16 依頼:初心者失踪の謎を突き止めろ2
歩いては地図を書き。歩いては地図を書き。
そんなことを何度も繰り返していくうちに、この階層は何かがおかしいと気づく。
書き込みの量も増えていて、あとは〈肉切り〉とやりあった場所といくつかが残っているだけ。
丁字路の突き当り、俺はレイストフに問おうとして。
けれども彼はそれを見越して言葉を放つ。
「なあ、レイストフ」
「敵、居ねぇな」
「ここまで探索を進めておいて何もいないというのは珍しい」
辺りをうかがうエレオノーラ。感情は見せず、ただ淡々と所感を述べる。
そう。
第二層についてから敵とまったく遭遇していないのだ。
迷宮は一種の生態系を築いており、それが壊滅することはほとんどない。
野山を駆ければイノシシや熊に出会うように、魔物もまたどこにでも居るものなのだ。
「ゴブリンが住んでいた形跡は見つかるんだけどねえ」
エレオノーラは渋い顔をして言う。
たしかにゴブリンの住処自体はある。だが肝心の子鬼は見つからないのだ。
「余程アンデッドで溢れかえっていたみたいね」
「……アンデッドは生きているもの全てが敵だからな」
アリアリアの言葉に俺は短く返す。
アンデッドはそれが同じ魔物であっても襲い掛かる、生きとし生けるものの敵だ。
彼らには回帰性というものが見られ、元の状態に戻るために魔結晶を取り込んでいく。
これで彼らが人間に戻れたかというと違い、別の存在へと進化していくのが常道である。
死にきってしまった生物は生き返すことができない。そして蘇生というのもまた非常にコストのかかる術だ。
アンデッドになる前に焼き払うか魔結晶を取るのが発生を防ぐコツである。
といっても、前回に第二層に来たときはそれどころではなかったが。
すると、アリアリアが厳しい顔をする。
「……囲まれ始めた」
「突破は?」
「今ならできるわ。でもどこに逃げるっていうの?」
「〈肉切り〉の部屋に入って、そこにアンデッドが居るならレイストフとアリアリアにエレオノーラのサポートをさせる」
三人を見やると二人は頷くが、アリアリアだけが険しい顔をしている。
「イリアスはどうするの?」
「まず突破口を作って先導し、部屋の入口に着いたらしんがりを務める」
「……分かった。三人で調査するから、時間を稼いでね」
任せろ、というとアリアリアにため息を吐かれた。
◆
走る。
ただひたすらに走る。
槍を構え、走る。
「――オラッ!」
〈槍術〉と〈神聖術〉を組み合わせた突進。
身体に無理はさせている。アンデッド――ゾンビを軽々と屠ることができている。
ゾンビはスキルも失い、まだまだ弱い敵ではある。それでも突撃で止まることなく走り抜けられるのは大きな成果だ。
「囲いを抜けた! みんな、こっち!」
それぞれアリアリアの言葉に呼応し、彼女についていく。
俺は息を整えながら走っていく。
「大丈夫? 〈神聖術〉との併用は疲労も増えるから、使い所を見誤らないようにね」
エレオノーラを心配させていたようで、彼女の歩みはこちらに合わせたものになっている。
〈スキル〉の併用は身体に負担がかかるようで、あちこちが悲鳴を上げかけていた。
これでリミッターまで外してしまえば一分間ですべてを使い切ってしまうと思うほど。
だが、まだ大丈夫だ。
俺は首を振る。
「問題ないよ。迷宮で倒れたら確実に死ぬだろうから、ペースは考えている。……ありがとう」
「いいえ。迷宮で倒れたら担いで安全圏まで逃れるから。レイストフが」
「オレかよ!?」
「まさかこの細腕で男一人を担げるとでも?」
「そのくらいで良い思いできるなら安いけどさぁ!」
多分良い思いはできないと思う、という言葉を口に留めて呑み込む。
「無駄口叩かない!」
「了解」
「へいよ」
アリアリアの叱咤。二人は適当に受け流す。それが分かっているのかアリアリアはムッと口をとがらせる。
だが仕事に支障はないらしく、彼女は声を張り上げる。
「ここを曲がったらすぐよ!」
「周囲に敵は?」
「こっちに向かってくるのが一つ。部屋の中はなにもない」
「わかった。じゃあ片付けたらそっちに合流する。罠があったら不味いから、二人はそのままエレオノーラに付いて行って」
「わかったわ。……気を付けて」
こつん、と拳をぶつけ合って別れる。
ぎい、と扉が開かれると、アリアリアたちはその中へと入っていく。
今の俺の仕事は敵を一切〈肉切り〉の部屋に通さないこと。
俺は、ちゃんとリーダーをやれているだろうか。
不安でたまらない。〈ゼロ〉という仮面がはがれてしまえば、俺の元から人は去っていくだろう。
俺には〈ゼロ〉という借り物の〈スキル〉しかない。今までの冒険もたまたま上手くいっていただけだ。
いつか俺の力が借り物だということがバレてしまえば、彼らはどんな顔をするだろうか。
アリアリアの洞察も、レイストフの気安さも、エレオノーラの知恵も、俺にはない。
何もない俺についていくほど、人生は楽に進めるものではないことくらい俺にだってわかる。
「……一人になると暗くなるから駄目だな」
ため息を吐けば、それが通路にこだまするかのように静かだった。
周りに満ちる腐臭さえなければいっそ幻想的だっただろうに。
両手で軽く頬を叩いて、気を取り直す。
耳を澄ませばしんと静まり返った穴倉の中にうめき声。
「……アァ」
その瞬間、俺は戦闘態勢をとる。
槍を構え――声の方向とは逆に跳ぶ。
チッ――と腕をかすめる何か。熱い。
目を凝らさずともヒカリダケで見える。
筋肉と骨格だけの人型が、腐臭を撒き散らしながら槍を構えていた。
「……グールか」
グール。それはゾンビが魔結晶を大量に取り込んで存在が昇華されたもの。
生前には及ばないものの、〈スキル〉を持つというのがゾンビとの最大の違いだ。
鍛え方や〈スキル〉によっては、生きている人間と変わらないのもいるそうだ。
〈肉切り〉キャスパードほどではないが、ここに出ていい魔物ではない。
「勝てる……か?」
同じ槍使い。そしてゾンビとは比較にならない肉体。
先ほどまでと状況が全然違う。
〈肉切り〉の時のように多人数で戦っているわけでもない。
ここで問われるのは純粋な個の力。奇跡や覚醒がなければ勝てない世界。
それでも、やるしかない。
「オォ――」
――来る。
突き――を払う。そしてその勢いで石突きで側頭部を殴る。グールの身体が揺らめく。
壁に自らの槍の石突きを突き刺して態勢を整えるグールに、攻めるかどうかの迷いが生じる。
これは、罠ではないのか?
どういう風に作用するのかは読めないが、わざわざ隙を見せるようなことはしないはずだ。
なんといったってグールには知性がある。生前よりは劣るが、それでも見え透いた隙を作る理由がない。
――と、攻めあぐねていると、グールが切り払いをする。
だがそれも遅い。軌道を少しずらしてみせると、そのまま壁に突き刺さっていく。
遅い。遅いし判断がぬるい。
まさか――俺より弱い?
などと考えているうちに、身体は勝手に突きを放ち。
槍はグールの脊髄を貫通。
『〈ゼロ〉の発動を確認。〈槍術Ⅱ〉を複製します。上位互換スキルの確認。〈槍術Ⅱ〉は〈槍術Ⅲ〉に吸収されます』
神の声を聞いて唖然とする。
なぜなら、〈スキル〉が一つ下なだけで戦闘能力にここまでの差があるとは思わなかったからだ。




