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岡部涼音 朗読シリーズ 涼音色~言の葉 音の葉~

龍人(たつひと)は、巫女になる

作者: 風音沙矢

 


琉球本島から南西300キロ海上に、人々から恐れられているが島あった。誰も、存在を認めているが、その島へ行き戻って来た者はいない。人々は恐れ、船も遠巻きに通過するだけだった。

 人々が、龍島ロントウと呼ぶその島は、一年中、深い霧の中にあった。その島には、外界げかいとは違う営みがあった。島人たちは龍を神と崇め、龍は島人を守る島だ。

 その龍神に使える巫女は、龍人たつひとがなる。龍人は、巫女が島外の男とまぐわい孕むことで生まれてくる。新しき血が、龍人を孕むことになるのだ。月が満ち、巫女が子を産み終えると、あわれ役目を終えた男は、孕ませた巫女たちに食われてしまう。その乳を赤子にのませることにより、強き龍人となると言われてきた。その真意は、定かではない。

 龍人は、ほとんどがおなごとして生まれてくる。人間の女との違いは、小さな角が2本あること。ただし、髪を結っていると区別はつかないほどのものである。まれに、男の龍人が生まれる時、神の子として育て、後に巫女である龍人と夫婦となり、生まれいずる子は龍になると言い伝えられているが、有史以来、その記録は無いままだった。


 龍神の起こす嵐による難破で、漁船も交易船もその島に打ち寄せられ生きて上陸出来た者は、島で歓迎され、宴会が行われる。伝説の竜宮城なのかと、狂喜する男たち。美しい娘たちが舞いを踊り歌を歌い、この世のものとは思えない世界にいざなわれる男たちは、その日々に溺れて行く。気に入った女性たちと夜を過ごし、何人もの女性を孕ませていく。

 孕み臨月を迎え、龍の証の角がない男の子がうまれたら、巫女たちの身内に払い下げられる。雄々しき男となる赤子は歓迎され大切に育てられる。島人にとっても新しい血だ。

女の赤子は、龍人の証の角があれば、巫女として厳しき修行を課せられる。龍島を守る龍神に使えるためだ。角が無き赤子は、これも島人の家に払い下げられ、巫女の子として大切にされる。島深き御社みやしろに住む巫女への願いを伝える者になるのだ。島人の長の家は競って、巫女の産む女の子を欲しがる。

龍神と龍人たちに守られた島は、有史以来の安寧の中、おだやかに暮らしてきたのだった。


 この世界が、大航海時代を迎え、はるか東方日の本の国も、西洋列強から開国を促され深刻な革命が起ころうとしていたころ、この龍のロントウでも、やはり対岸の火事とは言えない事態に有ったのだが、外界とは一線を画したままだったため、なかなかその情報は入ってはいなかった。

そんな時、一人の若者が、嵐によって島の海岸に打ち寄せられた。その男のために、何時ものように歓迎の宴が行われた。美しき女たちの踊りも歌も、珍しそうに見ていたが、何時もとは勝手が違うことに巫女たちも戸惑っていた。


 そう、シナの人でも加羅の人でも和人でもないのだ。白き肌、黄金の髪、鼻梁の高い鼻を持ち、片言の中国語を話せるため、尋ねたところ、遥か遠く西方にあるイリスと言う国から来たと言う。そして、名前はローウェンと言うらしい。

先ほどから、ローウェンは、一人の巫女をずっと見ている。巫女の名は、麻績おみ。麻績は、まだ巫女になったばかりの龍人だった。麻績の母親は、麻績をローウェンに差し出すことに抵抗を覚え、宴席から一度は下げてしまった。


 ただ、麻績を気に入ったローウェンは、毎夜の宴会に侍る巫女たちの誘いには一向に乗ってこない。とうとう、麻績の母親は諦め、麻績を宴会の席に差し出すことになった。

 ローウェンはぱっと喜びを表し、麻績は耳まで赤く染めている。片言の中国語でローウェンが言った。

「あなたの名前は?」

「麻績と申します」

「麻績、良き名だ。」

 ローウェンは、麻績を我が妻とした。ローウェンの信仰するタリム教は、一夫一婦制の戒律を厳しく守る。ローウェンは、麻績を大切にして、当然、他の巫女とはまぐわらない。麻績は、ローウェンの誠実さに、心を許してしまった。

 やがて、麻績は、ローウェンの子を孕み、思い悩むようになった。

―ローウェンと共に生きることはできない。なら、彼を逃してやらなければー

 麻績は、ローウェンに、この島の掟を打ち明けた。ローウェンは、驚き目を見張る。しばらく息をのんでいたが、首を振った。

「麻績が、この島で子供を産んで育てるために、それが必要なことであるのなら、私は喜んで、その掟を受け入れよう」

 麻績は、最後まで誠実でいようとするローウェンに感謝して涙したが、ローウェンにはどうしても生きていて欲しかった。


 一年後、麻績は、ローウェンを島から逃がした。春の大潮の時、島の北西に陸地ができる。2里半ほど、泳ぎ切ればその島にたどり着き、龍神が作る霧も及ばないところなので、運よく近くを通る船に気付いてもらえば、逃げおおせることができる。

 島にいては麻績が殺さなくても、他の巫女に殺される。なら、生死をかけても逃げる意味があると諭され、ローウェンは逃げることにした。

 ローウェンには、彼なりの希望があったのだ。逃げおうせることが出来れば、一度国へ戻り、艦隊を率いて、麻績と生まれた子供を取り返したいと。


 皆が寝静まった後、恋人の二人が手をつなぎ散歩をしていたとしてもそれほど警戒されないように、この半年ずっと散歩をしてきた。やがて春の大潮の日、麻績はローウェンを逃がした。遠く、満月の光輝く水平線をローウェンが泳いでいく様子を、麻績は悲しそうに見送っていた。そして、10日後,麻績は一人で赤子を産んだ。男の子だった。まれと名付けられた男の子は、麻績の身内とされる家で、育てられることになった。



 時は過ぎ、15年の歳月が流れていた。麻績は、巫女としての役を追われ下働きの女として御社にいた。稀は、麻績の身内の家で雄々しく育っていた。自分の母親が、身分を追われ、下働きとなっていることに心を痛めていた稀は、本来の子供らしい時を送ることなく、強い男となる為に、必死になって、回りの大人から信頼を勝ち取って来ていた。

 そんな息子のことを、噂としてだけ入って来ていたが、そのいじらしい姿に、麻績は、心苦しく思っていた。まして、他の島人にはあり得ない、黄金色の髪をして、目の色も深い緑色だったのだ。

-可愛そうな息子―

―一度だけでも、この腕に抱いてやりたいー

 麻績は、朝日が東の海から上がる時、毎日、稀のことを祈っていた。


 世の中は、漢の国震しん御代みよが衰え、西欧列強に食い散らかされつつある時代と移ってきた。竜の島の周りも騒がしい。黒船が何艘も行き交う時代となっていた。そんな時、5艘の戦艦が竜の島はるか沖へやって来た。

 艦隊の司令長はローウェンだった。彼は祖国イリスの船に運よく助けられ、龍島から帰ってきた唯一の人間として、東洋における地位を盤石の物としていた。そしてやっと、龍島を東洋における拠点とするべく艦隊を引き連れてやって来たのだ。


 ローウェンが引き連れてきた艦隊と、稀も武人の一人として編成された竜宮島の男たちの戦いが始まった。戦いが始まる少し前、稀が、麻績のもとを訪ねてきた。

「母上、私は、戦士として選ばれました。光栄です。これで、やっと、この島の役に立てるのです。どうか、母上も、共に喜んでください。」


 麻績は、黙って、その雄々しき息子の体を抱いた。少し、震えていることが判った。それが、母親からの初めての愛情を肌で感じられたことによるものなのか。これから始まる戦いへの恐れなのか。どちらにしろ、悲しい親子の運命だと思った。

「あなたは、私の子です。あの海へ浮かぶ船が、もし、あなたの父親の国の物だとしても、貴方は、龍島の巫女の息子です。良いですね。誇りをもって、戦いなさい。」

「母は、貴方がどこに居ても、貴方と共にいます。そして、最後まで、貴方と共に誇りをもって戦います」


 稀は、にっこりと笑って、一度も振り返らずに帰っていった。戦うために。そして、二度と会うことはかなわなかった。


 戦いの最中にローウェンは麻績を助けようと特殊部隊と共に島に入り、麻績を拉致して母艦へ連れてきた。15年前と何も変わらず美しい麻績に驚くローウェンに、悲しい眼をする麻績。

「なんで、この島をそっとしておいてくれなかったのですか」

そう、責める麻績。

「君とあの時生まれたはずの私の子供を助けに来たんだよ」

戸惑いながらそう、話すローウェン。涙を流しながら、静かにそしてきっぱりと言う麻績。

「稀は、私の息子、稀は、昨日さくじつの戦いでなくなりました。稀は、龍島の男として、誇りをもって戦い、勇ましく死んでいきました。」

「何!、この船にいて、なぜ麻績は、息子の死が判るのだ。戯れは、よせ!」

「私は、巫女です。私の分身である息子のことは、どんな状況でもわかるのです。悲しいこともうれしいことも、苦しいことも。産んで一度も抱いてやれないままでしたが、それでも私の息子だったのです。でも、3日前、会いに来てくれました。竜宮島の男として、誇りをもって戦うと言っていましたが、昨日の戦いで、稀は、心臓を撃ち抜かれ逝ったのです。」

「そして、私は、龍島の巫女として、貴方たちと戦いとうございます。どうか、島へ帰してください。」


 悲しそうに首を振り続けるローウェン。

「ここから、出してやることはできない。私は、15年もの間、麻績、君と一緒になることを夢見ていきてきたんだ。」

「お願いだ。君だけでも、私と共に生きる道を選んでくれ」


 壮絶な戦いののち、龍島の男たちはみな死んでいった。その後、巫女たちの戦いが始まった。悲しい戦いは、長くは続かなかった。龍島に生きた島人がいなくなり、わずかな巫女が残るだけとなった。最後まで、龍神を守るためだ。


 イリス国の戦艦から勝利の歓声が上がった。これで、イリス国にとって東洋での拠点ができたのだ。

歓声が響く中、龍神が姿を現した。眩しい光を放ち、姿を現した。老いも若きも巫女すべてが龍神に吸い寄せられていく。巫女は龍神の周りを取り囲み、光の鎧となっていった。しかし、麻績が入っていかなければ、その鎧は完成しない。皆が麻績を呼ぶ。龍の咆哮となって、麻績を呼ぶ。


 どうしても、解放してくれないローウェンの前で、麻績は言った。

「私が貴方を逃がしたことで、私は、島人たちに、そして龍島に、取り返しのつかないことを招いてしまいました。」

「龍神の下へ行けないのであれば、死んで魂だけでも皆のもとへ行きます。」

そう言うと、隠し持っていた毒を素早く飲んで死んだ。その死体からは、みるみると眩しい光を放ち麻績の魂が空で待つ龍神のもとへ登っていく。そして悲し気な咆哮のあと、黒々とした雲を呼び龍神は、天高く上がっていった。どこへ行ったのか。新しき龍島は見つかるのか。


―現代のこの地球に、龍島の人々が静かに暮らす平和な島があるとは思えないー


 遠い眼をして、ローウェンはいつまでもいつまでも、見送った。抜け殻となった麻績の体を抱きしめて。

 その後、島は火山の噴火のあと、跡形もなく消えていた。イリス国の思惑は外れてしまったのだ。


 龍島に生まれた者と龍島に捕らわれた者の運命の交差する中に、ほんの一瞬生まれた温かかな恋の輝きだけが、残されたローウェンの人生を支える宝となることを祈ってやろう。







最後まで、お読みいただきまして ありがとうございました。

よろしければ、「龍人は、巫女となる」の朗読をお聞きいただけませんか?

涼音色 ~言ノ葉 音ノ葉~ 第37回 龍人は、巫女となる と検索してください。

声優 岡部涼音君(おかべすずね♂ )が朗読しています。

よろしくお願いします。


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