11 聖騎士・フェリノーツ
〈神聖術〉というものは怪我や病気、呪いを治すことはできるが失った血や体力を戻すことはできない。
そのため一撃に全てを込めた俺は歩く体力もなくなってそのまま倒れ込んでしまった。意識を失う瞬間までは覚えているからだ。
まだまだ倦怠感が残った身体をもぞもぞと動かす。
上質なベッドに寝るのは初めてなので、このまま寝ていたい気持ちもある。
寝台と毛布はふかふかで、シーツはいい香りがする。それになんだか身体の一部が暖かい。
右半身あたりか。
……なんで?
もうちょっと寝ていたいという欲望を押さえつけて、熱の発生源――というか、柔らかくていい香りがする何かの方を向いて目を開く。
すると――そこにはすうすうと寝息を立てるエレオノーラさんの姿があったからだ。
「ほおあああああッ!?」
思わず飛びのいて壁に頭をぶつけてしまう。
痛いけど痛くない。なんで彼女が同じベッドに寝ているのかという疑問で頭がいっぱいだからだ。
鏡台、クローゼット、そして寝台と机と椅子。最低限のものしか置いていないこの部屋の持ち主は……エレオノーラさん?
あたりをぐるぐる見回していると、不満そうな唸り声が同衾している相手から聞こえてくる。
「……せっかくの睡眠を中断させるのはよくないよ」
「じゃあ一緒のベッドに入るのやめてくださいよ! 俺だって……ほら!」
「ふふふ、分かっているよ。理由の半分は君の慌てふためく姿を想像したら楽しかったからさ」
楽し気に笑うエレオノーラさん。顔が熱くなるがそんなことはお構いなしに彼女はイタズラが成功した子供のように口角を上げていた。
風体は大人びて見えるのに、やっていることは子供じみている。
自分の黒髪を右手でガシガシと掻くと、俺はそのまま彼女に訊ねる。
「それで、もう半分は?」
「ボクの寝る場所がないだろう? 害はないだろうし、ちょうどいい広さだから使うことにしたんだ」
「……それは申し訳ないです」
害がないというのは褒められているのかどうなのか。言外に気概がないと言われている気もするのだけれども。
それでもまあ、信頼してくれているというのは嬉しい話……なのかな。
エレオノーラさんはベッドから出て寝間着姿をさらす。
「ああ、あとレゾンに礼を言っておくことだね。全力を使い果たして倒れた君を運んだのは彼だから」
「分かりました。さすがにエレオノーラさんが運んだことはないだろうと思っていたので、合点がいきました」
「エレオノーラ」
短く自分の名前を告げるエレオノーラさんに、俺は首をかしげる。
銀髪の彼女は暖かな笑みを浮かべた。
「仲間なんだろう? 呼び捨てでいいさ」
「……エレオノーラ」
舌で言葉を転がすと、まだまだ異物感が残っている。
理由は年上を敬うとかもあるが、まだ仲間と思えるまでの体験の共有をしていないから違和感が残るのだろう。
仲間というよりは、知り合いになったばかりの人といったよう。
だがまあ、そこは徐々に慣れていく話だ。
「うん、よろしい。まだ硬いのも仕方のない話だし」
「それで、レゾンさんに挨拶をしてから仲間に引き合わせたいのだけど、いいかな」
「是非もないね」
そういうと、エレオノーラはこちらを先導しはじめる。足取りはゆったりとしているが、早く、そして音が少ない。
アリアリアと比べると足音は立ててしまっているが、〈盗賊作法〉のスキルの有無だろう。
それに、レイストフや俺と比べるとはるかに静かである。
これが訓練のたまものであることは明らかだった。
〈スキル〉の有無で大部分は決まるけれど、それでも能力を伸ばすことはできる。
「お前には才能がない」と実際に突き付けられているのに努力できるというのはどれだけの熱意があるのだろうか。
俺も、鍛えるくらいはしてもいいのかもしれない。
〈スキル〉は使い続けたり、人生を変えるような大きな出来事に出くわすと稀に変化、あるいは取得することができる。
だがそれは天から降る一つの星が自分だけに当たるようなものだ。
それでも、それでも何もしないよりかはマシだと今は思ってしまう。
◆
レゾンさんは個人の仕事部屋……執務室に居た。
資料を冊子にして保管するための本棚は紙が日に焼けないように鎧戸から日差しが差さない場所に置かれている。
机の上には数冊の本と、大量の用紙がうずたかく積み上げられていた。
彼はこちらに気付くと自然にほほ笑む。だが目は資料に向けられていて、かつペンを持つ手は止まることがない。
ありていに言って、忙しさの極みだ。
「……お邪魔しないほうがよろしかったでしょうか」
恐る恐る訊ねてみると、レゾンさんは微笑みを崩すことなく否定する。
「いいえ、エレオノーラさんに認められた以上、友人のように訪ねていただいてもかまいませんよ」
「それにレゾンはこれでも忙しくないほうなんだ。軽い世間話くらいなら今やったほうがいいよ」
「これで……?」
書類は修道士たちによって次々と運び込まれ、そしてレゾンさんは書き終わったそれを修道士たちに渡す。
なんというか、場違いも甚だしい気がするのだけれど……。
それに、レゾンさんを友人扱いするというのは難しいと思う。
年齢とかもあるけれど、人として積み上げたものが違うように思えるのだ。
どちらかと言えば尊敬できる先生と言ったところか。
レゾンさんの赤色の瞳は優しい色をたたえている。
「昨晩は倒れた俺を運んでいただいてありがとうございます。ただ……その、エレオノーラと同じベッドで寝るのは……」
「嫌なのかい?」
「そういうわけじゃなくて! 節度の問題で!」
「同衾するのは嫌じゃないと」
「あーもー!」
にやにやと笑うエレオノーラにこちらはたじろぐばかりだ。
舌戦では絶対に敵いそうにない。
そんな様子を見てレゾンさんはからからと笑う。
「ええ、ええ、わかりました。彼女はちょっとイタズラ好きなもので。今後は他の部屋をあてがいます」
「えー、つまらない」
「エレオノーラさん?」
にっこりと、しかし圧力を感じる笑みをレゾンさんはエレオノーラに向ける。
不利を察したのか、エレオノーラは不満げに口を尖らせた。
「仕方ないなあ。……レゾンがそういうなら自重するよ」
「貴方様はいささか遊びすぎです。仕方ないとはいえ」
「まあ、ほどほどにさせてもらうよ」
やれやれと手を上げて首を横に振るエレオノーラ。
さてさて、あとはアリアリアたちに引き合わせるだけだな。
そう思っていると、レゾンさんはこちらに問うた。
「そういえば、イリアス君は最近レグナンスの冒険者になったと聞きました。ここのところ浅い層での――ギルド編入試験での行方不明者が多いのですが、なにか心当たりはありませんか?」
「心当たり……」
そう言われてもパッと思いつくのは――
「〈肉切り〉キャスパードのスケルトンが現れましたね、第二層で」
「……本当ですか?」
「おいおいレゾン、これが嘘をついている人の顔かい?」
なんの説明もなしにエレオノーラが擁護に回ったのは驚きだが、ありがたい。
しかし、この様子だとキャスパードの存在はイレギュラーなのだろう。
レゾンさんはペンを置いて、手を組んで大きくため息を吐く。
余程信じられない出来事ということか。
「……ありがとう。その件については冒険者ギルドや執政院とも情報を共有するので、いつか協議に呼ばれるかもしれません。ただ謝礼の弾む仕事に繋がると受け取っていただければありがたい」
「それはありがたいのですが、俺で大丈夫なのでしょうか」
ペーペーの新人にやらせる仕事が回ってくるとは思えないのだけれど。
だが、レゾンさんはそれを否定する。
「〈肉切り〉から逃げるにしろ、アレを倒すにしろ対処できたから生き残っている。その点では信頼に値しますよ」
なにか身に余る評価を受けているような気もするが、否定するわけにもいかない。
こちらが有名になればパーティメンバーを集めるのも、そこから先に進むのにも有利に働くからだ。
「いずれエレオノーラさんを通じて連絡しますので、それまでは自分の為すべきことに集中していただければ」
「わかりました。……それでは失礼します」
「それじゃあね、レゾン。過労死する前に寝るんだよ」
◆
執務室の扉を出て教会の勝手口から出ようとすると、談話室から修道士たちの話声が聞こえてくる。
どちらも男で、休憩中のようだった。木の椅子に座ってくだを巻いている。
「フェリノーツさん、来ないかな」
「どうだろ。探し人が居て忙しそうだし」
「……レグナンスに来てくれないかなあ」
「まあ俺に気があるからそのうち来るよ」
「お前のこと好きなわけないだろ、なら俺のほうがチャンスあるに決まってるだろ。お前みたいな意気地がないのに惹かれないに決まってる」
「てめっ……!」
不穏になる空気。
全力で無視をしたいところだったが、カツカツと音を立ててエレオノーラが談話室へと向かう。
「そこまで。まだ射止めてないのに不毛だよ。デートの約束くらいしてから言おうか」
「……っ、わかりました」
修道士二人の声が被る。
二人の視線は咎められたことに対する罪悪感などとは違い、畏敬が混じっていることに気付く。
レゾンさんと親し気に話していたようだし、偉い立場の人なのかもしれない。
けれど、今聞くべきことでもないだろう。
エレオノーラが戻ってくると、親しみやすい笑みを浮かべて軽く片手を上げる。
「待たせたね。じゃあ――」
「――見つけました!」
若い女の人の声。声の方向へ振り向くと、そこには青髪の、白い生地を基調とした軍服を着た女の人が。
彼女はエレオノーラを見るとこちらに歩を進めてくる。しかも足音がまったくしない。木の床だというのに。
女の人の鬼気迫る表情といい、なんとなく嫌な予感がするのだけれども。
さっと遮ろうとするが、エレオノーラが手で制した。
問題ないということだろう。
女の人の声を聞いた先ほどの修道士の男たちが足早に駆け寄ってくる。
すると女の人は表情を緩め、朗らかに挨拶をする。
「フェリノーツさん、今度食事行きませんか!?」
「あっ、ずるいぞお前!」
修道士たちはエレオノーラの言葉を真に受けたのか、食事の約束を取り付けようとしている。
つまり、彼女がフェリノーツという人なのだろう。
フェリノーツさんは困ったような笑みを浮かべて謝る。
「すみません、ここにいるのも仕事なもので……。遠慮させて頂きます」
ばっさりと斬られて散華する男たち。取り付く島もなく哀れ。
エレオノーラはそっぽを向いて口笛を吹きつつ、フェリノーツさんとは逆方向へと向かおうとしている。
フェリノーツさんは碧眼をエレオノーラに向けて問う。
「エレオノーラさん、彼女は見つかりましたか?」
透き通るような声には哀切が染みついている。
どうにかしてでも見つけたい人がいるのだろう。
たしかに間接的にとは言え俺のことすら知っているエレオノーラの耳ならば、探し人はいくらかは見つかりやすいだろう。
だが彼女はばっさりと斬り捨てる。
「いやー、わからないねー。あいにく、ボクは興味のないことはとことん興味のない性質でね」
「……っ! 一大事だということが分からないのですかっ!」
その場に剣があれば抜き去りそうなほどの怒気。
だがエレオノーラはどうでもいいとは思っていないようだ。
彼女たちは二回以上は会っている。そして何らかの理由でエレオノーラがフェリノーツさんの頼みを袖にしている。
エレオノーラであれば興味のないことに二度目はない……と思う。それでも時間を延ばすように対応していることが彼女が興味を持っていないということへの否定だ。
あくまで推論だけれども。
それを裏付けるかのようにエレオノーラはからかうように切り返す。
「一大事ではないことなら分かるかな」
「……っ! 貴女に訊いたわたしが馬鹿でしたっ!」
行き場を失った怒りを言葉に乗せて。
フェリノーツさんはその身を翻すと勝手口から出ていく。
フェリノーツさんもだが、エレオノーラも一体何者なのか。
ただの軍人と神官には見えない。
そもそも上級の術を使える時点で〈神聖術〉の〈スキル〉は高そうで、ただものではないのは分かるけれど。
息を長く吐くこともなく、エレオノーラはこちらに振り向く。
「彼女はフェリノーツ・フェイルノート。探し人を見つけるためにここに来ているようだ」
「ふうん……?」
探し人。法国の軍人に追われる人物。まったくもって心当たりがない。
あったら驚きだけれども。
「まあボクは彼女の探し物に興味がないからこうやって追い払っているんだけれどもね」
「ひどい人だ」
俺がそう返すとエレオノーラはふふ、とイタズラっぽく笑う。
そして彼女は試すような目つきをして、こちらを見つめる。
「仲間にするのをためらったかい?」
「いいえ。頼もしいです」
だって、貴女の目は笑っていても真摯だったから。
何を隠しているのかは分からないけれど、それはきっと誰かのためだと信じたい。
「……そっか。それはよかった」
ふう、と長く息をつくエレオノーラ。
その吐息には安堵の色があった。
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