30 幼馴染
パーティ会議が終わった日の夜。
アリアリアと宿屋に戻っていると、彼女が俺を呼び止める。
「イリアス、ごめんなさい。あたしのせいでこんなことになって」
「こういうことになる可能性は言ってほしかったな。でも、言えないなにかがあるんだろ?」
「言ってしまえばみんなと今まで通り接せなくなるから……」
まだ隠し事をしているのは分かっている。
けれど、それについて聞くことはできない。
無理矢理聞いてしまえばそれだけ心理的な距離が開いてしまう。
そうなってしまえば信頼もなくなる。
信頼がなくなればパーティの動きも悪くなる。
気にならないわけじゃない。
けれども欲をかいた結果、皆が立ち行かなくなるのは避けるべきことだ。
「言えるようになったら言ってくれ。多分、レイストフも態度変えたりしないと思うし」
「分かった。あたしの心の整理がついて、勇気を出せるようになったら言うから」
多分、それでいいのだと思う。
不安そうな顔をして言うアリアリアに、俺は頑張れと励ますしかない。
彼女はぽつりと言葉を漏らす。
「イリアスはどうしてそこまでしてくれるの? あたしは、まだ何も皆に話してない」
「……言っただろ。俺が立ち直るきっかけになったのはアリアリアなんだ」
「それが、わからないの。あたし、なにもしてないじゃない」
「いいんだよ。これは俺だけの話だからさ」
〈ゼロ〉のことはまだ話せない。
与えられたスキルが全ての世界で、その前提を覆すものだからだ。
アリアリアと出会うまでは〈ゼロ〉も俺も死んでいた。
だけど、あの時助けを求める声が聞こえたから俺はこうして迷宮に挑むまでになっている。
知らない人を助けると決めた時、俺の精神は蘇っていったのだろう。
だから、アリアリアは俺にとっての恩人なのだ。
「……そう。貴方も言えるようになったら言ってよね」
「分かってる」
などと言いつつ、夜の街を歩く。
魔結晶を燃料とした街灯が灯り、星はかすかに見えるだけだ。
イリスネスの家、あの農村とはまるで彩度が違う。
「アリアリアはさ、フェリノーツとどういう関係なんだ?」
アリアリアは空を目を細くして見て、言う。
「幼馴染。姉代わりで、友達」
「友達か。じゃあ今は喧嘩してて上手くいってないのか」
「……針のむしろの実家に居させようとしたからね」
「……仲直りはできないのかな」
「正直、あたしだってできるならしたい。でも、あたしは家に帰りたくない」
先ほどとは打って変わってうつむくアリアリア。
「普通に生きてたら友達と意見が合わなくなることくらいあるだろ。
でも妥協する必要なんてない。納得できる点を探せば、きっとあるはずだ」
「あたしは……。イリアス、勝たなくてもいいからフェルと冷静に話をできるようにして、お願い」
深々と頭を下げるアリアリアを、俺は笑う。
だって――
「やだね。俺は勝つ。十回の内一回しか勝てなくても、勝ちを拾いに行く。負けて良い勝負なんてどこにもないからさ」
「……そうね。じゃあ、頼んだわよ。……ありがとう」
「いいって。仲間だろ」
そういうと、アリアリアは笑顔をほころばせる。
その表情が眩しくて、少しだけ顔を逸らしてしまう。
「なんで顔を背けるのよ」
「……あんまり笑顔人に向けるなよ」
「なんで!? なんで駄目出しされたの!?」
「なんででもだ。駄目なものは駄目」
あんまり人前で出すとまた攫われかけるぞ、とは言わなかった。
なんで言わなかったかは自分でも分からないけれど。
◆
決闘まであと二日。
俺とアリアリアはいつもの酒場へと向かう。
「そういえば、俺にも幼馴染が居るんだよ」
「……貴方の身の上話聞くの初めて」
「あまり話そうと思わなかったし、機会もなかったからね」
アリアリアに歩調を合わせて、俺はゆっくりと歩く。
春風は少しずつ暖かなものへと変わっていき、初夏の訪れを予感させる。
この一か月間はあっという間だった。
マフィアから逃げて、冒険者ギルドでレイストフたちと出会って、エレオノーラと勝負をして……。
そのすべてが濃密で、得難いものだった。
それは幼いころと同じくらいに。
「昔から負けん気が強くてさ、木の棒を使った剣術勝負に負けたらもう一回って絶対言うんだよ」
「男の子だねー」
「いや、女だよ」
「女!?」
「農村はどこもそんなものだって。遊び道具なんて自然くらいしかないんだし」
あとはおままごとくらいか。
ニーナは他の女の子と違って、しょっちゅう俺に剣術勝負を挑んでいた。
スキルの効果もなにもないただのお遊びだったが、当時は真剣だった。
俺が将来は冒険者になるといって剣術の真似事をすると、ニーナは決まって真似をしていた。
下賜の儀で〈剣術〉のスキルを得た人間からすればお遊びでしかない行為を、俺たちは一生懸命にやっていた。
いつか努力が実ると信じて。
「冒険者になるために棒を振って、勝負して。
それを日が暮れるまで続けて。家に帰ったら母さんにしかられたなあ」
「どうして冒険者になりたかったの?」
小さく首をかしげるアリアリア。
その様子が可愛らしく、かつ今まで見せてこなかった所作だった。
心を許してくれているのか。あるいは取り繕う余裕がないのか。
「農家の三男坊で、継げる土地がなかったからかな」
「幼馴染は?」
「あいつも俺の兄貴たちと結婚させられるのが嫌で、一緒に逃げたな」
「駆け落ち?」
「駆け落ちではなかったな。その頃になるとスキル格差が如実に出てたから」
恵まれた魔法の才能を持つニーナと、どういう能力か全くわからない俺。
そうなった以上、俺はほとんどニーナに付いて行った形になっていた。
埋まらない差に、いつしか嫌気がさして……。
「まあ、今はパーティから抜けたんだけど」
「それは、どうして?」
「いつも俺の前を進んでいて、俺なんか居なくてもやっていけるのに、必要じゃないのに求めていて……」
「……そっか。色々あったんだね」
まだ心の中で整理できない苦しみを吐き出すと、アリアリアが背中を撫でてくる。
大丈夫、俺は泣いてないから。大丈夫だから。
「イリアスもさ、幼馴染と仲直りできるといいね」
「……できるかな」
「できるよ。今は無理でもいつか、きっと」
できるわけないと思っていても、少しだけ信じたくなる暖かさがその言葉にはあった。
俺はアリアリアの思っているような人間ではない。
だけど、こちらを信じるその思いは裏切りたくないと思ってしまうのだ。
「じゃあイリアスがあたしとフェルの仲直りを手伝ってくれる代わりに、あたしはイリアスの仲直りを手伝ってあげる!」
満面の笑みで言うのだから、こちらとしても仲直りする以外にないなと思ってしまうのだ。
「まずはフェリノーツさんをどうにかしてから、だな」
「そうね。だから、頑張ってね」
だったら仕方ない。
フェリノーツさんと和解できるようにするしかない。
パーティメンバーのもめごとを解決するためじゃない。
友人であるアリアリアと約束をしたのだから。
魔槍の案はある。
それを練り上げて、そして通用するレベルまで引き上げられるか。
絶対に、勝とう。




