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君を救う死生活  作者: 鈴先壮 ゆっクリ
第二章 騎士としての役割
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第二章22『当たり前だった当たり前の日常』

 そこは地獄と言うには少し違う。そして天国と言うのにも何か違和感を覚える。

 レイが創り出す世界は何もかもが闇に覆われていた。この世界は違う。

 真っ白、いや"無"と言った方が正しいかもしれない。


 ただ果てしない真っ白で何も無い世界が続いている。

 そんな真っ白で何も無い世界は、二人の生命体を快く招き入れていた。


「……嫌な臭いだ。これだから人間は呼ばないで欲しくないんだよ」


「ここはどこなんだよ。だって俺は確かに死んで……」


「ほら、学習しない。レイの世界に招き入れられたっていう経験をしているのに、今の状況を理解できないようだ」


「だからここは――」


「――答えは一つ、ここは君の罪を裁く"断罪の世界"だ。君が求める答えはここには無い。救いも無い。そんな世界だよ」


 声の主は多分十五歳くらい、年齢から来るのか、その生意気さは尋常じゃない。

 そんな幼い主はコノハの後ろから話しかけてきた。それと同時にコノハも振り返ったが、あるのは真っ白な世界、何度見ても絶対に子供はいない。


「……そうか、僕の魔力が膨大すぎて、君如きじゃ存在を確認する事すらできないのか」


「なんだよ」


「……言葉遣いに気をつけなよ? 僕は他のみんなみたいに優しくないし、ここにレイはいない。仮にいたとしても意味無いけどさ」


 そう言い放ち、声の主は言葉を止めた。同時にコノハの背後から、異様な気配が現れた。

 背筋からゆっくり生き物のように上がってくる殺気とも取れる"それ"はコノハの体内に入っていき、心臓をひと撫でした。


「呪いの類か? それとも能力? まあそのどちらも僕にとっては無意味なんだけどさ」


 コノハの体内に入ってきた"何か"はゆっくり這い出てくる。

 体内に入られた事に嫌悪感は無かった。それどころか、体が一層軽くなった気がする。


「君に張り付く気持ち悪いのは取っておいたよ。本人の意思で勝手に発動される呪いに近いものだったけど、簡単な術式だね。まるで触れずに行ったみたいだ」


「何? お前ってそんなのが分かるの?」


「言葉遣いに気をつけなよ。それと僕は断罪者、全てを断ち切る魔人だよ。それくらい分かるよ」


「……俺の人生ってどれだけ魔人見れるんだよ。インフレ酷すぎだぞ!」


「意味のわからない事で切れられるのはここまでイラつくのか、ちなみに言っちゃうと、この世界にいる限り僕は無敵、誰だろうと僕に傷は付けられない」


 無敵無敵ってどれだけ俺を縛り付ければ気が済むんだ、と思ってしまう。不死身になっても無能は無能のままなんだって実感出来た。

 ある意味、こいつはやる気を断ち切ってくれたのかもしれない。それはそれでいい迷惑だが、経験はやはり無いよりあった方がいい、


「俺はそう思う」


「急になんだい?」


「独り言に反応するとキリがないぜ」


「……いい加減後ろ振り向いてくれない? ずっと待ってるんだけど」


 そう言われ、コノハはゆっくり振り返る。本当にゆっくりだ。どれだけ早くしようと努力しても、何かがコノハの首を押し、動きを遅くさせてくる。


 やっとの事で振り返り、後ろで起こった変化を直視する。

 いつから居たのか、いつ運んできたのか、分からない。

 ほんの数秒の間だった。

 悠々と紅茶片手に座っている少年、腕は平均より細く、平手打ちだけで折れてしまうのではないか、と言う心配までしてしまう。


「……僕が囚われているのはその力が巻き起こす罪のせい、僕は僕の力を抑えられない。故に誰にもこの力は操りきれない」


「それが……なんなんだ?」


「ここにいる限り、君の安全は保証される。だから安心して自分の罪を断罪しなよ」


 少年の姿は見えている。見えている、そのはずなのにそこには誰もいないような、そんな違和感を感じてしまう。

 瞼を閉じれば、何百何千の気配を感じ取れる。それが魔力によるものなのか、単純にそういう空間なのか、分かるはずもない。


「――断罪、悟り、本能、そしてその最後で待ってるのは"実現の魔人"、そこまで行けるか、それは僕でもわからないけどね」


「……つまり、だ。俺は今から何かを断罪しなければどこにも行けないんだな?」


「今の話を聞いてそれ以外に何があるっていうんだよ。とりあえず、始めるんならここに入ってよ」


 少年がため息を吐き、細い腕をゆっくり持ち上げた。

 その先にあるのは、白しかない空間とは真逆の闇しかなく、底が見えない空間の入口だった。


 ここに入ってしまえば、帰っては来られない。それは精神的にも肉体的にも言える。

 入口に近づいただけで感じ取れる異常な程の魔力の量、並の人間なら張り裂けて死んでしまう。

 じゃあコノハは大丈夫なのか、当たり前だが、大丈夫なはずがない。

 並の人間か、それ以下のコノハには、魔力に対する適性は全くと言っていい程ない。

 なら断罪を始められないじゃないか、という話だが、張り裂ける事も死ぬ事も無かった。ただ妄想が膨らみすぎていたようだ。


「……僕が魔力の量を間違えるとでも思ってるの?」


「……まだ会って数分程度だろ」


「じゃあ一応説明してあげるよ。僕が少し間違えれば、君の体は容赦なくペシャンコだ。俺だから大丈夫なんだ、とか思うなよ」


「……すんません」


 入口はもう近く、後一歩踏み出せば、その闇に飲み込まれる。

 この先に行ったら帰ってこれるのだろうか、そんな言葉を何度吐き捨ててきたか、変わらない。変わらないじゃないか、結局帰ってこれたんだ。だから今回も、また上手くやれる。

 今まであった経験を生かすだけ、同じ事を繰り返す。テストより簡単だ。


「……諦めろ、死ね、言葉は違えど意味は同じ。諦めるな、生きろ、しかし逆にしたら全く違う意味になる。君がこれから見るのは、"同じだけど違う世界"だ」


「……そんなのは何度も見てきた。腐るほどな」


 そのまま一歩踏み出す。

 足先から入り、体重を前にかける。一秒も経たないうちにコノハの体は飲み込まれる。

 覚悟は出来た。いつでもできる携帯式の腐った覚悟だが、今はそれで充分なんだ。

 コノハの体が全て飲み込まれる数秒の間、妙に頭に残る言葉、その言葉は闇に飲まれたあとも残り続けた。


「人間如きが何故死なない? だってこの魔力の量――」


 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 視界に入るのは見慣れたコノハの部屋、それは異世界のものじゃない。元いた世界、簡単に言えば地球だ。

 アニメポスターが壁一面に貼られ、漫画や小説で埋まっている本棚、近くには入り切らなかった本が数百冊、そして一番最初に視界に入った――高校の制服、


「相変わらずここに置いてあるのな」


 帰ってこれたんじゃないのは一瞬で理解出来た。ただ過去に戻されたくらいの話だろう。

 この時点で両親は他界、この広い家でコノハは何十年もたった一人、そんな生活には、孤独には慣れていた。


「今はそうじゃないな」


 今は孤独で居られない。それは異世界に行ってしまう前からそうだった。ある男の存在があったからだ。


 ドタドタと階段を駆け上がってくる足音が聞こえる。時間差で扉が閉められた音が聞こえた。


「こーのーはー!」


 勢いよくドアが開かれ、コノハと同年齢くらいの少年が顔を出す。


「起きてっか!?」


「朝からうるせぇぞ。もうちょっと静かにしろよ」


「残念だったな! もう十三時三十分だ!」


「だから時計壊れてるつってんだろうが!」


 少年は壊れた時計を指差し、自慢げに鼻を鳴らした。

 残念ながらその時計は数年前に壊れた代物、時間を気にしたくないという理由でコノハが地下室から出てきた。十三時と言う事から常に昼だし遊んでもいい感じがするからだ。

 その時計のせいでこういう変な理由で騒いでいいというルールが出来てしまったのだが、


「で? 人の家に勝手に上がってきて何しに来たんだよ」

 

「プレステしようぜ! お前鬼な?」


「鬼ごっこみたいに言うな! あとお前は学校あるだろ!」

 

「残念でした! 学級閉鎖ですわ!」


 現在進行形の不登校生であるコノハには学校の状態を知る術はこの少年からしかない。

 少年はよく学校の話をする。しかし学校に来いとか、学校が楽しいとかの話はしない。それがコノハの傷を抉るからだ。

 少年が話す事は大抵自分の事だけ、楽しかったとか、めんどくさかったとかは絶対に言わない。ただ体験した事を思い出話のように語るだけ、それがコノハにとって一番いい気遣いなのだ。

 少年はそれを知っている。


「なんだよ。インフルか?」


「十五人は休んでたな!」


「マジかよ! ならお前は家で大人しくしとけよ! インフルかもしれないだろうが!」


「俺は移される側じゃなくて、移す側だから……」


「だからそれが困るつってんの!」


 彼の名前は佐藤誠、学校内ではクラス一ではないが一応人気者である。授業時ではきちんと皆をまとめ、それ以外でははしゃぎまくる。そんな所が人気なのかもしれない。

 コノハはその逆だ。それなのに誠は関わってくる。

 最初は馴れ馴れしいウザイ奴としか思ってなかったが、いつの間にか普通に遊ぶようになっていて、家に許可なく上がるようになっていた。


「……なぁ誠」


「ん? 好きな人でもできたのか?」


「いや、違わなくはないけど、違う……もしも俺が居なくなったらお前はどうする」


 大体は予想がつく。

 答えは寂しいという嘘だけ、実際はどうでもいい。それが答えだ。

 コノハだってそうだ。

 自分じゃない人が消えても所詮は他人、家族でもなければ、恋人でもない。

 こんな考えをするのは正常ではない。それが世間一般の人達が揃って口にする意見、本当にそれが正しいのか、それは神にしか分からない。


「俺は……後を追うな」


「はい?」


「お前が消えたなら付いていけるように走って追うぜ。だってお前が好きで居なくなるはずがないからな!」


「……予想外過ぎて少し残念だ」


 視界が歪む。

 目から流れる水滴、その水滴が頬を軽く撫で、地面に落ちて砕け散る。


「コノハ……お前泣いてんの!?」


「違ぇよ! これは……あれだ! 目にゴミが入ったんだよ!」

 

「取ってやるよ! ピンセット貸してくれ!」


「お前不器用だろうが! 俺の目が潰れるわ!」


 涙を乱暴に吹き落とす。

 忘れかけていた。普通の日常、これが普通なんだ。生まれて初めて知ったかもしれない。


 そう言えば、異世界に行って一週間以上は経っている。本当ならもっと経っているが、細かい事は分からない。

 一週間、普通に生活していればたった七日という短い期間、それでも死んで戻るを繰り返していれば、一週間だけで一ヶ月は余裕で行ける。

 それを一ヶ月以内に抑えているコノハは結構強い方かもしれない。


「まあプレステやろうぜ」


「……ジャンルは?」


「FPS一択で!」


「ボコボコにされた奴が何言ってんだか……」


「リベンジマッチだ! 我が軍"フェンリル"の名にかけて!」


 外はいつも通り、いやいつもとは違う。どうでもいいくらい平和だ。

 ただ小さい液晶画面の中では戦争が起こっている。コノハがいた異世界もそんな感じだったのだろうか。

 無駄な事を考えるのはもうやめにしよう。ゲームに集中してないと六十二連勝の記録がなくなっちまう。


「また負けた! なんでそんな強いんだよ!」


「いやこれはお前が下手なだけだろ。三十デス、四キルは流石にないぞ」


「これで何敗目?」


「六十三敗目だな」


 下手すぎる。ある意味才能かもしれない。


「やべぇ! もうこんな時間かよ! 悪いなコノハ、もう帰るわ!」


「そこまで急がなくても隣だろ」


「善は急げってやつだよ!」


 また勢いよくドアを開け、ドタドタと階段を駆け下りる。時間差でドアがしたり、コノハを外から隔離する。


「……どこが試練なんだよ」


 当然の疑問、ただ友人と久しぶりに再開し、ただ普通に遊んだだけ、他は何も変わらない。

 どこが試練なのか、全くわからない。


「――本人が理解するまで断罪は完了しない。それが何十年後になるのか、何百年後になるのか、それは僕にだってわからない。一つわかるのは、必ずその罪を償うと言うことだけさ」


「遠足は家に着くまでが遠足だもんな。その言葉、痛いほど分かるぜ」


「あんまり時間が無いから殺しはしないけど、時間があったら……楽しかったのにね」


「お、お断りします」


 その瞬間に感じた寒気は異様、殺気と言うにも次元が違いすぎている。ただの眼力で殺されそうだ。


「とりあえず、だ。君は次に移った方がいいよ」

 

「移れって言われてもどうやればいいのか全く……はぁ!?」


「それじゃあいってらっしゃいませー」


 床に大穴が開き、コノハは頭が下になった状態で落ちていく。

 頭から付けば間違いなく死に至る。それは穴の深さから簡単にわかる。仮に足がしただったとしても生きていられるかわからないレベルだ。

 それでも頭よりかマシだと思い、コノハはどうにか状態を直す。しかし風圧が強すぎて指一本動かせない。

 完全に詰んだ。


「ようこそ、ここに来て下さり誠にありがとうございます。わたくしはここを担当させていただく、"悟りの魔人"ですわ」


 気がつけば、闇は一切ない。辺り一面花畑、足を前に出して歩き出せば、大勢の花が犠牲になるほど、ギュウギュウ詰めの花畑だ。


 花は嫌いじゃないが、好きなでもない。それでもここは動かない方がいいと思ってしまう。

 花を踏んで殺されるかもしれない、という恐怖じゃなく、単純に花から感じる異様な気配からだった。


「――わたくし、"悟りの魔人"が司るものは知識、その花達すべてがわたくしの知識ですわ」


 爽やかな表情で、それでいて残酷な表情を浮かべる女は目を薄め、コノハを見ていた。

 

「……面白そ」

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