第一章8『絶望を知る』
「今日の仕事も無事終了ー」
「何を言っているのかしら? あなたまた夕飯の準備をしてくれなかったじゃないですか」
「料理は出来ん!」
「……そうですか。とりあえず今日も早く寝てください。明日は早く起きてください」
「分かりましたよーメイド長様ー」
そう言い終わると同時にメアがドアを大きな音をたてながら閉める。
「もう少し静かに閉めろよ」
返事はない。部屋に1人しか居ないのだから当たり前だ。むしろ返事をされた方が怖い。
「早く起きろか……なら今から寝るか」
そのままベッドへ入る。その瞬間に睡魔が木葉を襲う。
「この調子なら早く寝れそうだな……」
その瞬間、木葉は夢の世界へと誘われた。
「ありゃ?」
木葉が気づいた時はもう既に夢の世界。
「明晰夢?」
「違うね」
「はい?」
自分以外の声が聞こえる。
メアでもエリスでもない。一度も聞いたことのない声。
「だから夢じゃないって言ってるだろ?」
女の声、聞き慣れない声だ。
女性との関係も会話もした事ない。木葉には分からないもの。
「あんた誰だ?」
「名乗って欲しいならまず名乗れって言われたことない?」
「……」
この世界に来てエリスやメアの他に女と思えるやつとは会話してない。
「なんだい? 気に触った?」
「……俺は水瀬木葉だ」
渋々答える。
「元気ないね? 楽にしていいんだよ?」
楽にできる訳がない。どこかも分からず、しかもどこを見ても真っ暗だ。
「悪いな。座ったりしたら落ちちゃう気がしてな」
「僕は座ってるんだけど、僕って気づかないうちに落ちてたりするの?」
相手の顔も姿も見えない。闇の霧で隠れている。だからそんな相手にそんなことを聞かれても木葉は答えられない。
「知らねぇな」
「知らないか……悲しいな。落ちてたら教えて欲しいんだけどなー自分が気づかないうちに落ちてるとか怖いだろ?」
「姿が見えない相手と普通に喋る俺が一番怖いよ」
「……そうかまだ見えないのか……まあいいか」
「なんだよ? まだ見えないって?」
「いやこっちの話だよ」
「話せよ! 気になって寝れないだろうが!」
「君向こうでは今寝てるんだよ?」
正論だ。
ここを夢の世界と言うのなら、木葉は現実世界で寝ていることになる。
「だからなんだよ!」
「話してほしいならしてあげるけど、君が信じるかどうか分からないからね」
「信じたら教えてくれるのか?」
「……君は馬鹿かい? 僕が言ってるのは話した所で君が現実を見ようとしないからだよ」
「そんなのはやってみなくちゃ分からないだろ!」
「それが僕には分かるんだよな〜」
「良いから話せよ!」
「……んー僕にそんな態度できる奴は君以外には向こうの世界では、女王以外いないね」
女王、また知ってそうで知らない単語。
「なんだよ。女王って?」
「君はまだ知らなくていい。僕は女王に関しては君が何を言おうが話す気は無い」
「なら教えてくれよ……見えないってどういう事だ?」
「簡単に言うと君はまだ絶望を知らない。現実を知らない。目を背けてる」
「は?」
「絶望を知れば知るほど僕のパートナーに近づく、君はこれからまともな道は歩めない。お先真っ暗とはこういう事だね。ついでに君の視界も真っ暗だし」
「上手いこと言ったつもりかよ……絶望を知らないとかパートナーに近づくとか……てか現実から背けると目が見えなくなるとか、信じられるわけないだろ」
「ほら! 言ったところで信じてくれない!」
「大体どういう事だ? パートナー? お前とパートナーになって何がある!」
「……そりゃ君にだっていいことはあるさ。でも僕のパートナーになるってことは、少なくとも絶望を多く知ることになる」
「……ならパートナーになりたくないな。てか絶望って具体的にどんなものなんだ?」
「……それはここを出たら分かるよ。君の精神が持つかは分からないけどね」
「出るってどうやってだ?」
「向こうに扉が見えるだろう? あの扉を開け、渡れば君はノアニールに戻れる」
「そうか。ありがとよ。それじゃあな」
「……え? まさか君もう出ようとしてない?」
「いいだろ出ても、もう聞くことないんだし」
「いやいや! この僕だよ? もっと君の気になること答えてあげられるんだよ?」
「じゃあ、あの扉の向こうの絶望ってなんだ?」
「……君は死ぬより怖いことはあるかい? つまりはそういう事だ」
「やっぱり意味がわからない。もう行くからな」
「愛する者が死んでゆく、君はあのハーフエルフの為にこれから何度も絶望を知ることになる。君の気持ちがどう揺らぐか、想像も出来ない、他の奴らが敵になっても僕は君の味方だ」
「……」
その言葉に木葉はなんの返事もしない。こいつに抱いた感情は、狂っている、だけだ。
「それじゃあな……」
「また来るといい……いやまた来てしまうか」
「……」
「一応名前を教えてあげる僕の名は○○・○○○○○」