27 間が悪い
フェリノーツさんの口からアリアリアの名前が出た瞬間、表情に出てしまうのではないかと危惧したが無用だったようだ。
なんとか俺もレイストフも表情に出さず、
「探し人の素性は?」
とレイストフが聞く。
案外ノリノリなのか、責任感が強い……のか?
剣を持たず、こうして真面目に物事に取り組んでいるところだけを見ると、レイストフは二枚目に見える。
だがまあ、内心はフェリノーツさんの気を引きたいのだろうけれど。
「素性は……。申し訳ありません、明かせません」
「分かりました。まずレイストフを冒険者ギルドに向かわせるので俺たちは商人通りで聞き込みをしましょう」
レイストフに目くばせをすると、彼は分かったとばかりに小さくうなずく。
青年が去っていくと、フェリノーツさんはこちらに問うてくる。
「なぜ冒険者ギルドに彼を行かせたのですか?」
「冒険者ギルドで同じ名前の子がいないか照会してもらうんだと思います」
すると、感心したように目を輝かせるフェリノーツさん。
騎士団にも全くない考え方ではないだろうに。
「へえええ、そんなこともできるんですね」
「主に安否確認用ですけどね」
迷宮から帰ってこない人物は多い。
ギルドは冒険者管理の一端として、未申請で一定期間帰って来なかったり、ギルドタグを遺品として持ち帰るなどすれば死亡扱いするようにしている。
これを知ったのは冒険者ギルドに入ってからの話だ。
フェリノーツさんはひとしきり感心したあと、
「わたしも行かなくていいのですか?」
というので、俺は確認する。
「フェリノーツさん、冒険者ギルドには?」
「入ってないですね」
「構成員にしか教えられないんです。だからついて行っても役立てることはないですね」
家族や親類であれば例外的に教えられるのだが。
しかしもしフェリノーツさんがアリアリアの親類だとすれば一発でバレてしまう。
だからこうやって所々で嘘をつくしかないのだ。
本気で感心しているところを騙すとなると、良心の呵責に苛まれる。
だが、アリアリアを失いたくはない。
そのために嘘をつけるくらいにはアリアリアのことが大事だった。
それに、彼女が頑なに家のことを言いたくないのが気になるからでもある。
もしかすると、環境に恵まれていないかもしれない。
彼女がきっかけでスキルがないような地獄を脱したのだ。
だから、損得抜きにアリアリアの選択肢のひとつになりたいという気持ちはあった。
心配そうなフェリノーツさんの顔を見ると、話し合った方がいいのではないかとも思うけれど。
そんな葛藤を悟られないように、俺は次の場所へと向かうように言う。
「とりあえず商人通りに行きましょう」
◆
「はー、すごい活気ですねー」
フェリノーツさんは商人通りに着くなり深くため息を漏らす。
行き交う人々や露天商、そして屋内に店を構えた商人の弟子の呼び込み。
誰もが商機を逃すまいと目を光らせていて、活気に満ち溢れている。
「レグナンスの経済はここで動いてますからね。俺も迷宮探索で使うものを買う時はここに行きます」
などと説明しながら道を歩いていると、恰幅の良い壮年の女性――露天商が声をかけてくる。
「イリアス! 今日は別の美人さん連れ歩いてどうしたのさ、あんたも隅に置けないね!」
「女将さん、この人は依頼人だから……」
「そうかい。うちで買い物しにきたわけじゃないんだね。まあまた寄ってってよ!」
女将さんに肩をバンバンと叩かれて送り出される。
それを見てフェリノーツさんは珍しいものを見たかのように目をまん丸にする。
「……本当に冒険者だったんですね」
「信じてなかったんですか?」
「少し。荒事が得意なタイプには見えなかったので……」
まあ、得意ではないけれども。
そんなに冒険者っぽくないだろうか。
「女将さん、そういえば――」
「何も買っていかないならお断りだよ」
「じゃあ糧食を四人分、三日分」
「で、なんだい?」
銀貨を数枚渡すと、女将さんの表情は目に見えて明るくなる。
友好的になったというべきだろうか。
商人も時間が命だ。商いをしている中で邪魔されては食い扶持が稼げなくなる。
「金髪の少女を見なかったかな。赤い目をした」
「小さい子で、まだ下賜の儀を終えていないように見える子です」
フェリノーツさんが俺の言葉の補足をすると、
「ああ、見たことがあるよ。たまに繁華街の方でぶらついている子なら。前は甘味処にいたねえ」
と女将さんが答える。
ちなみに、この店はパーティ全員で利用したことがないので、「お前の仲間じゃないか」なんて言われることはない。
それでも商人伝いに伝わって言われる可能性はあったのだが。
まったくもって心臓に悪い。
そしてその後、いくつかの店で聞き込みをするフリをする。
結局、女将さん以外の有力なことは聞けず、そのまま繁華街へと向かうことになる。
◆
「イリアスさん、ここらへんの甘味処と言えばどこが有名ですか?」
という言葉に俺は答えられなかったので、街の人に訊ねた場所へと向かう。
店内に入り、フェリノーツさんがなれた様子で席を取る。
俺はパンケーキを、フェリノーツさんはチーズケーキを頼む。
「お代はこちらに持たせてください」とのことだったので、ありがたく甘えさせてもらうことにする。
「甘いものは多く食べないんですね」
チーズケーキ一皿だけというのは、健啖家のフェリノーツさんにしては珍しいように思える。
すると彼女は恥ずかしそうに、
「甘いものは太るので控えています……」
と、いうのだった。
多分いつものようにいっぱい食べる方が太るんじゃないかな、とは言えなかった。
太る太らないは女の子にとっては重要な問題らしいので。
それに、現状は心の中で冷や汗をかきっぱなしなのだ。
心に余裕がない。
本当にアリアリアが見つかってしまっては、俺たちの冒険は終わってしまう。
二人で始めた冒険なのだ。
行きずりの関係ながらも苦楽を共にした仲間を、連れ戻されたくはなかった。
「イリアスさんは迷宮に潜り始めてどのくらい経つのですか?」
「ひと月ほどです。まだ慣れないですけど、楽しいですよ」
「そう、ですか。あの迷宮は高位の冒険者でも心が折れたりするので、気を付けてくださいね」
「……ありがとうございます」
心配されるいわれなどない。
騙しているのだから。
貴女がわざわざ国を渡ってまで連れ戻したい大切な存在を、俺はかくまっているのだから。
一呼吸おいて、フェリノーツさんは雰囲気を暗いものへと変えて言うのだ。
「もし、もしも。家が嫌で出てきた子だったら、手伝うのをやめますか?」
暗い表情でフェリノーツさんは呟く。
彼女にもアリアリアにとって家が居づらい場所だという自覚があって。
けれども立場というものがあるのだろうか。
しがらみは人を強くすることもあるけれど、腐らせる要因にもなる。
俺は、以前は腐っていた。
変えたいと思っていて、それでも変えられなかった。
アリアリアはそんな自分を変えるきっかけになったのだ。
だから、彼女が家に戻りたくないというのであれば手伝いたい。
そのためにフェリノーツさんを騙していいのかはまた別の話だ。
ツケはいずれ回ってくる。その返し方だけを考えればいい。
「……それは」
「なーんて、冗談ですよ! ……優しい貴方に主の祝福あらんことを」
答えあぐねていると、ケロッと表情を変えて明るく振舞うフェリノーツさん。
本心に見せないようにしたのだろうけれども。
多分、彼女の本音だったのだろう。
ちりん、と来店のベルが鳴る。
それと同時に息を呑む声。
視線を向けると――揺れる金髪。
「――ふぇ、フェル……?」
アリアリアが、そこにいた。




