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23 断る勇気(無し)

 今日は迷宮探索をしないフリーの日だった。

 自由日の日課であるトレーニングを済ませ、身体を清めた後は昼食を摂りに食堂へと向かう。


 エレオノーラが持ちかけてきた依頼を皮切りに、ギルドの小さな依頼を受けて迷宮には潜り続けてきた。

 そのため、小金持ちとまではいかないが財布にちょっとした余裕はある。

 大衆食堂であれば値段を気にせず頼めるくらいの財力はあった。


 馴染となりつつある食堂に行くと、相変わらず繁盛しており、ウエイターはこちらを視認するなり、


「いらっしゃいませー。ただいま席が空いておらず、相席となりますがよろしいでしょうか?」


 と断ってくる。


「ええ、大丈夫です」


 了承の意を告げると、「ではご案内します」とウエイターがテーブルまで先導し、指定された席に座る。

 テーブル席だが目の前に置かれた食器の数が多い。ニ・三人前はあるんじゃないだろうか。


 それも目の前に座っているのは――


「お久しぶりです。エレオノーラ様のお連れの人でしたよね?」

「ああ、えと、そうですね」


 ――青髪の騎士、フェリノーツさんだった。

 彼女はナプキンで口元を拭い、こちらに向かって微笑む。


 たしかにこれなら街の男が魅了されるのも分かる。

 アリアリアが未成熟な美、エレオノーラが完成された美、フェリノーツさんは赦しを与える美だ。

 それでいて少女らしくあどけなさを残しているのだから、それは魅了されるのも当然だ。


 成熟と未成熟が見事に入り混じった美しさに俺は、彼女に入れ込んでいた修道士たちの気持ちを理解してしまう。

 

 だが、それにしても皿の数が多い。

 健啖家なのだろうが、それにしても多くないだろうか。

 彼女は申し訳なさそうな顔をすると、ぺこりと頭を下げる。


「あの時はすみません、必死だったものですから……」

「いえ、彼女も中々意地悪ですし、気にしなくて大丈夫ですよ」

「そう言っていただけると助かります……」


 フェリノーツさんはほっと一息つくと、ウエイターを呼んで注文をする。

 この流れで俺が注文しないとなると手間がかかるので、今日のおすすめメニューを頼む。


 しかし、フェリノーツさん、頼む量が尋常ではないのだが、食べられるのだろうか。


「申し遅れました。わたし、フェリノーツ・フェイルノートと言います。法国で騎士をしております」

「ご丁寧にありがとうございます。俺はイリアス・イリスネス。ただの冒険者です」

「見たところ新人と言ったところでしょうか。よくエレオノーラ様に気に入られましたね」

「そこは……色々あって一緒に行動してます。気に入られているのはフェリノーツさんも一緒だと思いますよ」


 思ったままのことを言うと、信じられないとばかりにフェリノーツさんが、


「……わたしが、ですか?」


 と、呟く。


「エレオノーラが本当にどうでもいいと思っているなら、フェリノーツさんに二度目はないはずです」

「でも、現に断られてばかりですし……」

「多分、彼女なりの考えがあるのでしょう」


 エレオノーラの忠告を思い出す。

 今のままのパーティで居たければ強くなることだと。

 現状、フェリノーツさんを越えるような状態ではないので、話しすぎはまずいかもしれない。


 けれども、この誤解は解いておきたいと思ってしまったのだ。

 自分の利益だけを追い求められるほど、俺は器用じゃないらしい。


「まあ、たしかにエレオノーラ様は人の好き嫌いが激しい方ではありますけど……」

「……そうだったのか」

「……ありがとうございます。なにか理由があるのだとしたら、そこを考えてみることにします」


 多分家出した人をそのままにしておきたいからじゃないかなと考えるも、そこまで言ってしまえばこちらが不利になってしまう。

 仲間が居なくなるのは困るので。


 などと言っているうちに注文していた料理が運ばれていき。

 フェリノーツは満面の笑顔を浮かべる。

 目の前には数々の料理。何人前あるのか数えるのも馬鹿らしくなるほど。


「さあさあ、食べましょう。腹が空いてはなんとやら。神の恵みに感謝しましょう」

「…………まだ食べるんですか? その量を食べきれるんです?」

「ふふふ、愚問です。むしろイリアスさんはその量で足りるんですか?」


 逆に心配してくる始末。

 ここの食堂は労働者向けに量が多めに出されるため、一人前で充分食べたと思えるほどだ。

 フェリノーツさんの胃袋はどういった構造をしているのだろう。


 祈りをささげた後、フェリノーツさんは食事に手を付け始める。

 その速度は早いはずなのに速度を感じさせない、流麗な所作。


 だが、品数が多い。


「なんだか胸やけがしそう……」

「イリアスさん、ちゃんと食べないと燃料不足になりますよ?」

「そうだね……」


 自分が食べているわけではないのに、なんだか苦しくなってくるのはなぜだろう。

 目の前の品目の多さに目を剥きながらも、自分の料理を食べ始める。


「騎士ってのは礼儀作法が厳しいんですかね」

「わたしのいる場所はそれなりにマナーを要求されますね。どうしてです?」

「いや、フェリノーツさんの食べ方が綺麗だから、よほど訓練したのだろうなと」


 些細なことではあるのだが、それを完璧に身に着けている人は珍しい。

 大商人や貴族の家系にいるなどで要求されなければ身につくものではない。


「……そうですね。父が作法に厳しい人だったので、その影響が大きいです」

「お父さんも騎士を?」

「そうですね。昔は二つ名がつくくらいに恐れられていたようですよ」

「へえ、それじゃあ余程優秀な人なんですね」

「ええ、わたしの憧れでもあります」


 おしゃべりの合間に物を食べているが、その速度はやはり早い。

 なにか魔術を使ってこちらを騙しているのではないかと思うほどに。


 健啖家なのは結構だが、見ているこっちが心配になるほど食べている。


「そういえばイリアスさんはどうしてこの国に? 荒事が得意そうな人ではないと思ったのですが」

「たしかに荒事が得意なわけではないですね……。一応冒険者なんですが」

「ああいえ、気にしないでください。優しそうな人だなと思っただけなので」


 優しい、か。

 手放しに褒めているのだろうが、それをそのまま受け取って喜べるかは別だ。


「それを言うなら貴女も優しそうだ。修道士たちにも随分慕われていますし」

「ああー、えーと、書類を落とされた際に手伝ったら感謝されただけですよ」


 ばつが悪そうに居住まいを整えるフェリノーツさん。

 褒められ慣れていないのか、少しむず痒そうな表情をしている。


 少し経って、「ああそうだ!」とフェリノーツさん。


「せっかくです。依頼を受けていただけないでしょうか」

「……なにか頼むようなことでもあるのですか?」


 俺の言葉にフェリノーツさんは静かに頷く。

 彼女はそのまま言葉を紡ぐ。


「わたしは人を探してこの国に来ました。よろしければ探すのを手伝っていただけませんか? 報酬は弾みます」

「ええと……」

「冒険者で頼れる人がいないんです! イリアスさんは悪い人じゃなさそうですし、知恵をお借りしたいのです」

「人探しは苦手なんで……」


 フェリノーツさんが探しているのは俺の仲間、と聞いている。

 強制送還も辞さないとエレオノーラは言っていたが、そんなことをしそうには思えない。

 ただ、連れて帰られると困るし、なにより悲しい。


「わたし、教会の方で待っていますので!」

「さてはなし崩し的に話を進めようとしてません?」

「バレましたか」

「わからいでか」


 小さく舌を出すフェリノーツさんに、こちらの元気がごっそりと奪われていく。

 なんだかんだで押しの強い人だ。


「悪い人に捕まってそそのかされているかもしれないと思うと……」


 ああー、言いづらい。

 こんな風に純粋に困っている雰囲気を出してしまわれては非常に言い出しづらい。

 もしかして思い込みも強いのかもしれない。

 あるいはその人がかなり大切なのか。

 どちらもかもしれないが。


「…………暇なときだけですよ」


 俺はあっけなく陥落した。

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