20 宿屋での一幕
朝日が昇るころ、俺は宿屋の前でひたすらに素振りをしていた。
突き、振り払い、石突き。その他含め自分ができるあらゆる技を練り上げる。
知識としてあるものと、実際に体験したものと比べると明暗がはっきりと分かれるものだと知る。
ロアスさんが反復練習を説いていたのは、技に対して実感を持つことでそこからさらに手を伸ばさせようということなのだろう。
この状態からさらに何ができるか――。
それを考えてはいるものの、思いついたのは一つだけ。
エレオノーラに放った魔槍を投げないようにしただけのものだ。
つまり、必殺の突きを放つ。ただそれだけの技。
だがそれでは発展性がない。もう少し新しく手に入れた〈魔術〉を入れてみたい。
そう思って思案にふけるもいい案が思いつくわけではなく。
素振りが終わったころには、身体中から汗が立ち上っていた。
「朝から精がでるわね」
寝間着のまま、寝ぼけ眼をさすってアリアリアは呆れたように言う。
「強くなりたいからね」
そう短く返すと、アリアリアは小さくあくびをする。
まだ眠たいようだ。
「スキルがあれば問題ないでしょ。魔物を倒せばスキルは成長するし。でもまあ、ロアスって人の言葉通りなら、練習も必要だね……」
「なによりスキルが進化するかもしれないだろ」
スキルは進化する。
魔物を倒すだけではなく、〈スキル〉を練り上げていった結果、〈スキル〉が限界を超えるのだ。
進化の方法は不明。ただ、生半可なことでは起こりえないことではある。それは過去が証明している。
「んー、でも一生に一度あるかないかだよ? スキルの進化って。あたしたちの世界はスキルでほぼ完結しちゃってる。それが現実じゃない」
アリアリアの言葉はどこまでも正しい。
この世界はスキルで回っているし、スキルを持たない人間はつまはじきにされる。
ニーナ以外のパーティメンバーが俺を路傍の石のように見ていたように。
つまりは存在すら認知されない、された時は迷惑を被っているときだけ。
そんなどん詰まりから抜け出したくて、そしてようやく抜け出せたのだ。
だから、今度こそは自分を信じて、自分にやれることを全てやりたいと思っている。
だから、寝ぼけ眼のアリアリアに俺は言う。
それは半ば自分への誓いでもあった。
「けれど、俺はもう諦めたくない。星に手が届かないからって諦めたくない。いつかそこに辿り着くための行動を起こしたいんだ」
言うは易し。行えばずっと頑張り続けないといけない。
そして人生というものは頑張った分だけつらくなるものだ。
結果が出ないことに対して心が締め付けられるような気持になることもあるだろう。
ただ、それでも俺は最高の冒険者になりたいと思っている。
アリアリアはそんな俺を見て優しく口角を上げる。
「案外ロマンチスト? ……でも、嫌いじゃないよ」
彼女の瞳に諦観が浮かんでいなければよかったのだが。
けれど、今はそのことについて突っ込むときでもない。
それより、認めてくれたことに対して羞恥で顔が真っ赤になりそうだ。
「やめてくれ、やっぱり恥ずかしくなってくる」
「『俺はもう諦めたくない――』」
気取った様子でこちらの真似をし始めるアリアリア。
やたらと気障ったらしく言うのでこちらが恥ずかしくなってくる。
「チョップ!」
「いだいっ!」
軽く手刀をアリアリアの頭に当てると、ふてくされてムッと口をとがらせる彼女。
「なーによー。恥ずかしがることないじゃない」
「うるさいうるさい、やめてくれ。忘れろ、リーダーとしての命令だ!」
「えー、そんなこと言われたら余計に忘れられなくなるじゃない」
にい、と楽し気に笑うアリアリア。
彼女の言うことは立場が逆なら同意できるだけに、こちらとしては地団駄を踏みかねないほど。
「いいから忘れろっ」
「いたいいたい、グリグリはやめて」
アリアリアのこめかみを拳で強く押すと、彼女はぎみゃーと奇妙な悲鳴をあげていく。
そのまま少女はするりと拘束を抜け出すと、井戸の水を桶でくみ上げてこちらにかけてくる。
鍛錬で熱した身体は即座に冷えた。
「力に物を言わせる人にはこうだーっ!」
そう言って彼女はもう一度水をかける。
制止する前に水をぶちまけられる。
こちらが無言でアリアリアに近づくと、彼女は小さく舌を出す。
しまった、と言わんばかりに。
「……このお子様め!」
俺も水を汲んでアリアリアにかける。
そしてそのお返しに彼女はこちらに水をかける。
そんなやりとりを繰り返して、お互いくたくたになったころ、少女は言う。
「諦めたくないものがあって、それに進めるのならとても素敵だと思うの」
「…………なんだよ」
「羨ましくって、つい」
「アリアリアにもあるのか、そういうの」
ふと気になって聞いてみる。
アリアリアは自分のことを話さないから、このようなときくらいにしか伝えようとしないだろう。
「あたしにも、あった。けど、それが手に入るのは十五歳の時だけだから。今も十五だけど、もう手に入らない」
十五歳。誰でも思いつくのは下賜の儀だ。
幼馴染のニーナは力を得、俺は得たものの価値を分かっていなかった。
腐ることも抗い続けることも出来ず、ただ浮浪者として日々を浪費していた頃。
二歳年下のアリアリア。彼女は望んでいたものを得られなかったのだろう。
それ自体は良くある話だ。
くじ引きに当たるかどうかは分からない。
それでも、本人にとっては重大な事実なのだから簡単に励ますことなんてできない。
「俺もさ、最初は使えないスキル引いたって思ってた。……冗談じゃない、本気でだよ。でも、どんなに理想とかけ離れていても手持ちのカードで戦うしかない」
手持ちのカードを増やせる俺が言うべきことではないのだけれど、と心の中で付け足して。
濡れ鼠のアリアリアはぎゅっと唇を噛んで、納得しがたいとばかりに俯く。
「分かってる……。そんなことは分かり切っているの。でも、認めたらいままでのあたしじゃなくなってしまう」
濡れた瞳を隠すアリアリア。
夜更けの迷子にも似た雰囲気を纏う彼女に、俺は言う。
「俺は盗賊のアリアリアだけを知っている。俺にとってアリアリアは頼りになる盗賊だ」
「……ありがと。ちょっと元気でた」
立ち上がって、俺は手を伸ばす。
アリアリアはそれを掴んで、引っ張られて立ち上がる。
掴んだ手はほっそりとしていて、けれど暖かく、そこに生きている人間だと伝えてくれる。
「あー、お腹減った。イリアス、朝食食べに行きましょ!」
そう言って、繋いだままの手を引っ張っていくアリアリア。
彼女に連れられて宿屋へと帰る。
なお、この後宿屋が濡れるとのことで女将からしこたま怒られたのだが。




