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24 ホブゴブリン

 迷宮第八層。

 相変わらず洞窟のような道にヒカリダケが生えているだけの通路を往く。


「相変わらずこの階層はかび臭いなあ」


 エレオノーラがそう言うと、レイストフがその発言に食いつく。


「他の階層は違うのか?」

「違うよ。疑似的な森林を形成しているところもあれば、沼地もあったり……世界が変わったかのように切り替わるんだ。

 十層単位で変わっていくから、ヌシと含めても一種の指標とされている」


 つまり、ヌシを倒せば新しい世界に飛び立つことができるということか。

 土を掘り進めたような通路と、石畳の部屋。

 それだけの場所から別の所へと行けるようになるのであれば、少しは気分転換にもなるだろう。


 とは言っても、俺はこの場所に飽きてはいないのだけれど。


「へえ、そいつは楽しみだな」

「まずはキマイラを倒せるようになってからだけどね」


 そうエレオノーラが言って、誰かが踏みしめた道を歩く。

 地図はまだ完成しておらず、まだまだ自分たちにとって未踏の場所が多い。

 八層の攻略にはあとどのくらい時間がかかるのだろうか、と思案していると、隣を歩いていたアリアリアがピタリと足を止める。


「どうした?」

「風が吹いてる。わずかにだけど」

「……妙だね」


 疑問を述べるアリアリア。顎に手を添えるエレオノーラ。

 俺には風を感じることができないが、アリアリアがそういうのであれば吹いているのだろう。

 レイストフはエレオノーラの肩に触れようとしてすっと避けられる。


「……階層の構造が変わることってのはあるのか、エレオノーラ」

「なんだ真面目な質問か。構造の変化は滅多に見られないが、あるよ」

「もしそれだとすると……ギルドの地図の更新ができるよな」

「察しの良い人は好きだよ。そう、多分君たちにとってチャンスさ。地図にない場所の発見というのは」


 レイストフから視線を向けられる。「行くだろ?」とでも言わんばかりに。

 もちろん行きたい気持ちもあるが、実際に決めるとなるとかなり悩ましい。

 迷宮は何があるか分からない。

 宝箱を開けたら煮えた油が顔にかかることだってあるし、隠し部屋に得体のしれないものがあることだってある。


「うーん……」

「おいおい、ここで日和るのは男じゃないだろ」

「チャンスだと分かってはいるんだけど……。アリアリア、気配に注意しながら風の流れを辿ってくれ」

「わかったわ」


 首肯するアリアリア。彼女がゆっくりと歩くので、邪魔にならないように少し後ろをついていく。

 しばらく彼女の後ろをついていくと、ある場所でピタリと止まる。


 そこには、壁を掘った跡……ゴブリンの住処があった。

 ゴブリンは洞窟や穴倉で生活をするのが特徴だ。外のゴブリンは人の造った建築物などに住んでいる場合もあるが。


「ゴブリン、何体いるか分かるか?」

「五体くらい……?」

「分かった。じゃあいつも通りレイストフと俺で突っ込んで、アリアリアはエレオノーラの護衛。エレオノーラは負傷の具合によって治癒を判断してくれ」


 そう言うと、全員から了承の意が発せられる。

 準備が整い次第、レイストフからゴブリン部屋へと突撃していく。


 ゴブリンの部屋に突入すると、そこには武器を携えた六体のゴブリンが待ち構えていた。

 アリアリアが読み違えた? そこはささいなことか?

 などと疑問が頭を過ぎるが、一匹だけぼやけて見えないゴブリンが居る。

 目を離せばすぐさま消えてしまいそうな、そんなかすかな存在感。


 他のゴブリンと比べても頭一つ大きいというのに、なぜ見失いそうになるのか。


 ――スキルだ、間違いない。


「イリアス! ボケっとしてないで手を動かせ!」

「……分かってる! この部屋に〈隠形〉持ちが居る! アリアリアはエレオノーラの身を守って!」

「ならあたしも参加したほうがっ……!」

「回復役がやられたらそこで終わりだ!」


 〈隠形〉、それは身を隠すスキルだ。

 それもわざわざ隠れる場所を選ぶ必要がない、ただ念じるだけで姿が消えるという優れものだ。


 それを証拠に、ゴブリンの数は視認できるものは五匹となっている。

 丁度俺が部屋に突っ込んだとき、隠形を発動したのだろう。

 だから姿がぼやけていた。


 さらに言うのであれば、〈隠形〉を持っている者は気配を察知されにくくなる傾向にある。

 だからアリアリアの気配察知も上手くいかなかった。


 気配察知能力が同等か、上回っていれば隠形も看破できる。

 だが、そのためにエレオノーラをフリーにしてしまえば回復役がやられる心配も出てくる。


 俺は増え続ける傷を無視し、見えるゴブリンを相手取る。


『〈ゼロ〉の発動を確認。〈剣術Ⅱ〉を複製しました』

『〈ゼロ〉の発動を確認。〈槍術Ⅲ〉を複製しました。重複、条件達成のため〈槍術Ⅳ〉に置換します』


 神の声に紛れてレイストフの声。


「イリアスっ! こっちは終わった!」

「まだだ! 〈隠形〉持ちがッ――」


 肉に何かがめり込む感触。脇腹を刺された――?

 感触は後ろから。アリアリアが止めようと何かを引っ張っているようだが、止め切れていない。


 刺された方角から推察して――裏拳を放つ。

 〈体術Ⅳ〉で最適化された動きだ。人間でも当たりどころが悪ければ死ぬ。

 固い何かに当たったあと、差し込む動きが緩くなり――止まる。


 みし、と拳に重み。それと何かを砕く感触。

 十中八九ゴブリンの頭だろうが、果たして――。


『〈ゼロ〉の発動を確認しました。〈隠形Ⅲ〉を複製します』


 あまりの痛みに膝をついて腹を押さえてしまう。


 その言葉と同時にあらわれていくゴブリンの姿。

 等身が一つだけ高いそれは、普通のゴブリンよりも肉付きがしなやかだ。


 エレオノーラがこちらに近づき、治癒を行いながら言う。


「ホブゴブリン。経験豊富で各地を流れてきたゴブリンはそう呼ばれるように進化していく」

「……これが?」

「うん。そういう輩はなぜかスキルを持っていることが多い。初心者はこのホブゴブリンでかなり脱落することになる」


 たしかに一歩間違えればこちらも誰かが死んでもおかしくはない。

 ゴブリンの見かけにスキル持ち。初心者を一安心させて突き落とすには絶好の存在だろう。


「だから前の階層で見た敵を見ても侮らず、しっかりと観察することが重要だ」

「正直、ここまでやれるとは思わなかった」

「そう。そう思っちゃうから怖いんだよ、迷宮は。人間は先入観から逃れづらいから」


 それが必要なことだとはいえ、とエレオノーラは話を締めくくる。


 地面につけていた膝を伸ばし、立ち上がる。

 すると、アリアリアがこちらに歩を進めてくる。


「ねえ、向こうに下り階段があるけど……行かない?」

「ありがとうエレオノーラ。……行こう。さっきみたいにやられないように気をつけよう」

「やられたのはお前だけだから心配すんな」

「うるせー、確率の問題だろ」


 レイストフの茶々に口をムッととがらせて返す。

 それを聞いて残りの二人もクスリと笑う。

 少なくとも雰囲気は悪くなっていない。大丈夫だ。


「さあて、何が出るか楽しみだ」

「探索の醍醐味だよな」


 意気込むレイストフに同意する俺。


「あたしは半々かな。神経尖らせないといけないし……」

「盗賊としては正常な感性だね。なにせ人の命を預かっているわけだし。

 というわけで男性諸君、キミたちはもう少しアリアリアを思いやって休息をとってほしい」


 そう言ってエレオノーラは休息の準備をし始める。

 有無を言わせないよう。


 俺たちの意気は挫かれたわけだが……含蓄のある言葉に従う方がいいと判断したのだった。

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