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25 宝物庫

「そもそもなんで迷宮都市に来たんだ? お前たち」

「なんだ、藪から棒に」


 地面に座って休憩している途中、レイストフは突如そう訊ねてきた。


「俺はマフィアに追われてだ」

「あー、なんかそんなこと言ってたな。アリアリアもだろ」

「そうそう」


 アリアリアも話に乗ってくると、なおのことレイストフは盛り上がっていく。


「……そもそもなんでマフィアに追われてんだ?」

「あー、俺がアリアリアを助けるために危害を加えたから?」

「違う違う。アリアリアが襲われた理由だよ。なんにもなしにどんなスキル持っているか分からないやつを攫おうとするか?」


 アリアリアを見ると、一瞬だけ息に詰まって、けれど次の瞬間にはよどみなく答える。


「ほら、あたし美少女だし。人攫いの格好の的じゃない?」

「オレにはちんちくりんにしか見えないけどな」

「誰がちんちくりんだ、誰が」


 まああとニ・三年したらもうちょっと幼さが抜けると思うけれど、それを今言う勇気はない。

 無言は時として有言よりも貴いものだ。


 ……多分。


「……それで、エレオノーラはどうしてこの国に来たんだ?」

「星杯の回収。興味はないけど仕事なんだ」

「言うは易いが……」

「ああ、いい。遠慮はいらないよ」


 なんの問題も感じていないようにふるまうエレオノーラに、レイストフはおずおずと訊ねる。


「……それって遠回しに帰ってくるなって言ってないか?」

「そうだね」

「そうだねって随分軽いな……」

「いくら深刻そうに言っても現実は変わらないだろう?」


 軽い調子でエレオノーラがそういうので、俺たち三人はたじろいでしまう。

 実質追放されたというのに、そんな風に割り切れてしまうのが恐ろしくさえある。

 事の大きさが分かっていないわけがない。だというのにどうしてそう振舞えるのか。


 誰もがそれに触れないように話題を変える。


「……そういうレイストフはなんでレグナンスに来たんだ?」

「オレか? こんな家にとどまっている小さな男じゃないからな、オレは。家出だよ家出」

「お前は家出より出家した方がいい」

「欲望抑えてもいいことないない!」

「よーし、皆、そろそろ出発しようか」

「オレを無視するなよっ!」


 などと軽口をたたき合いながら、俺たちはそぞろに準備をし始める。


 家出……。

 エレオノーラが言っていたのは家出した人をフェリノーツさんが探している、だったか。

 そのまま受け取るならレイストフが対象になるのだけれど、本当だろうか。

 まだ彼だと確定したわけではないのだけれど。


 二人に直接訊ねてみてもいいが、それだと嘘をつかれる、あるいは隠される可能性がある。

 さらに、虚実の判断がこちらではつきづらいのと、エレオノーラに迷惑がかかる。


 なにせ、家出した人間を連れ戻しに来ている人がいるなんて俺が知りえる情報ではないからだ。

 二人もそこが分からないほど馬鹿じゃない。

 などと考えているとエレオノーラが、


「イリアス? どうしたんだい?」


 と声をかけてくるので俺は首を横に振る。


「いや、なんでもない。二人も待ってるみたいだから行かなきゃ」


 そう言うと、何かを追求することはなく、エレオノーラは「そっか」と呟いて歩を進める。



「宝物庫」

「だといいなあ」


 アリアリアの期待に俺は頷く。


「魔物部屋」

「それは嫌だね」


 レイストフの適当な発言にぴしゃりと返すエレオノーラ。


 階段を下りるときはいつも緊張してしまう。

 一階下に降りるだけで魔物の強さが変わっていくのだから、より深く潜るたびに神経をとがらせるのは当然と言える。

 逆に階段を上がるときに落ち着くかと言われるとそうでもない。

 帰る時が一番危ないというのは迷宮での鉄則と言われている。

 自分たちがどれだけ消耗しているかというのは案外綿密に分からないものだからだ。


「新しいルートだとギルドもひっくり返るだろうね。近道になるのであればなおのこと」

「……そうだったらいいのになー」


 新しく拓いたルートで最深部を目指すだなんて夢に満ち溢れた話だ。

 もしかすると迷宮に住まうモノが行き来をするために作った場所かもしれないし。


 ただまあ、ゴブリンたちに掘られるまで見つからなかったのでそれは怪しい。


 階下に着くと、そこは――


「宝物庫! あったりー!」


 装飾の施された宝箱が敷き詰められた小さな部屋だった。

 いくつかは乱暴に開けようとした痕跡があるが、血痕も残っているのでゴブリンあたりが無理矢理開錠しようとして失敗したのだろう。


「よし、持ち運べる分は全部持ち運ぶぞ! アリアリア、宝箱の開錠を頼む!」


 なにが入っているかは分からないが、これは幸運に違いない。

 意気揚々と宝箱の開錠を始めるアリアリアを全員で見守る。


 一つ二つと軽々開けていくアリアリア。

 だが、回数を重ねたところで作業中に彼女はピタリと止まる。

 少女の頬を脂汗が伝い、手は小刻みに震えている。


 尋常ではない様子に、俺は思わず声をかける。


「アリアリア、大丈夫か?」

「この宝箱……分からない。もう仕掛けを戻せないし、やりきるしか……!」

「待て、落ち着け、早まるな。一度整理してから――」


 ガコン、と何かが動く音。

 次の瞬間にはアリアリアの胸に矢が突き刺さっていた。


 指示を出すまでもなく、エレオノーラが動く。

 全力で矢を引っこ抜き、詠唱をする。


「回道の三十・回帰(リカバー)っ!」


 だが、傷は癒えずに広がっていくばかり。

 エレオノーラはそれでも迷わず即断する。


「回道の五十三・祓魔(アンチドーテ)……!」


 傷の広がりが止まり、それを確認するともう一度神聖術をかける。

 そしてそのままアリアリアを横たわらせる。


 エレオノーラに一筋の汗が伝い、落ちる。

 心底安堵しきっている様子だ。

 焦りだとかを表に出さない性格だと思っていたが、どうやらそうでもないのか。


 彼女は淡々と告げる。


「矢に腐敗毒が塗られてあった。身体の組織がバラバラに崩れていく、強力な毒だ。ここの階層では普通出ない罠だね」

「初心者にはまず解けない類の毒なのか?」


 エレオノーラに訊ねると、彼女は黙ってうなずく。


「中級者の終わりごろになってようやく解毒の神聖術を唱えられるようになるくらいかな」

「解毒できなかったらどうなる?」

「身体が崩れていって死ぬね」


 ……今ほどエレオノーラを仲間にしてよかったと思ったときはない。

 普段から怪我の治癒などをしてもらっているが、彼女である必要性はなかった。

 だが厄介な毒に出くわして、初めて彼女である必要性が出てきた。


 エレオノーラでなければアリアリアを救えずにここでまた一人仲間を失っていた。


 一歩間違えたら死が待ち受けるこの迷宮は、冒険しすぎて良い場所ではないようだ。


「けほっ」「かはっ」などとアリアリアが咳き込み、それが落ち着くと彼女は起き上がる。


「あー……。ごめん、焦って下手打った」

「無理そうだったら引き上げていいから」

「……次からそうする」


 しょぼくれた様子でアリアリアは言う。

 その瞳は迷子のよう。

 失望させたと思っているのかもしれない。


 だから、せめて自分が居てもいいのだと思ってほしくて言葉を紡ぐ。


「大丈夫、失敗しても次がある。できることを増やしていこう」

「……うん」


 その言葉だけでは不足なのか、彼女の顔は晴れないままであったけれど。

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