17 依頼:初心者失踪の謎を突き止めろ3(終)
スキル持ちのグールを倒し、〈肉切り〉の部屋を訪れるとまず目に映るものはエレオノーラたちだ。
死体の山や血の跡はすっかりなくなっていた。大方はゾンビになったりしたのだろう。血痕はなぜ拭き取られているのかが分からない。
作業からはじき出されたレイストフがこちらに気付くと手を振る。
「終わったか。でもまあこっちに来てもやることないけどな」
「……そうかもね」
熱心にこの部屋を調査しているのはアリアリアとエレオノーラだ。
彼女たちのように罠やあらゆることに精通しているわけではないので、必然的にあぶれてしまう。
だが、二人はなにをやっているのだろうか。調査と言っても具体的に何をするかは聞いていない。
そのため、最初は抑えていた自制心は好奇心に負けて彼女たちの背後に回る。
「イリアス君、ちょうどいいところに」
エレオノーラがこちらに気付くと、口角を上げる。
あまりにいい笑顔だったため、背後に潜むものを嫌が応にも感じ取ってしまう。
何か言いたいことがあるのか、しばらく黙っていたがため息をついてエレオノーラは口を開く。
「この部屋にはアンデッドを生成しやすくする魔法陣を形成していた痕跡がある。つまり、誰かが意図的にこの環境を整えたということだ」
エレオノーラの言葉に俺は寒気を覚える。
なぜそんなことをしたのかが分からないからだ。
「意図的って……」
「理由は分からない。十中八九悪意であることには変わりがないけれどもね」
「こんな浅い層に仕掛ける意味なんてあるのかな」
初心者の台頭を防ぎたいとか、そういったものなのだろうか。
いまいち心のモヤ……疑問が晴れないままでいる。
エレオノーラは首を振る。
「分からない。……原因は特定できたけれど、意図は不明なままだね」
「依頼が達成できているならそれでいいけども、いまいちパッとしないなあ」
「そうなれば今度は別の依頼が舞い込んでくるだけさ」
頭の中を整理するために俺は壁に寄りかかろうとするが、アリアリアに止められる。
「待って。ここの近くに回転扉があるから近づかないで」
「それは……あからさまに怪しくないか?」
アリアリアに問いかけると、彼女はそのまま首肯する。
「あたしもエレオノーラも何かがこの先にあると思っているわ。だからこそ、万全を期して臨みたいの」
「ちなみに下準備はもう済んでいる。あとは君とレイストフ君だけさ」
「手際がいいな。……わかった。じゃあそろそろ行こう」
話が聞こえていたのか、レイストフは待っていましたとばかりにこちらに歩んでいた。
回転扉の向こうに何があるのか。それを確かめてこそ真実が明らかになると信じて。
◆
ぐるん、と視界が回転。馬車酔いに似た倦怠感を伴って床は回転した。
「うえええ……」
吐きそうになって、槍を杖にしてしまう。
そんな風にしていると後続のレイストフがばしんと背中を叩く。
「ほら、しゃんとしろよ。……って、なんだこれ」
「揺れとか回転とか駄目なんだよ……」
「これは……」
エレオノーラとアリアリアが息を呑む。
酔いが収まって、顔を上げるとそこには人の頭ほどの石が葉脈を広げるように部屋中に線を張り巡らせていた。
紫色をしたその石は冒険者なら誰もが見たことはあるもので。
しかし、その大きさのものは誰も見たことはないだろう。
「魔結晶……?」
「そのように、見えるけど……」
おそるおそると言った様子でアリアリアが俺の言葉に肯定を返す。
魔結晶と言えば大きくてもこぶし大からそれより二回り大きいものくらいまでだ。
魔力が溜まればこの大きさのものもできるのであれあば、迷宮というものはどれだけの魔力を蓄えているのだろうか。
エレオノーラが魔結晶の葉脈を踏みながら進む。
「みんな、ありがとう。おかげで意図は読めた」
「……もしかして、これは人工的に発生させたものだっていうのかい?」
俺が自分ですら信じられない言葉を紡ぐと、エレオノーラは美しい顔をうなずかせた。
「誰がなんのために作ったのかは測りかねるけれどもね。とりあえずこれを鑑識に回すから、回収するよ」
葉脈をはぎ取って取ろうとするので、慌ててこちらも手伝う。
エレオノーラの背嚢に入れると、少しだけ彼女が背中を反らした。
葉脈が張り巡らされたこの部屋も、誰かのたくらみによって生み出されたのだとしたら。
背筋が凍る話だ。
その人物は生物が向かう先を強引に捻じ曲げて自分のやりたいことのために使っている。
エイレーン教が自分の帰属する宗教だと強く思っていなくても、怖気が走る。
「魔結晶を人工的に作れるほどの技術を持つ組織……。なんか、怖いな」
「魔結晶の精製については禁忌とされているから、必然的にエイレーン教と対立する組織が活動しているわね」
アリアリアは事も無げに言い切る。
その仮定も教会側が一枚岩であればの話だ。
俺はそこまで強い体制であるとは思っていないのだが、わざわざ否定することもないと無言を貫く。
「どちらにせよ、ワームを使って落とし穴を作ったり、〈肉切り〉を配置したり、やることが大掛かりだ。そこらの組織にできることじゃねえ」
レイストフは嫌そうな顔をして、肩をすくめる。
「……早く帰ろう。仕事は終わった」
そう俺がいうと、皆から肯定の返事が返ってくる。
第三層も潜ろうなんて言うつもりはなくなっていた。
それは一種の逃避行動だ。
巨大魔結晶に対して、エレオノーラ以外は複雑な感情を抱いているだろう。
理由は簡単。
あれは人間の魔力を主に吸い上げてできたものだから。
人間を餌にして成長してきたものが、あの魔結晶なのだ。
シヌーンとデッドの魔力もその中にはあり。
また、下手を打てば自分たちもあれの養分になっていたのかもしれないのだから。
知らずのうちに誰かの陰謀に巻き込まれ、命を失いかけた身としては恐ろしいことこの上ない。
「キミたち、今日はボクが奢るよ。心の傷も癒えないうちにまさかこんなことに巻き込んでしまうなんて、申し訳ない」
「思ったより悪意に満ちてんだな、迷宮ってよ」
レイストフが剣の柄を握り、心を落ち着かせようとしながら言う。
エレオノーラは感情を見せずに返す。
「身も心も怪物になる人間もいれば、こうやって何かを企むやつらもいる。キミたちが挑んでいるのはそういうところだ」
その言葉の外には、「帰るなら今のうちだ」という意味合いが込められているのは何となく伝わってくる。
けれど、俺は逃げたくない。ここで逃げて帰ればもう二度と飛び立つことは叶わなくなると本能が知っているから。
「俺は迷宮を制覇するって決めているんだ。こんなところで立ち止まるわけにはいかない」
「オレは……そこまで馬鹿な夢を見てるわけじゃないが、倒さないといけないやつがいるからな」
「まずマフィアを片付けないとね。そろそろこっちのこと掴むかもしれないし」
レイストフもアリアリアもそれぞれ退くつもりはないようだ。
そもそも、陰謀に巻き込まれただけで辞めるようであればわざわざレグナンスまで来ない。
それぞれが意気込む中、エレオノーラはそれを見て眉尻を下げる。
「そっか……。で、マフィアって何? 初耳だね」
「えーっと、あたしがマフィアに攫われそうになったとき、助けてくれたのがイリアスなのよ」
「キミはまた……。なにかあるなら手伝うけど、ボクの手に余るようなら……」
言葉を言い切ることはなく、何かを匂わせるエレオノーラ。
それに対して顔色の悪くなるアリアリア。
「絶対そうさせないから! 見逃して!」
ぎゅっと自分の両手を握って頼み込むアリアリア。
エレオノーラはしばらく考え込んで、渋るように首肯する。
その日の夜。
俺とアリアリアはマフィアに追い込まれることになる。




