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1.

「ケヒャァーッ」


 この平和な日本でいい年こいた大人が、台風の夜深夜の住宅街をモヒカンじみた声を上げながら走るのにはそれなりの理由が必要だ。

 例えば手痛い失恋だとか、例えば唐突な内定取り消しだとか、例えば仕送り停止の宣告だとか。

 いわんやそれが三つ同時に起こるともなれば、ショーシャンクの空よろしく人生からの脱獄を図るのもむべなるかなって寸法だ。


「よし、死のう!」


 この俺、井桐(たける)(22)の決断は早かった。この割り切りの速さが俺の長所だ。いつだって生き急ぎ、そしてイキって生きて来た。

 しかしどうやら、今宵は世界がついて来られなかった。

 今朝がたから続く大雨と暴風により、この世から綺麗さっぱりおさらばさせてくれる地球発異世界逝きの転生トラックは今日に限って運転休止。雨はざんざん風はごうごう、死にそうなほど過酷にもかかわらずちっとも死ねる気配がない。


 だったら入水なり首つりなりを選べばいいのだが、その手の死にかたってのはどうもみみっちくていけない。もっとこうスパッとサクッとひと思い間のあるものでなければ旅立つ弾みがつかないってもんだ。


 だから雨の中で2F(フレーム)ぐらい考えた。


 ──トラックがぶつかってこねえなら、俺がぶつかればいいんじゃね?


 名案だ。神がかってると思ったね。そしてすでに体の方は実行に移していた。

 路肩に停まって往生していた宅配便のトラックを発見。不幸(ハードラック)踊り(ダンス)に誘う。


 トラックめがけて全力疾走──ぶつかる直前、舌を伸ばして強く噛みしめ、全身のばねを総動員して頭からダイブ──ついでに若干のひねりを加えてコークスクリュー気味にバンパーへ激突。


 ぶちっと来て「んごご」と呻く。目論見通りの激痛と衝撃。そりゃあもう痛ぇの何の、どっこいそれでも生きている──中々死ねない自分自身にイキる俺。口内にあふれる血をダバダバたらしながら繰り返し繰り返し頭を打ち付ける。


 ざあざあごうごうガンガンんごご──スト2のボーナスステージよろしく車と戦うこの俺を慰める奴はもういない(紅)。


 そんな事をやってるうちに血を流しすぎたのか、音は遠のき視界は歪み、だんだん寒くなってきた。かと思ったら急に体が動かなくなってそれきりだ。


 よし、死ねた。アディオス現世、来来来世。こう書くとRADWIMPSっぽいよな、と思った所で今度こそ死んだ。



 ◆


 んでどうなったかっつーと。


「困るんだよねぇホント」


 厭味ったらしくねちっこい口調で袖カバーとひげはげ眼鏡のおっさんにボヤかれた。多分アレが神すなわちゴッドだろう。想像よりいささか世知辛い風貌をしちゃいるが、日本人向けの神様としちゃ中々それっぽいいでたちだと思わなくもない。

 おっさんは俺の3メートルぐらい上にある直径2メートルほどの雲の上に立っていて、出席簿みたいな帳簿を片手に外周をうろうろ練り歩いていた。こめかみのあたりに青筋が浮いてて、何やらおこなのはひとまず分かる。分かるのはそれだけで、現在は俺は一人で分からない事祭りを開催してたから何の悪気もなく言ってやった。


「ヘイヘイ、そんなツラしてどうしたんだい?」

「どうしたもこうしたもないよ。君のお陰で大変なんだよ」

「よせやい、照れるじゃないか」


 鼻の下をこすってててへへってしたらメンチ切って舌打ちされた。

 ゲーセンの格ゲーで気持ちよく連勝してる所を当時小学生だった俺がクソ二択だけで処理したヤンキーと同じ反応だった。ひょっとしてパパあるいはご先祖かな?


「そんな奴は知らん!」

「オーライ、冗談だ兄弟。まぁクールにいこうぜ」

 じゃないと対空が出なくなって阿保みたいに飛ばれてジャンプ攻撃と透かし下段のクソ二択を喰らう。


「うるさいそんなのバクステしろ! 話の続きをしてよろしいか!」


 おっさんすなわち神は青筋をプチプチ切れさせながら怒号した。俺は肩をすくめて続きを聞く。


 ようするにこういう事だ。

 最近の若者が転生目当てにトラックに突っ込みたがりまくるもんだから、天界的なサムシングは大忙し。特に冥府のあたりは過労で倒れるものが続出した。よってすこしでも転生案件をへらそうと定期的に天災を起こしてトラック死を抑制しようとしたのだが、今日に限って自らトラックに突っ込むバカが出たせいで計画は台無し。冥府が管理を拒否したため、たらいまわしの末におっさんが出張る羽目になったと言う事だ。


「今日はねぇ! おじさんお休みだったの! 娘が合わせたい人がいるっつってたの! だからそいつ始末しなきゃいけないのに、お前なんかのせいで、この……!!」

「娘さん可愛いの?」

「可愛いよぉ? 見るかぁい?」


 一転してどうでしょうの大泉さんみたいに言って、おっさんは娘さんの写真を見せてくれた。

 なるほど、これは中々のスウィートキャットだ。彼氏を容赦なく始末する理由たりうる。


「なら俺の処分は急いだほうがいいんじゃないのか? こんなちんけな人間なんぞ早いとこ転生させて家に戻らないと、パパがいない間にお孫さん作っちまうかもだぜ?」

「ああ、かもだ。だが仕事には手を抜かん!!」


 おっさんは誇り高くのたまい、やおらに後光を発して俺の目玉をソテーにした。

 そのまばゆさには流石の俺もひるまざるを得ない。チェーンソーも抜きでこんなのとやりあうのは流石に無理だ。たじろぐ俺に頭上から威厳溢れる声が降り注ぐ。


「井桐猛!! 汝その生きざまを悔いるべし!!」

「悔いる? なぜだ!?」


 俺は俺の人生を真っすぐに生きた。サードストライクのまことみたいに──稲妻みたいにパワフルにだ。やるべき事をさっさと決め、なすべき事を一人でやった。だらだら怠惰に生きている奴らとは違うのだ。攻めて攻めてチェストして──まれによく誤チェストはいたしたが──それ以外に恥じ入る所などない。


「それこそが問題なのだ! 貴様がやらかした短慮のせいで、この後何が起こると思う!?」

「知らん! そんなもの死んだ俺にはもう関係ないだろう!」

「大有りだこのダボ! あのトラックの持ち主の橋本マサノリさんがね、君が原因で殺人事件の容疑者になるの。んでクビになってヤケになって君の家族皆殺し(マサクゥル)。後日新聞でマサクゥル宅急便とか書かれちゃうの!」


 マジかよって思った。全然そんなのクールじゃないとも。俺のビューティフルでブリリアントかつ独創的な一人旅が、まさかそんな事態を招くだなんて。思えばいつもそうだ。俺の決断は弾丸めいた素早さでもってなされた。進路もそうだし恋人選びもそうだ。給料が高い、尻の形が好みだ、そう言ったワンイシューで俺は俺が手に入れるものを選んで掴みとり、その裏に隠されたデメリットの事に思いをはせることなどなかった。


 結果得たのは過去の俺が犯した、ゲーセンと言う名の戦場すなわちストリートにおけるちょっとした現実(リアル)を耳にしたブルシットな人事部による内定取り消しとお祈りのお言葉だ。

 それを聞いた俺の元ベイブは上場企業勤めでランボルギーニ持ってるって理由で15も離れたおっさんめがけてその見事に育った乳と尻を振り乱して去っていった。


 んでもって内定に喜んでいた俺の両親は深く悲しみそして怒り、俺に対するあらゆる援助を打ち切ると宣言するに至る。


 よって俺はLet it die──こうしてこんな辺鄙な場所にてブルシットな人事課によく似た禿にお説教されている。


「貴様はアホだ! カスだ! 早漏だ! ワンチャン頼みで無敵技ぶっぱしか能のないチンパンだ! お前のせいで多くの人が不幸になる! なぜもっと考えない? なぜもっと周りを見ない!? 何でもかんでもすぐ決断、割り切った行動してりゃいいってものではないんだぞ!!」


 それは生前、さんざん言われた事だった。家で、学校で、ゲーセンで。俺はそれに耳を貸さなかった。のろまには分からん世界に生きていると思い、俺は心の中で常に中指を立てていた。


 だがそれは違ったのだ。俺は単なる一人上手で、やることなす事その場しのぎで、綱渡りの人生を運よくわたっていただけなのだった。

 その結果これから起こる事に、俺は何も責任をとれない。とることを許されない。その事実にこそ責任を感じる。だから今度は真面目におっさん改め神へと訊いた。


「どうすればいい? 何をすれば止められる?」

「ふん、今更どうにもなりゃせんわ! このまま指をくわえて両親の死を待つがいい! そしてあの世で詫びるのだな!!」


 神はにべもなく吐き捨て、足元で神妙になっている俺を不愉快そうに見下ろしていた。まさに虫けらを見るような目だ。いつもだったらとっくにイキっておうテメェ上等だつって表出てなんやかんやと始まるところだが俺はそれをグッと堪えた。

 俺は確かにイキりまくりの刹那に生きる伊達ワルだが、同時に失敗を学ぶのも誰より早い疾風(-KAZE-)のような男でもあった。

 故に俺は今こそ学んだ。短慮を改め、しっかりと悔い、これから亡き者にされる両親のために悼みそして詫びる必要があった。それから高橋マサクゥルさんにも。目の前の袖カバーにも。


 こんなに分からされたのは小足見てから昇竜を撃たれたあの日以来だった。

 だから俺はすんなり詫びれた。俺は足元に──俺の足元も雲だった──に跪いて、おっさんに頭を垂れた。


「生き急いですんませんした。自分、人生舐めてました。ですから両親を助けてください。高橋さんを助けてください。そして出来る事なら、俺ももっぺん生きさせてください。んでまた死んだときに来てください。生まれ変わった俺をお見せしますよ」


 俺はシロー・ヤマオカみたいに頼んだ。ムシのいいことを言っている、その自覚はあったが、ただ罰を受けるだけでは償いにはならないと思った。誠意ってものを見せるならやっぱり形が必要なのだ。そして俺は決めたことは必ずやり遂げて来た。それをお見せする前に地獄だかに連れてかれるのはちょっと待ってほしかった。


 そんな俺に神は言った。


「生き返ったとして具体的にどうするつもりだ?」

「今度はちゃんと、地道に思慮深く生きて見せます。むやみやたらにイキらず、命尽き果てるその時まで手堅く堅実に生きて見せます。そして誰かを幸せにします。俺は俺を愛するベイブをIce You──」

「最後はちょっと何言ってるか分からんな」


 おっさんには伊達ワルのライムが完全に伝わりはしなかったが、しかし心意気は受け取ってくれた。さすがは神だ。懐が深いというか漢代と言うか。


「まあええじゃろ。お前が善行を積むと言うなら、その功徳をもって三名を救おう」


 おっさんは再びバックライトをひらめかせ、帳簿に何かを書きつけるとトラボルタみたいなポーズをとった。


「井桐猛!! 汝その誓いを果たすため、新たな世界で次なる人生を歩んでみせるがよい! その為に役立つ力もくれてやる! ただし! 誓いを破り生き急いだその時こそ汝の魂は永劫に焼かれるものと知れ!!」

「任せろ兄弟(ブロー)。だからお前はお前の出来る事をしろ。お前のベイブをそう易々とファックさせるな」

「おっそうだな。じゃあちょっと殺ってくる!!」


 神は短慮の末にどっかへ行った。今度ここに来た時には、うまい酒が飲めそうだ。

 そんな事を感がていると唐突に眠気が訪れ、俺は俺の魂が赤ん坊(ベイブ)の中に宿るのを感じていた──。


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