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18 魔槍・ゲイボルグ

 走る。走る。走る。

 夜闇、月と星だけが俺たちを照らす中、必死に走り続ける。

 後ろからはがなり立てる男たちの声。


 息を切らさず、それでいて速く足を動かす。

 街中での武器の携行は基本的に許されていないので、宿屋に置いてきている。


「案外早く見つかったね」

「呑気なこと言ってないで!」


 ここは貧民窟だろうか。ボロボロだが手入れはされている家が立ち並んでいる。そしてこちらをじっと見つめる目が多い。

 アリアリアが焦っているのも仕方のないことだった。

 なにせ、レグナンスに渡るきっかけになったマフィアたちに追われているのだ。


「大通りに出られないように追い詰めていってるよな……」

「そうね。ただ貧民街を抜ければ衛兵に頼れるから、それを目指しましょ」

「たかが冒険者に手下どれだけ連れてきてるんだよ……」


 追いかけてきているマフィアの数を指折り数えてうんざりとする。

 どうしても俺たちを捕まえないといけないのが分からない。

 メンツをつぶされたと言っても秘匿できるだろうし、なぜそれをやらないのか。

 あるいは失敗したからこちらにわざわざ来たのか。


「イリアス! 後ろ!」


 風を切る音が頬をかすめる。

 かすめる程度で済んだのはもちろん避けたからだ。


「おい、兄ちゃん。その女をよこせ。そうしたら命までは取らないでおくからよ」

「不意打ちしておいて何を言うんだか。それに、仲間を売らない程度の矜持は持ち合わせている」

「そうか――よッ!」


 黒いローブを着込んだ男。手に握ったショートソードを揺らめかせる。

 踏み込み、フェイント。袈裟懸け――これもフェイント。


 相手の狙いは首だ。向こうの刃はゆっくりとこちらが予測した線をなぞり、それをスウェーバックで避ける。

 そして――こちらはたん、と踏み込み襲撃者のみぞおちに拳をめり込ませる。


『〈ゼロ〉の発動を確認。〈剣術Ⅱ〉、〈暗殺術Ⅰ〉のどちらを取得しますか?』

『〈暗殺術Ⅰ〉を』


 心の中でそう唱えると、神の声はスキルの取得を行ったことを告げる。

 スキルがあるかないか、一つ違うだけでも世界が変わるというのに、アリアリアは不意打ちに気付いている。

 少なくともこの襲撃者よりも高位のスキルを持っているのだろう。


 それにマフィアの手下はアリアリアだけにようがあるらしい。

 余程相手にとって据えかねるなにかをやらかしたのだろうか。


「……アリアリア、マフィアに何かやった?」

「何もやってない。……狙われる理由はあるけど」

「……言えないんだろう?」


 こちらの言葉に、心底申し訳なさそうにアリアリアはうつむく。

 金糸のようなまつ毛は伏せられ、薄い唇は口角を下げられている。


「ごめんなさい。話せるときが来たら話すから……」

「いいよ。でも今度襲撃されたら問答無用で話してもらうからな!」

「うー……、うん。流石に三度目までタダで面倒見てもらうわけにはいかないし」


 当人が話したくないことは無理矢理に話させたくない。

 しかし、何度も同じことが起きるのであれば話は別だ。

 不定期に襲われるなんてことが起こるようになれば、パーティ存続の危機にあたる。

 切り捨てたくはないから、事情を聴いて対策を立てなければならない。


「とりあえず貧民窟を抜けて、衛兵に見つけてもらおう」


 二人して頷くと、またレグナンスの中を走り抜けていく。

 足音を消して、一人しか追手が居ない場所で不意打ちを食らわせる。そして拓いた道を進む。


 これを繰り返すこと十回近く。


 ようやく貧民窟を抜けるところで――


「よう。久しぶりだな、兄弟」


 待ち構えていたのはかつて不意打ちで倒した男たち。

 〈ゼロ〉の能力に気付くきっかけとなったやつらだ。


 男二人は当然のように武装をしていて隙がない。

 アリアリアが拾った槍よりかは品質は落ちるが、上等な槍を持つ男。

 打撃用のスパイクがある篭手をはめた男。


 対してこちらは武装を一切していない。

 それもそうだ。いくら冒険者の街とはいえ、日ごろから武装をして歩いていては冒険者以外は委縮してしまう。

 だから俺たちは無防備ともいえる状態で二人に相対することになってしまっている。


 スキルも同じものを持っている以上、武装した方が有利なのは当然だ。

 アリアリアもそこは感じているようで脂汗が彼女の頬を伝っていた。


 圧倒的に不利な状況下。降参してしまいたくなる気持ちをぐっと堪えて、俺は返す。


「俺に兄弟はいない。アンタらに付き合う義理もない」

「つれないこと言うなよ。レンガで殴ってきた仲だろ?」


 嘘だ。兄弟はいる。

 兄が二人だけだが。

 農地を継げなくて自分一人で開拓すること、そして養女だったニーナを兄のどちらかにあてがわれることが嫌になって家を出たのだ。


 そんなことをいちいちこいつらに喋っても仕方のない話で。


 自らの優位性を疑っていない男たち。彼らはへらへらと笑いながらこちらに言葉をかけていく。


「その女を置いていけばお前だけは許してやる。悪い話じゃないだろ?」

「断るッ!」


 直後、鋭い突きが放たれる。刃は避けて、柄の部分に左腕を押し当てて受け流す。

 次の瞬間には二人目がスパイクのついた篭手でジャブを放つ。

 避けられる状態ではない。そのため右腕で篭手を受け流す。――が、勢いを殺しきれずに骨が砕けるような音が鳴る。

 次いで、痛みが走る。


 ピンチになると頭がハイになってくるが、いままさにその状態に入り始めた。


「痛えだろ? 頭かち割った分は返してやるからな?」


 アリアリアが助けを呼びに衛兵の詰め所まで走ろうとするが、一人目の男は槍でそれを牽制する。


「行かせるわけないだろ? お前たちはここで終わるんだよ。いい加減分かれよ、な?」


 ガン、と篭手が右腕に、頭に叩きつけられていく。

 血が段々と失われていき――そろそろ不味いと頭の冷静な部分が判断を下す。


 戦いでは負ける。なら――


「アリアリア! 指笛吹き鳴らせ!」


 逡巡はなかった。


 鷹の鳴き声を思わせる高音は辺り一帯へと響き渡り――


「――何かよからぬことが起こっているようですね」


 確かに引き寄せた。

 悪魔か天使かは分からないけれども。


 質素な装備に身を包んだ、壮年の男の人が白髪交じりの髪をなでつけてこちらを見た。



 男たちは壮年の男を見るなり、彼に襲い掛かっていく。

 精鋭ぞろいであるレグナンス衛兵隊の腕章を壮年の男の人がしていても、それを意に介することなく攻撃を始める。


 周りを見れば集まってきた手下たち十数名も屋根の上から弓を引いている。

 男二人の攻撃を一度しのげば次は蜂の巣になることは見えていた。


 だが、だが、だが――


「――魔槍・ゲイボルグ」


 石突きが一人目の男のみぞおちを突いた瞬間――全員が吹き飛んだ。

 魔槍……?


 まさか、この人は――。


「大丈夫……ではないね。教会に連れていこう。君、肩に捕まって」


 俺が知る限り、魔槍を使えたのは一人しかいない。

 そしてその情報を元に俺は偽物の魔槍を作り上げ、エレオノーラに放った。


 であるならば、ここにいる彼の魔槍はオリジナル――。


 彼は、一撃にして三十もの敵を射殺すことができる。

 彼は、変幻自在の突きを放つことができる。

 彼は、音を越える速さで槍を投げることができる。


 彼は、あまりの才能故に槍術を過去のものにできなかった。


 彼の名前はロアス。

 冒険者の位階最上位、黒等級にしてただ一人の魔槍の使い手だ。

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