3 知らない幸せ
カチカチと時計の秒針の音が響く。あと何時間で納品かは考えたくない。そんな時に限って見つかるエラー。
半角で書かないといけないところを全角で書いているとかゼロとオーを間違えるとか、大文字と小文字とか、そんな些細でよくあるミスが見つかる見つかる。
小さいミスをいちいち直すだけでも骨なのに、CGがまだできない。差し替える前の仮CGのアドレスが画面でちらつき、思わず胸ポケットのタバコに手が伸びかけ、つい最近ここも禁煙になったと思い出す。
これだから外注は。原画家の文句が思わず誰かの口から漏れたが誰も反論しない。黙っている。だけど原画家だけが悪いわけじゃない。シナリオだって伸びに伸びていたし、上から追加のイベントを入れられたりと、同人上がりの原画家の初仕事には辛かったに違いない。
カチカチと時計の秒針の音が響く。
一旦、現状を納品しただけではこの地獄が終わるわけじゃない。あくまでこれはサンプルだ。
これを体験版に起こしたり雑誌掲載用に整えたり。
カチカチと時計の秒針の音が響く。
「もう、嫌だー!」
誰かの叫び声が聞こえた。
「勇者様、この生活が嫌なんです?」
聞こえたのは女の子の声。
「え?」
寝ぼけていたみたいだ。それは「高木誠」の記憶であって「ランド」の記憶ではない。
「ですよね、こ~んなかわいい女の子と一緒で、お年頃の殿方が我慢できるわけないですです」
ふるふると肩を震わせ涙するルビアをぴんっとデコピンのようにはねると、ぴぁっと変な悲鳴を上げルビアの体が宙に舞う。誤解するなかれ、俺の力が強いわけじゃない。ルビアが小さいのだ。
「ひどいです~、ルビアの髪が乱れましたですです」
体制を直し、ルビアが俺の肩に乗る。
手の平サイズの少女ルビアは、俺のサポートに女神様が寄越した見習い天使だ。
本来ならゲームの進行を助けてくれる大事なキャラだが、全部知っている俺には意味がない。だが寂しい一人旅からメンタル的には助けてくれているのは確かだ。
「はぁ、布団で寝たい」
野宿はやっぱりどこの世界でも辛い。つぅても、前世では寝袋という便利なアイテムがあったし、寝ていたのはデスクの下なんだけど。
「ルビア無視されてるですです!」
ルビアをからかうと少し心が晴れたと、同時に申し訳なさが生まれる。
「ゴメンな。お詫びに街に着いたら金平糖買ってやるから」
まるで子どもをあやすように言えばルビアはぱあっと顔を明るくさせる。
子供がいたらこんな感じか、と思って自分がまだ十八歳なことに気がついた。やべえ、前世の記憶があるからってまだ俺若いじゃねーか。
枯れていると言ってしまえばその通りなんだろうけどさ。
ガサガサと葉っぱを擦る音が聞こえた。この音の大きさ的に結構デカい。
……モンスターか?
咄嗟に剣を構えルビアを守る。だけど相手が襲ってくる雰囲気はなし。
「正体を現しやがれ!」
叫べばぴょこんと猫耳が表れた。
猫耳?
「勇者様~ガールモンスターですです」
ガールモンスターと呼ばれたそれは、俺達を襲いもせずキョトンとした顔で剣を見るとにぱぁと笑った。
「ああ、これが目当てか」
俺が焚火の横に置いてあった夕飯の残りの川魚を差し出せば、猫耳がぱあっと花を散らす。
「そのまま帰れ、ハンターに捕まえるなよ~」
俺が言い終わる前に猫耳は野生らしくあっという間に姿を消した。
「勇者様は変わってるですです。ガールモンスターは捕まえれば高く売れるです」
「……お前、捕まった後のこと考えたこたとあるか?」
ルビアがエクスクラメーションマークを出して首を傾げる。だろうな。俺だって前世を思い出す前はそれが普通だって考えてたわ。
捕まったあとは、エロゲのお約束です。そふりんさん出番ですな展開が待っている。
「子供は知らなくていいこともある」
言ったらばルビアが拗ねた。
めんどくせぇ。
ストーリーは序盤なんだよ。俺は平和に行きたいわけ。OK?言っとくけどルートによってはお前やお前をが尊敬する女神様ルートもあるかんね?
そんなことを思えど口に出せず、ルビアをこずいた。