、愛おしかったんだ。

 そして、もっとこの二人に幸せな人生を歩んでほしいんだ。


 俺ができなかったことを、出会ったばっかの二人に(たく)すだなんて、おこがまし過ぎるけどな。


「おじさん…」


 気が付けば、すぐ目の前にアン=シディがいた。

 目にいっぱいの涙を(たた)えて俺を見上げた彼女は、にこ、と柔らかな微笑みを浮かべる。


「ありがとう…っ」


 そんな娘の隣に父親が並ぶようにして立った。

 そして、彼は小さく頭を下げる。


「すまん…。アルヴィン、お前にも家族がいたんだな…。それなのに、辛くなるようなモンを見せちまって、すまなかった」


「いや、そういう意味で言ったわけじゃ…」


 ただ、お前らに死ぬのを思い留まって欲しかったわけで…


 首を横に振る俺に、彼は震える声で言葉を続ける。


「……出会ったばかりで、悪いんだがよ…、ぜひ、俺達にお前を信じさせてほしい」


 そう言って顔を上げたオブ=シディは俺の両手を取ると、きつく力を込めて握った。


 彼は、泣いていた。


「俺は、アンとまだ一緒にいたい…っ」


 ぐしゃぐしゃに泣き濡れた顔でそう訴える父親を、娘は驚いたように見つめる。


「お、お父さん…っ」


 娘は父親を呼んだ。

 そして、彼女は父親へと両方の腕を伸ばし、思い切り抱き着く。


「お父さぁああん!!」


 (せき)を切ったよう泣き出してしまった娘を、父親は優しく抱き締め返した後、しっかりと自分の胸の中に収めた。

 そして、彼もまた静かに涙を流す。


 よ…、よかったー。

 死者の言葉でも、生きてる奴に届くんだな。

 よかったー!!


 そうだよな。

 アンちゃんだって、まだまだお父さんに甘えたかったよな。


 オブだってさっきはアンちゃんの笑顔、久々に見たって喜んでたしさ、やっぱりできることなら親子仲良く一緒に暮らしていきたいよな。


 なんか、納得いく感じに(おさま)ってよかったぜ!


 さて、じゃあ後はこの親子二人が、また変な気起こしてムカデの巣に突っ込んで行かないようにしねぇと…。


 という訳で。


「じゃ、あれだな。オブ、アンちゃん、お前ら飯当番な」


「「え?」」


 仇討ちからご飯当番へ、突然の進路変更を余儀なくされた二人から、間抜けな声が上がる。


「俺達が戻ってくるまで、美味しいゴブリン飯を作って待ってること。なんか、ほら、お前ら狩りとか得意なんだろ?」


「お、流石アルヴィン様。ちゃっかりしてますねー」


『称号【食い意地モンスター LV.2】を獲得しました』


 う。

【ナビゲーター】にまでツッコミ入れられた…。


「お前なぁ!」


 不真面目な態度が気に入らなかったのか怒鳴るオブ=シディに、俺はおどけたように首をかしげてみせた。


「だって俺達ムカデと戦ってる間、お前らヒマだろ?」


「…いや、確かにそうだけど、それにしたってお前…」


 オブ=シディは何か言いたそうに俺へと視線を向ける。


「心配すんな。こんな身体だが、飯は食えるぜ」


「マジかよ!どうなってんだ、お前の身体!」


「悪いがそれは企業秘密だ」


「く、くそっ。てめぇ、後で戻ってきたら覚えてろよ。飯食わして、お前の秘密をぜってー暴いてやるよ!」


 俺達おっさん二人がどやどや騒いでいると、オブ=シディの腕の中でアン=シディが無邪気な笑い声を上げた。


 口を大きく開け、小さな牙を見せて屈託(くったく)なく笑う彼女の姿は、年相応の小さな少女だった。


 うんうん、やっぱり子供ってのは、幸せそうに笑ってんのが一番いいんだよな。


 おじさん、安心したぜ。



 こうして、生き残ったゴブリン親子の意思を(たく)された俺達は、彼らに見送られながらムカデ討伐へと(おもむ)いたのであった。

次回、時系列が戻ります。

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