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12 生活費がカツカツだ

 その後は特に何事もなく、待ち合わせ場所の酒場に辿り着くことができた。

 迷宮都市は基本的に区画整備がキチンとなされており、掲示板にある地図を頼りにすれば見知らぬ場所でもすいすいと目的地にたどり着けるようになっている。


 店の手前、エレオノーラはこちらに問いかける。


「それで、キミたちのパーティはどういう構成と人員なんだい?」


 丁度俺からもざっくり説明しようと思っていたので、この問いかけは渡りに船だった。

 俺は人差し指を立てる。


「一人は盗賊。まだ〈スキル〉を授かったばかりの年頃だね。勝気だけど威圧的じゃないし、どちらかというと繊細……だと思う」

「繊細さは大事だよ、盗賊には。それと同じくらい胆力も必要なのが難しいけれど」


 胆力……。たしかにキャスパードとの戦いでは最初だけではあるが怯んでいる。

 罠から自身を、そして仲間を守るには繊細さと大胆さを兼ね備える中道を進まなければいけないのか。


 〈スキル〉には〈精神安定〉というものもあるが、アリアリアは持っているかは分からない。

 なければ訓練によって得るしかない。それは厳しい。


 さらに中指も立てる。


「もう一人は剣士。単純な近接戦で言えば俺より数段上だ。……ただ、美人に目がない。良い奴なんだけどな……」

「悪い奴じゃないって言うよりいいさ。そこらへんは節度があれば愛嬌というものさ」

「……そうかな」


 何か上手く丸め込まれたような気もする。

 けれどもエレオノーラ自身がそう言っているのだから気にしすぎるべきではないのだろう。

 なんとなく納得のいかない気持ちを抱えながら、酒場の扉を開ける。


 扉越しでも分かる猥雑さがさらに強まる。

 冒険者たちの話し声が入り混じってひとつのうねりのように。


 そんな中、褐色肌の壮年の男性――マスターはニッと笑ってこちらを出迎える。

 刈り込んだ髪といかつい顔だが、その実妙に愛嬌のある男の人だ。


「らっしゃい! ……って随分なべっぴんさん連れて来たな」

「マスター、二人は?」

「ん、あっちだ。あと俺の名前はガーフだ。マスターなんて呼ばれるガラじゃねえよ」

「そっか、ありがとう。ガーフ、エールを四人分頼む」

「あいよっ」


 マスター――ガーフは快活な笑みを見せるとエールを注ぎはじめる。

 敬語を使わないのはその方がいいと判断したからだ。

 彼に指示された方へと向かうと、アリアリアとレイストフが水を飲んでポーカーに興じていた。


 近づいてきているのを察したのか、二人は顔を上げてこちらをふっと見る。

 そして――俺を除く全員が固まった。


 硬直は一瞬で、次の瞬間には何事もなかったかのように振舞いだすのはアリアリアとエレオノーラだ。

 まだ固まっているのはレイストフだけで、それもじきに興奮へと変わっていく。


「おい、イリアス! とんでもない美女連れて来たな! やるじゃないか! 最高だ!」

「俺が美醜で判断したみたいに思われてる気がするんだけど」

「違うのか?」

「違うよ! お前一発殴るぞ!?」


 えー、とふてくされるレイストフ。やっぱり一発殴っておくべきか。

 俺はレイストフを放置して、三人の間に入る。


「彼女はエレオノーラ。神官だ。……そういえば俺、全然皆のこと知らないな」

「じゃあボクから。紹介にあずかったように、神官をやっている。正確には冒険者ではなく聖職者が本分なんだけれど、研究のためにこの国に住んでいる」

「はいはい! なんの研究をしてらっしゃるのですか!」


 椅子を引いてエレオノーラを座らせ、俺も自分の席に座る。

 彼女に熱い視線を注ぎながらレイストフは質問した。

 アリアリアはトランプをそれぞれに五枚ずつ配り始める。


 ポーカーだ。遊びと言えばポーカーといった風潮がある。

 もうちょっとしっかりとした賭場に行けばカバラやバックギャモンもやるのだろうけれど。

 あとはサイコロ遊びとか。


 カードを受け取ってエレオノーラは剣士の問いに答える。


「迷宮についてだね。どのように作られたのか、自然発生なのか、それとも人工的に作られたものなのか。その目的、機構を広範にわたって調べている」

「自然発生じゃないんですか、迷宮は」

「敬語はいいよ。仲間なんだし、まだるっこしいことはやめにしようか」

「分かった。じゃあエレオノーラは究極、〈星杯〉に興味はないんだ」


 〈星杯〉――?

 聞いたことがあるようなないような……。思い出せそうで思い出せない。


 たまらず、俺は二人に訊ねる。

 手札を三枚捨てながら。


「その、〈星杯〉ってのは?」


 すると、三人とも驚愕に満ちた目でこちらを見る。

 ああ、これ常識だったのね。

 手札を三枚引く。ツーペア。


 アリアリアは手札交換をしながら説明に入る。


「エイレーン教における聖遺物。女神エイレーンが戦いによって荒れ果てた大地を憂い、星の運行を手助けするために創られたもの。……簡単に言えば『なんでも願いを叶えられる道具』よ」


 アリアリアは手札を一枚交換する。

 レイストフは全て交換。エレオノーラは三枚交換。


「……なんでそんなものがレグナンスの大迷宮に?」

「女神が与えた試練と言われているね。ただ与えただけではいずれ欲望に呑み込まれる。だから誰も届かないこの地下迷宮に封じたと」


 エレオノーラが手札を並べながら説明をする。


 あらゆる試練を克服してこそ星杯を手に入れる相応しい人物と認められるのだろう。

 だからこそこのレグナンスの大迷宮には人が多いわけか。

 万能の道具を手に入れられる可能性があるときたわけだから。


 そんなことを考えているとジト目でアリアリアがこちらを見やる。


「……小さい頃に教会の説法ロクに聞かなかったタイプでしょ」

「てっきり昼寝の時間と思ってたよ」

「いい機会だからエレオノーラ……に最低限教えてもらいなさい。自分の急所踏みぬいて後悔する前に」

「それなら教会に行くといい。週末の説法は結構な人数が熱心に聞きに行くよ。特に冒険者がね」


 冒険者として生き残る術を教えてくれるとかではないのだろう。

 さすがに教会の説法で選ぶ話題ではないことくらいは分かる。


 せーの、とアリアリアの掛け声と同時に全員が手札を公開する。


 俺、ツーペア。

 エレオノーラ、スリーカード。

 レイストフ、フルハウス。

 アリアリア、フォーカード。


 じっとアリアリアを見つめる。

 赤い瞳を逸らす盗賊の少女。


「バレなきゃイカサマじゃないからいいけどさ」


 役があからさますぎるんだよなあ。

 アリアリアは顔を真っ赤にしてぷるぷると震えて犬のように叫ぶ。


「はいはいはい! ごめんなさい! レイストフとの勝負で負けが込んでて自棄になりました!」」

「よろしい。とにもかくにも仲間なんだから、くだらないことで嘘つくのはよくないんじゃないかな」

「……エレオノーラはいいの?」

「えっ」


 そう言われて隣に座るエレオノーラを見る。

 すると彼女は袖から三枚のカードを取り出した。

 手札は五枚。


 相も変わらず、イタズラに成功した子供のような笑みで。


 ……女って怖い。


 レイストフと俺が二人に対して戦々恐々としていたが、エールを一杯飲んで心を落ち着ける。

 分かり切った結果を聞くのは忍びないが、言わないといけないだろう。


「……それで、そっちは収穫あった?」


 レイストフはばつが悪そうに茶髪をガリガリと手で掻く。


「あー……。わりぃ。こっちは全くと言っていいほど収穫がなかった。あぶれものの戦士が来たこともあったんだが……」

「アレは駄目。酒の飲みすぎで駄目になってるし、こっちの取り分をあからさまに少なくしてきたの」


 それは確かに迎え入れるべきではないだろう。

 ただ、悪いと言われる覚えもない。


「駄目で元々だろ? 気にするなって」

「だけどよお、お前がしっかり務めを果たすって分かってたから、オレらだってやることはやらなきゃならねえ」


 苦虫をかみつぶしたようなレイストフ。

 軽薄だが篤い男ではあると思っていた。だがそれに加えてなんだかんだで責任感も強いようだ。


 エレオノーラはそんな彼に優しい声で語り掛ける。


「最初の頃は誰だってままならないものだよ。キミたちに足りないものは実力もだけど、なにより実績が足りていない。まずはリスクを負ってでも行動を起こすべきだと思うな」

「実績……」


 レイストフはエレオノーラの言葉を反芻する。

 実績。レグナンスの外で冒険者をしていたころ、実績と言えば依頼の達成が主であった。

 あとは人跡未踏の地の地図を描いたり、古代遺跡から珍しいものを持ち帰るなど。


 個人で勝手に魔物退治をしても特に評価はされないのだ。


 銀髪の神官は説明を続ける。


「依頼もそうだけど、レグナンスにおいては迷宮の発見部分をなぞる、未発見のものを見つける。迷宮に根差した依頼を達成することが実績に繋がるかな」


 迷宮の発見部分をなぞる?

 それがなぜ実績となるのだろうか。


 そう訊ねるとエレオノーラは、


「主にギルド内での査定に響く。地図は基本的に公表されていないから、冒険者の実力を測るのに用いられるんだ」

「地図を公開したほうが効率はいいように思えるけれども」


 チチチ、と舌を鳴らして人差し指を立てるエレオノーラ。


「もちろんギルドでは地図の描き方の講習なんかもやっている。

 けれどもね、最初から試行錯誤しない人間が未知の領域にやってきたとき。彼らを待つのは初見対応力の無さによる死だよ」

「……情報のやりとりもなしですか?」

「いや、ありだよ。金、人脈、知恵、力。ありとあらゆるものを使って這い上がって来るようにしたいんだよ、ギルドは」


 昔、それで悲劇があったからね、とエレオノーラは言う。

 そして彼女はそのまま話題を切り替えようとする。


「それで、直近の目標は何になるのかな?」


 神官の問いに、俺たち三人は目を合わせて頷く。


「生活費!」


 声が被った。

 だが実際財布の金は底をつきかけているし、このままでは月を越せない。

 迷宮に順応すれば食事も水もいらなくなると聞くが、それはもはや人間ではないだろう。


 エレオノーラはその答えを予期していたのか、一拍置いて話し始める。


「ならなおの事迷宮に潜るべきだ。第一層、浅い層を地図を描きながら進む。そして魔結晶をできるだけ手に入れて稼ぐ。実績作りと実力養成、そして金策には丁度いい」


 彼女の言葉に俺は追従する。


「手ごろな依頼があればそれも受けた方がいいんじゃないかな」

「それがあるかが問題だけどね……」


 アリアリアは悲しそうに呟く。前衛が来なかったのが尾を引いているようだ。


「それなら酒場や冒険者ギルドで訊ねてみて、なかったら大人しくエレオノーラの言った通りにしよう」

「それにつけても金の欲しさよ……」

「やめろレイストフ。悲しくなってくるだろ」

「しゃーねーなー。手持ちは墓や装備に使ったし、ここいらでちょっと当座の資金を工面しないとな」


 そう言ってレイストフは大きく伸びをする。


「だけどさ、前衛不足はどうするよ。一人いないってだけで神官の安心感が違うだろ?」

「そこはまあ……レイストフが二人分頑張ればいい」

「オレかよ!」


 声を荒らげる青年に、俺はからからと笑って否定する。


「大丈夫だよ。俺も前衛に集中するからさ」

「当然だろっ!」


 本当なら強いスキルを持っている敵が多い下の層へと潜りたいのだけれど。

 しかし実力が圧倒的に足りていない今、わざわざそこまで行くのは冒険どころか自殺に行くようなものだ。


 キャスパードに勝てたのだって偶然で、もう一度やったとしても勝てるかどうかは分からない。

 焦ってはいけない。焦りは見落としを生み、見落としは死に繋がる。


 やれることからやっていくしかない。

 それだというのに、もっと速く進まなければいけないという観念が俺の中にはあった。


「……大丈夫?」


 アリアリアはこちらの顔を覗いて言った。

 普段の元気で勝気なナリはひそめていて、持つ雰囲気が柔らかくなっている。


「心配されるようなことなんて何もないよ。気にしすぎだって。……でも、ありがとう」

「いいえ、こちらこそ。善は急げ、早く行きましょ」


 そして、二度目の探索へと向かうことになる。

 転機は地道にやれば訪れることもあるのだと体験することになるのだった。

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