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32 二乃不打-ニノウチイラズ-

 冒険者ギルドの中庭。

 多くの人数の冒険者が遠巻きに見る中、俺とフェリノーツさんは相対していた。


 俺は長い木の棒を構え、フェリノーツさんは木剣と小楯を手にしている。


「決闘か? 珍しいな」

「フェリノーツさん……と誰だあいつ」


 周囲の声を拾うと、フェリノーツさんのことを知っているという声が多くて意外だった。

 どちらかを応援しようという人たちはいなくて、ただ興味深そうにこちらを観察するだけだ。


「覚悟は決まりましたか?」

「とっくにね」


 フェリノーツさんの言葉に俺は短く返す。

 実際はそんなことはない。

 仲間を自分の実力不足で失うかもしれないと考えると、心臓の鼓動が早くなる。


 そんな俺の心境を見抜いているのかいないのか。

 フェリノーツさんの固い表情からはなにも読み取れない。


「イリアス……」

「負けんなよ、イリアス」

「……分かってる」


 アリアリアとレイストフがこちらに声をかけるが、あまり頭の中に入ってこない。

 気がつけば手が小刻みに震えていて、それをもう片方の手で押さえつける。


 弱気になるな。

 勝算はある。


 深呼吸をして笑う膝を落ち着ける。


「おいおい、あいつ大丈夫かよ」


 などと言った声が聞こえるが、気にしない。

 自分が弱いことなんて分かり切っている。


 弱くなければあの時幼馴染に別れを告げなかった。

 自分が最高に弱いことを見つめて、それでもできることを探せ。


 いまやれることは落ち着いて勝負に臨むことだけだ。


「わたしと戦うのが怖いようでしたら、降参してもいいんですよ」

「怖い? これは武者震いってやつです」

「……そういうことにしておきましょうか」


 フェリノーツさんのまなじりが少し下がり、感情を見せる。

 だがそれがなになのか分かることはない。


「フェリノーツさん、本当にアリアリアを連れて帰る気ですか」

「彼女には果たすべきつとめがあるのです。たとえ名ばかりのものであろうと」

「大切な幼馴染を不幸にする以上に大事なものなんですか」

「……それがわたしの務めであれば」


 フェリノーツさんが鋭い目つきでこちらを睨む。

 一見気圧されそうな威圧感だが、それがハリボテのようにも見える。

 怖いけれど怖くない。

 そんなちぐはぐな印象を与える。

 フェリノーツさんは続ける。わずかに歯噛みをして。


「御託はここまでにして始めましょう。人も集まってきたことですし」

「そうだね。冒険者らしく自分の力で納得させるとしようか」


 それぞれ得物を構える。

 審判役のエレオノーラがこちらとフェリノーツさんを見やる。


「準備はいいかい?」


 無言で頷くと、エレオノーラはすう、と息を吸い――


「俺はフェリノーツだな、あの黒髪じゃまず負けるだろ」


 雑音が聞こえる。

 集中できていない証拠だ。


「――はじめっ!」


 体術の身体運び。

 神聖術の自己治癒。

 槍術の技術。

 そして――


「――ラァッ!」


 槍に見立てた棒がフェリノーツさんの小楯に突き当たる。

 エンチャントで強化された棒は盾を突き破り――そしてそこで止まった。


 ――魔槍、成らず。



 この戦いが正しくないことは、わたしが一番分かっていた。

 アリアリア――リアを連れ戻しても、彼女は絶対に幸せにならない。


 大人は誰もリアに期待していない。

 神聖術を発現しなかった彼女に価値はないとばかりに神殿の隅に追いやった。

 あの子はずっと閉じた世界で飼い殺しにされる運命の――はずだった。


 それでも、それでもわたしは――。


 壊れた小楯をそのままに、剣を振るう。

 けれどもイリアスさんは転がってそれを避ける。

 同時に棒も壊れた小楯から引き抜いて、こちらの踏みぬきを躱し続けていた。


 態勢を整わせまいとしていたが、イリアスさんの状態は徐々に良くなっていく。

 持ち直されたら厄介だけど、そこ止まりだ。


 けれど、わたしの直感と先ほどの一撃が彼になにかがあるとささやく。

 だからこそ攻め手を緩めてはいけない。


 一撃を積み重ねていくうちにわたしの優勢は揺るがないものになっていく。

 そう、このまま崩していけば勝てる。

 見立てではイリアスさんの〈槍術〉はⅣといったところ。

 ひとつ階級が違えば世界が変わる。

 実直に、これまで通り、習った通りに攻めていけばいいだけの話。


 すると、視界の端に映っていたリアが――


「イリアス、負けないでーっ!」


 途端、身体中の力が抜ける感覚に襲われる。

 分かっている。わたしはリアを不幸にしにやってきたのだから。


 いつもみたいにわたしを応援してほしかった。

 けれどそれは叶わない。

 わたしは、リアの敵だから。


 叶うことならリアを幸せにしたかった。


「それでも、それでもわたしはっ!」


 先ほどまでの優勢が徐々にひっくり返されてきている。

 剣まで、信じた道までわたしを拒むのだろうか。


 それでも、大切な人を裏切ってでも――わたしは騎士をやめることはできない!



 フェリノーツさんの態勢が崩れつつある。

 意外な形で好機を拾ったが、こちらも攻め手に欠けていた。


 相手の攻め手は緩くなったものの、防御を突破する火力がこちらにはない。


 いや、魔槍があるのだが、それも限定条件でしかまだ発動できない。

 実戦さながらで使うのはリスキーだ。

 それに最初の一発で決められなかったからか、気持ちが尾を引いている。


 フェリノーツさんの一撃を受け止める。

 鍔迫り合いに近い状態だが、こちらが押されている。

 一瞬で勝負が決まらなかったのはアリアリアの応援が効いたからだろう。


「仲直りがしたいんなら……ちゃんと向き合えっ!

 大切だったらむざむざ不幸にさせるようなことをしてるんじゃねえ!」

「分かってる! そんなこと誰よりも分かってる!

 でもわたしは――騎士なんです!」


 フェリノーツさんの力が弱まる。

 その隙を突いて――〈神聖術〉で身体を治しながら文字通り『全力』で彼女をはねのける!


 たたらを踏み、後退するフェリノーツさん。

 この期を逃せば次はない!


 体術の身体捌き、そして槍術の技術で最適な踏み込みを。

 魔力の放出で勢いをつけ、神聖術の行使で痛めつけている身体を治しながら動かす。


 そして――隠形で槍を隠す(・・・・)


 放たれた一撃はどこまでも不格好で、けれども今までのどんな一撃より力強い。


 フェリノーツさんは透明になった槍を見つけることができていない。

 その証拠に身体が硬直しきっている。


 これで届かなければお終いだと、自分でも分かる。


 だが、だが、だが――


 ――魔槍はここに成った。


 この槍は一撃で仕留める必殺の技である。

 この槍は不可視にして防御を掻い潜る技である。


 この槍は見えざる者には必中の技である。


 魔槍・隠形槍・(おんぎょうそう・)二乃不打(にのうちいらず)――。


 会心の一撃は、綺麗にフェリノーツさんの胸部へと吸い込まれていった。

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