35 旅人は歩き始めた。その先を知らずに。
第十階層。
初心者から卒業できるか否かがかかっていた。
迷宮都市の初心者卒業と言えばキマイラ討伐。
獅子の噛み付きや身体能力、蛇の毒という強敵に打ち勝つことができれば俺たちも晴れて初心者を卒業できるというわけだ。
そして目の前に倒れているのはこの階層の主、キマイラ。
フェリノーツさんとエレオノーラを除く全員が怪我を負わされていて、決して楽な戦いではないと物語っている。
エレオノーラは後方支援に徹していたし、フェリノーツさんは今回は戦わないとのことだったのでむしろ守り切ったと言ってもいい。
キマイラの魔結晶を確保し、巣の奥まで行くといくつか宝箱が配置されていた。
俺はアリアリアに目くばせをすると、彼女は小さくうなずく。
「気をつけなよ」
「分かってる。この前みたいな醜態は晒せない」
口を結ぶアリアリア。
気負い過ぎるのもよくないのだけれど、それに対して上手くフォローすることができないでいる。
前回が腐敗毒を喰らってしまっているため、どうしても不安になってしまう。
信じるということは生半可なことではない。
俺にできることといえば失敗してもいいように神聖術の準備をしておくことだけだ。
それもエレオノーラには敵わないけれども。
ないよりかはマシだろう。
アリアリアはこちらの気を知ってか知らずか、呑気にこちらに話しかける。
「良いの入ってるかな」
「物はためしだ。鍵開けの訓練だよ」
「はいはい。貴方訓練好きよね」
アリアリアが呆れたようにため息をつく。
それにフェリノーツさんが「まあまあ」と言ってこちらの肩を持つ。
「鍛錬はいいことですよ、リア。自分を見つめ直すきっかけになります」
「……じゃあちょっとだけやってみようかな」
「うへえ、なんで七面倒なことを……」
レイストフはおかしなものを見るようにこちらを見ている。
まあ、訓練なんて自分のやれることを確認する以上のことはないしなあ。
大体はスキルの有無、そこから努力で決まるものなので。
みんながアリアリアを見守る。
ピッキングツールを使い、宝箱を探っていく。
途端、アリアリアの顔が真っ青になる。
「やったことない罠だよう……」
彼女の手は震え、目は泳いでいる。
だがエレオノーラは冷静にアリアリアに問う。
「種類は分かる?」
「転移罠……かも」
「キマイラのものに?」
いぶかしんでいるエレオノーラだが、俺たちには彼女の言葉の重みが分からない。
釣り合っていないことは分かるのだが。
エレオノーラはこちらを見据える。
手を出すべきか、引くべきかを選択しろということなのだろう。
逡巡の後に、俺は言う。
「まあやってみるといいんじゃないかな。まだ余裕はあるし、これもアリアリアへの投資だよ」
「……信じてるんですね」
「修羅場くぐったからね、一緒に」
フェリノーツさんの羨ましそうな声に、俺は堂々と答える。
アリアリアは守られてばかりの存在ではない。
自分で道を切り開いて行けるのだ。
ぼんやりとアリアリアを見ていたレイストフは俺に追従する。
「ほぼ兄妹みたいなもんだろ、もう」
「それは言い過ぎじゃないかな?」
エレオノーラがレイストフにそういうと、「それもそうか」とあっさりと発言を撤回する。
会話が気になるのか、アリアリアは落ち着いた声でこちらに注意をする。
「少し黙って。……いけた!」
かちゃり、と鍵の開く音。
全員が宝箱を見て、そして周囲を観察する。
どうやら罠は無力化できたようだ。
アリアリアはあからさまに胸をなでおろす。
宝箱を物色し、アリアリアはこちらを向いて笑顔を浮かべる。
「じゃーん! 短剣! 性能は分からないけど、鑑定しないとね!」
初心者のエリアに落ちているものだから性能は大したことはないだろう。
装飾のない野性味あふれた短剣をアリアリアはバックパックにしまい込む。
ふう、とため息。
フェリノーツさんは安心したのか、肩の力が抜けていた。
俺はそろそろかと思い、彼女の隣に立ち話しかける。
「フェリノーツさん、どうかな」
「……こちらの方が幸せなら、それを尊重します。家に居づらいのも分かった上で声をかけたんですが、あんなにはしゃいでたらもう何も言えません」
そう語るフェリノーツさんの表情には負い目や焦りといったものがなく。
彼女による見定めは終わったようである。
安心のため息が出る。
「そっか」
こちらが内心で安心しきっていると、フェリノーツさんはこちらに耳打ちをしてくる。
「ところで、このあたりで一人、敵の攻撃をひきつける役が欲しくないですか?」
……なんのつもりだろうか。
フェリノーツさんには騎士団があるはずなのだが……。
「……騎士団はどうするんだい」
「やめてきました。リアの幸せが、わたしの幸せですから」
あっさり辞められるものなのかと思ったけれど、アリアリアを連れ戻す任務に失敗したら辞めさせられるとのことだった。
仕事をやめさせられたというのに、フェリノーツさんの顔は晴れ晴れとしている。
やめさせられたからこそかもしれないけれど。
彼女は俺の言葉を待っている。
「そういうことならこちらこそよろしく。まだまだ駆け出しだけどさ」
「いいじゃないですか。伸びしろがあるってことですよ」
こうしてアリアリアのパーティ脱退をめぐる騒動は、連れ戻しに来た本人がパーティに入るという形で終わりを迎えた。
迷宮はまだ、潜り始めたばかり。
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役者は一人を除いて出そろった。ここから始まるのだ。彼らの冒険譚が。
一旦完結扱いにしていますが、手すきの時に更新する予定です。




