28 修羅場
入店するなりこちらを見て硬直するアリアリア。
赤色の両目は大きく揺れている。
「フェル……に、イリアス!? どうして一緒にいるの!?」
ぐるん、と顔をこちらに向けるフェリノーツさん。
表情は笑ってはいるものの、後ろに悪魔でも控えているかのような圧を覚える。
怖い。非常に怖い。
「イリアスさん? どういうことです?」
「黙っていたことは申し訳ありません。ですが、俺はまだアリアリアと冒険をしたいんです」
険しい顔をするフェリノーツさん。
しばしの逡巡のあと、彼女は言う。
「アリアリア、帰りますよ」
「……嫌。もうあそこには戻りたくないの」
「アリアリア……」
きっぱりと告げるアリアリアに、フェリノーツさんは悲壮な表情を浮かべる。
単に拒絶されたことが悲しいのか、それとも何か別の理由があるのか。
――もし、もしも。家が嫌で出てきた子だったら、手伝うのをやめますか?
冗談だともいえない言葉の重み。
フェリノーツさんは板挟みにでもあっているかのよう。
勇気をもって、二人の間に入り込む。
「駄目だった俺を変えてくれたのはアリアリアなんです。だから、彼女が望むのであれば俺は皆で一緒に冒険したい」
口の中が渇いていく。緊張感からか、水を飲みたくなってくる。
フェリノーツさんは短くアリアリアに問う。
「リア?」
「お願い、フェル。イリアスを怒らないであげて。言い出せなかったあたしが駄目だったの」
「どちらも駄目です。人はそれぞれあるべき場所になければいけないのですよ」
苦虫を噛むように、フェリノーツさんはそう告げる。
まるで自分に言い聞かせているかのように。
彼女自身、苦しいのだろう。
アリアリアを取り巻く環境の悪さ、それが浮かび上がってくる。
少女はフェリノーツさんの言葉に真っ向から反抗する。
「あたしは帰らない。あたしのスキルを知っているでしょう?」
「……それとこれとは問題が違います」
「違わない。あたしのスキルを見るや否や手のひらを返した大人たち……!」
ギリ、と歯噛みする音。
アリアリアの瞳には涙が溜まっていて、今にも零れ落ちそうなほど。
どれだけ辛かったのか、どれだけ悔しかったのか、どれだけ苦しかったのか。
それを推察することは無粋だろう。
アリアリアの感情は、彼女だけのものだから。
少女の言葉を聞き、フェリノーツさんは断言する。
「そこを譲ったとして、貴女には冒険者としての適性はない。緊張に弱い。想定外のことに弱い。柔軟さを求められる冒険者には向いていません」
譲れない一線なのだろうか。
たがフェリノーツさんの指摘は的を射ている。
なにせこの前の宝物庫で想定外の場面に遭い、焦り、そして死にかけた。
けれども――
「だけどフェリノーツさん、君は見たことあるかい。最後まで諦めずに自分のできることを死にかけるまでやりとげたところを、彼女が」
思い出すのは〈肉切り〉との戦い。
致命傷を負うことになっても、それでも自分に出来ることを必死に成し遂げたこと。
だがフェリノーツさんの表情は硬い。
「それが必要ないというのです」
「緊張に弱いのも、想定外のことに弱いのも、大抵のことには致命的だろうさ。冒険者じゃなくてもそれは弱さだ。
だけど、アリアリアは絶対に諦めない強さがある。弱さを自覚している。一緒に迷宮潜ったらわかるさ」
フェリノーツさんの貫くような視線。
今、彼女の目には俺が大切な友達を死地に連れ込んでいく悪者に見えているのだろうか。
間違ってはいない。
けれど、こっちにだって意地があるのだ。
そしてなによりも自分を変えられるようなきっかけとなった恩があるのだ。
だから、アリアリアが望んでいない悪い環境に連れ戻させるわけにはいかない。
「リーダーは」
フェリノーツさんが問う。
その瞳は据わっていて、有無を言わさない強さがある。
だが、それを押し切ってアリアリアが前に出る。
「このイリアスよ」
堂々とした居住まい。
こちらに押し付ける気なのだろうが、それでも構わない。
フェリノーツさんは告げる。
「ならば――貴方がわたしより強ければ、一度だけ見定めましょう。
アリアリアを導くに値するかどうかを。弱者にリアを預けることはできません」
フェリノーツさんは射貫くような視線をこちらに向ける。
見えない重圧に押しつぶされそうだ。
仲間の、パーティの進退が決まるのだ。
怖くないわけがない。
けれど、俺は頭一つ小さい騎士に堂々と胸を張る。
自分はまだ負けていないのだと。
負けるつもりも毛頭ないのだと。
「いいよ。なら三日後に勝負だ。公証人を立てて、破れば重い刑罰が与えられるように」
「分かりました。アリアリアはその時まで預けておきます」
そういうと、フェリノーツさんは勘定を済ませて店から出ていく。
不安そうにアリアリアはこちらに訊ねる。
「……いいの?」
「連れてきておいて自分だけ帰りますなんて、許さないからな」
袖すり合うも他生の縁。
つながった得難い縁をわざわざ切りたくはない。
「わかってるわよ。でもそれを決めるのはイリアスでしょ」
「分かってる。責任重大だな」
とりあえず、パーティ全員で話し合う必要があることだけは分かっていた。
勝てるかどうかは分からないが、対策も立てないといけないだろう。
そこまで考えて、ぴしゃりと顔を叩く。
なにがなんでも勝つのだ。
イリアス・イリスネスはもう無能じゃないのだから。




