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34 騎士の答え

 わたしの心臓は早鐘を打っていた。

 フェリノーツ・フェイルノートの人生の中でも五指に入るほどの緊張。


 騎士服ではなく町娘がするようなゆったりとした上下の服。

 抱いて寝るほどに手放せなかった剣もいまは宿でお休み。


 革製のハンドバッグにはハンカチと財布。


 待ち合わせの場所の甘味処に辿り着くと、そこに居るのは金髪の少女。


 アリアリアだ。

 彼女はシャツとショートパンツという動きやすい恰好でわたしを待っていてくれた。

 深呼吸を一回、二回。


 覚悟を決めろ、フェリノーツ。

 意を決してリアに声をかける。


「お待たせ、リア」

「……昨日ぶり、フェル」


 リアはなんとも言い難い表情を浮かべ、そしてにっこりと破顔する。

 わたしは貴女にあんなにひどいことを言ったのに。

 どうしてそんなに笑顔でいられるのだろう。


「フェルも何か頼もう?」

「いいよ。リア、お金には困ってない?」

「なにおう。私だって一端の冒険者なんだよ?」

「ならいいけれど……」


 本当にお金に困っていないというのならいいのだけれど。

 この子は見栄っ張りなところがあるから。

 でもエレオノーラさんがいるならそういう心配もないだろう。


「早く早く」


 わたしは季節のフルーツタルトを頼むと、アリアリアは宝石でも見たかのように目を輝かせる。

 そういうのはずるい。わたしは勝てないから。


「……半分こ」

「さっすが話がわかるぅ!」


 こちらがフォークでタルトを半分に切ると、リアも同じ作業をより早く丁寧に終えていた。

 細かい作業に関しての慣れが以前とは違うことが見て取れる。


 それだけ実戦を積んできたということだ。

 盗賊作法のスキルもより高いものになっていれば、この程度の作業はたやすい。


「あのさ……」


 それは二人の口から同時に出た言葉だった。

 わだかまりはまだある。だからこそこうして場を設けたわけだ。けれど、この硬直した状況は好きではない。


「……」


 食事の手も止まったまま気まずい時間が流れる。

 ただ一言、ただ一言いうことができれば。


 その均衡は、リアによって破られた。


「……ごめんね、フェル。どうしても……家には帰れない」


 うん。分かってる。

 貴女は望まれたものを得られなかったから。

 あるいは盤石な地盤があれば結果は違ったかもしれない。

 けれど、もう終わった話なのだ。


「……フェル?」


 心配そうにこちらを覗くリア。

 つらい時は持ちつ持たれつで乗り切ってきた。

 今の彼女の赤色の瞳はその頃よりも美しい。


 本当にいい仲間に出会えたのだろう。


「ごめんね、リア。わたしは自分が騎士であるために、貴女を地獄へと連れていこうとした。……本当に、ごめんなさい」

「それはこっちも。本当は自分の務めを果たさないといけないのに、一人だけ逃げたから」


 リアと分けたチーズスフレに口をつける。

 酸味と濃厚なチーズの香りが口内に広がる。


 リアはフルーツタルトをわたしと同じように食べていて。


「美味しいね」

「うん、美味しい」


 そのやりとりで緊張感が緩くなっていく。


「昔に戻ったみたい」


 リアは呟く。

 過去の感傷に浸っているかのように。


 スキルが与えられていなかった頃。

 わたしたちは美味しいお菓子と紅茶でよくお茶会をしていた。

 二人だけのそれは、今のように他愛のないような言葉のやり取りで世界を彩っていって。


 けれどもそれは何も持ち得なかった幼年期だけの時間だ。


「昔には戻れないよ。……わたしとリアは道を違えた」

「そうだね……。私は諦めて、フェルは諦められない」


 諦められない。

 たしかにそうだ。

 わたしは騎士であることをやめることはできない。


「でも、私はまだフェルと一緒にいたい。どうしても」




 リアとの食事も終わって、宿でゆっくりと休む。

 ベッドに寝転がって天井をぼうっと眺めると、自然と深いため息をついてしまう。


「リア、変わったな……」


 ひと月と半分ほどでそれほどまでに人は変わってしまうのか。

 下賜の儀以来ふさぎ込んでいた彼女を変えたのはイリアスさんたち。


 大事な親友なのに、わたしはリアを縛ろうとしていた。

 騎士としての任務という体裁が余計にわたしを醜くしていた。


 そんなわたしでも、彼女は一緒に居て欲しいと言う。


「わたしはどうすればいいんでしょうか、お父様……」


 亡き父は厳しく、けれど善い人だった。

 弱きを助け、強きをくじく。

 守ると誓った者を守り通す。

 主君をいさめることができる。


 そういったことばかり聞いてきたが、わたしの思い出にあるのは大きくゴツゴツした手で頭を撫でる姿だ。


 お父様はなんと言うだろうか。

 何度も考えて記憶の中の優しい声音が蘇る。


 ――自分がどうしたいのか。それを考えなさい。


 だとしたら、答えはもう決まっていた。

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