第一章6『憧れ』
「早く起きなさい」
うるさい俺は、まだ寝る。
「……早く起きなさい」
だから寝るって言ってんだろ。
「……」
「グボッ!?」
腹に激痛
まるで二十kgのダンベルを腹に落としたみたいだ。
「……もう1度食らいたいかしら?」
その声は、メアだ。
「うーうー……お前まさかとは思うが、俺の腹にダンベル落としたんじゃないだろうな?」
「……ダンベル? まだ寝ぼけてるのかしら……私が落としたのは、拳」
確かにダンベルにしては形がすごく小さかった。
「……嘘だろ?」
「いえホントです」
「……」
「早く起きて仕事してください」
「……ごめんなさい」
ダンベル二十kg並の痛みが腹に来たはず、メアが殴ったのなら、メアはどれほどまでに強いのか。その強さは計り知れない。
「朝早くから、死ぬかもしれない体験をするなんて、俺はとことん運がないな」
「おはよう木葉……何だか悲しそうな顔、どうしたの?」
そんなネガティブ思考の木葉に声を掛けてきたのは、長い白髪のハーフエルフだった。エリスだった。
「おう! おはよ! いや特に何も無いぜ」
「そう……昨日は、よく眠れた?」
「よく眠れたぜ」
実はメアに叩き起される事を考えて、怯えながら寝てたなんて言えない。
「そう、良かった。今日もお仕事頑張ってね」
「頑張らないとメアの奴に死刑が申告されてしまう」
「メアはそこまで酷いこと言わないよ!」
「ごめんなさい」
今日は朝からよく怒られる。
「さて新人さん?」
「はい! なんでしょう? エリス様!」
「今日もお仕事頑張るように!」
「了解しました!!」
「……くだらない事してないで、早く来てください」
「クダラナクナイ」
「何か言いましたか?」
「今から行きます! すみませんねぇ!」
雇われて2日目。仕事と言うのは、1週間どれだけ頑張ったかで印象が付く。
それ以降はどう頑張っても印象は変わらない。少なからず俺がそうだから。
「腹が痛いです。メンド長」
「……今度からは背中にしてあげます」
「……ごめんなさい、やめて下さい」
「さて仕事内容は、頭に入ってますか?」
「掃除、洗濯、庭整理、食事の準備、食器洗い、買い出し……後なんでしたっけ?」
「後で確認するように」
「はい。すみません」
掃除は一番大変だ。最低限の部屋の掃除と言われているが、その最低限が多すぎる。掃除だけでも1日経ちそうな勢いだ。なんせ部屋が一つ一つ広い。
それだけの掃除をすれば、ある言葉が自然に出る。
「……腰痛い」
誰も返答してくれない。メアは別の場所の掃除、エリスは部屋で何かの勉強中。
「……俺の相手をしてくれる奴がいない!」
兎は寂しいと死んでしまうらしいが、なら今俺は兎だ。寂しい死ぬ。
1日目はメアと一緒に同じ場所をやっていたが、2日目からそんなのは無かった。
「あ〜あ、メアと仲良く出来そうなんだけどな〜」
メアは俺に加減をしない。
今日の朝がいい例えになる。だがメアはそれほど顔が悪いわけでもなければ、性格も悪くは無い。
エリスに忠義だ。家事だって、できないものは無いと言ってもいいくらい完璧に出来る。
だがしかし、メアには恋心は生まれない。完璧の女性で間違いはない。
「でも何でだろうな〜なんか違うんだよな」
そう、メアは正直者すぎる。
俺と初めて会ったのに、思った事をすぐに吐き出してきやがった。
「そこだな。メアのダメな所は」
それを除けば完璧だ。。
だがメアは俺を仕事仲間、部下としか見ていない。
いやメアだけじゃない。俺もメアをただの上司としか見てない。逆にあの加減下手のメアは暴力の塊としか言えない。
「そう言えば、書庫で調べたいことがあったんだ」
「……なら書庫の掃除ついでに調べてみてはいかがですか?」
後ろから声がする。メアだ。
気づかない内に背中を取られてしまっていた。
「ホントか? だって書庫って大事なものとかあるだろ」
「あなたが期待するようなものはないと思います。少なくともエリス様のバスト表などは置いてません」
木葉の気遣いにメアは素っ気ない態度をする。メアの木葉に対する印象は想像がつかない。
「いやそういう事じゃないんだけど」
「それで書庫の掃除しますか?」
「……お言葉に甘えさせていただきます」
「ここの掃除は私がやります」
「ありがとうございます〜」
木葉は書庫に急ぐ。
掃除していたところから書庫までそう時間は掛からない。
「あれ? 俺いつの間に書庫の場所覚えたんだ? まあいっか」
ゆっくり書庫の扉を開ける。
すごく埃がある。しかも暗い。その部屋を一言で言い表すなら、汚い。
「メアの奴、面倒事を押さえつけやがって」
ここで休んでいたら、すぐバレてしまうだろう。
「えーと何か気になる本……」
そんな本は簡単に見つからない。
まず気になるとは何を基準にしたものか、ハッキリしていない。
「……ん? なんだこれ?」
木葉が手にしたのは、一つの分厚い本。
「……三大英雄?」
聞き覚えがある。屋敷外で聞いたことのある単語。
「果物屋のオッサンが言ってた三大英雄の事について書いてあるのか」
読んではいけない気もするが、好奇心には勝てない。木葉はそのまま、本を開き読み始めた。
「三大英雄……それは四百年前の話、誰もが憧れた。3人」