31 試行錯誤
木製の武器がギルドの訓練場で打ち合う音が鳴る。
一人は俺で、もう一人はレイストフだ。
棒と木剣をそれぞれエレオノーラにエンチャントで強度を高めてもらい、ひたすらに打ち合う。
決闘の形式でそれを何度も繰り返していた。
戦績はゼロ対九。
圧倒的にレイストフの方が勝っている。
こんこん、と木剣で地面に座る俺の頭を小突き、レイストフはため息を吐く。
「おいおい、頼むぜまったく。これじゃオレが代わりに出たほうがいいんじゃないのか?」
ぐうの音も出ない指摘に、けれどもエレオノーラは静かに反論する。
「剣術の腕ではフェリノーツ君に勝てるだろうけれど、防御を突破する方法がない。
それに、フェリノーツ君はリーダーがアリアリアを導けるかどうかを知りたいのだしね」
「……それもそうだな」
そもそも導くだけの力なんてないし……。
そう口の中で呟くと、エレオノーラはそれを聞いたかのように、
「弱音は厳禁だよ。悪い思考や言葉は自分を追い詰める」
「けどさ、魔槍を放つところにすら持ち込めないんだ。さすがにへこむ……」
「君は〈槍術Ⅳ〉で、レイストフ君が〈剣術Ⅵ〉。階級は二つも離れているから仕方ないさ」
「分かってはいるんだけどさー……」
がしがしと棒を放した手で頭を掻く。
焦りと悔しさで心の中は荒れ模様。
魔槍は技術だが、それを遺憾なく発揮するためには心が落ち着いていないといけない。
そういう意味では最悪のコンディションだった。
レイストフは地べたに座って、こちらに目線を合わせる。
いかにも気まずいと言った顔で。
「あー……。そういう時は自分が『何ができるか』を洗い出すといい。
俺もよくやらされたけど、結構効果があるんだ、これが」
「『何ができるか』ねえ……」
「努力でスキルを越えることはできないが、基礎をしっかりさせたい場合は有効なんだ」
基礎、基礎か。
基礎と応用でモノを考えると、スキルは基礎で魔槍は応用だ。
しっかりと築いた基礎でなければ魔槍は真価を発揮しない。
その意味ではレイストフのアドバイスは彼が思っている以上の価値を生む。
自分が今持っているスキル。
〈槍術Ⅳ〉、〈剣術Ⅱ〉、〈体術Ⅳ〉、〈神聖術Ⅲ〉、〈魔術Ⅰ〉、〈隠形Ⅲ〉。
質はともかく、量だけで言えば他の人が持ちえないものを持っている。
贅沢を言えば〈槍術〉か〈剣術〉の級位がもっと上であれば戦えるのだが、ないものをねだってもしょうがない。
だが前回の探索で〈槍術〉の級位が上昇したのは嬉しい出来事だ。
ひとつ上がるだけでもかなり違うことは実感している。
級位が上がるというのは、できないことができるようになることもある。
しかしできることがさらにできるようになるというのがかなり大きい。
ただの突きひとつとっても練度が変わるのだ。
「……剣の腕はレイストフに劣るんだよな?」
エレオノーラに訊ねると、彼女は小さくうなずく。
「で、こっちの手札は相手にまだ見えていない。
勝算はあるはずなんだけどな……」
「どうやって魔槍を放つ状態まで持って行くか、か」
エレオノーラは手を顎に添えて思案するポーズをとる。
その仕草は整っていて、美しい彼女は絵になる構図だ。
「開幕速攻を仕掛けることはできるのかい?」
「それはできるけれど……」
できるのだが、その後の隙が非常に大きくなる。
槍か剣かで相性も変わってくるのだが、級位が一つ違うからには隙は無くしておきたい。
決められるときに決めることができるのであればいいのだが。
勝って当然というわけではなく、確率の低い賭けを全力で拾いにいくのだから贅沢は言えないのだけど。
速攻で決められなかった時のことが怖いのだ、要するに。
だからこうして言い訳を連ねている。
「威力が高いものほど集中が必要だから、開幕速攻は最善だとは思う」
「盾を壊しながら一本を取れないから悩んでいるんだね」
「そうなんだよ。ある程度受け流される可能性があるから、次の策も講じないといけない」
投擲のゲイボルグは乾坤一擲。
外せば次はない。
そうなれば選択肢は突きになるのだが、それもまた隙が多くなる。
全力でなければ攻撃も防御も突破できない。
しかし全力を放つということはその後の隙が大きくなるということ。
攻撃と防御の二段構えのフェリノーツさんが、それを逃すかという問題がある。
だが、チチチとエレオノーラが指を振る。
「ボクの二元結界にヒビを入れられるくらいなら盾を砕きつつ身体に当てるのは余裕さ」
「……確かに高位の結界にヒビが入るなら、盾くらいどうってことないだろうけど」
「君があの時のように全力を出し切れば、勝てない相手ではないよ」
だがそれでも不安はぬぐえない。
なにせ投擲も突きも、魔槍として放とうとすると一気に成功率が落ちていくから。
集中しきった時はきちんと魔槍に成るのだが、平常であれば威力の高いものほど確率は下がる。
「もし、一撃で決まらなければ?」
「その時は負けだろうね」
「そうなんだよなあ……」
これでは一回を拾いに行くのも難しいのではないのだろうか。
自分の見立てが間違っていて、エレオノーラもこちらに期待しすぎなのでは。
レイストフは立ち上がると、木剣を俺の棒に当てる。
「とりあえず一本取れるだけの戦術を立ててみろよ。付き合ってやるからさ」
そう彼は言うので、俺も立ち上がって構える。
呼吸を深く吸い、心を整える。
よーい、ドンでスタートだ。
エレオノーラの声に耳を傾けつつ、感覚を鋭く研いでいく。
始め――と宣言した瞬間意識が開ける。
「魔槍――」
◆
冒険者ギルドの中庭。
目の前で倒れているのはレイストフだ。
木剣は壊れ、そして青年は苦しそうに息を吸う。
「マジか……っ! くそっ……!」
レイストフは空に向かって悪態をつき。
そんな彼をエレオノーラが治療している。
「レイストフ君に一回勝てるなら、フェリノーツ君への勝ちの芽も出てきたね」
「あとはそこまでどう持って行くかだけどね。……レイストフ、大丈夫か?」
「……心配すんな。お前はお前がやるべきことをやれよ」
一本取られたことに対して思う所があるのか、レイストフはこちらに顔を合わせようとしない。
こちらは勝てない相手に勝てた喜びがにじみ出ているような気もするので上手く話すことができない。
「……ありがとう。レイストフのおかげでなんとかなりそうだ」
「そりゃあ……よかったよ」
複雑そうな顔をして、レイストフは茶髪を手で掻く。
負けて悔しいというだけではない気がする。
「まさかお前に負けるとはな……」
「正直、勝てるとは思わなかった」
「勝たせる気もなかったしな」
さらっと言うが、これは本音だろう。
スキルをここまで磨き上げた自負というものはたしかに存在する。
だからこそ手を抜くという発想は出てこないのだろう。
空を見上げ、大きく息をつくレイストフ。
その姿はどこか吹っ切れたものがある。
彼はくつくつと笑い、こちらに言葉を投げかける。
「大物食い……。楽しみにしてるからな」
決闘まであと一日。
分の悪い賭けに、勝って見せる。




