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【習作】描写力アップを目指そう企画参加作品

羽化

作者: うたう

第六回 キラキラ☆ワードローブ企画参加作品です。

http://ncode.syosetu.com/n9981du/176/

「僕のこと、凛からはどう聞いてるんですか?」

 森谷凛のことを聞かせてほしいと女性誌から取材の依頼が来たとき、僕は心底驚いた。森谷凛といえば、今や知らない人はいない。五年前、背中を露わにしたカットがファッション誌に掲載されたことで、凛はトップモデルへの道を歩むことになった。彼女の背中には、子供の頃に負った大きな火傷の痕が白っぽく残っていて、それが天使の羽根のようだと話題になったのだ。最近ではモデル業のみならず、女優としても活動していて、少し前にどこかの映画祭で新人女優賞に輝いたという記事が出ていた。

 そんな有名人が、昔の話なら僕に聞けと言ったらしい。真に受けた女性誌の記者が本当に僕に聞きにきてしまったのだ。依頼の電話を受けたとき、僕は喜び勇んで飛びついた。遠い存在になってしまった凛ではなく、かつての凛の姿を想い出して懐かしくなったからというのは勿論あったが、それ以上に、凛の人気にあやかれば、僕の作品ももう少し人々の目に止まるかもしれないといった打算的な考えがあったせいだ。

 しかし、待ち合わせの喫茶店でいかにも女性誌の記者といったふうな装いの女性と対面したら、即座に後悔の念が湧き上がってきた。

 僕自身は小説でいうところの純文学のようなものを描いているつもりでいる。でも僕の作品が掲載される雑誌は、世間的にはエロ漫画誌という括りで、おそらく僕はエロ漫画家という枠組みの中にいる。それなりにプライドを持ってやっているし、卑屈になることももうあまりない。でも「森谷凛」の交際歴にエロ漫画家の存在は不必要なものであると感じたし、何より僕自身が凛のファンに叩かれやしないかと怖くなった。

「元カレだと伺ってます」

 あの森谷凛がなぜこんな男と、と記者は思ったはずだが顔には出さずににこやかにそう言った。

 僕は大げさに首を横に振って否定した。

「違います。違います。ただの友達ですよ。今は疎遠になってしまいましたけど」


 僕と凛は、三年ほど一緒に暮らしていた。五年以上前のことだ。売れない漫画家と無名のモデルのカップルで、お互いが日の目を見ることを祈りながら励む日々だった。凛が世間に認知されると、その日々が崩れ、僕らの関係は拗れていった。

 化粧品会社だったか、CM制作会社だったかが主催したパーティから帰宅した凛の姿を見たとき――正確に言えば、凛の後ろ姿を見た瞬間、凛が近いうちに僕から離れていくだろうことを予感した。凛は借り物の、タイトな濃褐色のドレスを纏っていて、生地の光沢が凛のボディラインを強調していた。その艶めかしさに欲情するよりもただ見惚れた。でも凛が浴室に向かおうと僕に背を向けたとき、僕は居ても立ってもいられなくなった。

 凛のドレスは背中が大きく開いていて、トレードマークである火傷の痕が、アルコールの少し入って赤くなった凛の肌に白くくっきりと浮かんでいて、それが褐色の蛹を破って羽化しようとしている蝶の白い羽根のように僕には見えたのだ。凛を追って、僕も脱衣場へ入った。振り返ろうとした凛に構わず、棚から乱暴にバスタオルを掴み取って、凛の肩にかけた。そして僕は背後からきつく凛を抱きすくめた。でも僕のそうした行為が凛の癇に障った。

 凛は火傷の痕にコンプレックスを持っていなかったように思う。子供の頃はおおいに悩んだのかもしれないが、少なくとも僕と知り合った頃にはそんな素振りは見られなかった。初めてのとき、凛の背中の感触に戸惑った僕に、彼女は背を向け、「大丈夫。痛みはないの」と笑っていた。

 凛にとって火傷の痕は、コンプレックスどころか、あの時にはもうプライドの結晶と化していたのだろうと思い至ったのは、凛と別れて、半年くらいが過ぎてからだ。結局そのときの出来事を境に僕らはうまくいかなくなった。忙しくなった凛は、所属事務所の用意した都心のマンションに移り住み、反対に僕は都心から遠ざかるように家賃の安いアパートへ引っ越して、そのまま僕らの関係は自然消滅的に終わってしまった。


 当然、このことを記者に話すつもりはなかった。凛は意外とだらしなくて、服は脱ぎっぱなし、菓子の包み紙はテーブルの上にほったらかし、オフの日は寝巻きのまま過ごしたり、バッグの中には使いかけのポケットティッシュが何個も入っていたりだとか、そんなエピソードも話さない。世間の抱く「森谷凛」のイメージを損ねないような、たとえば、コーヒーよりも紅茶を好んでいただとか、甘い物を食べていいのは月に一度だけと決めていたりと食生活もものすごくストイックだったようだとか、そんなことばかりを喋った。それでも記者は「いい記事がかけそうです」と言って、僕に礼を言い、満足そうに伝票を持って去っていった。

 凛はどういうつもりで僕を指名したのだろうかと改めて不思議に思ったが、なんだか淡い期待をしてしまいそうになって、僕は慌てて冷めかけたコーヒーを一気に飲み干した。

 企画のお題をあまりこなせていない。ドレスの描写が少しあるので衣装のほうは可だとしても、キラキラ輝くものに関しては弱すぎる。

 昔見た、蝶が羽化するときのスローモーション映像が印象に残っていて、それをモチーフにした。その映像では、蛹にスポットライトが当たっていて、まだふにゃふにゃの出来たばかりの羽根が照明の光を反射しているように見えた。だから、羽化の瞬間の羽根は光っているものというイメージがあるのだけれど、おそらくそれは万人が持つものではない。

 成功を掴みかけている恋人を蛹を破りかけている蝶になぞらえ、置いてけぼりにされる不安や焦りをバスタオルをかけるという行為で表現してみようと思って書いた話。これまでの企画参加作品は、どれもきっちり完結させてきたけれど、今回は意図的に続きそうな雰囲気を出してみた。もっとも続きを書くつもりはないけれど。


 余談だけど、森谷凛は、尋常性白斑のモデル、ウィニー・ハーロウから着想を得た。でも火傷の痕が白くなることってあるんだろうか? ないような気がする。

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