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02 〈ゼロ〉の開花

 この世界は〈スキル〉によって成り立っている。

 十五歳になると行われる下賜(かし)の儀。

 スキルを神から下賜されて、ようやく俺たちは一人前とされるのだ。


 農業系のスキルを持てば優れた農家に。

 武術系のスキルを持てば優れた武人に。

 魔術系のスキルを持てば優れた術師に。


 スキルの力が高ければ高いほどその傾向は強まる。


 数十年鍛えた、スキルを持たない剣士が下賜の儀で得た〈剣術〉スキル持ちに負けるなんてことはよくある話だ。


 だからこそ、この世界ではスキルが重要視される。

 一流の世界から日常の世界まで、どこまで行ってもどんなスキルを持っているかということが身について回るのだ。


 どれだけ知識を磨き、己を研ぎ澄ましたところで優れた魔術師や神官はスキルを持ち、さらにより優れたものでなければ意味がないほど。


 たしかにスキルを持たなくても魔物とは戦えるし、農作物だって育てられる。

 けれども、スキルを持つということはスタート地点から加速速度まで何から何まで違うということなのだ。


 そんなの、まともな人間なら『外れ』を引いた瞬間にやる気をなくしてしまう。


 そして、俺はその『外れ』を引いてしまっていた。


『〈ゼロ〉のスキル発動条件を満たしていません』


 無機質な女の声が脳内に響く。

 心をじくじくと蝕んでいく焦燥感。

 やはり自分は〈ゼロ〉の、無能のイリアスなのだと突き付けられているようで胸が苦しくなる。


 所詮は寒村の農家の三男坊。田畑も継げず、村を出るしかなかった負け犬。

 幼馴染にひっついておこぼれを貰っていた負け犬。


 俺は、イリアス・イリスネスはそういう男なのだと過去が証明している。


 でも、負けちゃ駄目だ。

 諦めたらあの日ニーナに切った啖呵が無意味なものになってしまう。


 それでも。頑張れば頑張った分だけきつくなってしまう。

 結果が伴わないからだ。

 結果が伴わないから自分のやっていることに意味を見出せなくなってしまう。

 意味を見出せないから切り開いていこうという気概も削れて風化していってしまう。


 どうすればいいのだろうか――。


 神のお告げは答えてくれなかった。



 「……て!」


 くぐもった声。


 高いソプラノの声。少女が叫んでいるが、何かに阻まれている。

 音のする方へと進む。するとそこには、金髪の見た目麗しい少女が男たちによって組み伏せられていた。


 お楽しみになる直前のようだった。だが相手は体格もいいし、一人は武器だって持っている。短い槍。身の丈ほどだろうか。

 非常に迷ってしまう。

 逃げたほうがいい、と即座に理性が主張する。

 いやいや、ここで助けて金をせしめれば今後ちょっと生き延びられると欲望がささやく。


 迷う理由は単純だ。


 身体を鍛えているということは、それが有利に働くような〈スキル〉を持っていることが多い。

 〈槍術〉を鍛えているのであればそれをよりよく運用するための身体づくりをする。だって、〈スキル〉ほどの成功が約束されているのだから。


 まともにやって〈ゼロ〉のイリアス・イリスネスが勝てる道理などない。

 今ならまだ間に合う。逃げてしまえと理性がささやく。


 でも、少女の身なりを見るにお金は持っていそうだ。身にまとう服が上等なものだったので。


 もしかしたら、助けたら謝礼が貰えるかもしれない。

 それに彼女を見捨てるのは俺を裏切ることで。


 手汗でぐっしょりになった両手は、気がつけばレンガを持っていて。

 震えていた足は、気がつけば男たちへと向かっていて。


「……せいっ!」


 レンガで無手の男の頭に向かって思い切り殴りつける!

 鈍い音が鳴る。


 やった。やってしまった。ああ、終わったな。

 でも、だって。ここで逃げたら自分じゃなくなる。そうだろう?


『〈ゼロ〉の初発動を確認。〈格闘術Ⅳ〉を取得します』


 発動? なぜ今になって?

 スキルを取得? 本当に?


「テメェ――!」


 少女を放し、槍を手に取る男。

 だが遅い。適度な脱力状態に持ち込めた。そして左ジャブを男の顎に食らわせる。シッ、と風を切る音。男はややよろめいて倒れていく。


『〈ゼロ〉の発動を確認。〈槍術Ⅲ〉と〈体術Ⅰ〉、どちらを取得しますか?』


 透明な板が目の前に出現する。これは下賜の儀で見たものだ。どうすればいいのかは分かっている。

 水仕事でのあかぎれがひどい指で〈槍術Ⅲ〉をタッチする。すると花弁が閉じるように板――ウインドウは消えていく。


 いったい、何が起こっているのか。それは俺にも分からない。

 神の声が聞こえることはいままで何度もあったが、それは『〈ゼロ〉の発動条件を満たしていません』という無機質なものだった。

 人を倒せば、スキルが手に入る――?


 禁忌的な考えが頭をよぎるが、それをシャットアウトする。そんなことは考えてはいけない。

 目の前で血を流して倒れている男たち。少女を襲った彼らが悪い。だが人を殺してはいけない。


 レンガをぶつけた相手が俊敏に立ち上がる。

 こちらを振り向き、同じ構え。

 

 チッ、と男が吐き捨てる。


「テメェも〈格闘〉持ちか!」


 厄介そうに血の混じった唾を吐く男。

 その言葉に虚を突かれたというべきか。

 ある仮定に至る。


 ――すると、ぐらり、と男が態勢を崩す。先ほどの衝撃が残っていたのか。それを逃せるほどこちらに余裕があるわけでもない。


 顎を的確に狙い撃つと、男はそのまま地面に倒れて……動かなくなる。

 さすがに死んではいないだろう。


 襲われていた少女。

 突然の〈スキル〉の発動。

 身に着いた〈格闘〉と〈槍術〉。


 俺の、〈ゼロ〉の能力というのは。


 ――倒した相手のスキルを複製する力なのではないか?

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