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君を救う死生活  作者: 鈴先壮 ゆっクリ
第二章 騎士としての役割
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第二章20『痛みのその先』

「――お前に聞きたい」


 図太いほんの少ししか聞いたことのない男の声が耳を圧迫する。


「――その執着心はなんなんだ?」


 亡くなった。守れなかった。

 自分の無力が、いや俺自身が俺の手で、唯一の理解者を殺した。


「――お前には感謝してる。だけど憎いんだ、お前が」


 憎まれ口は痛い。やめて欲しい、なんて事は思わない。それが救いになるから。


「――真実を知ったよ。だからお前を殺さなきゃいけないと思った」


 なのに何でだろうか、この胸を押し付ける痛み、苦しい。

 望んでいた。そのはずなのに、自分を苦しめるこの痛みから感じる、この感覚はなんなのか、


「――そんな考えはお前を見た瞬間に無くなった」


 何故協力した。何故死んでいる。俺はお前の為に死んでやるような器の広い人間じゃない。

 苦しいのが嫌な、ただの人間なんだ。俺に何を求める。


「――お前は苦しみすぎだ。もっと楽に生きろ……哀れなんだよ、お前が」


 哀れなはずがない。

 今の状況に満足し、好きな人の為に何度でも死ねる、この状況こそが俺の望んだ最高のシナリオ、やっとこの無意味な命も救われるんだ。


「――お前はこれからも苦難の選択を迫られる、今まで以上のな。だから俺から少しだけ助言がある」


 頬に伝う暖かい水、誰かが泣いているんだ。否、泣いているのは他の誰でもない、俺自身だ。

 何が悲しいのか、何が苦しいのか、この体では感じる事すらも出来ない。

 ただその男に自分を否定してほしい、ずっと逃げている自分をこれからは逃げずに戦えと、そう言ってほしい。


「――逃げ続けろ。この先ずっとな」


 ずっと憂いに浸らせたいのか、他人に答えを求めるのはそもそも間違いだったのか。

 ただ否定してほしいだけだったのに、


「――俺は否定しない、お前や他の誰かが否定しようと俺は肯定し続ける。それが俺に出来る最後の償いだ」


 何故否定しない、そんな儚い願いもお前は叶えてくれないのか、いつもかっこよく死ぬお前は、何故俺を否定しない。

 間違ってるって、馬鹿だって、ただ否定してほしいだけなのに――


「――なのになんで! お前は否定しないんだよ!」


「なら僕が君を否定しよう。それが君の力に変わるのなら、僕は否定もするし、肯定もする。君の望んだ僕になろう」


 勢い余って出た言葉、それは全ての願い、ただ自分を否定してほしいと言うとても残酷で、哀れな願い。

 そんな願いを叶えてくれる者は一人しかいなかった。


「君が望めば僕はいくらでも力を貸す。君が望めば僕は世界を崩壊させてもいい。君が望めば僕は――」


 その言葉を最後に雑音が交じる。

 どれだけ聞こうとしても届かないその言葉は、木葉の力を否定し、手を差し伸べる。木葉が望んだ物とは全く違う。

 力だけを否定してほしいわけじゃない。ただ根元から木葉と言う存在を否定してほしい。

 

 どれだけ努力しただろうか、耳障りな雑音を退け、木葉が聞いた一言は、今までの時間、生活を否定する力の入った一言、


「――木葉を殺そう」


 木葉を狂わせるその言葉はレイでも、傲慢の物でもない。

 幼き自分を残し、死んでいった憎んで憎んでも、憎み足りない――親父の声だった。


「お前は……誰だ」


「お遊びが過ぎたかな? 君のやる気を引き出そうとしたんだけどね?」


「……俺は常にやる気しかねぇんだよ」


「ん? 僕から見たら、君は諦めていたように見えていたんだけど?」


 レイの言うことは間違いじゃない。

 木葉の事がどう見えていても、結局は諦めていた。ただ何に対し諦めていたのか、それは木葉にも分からなかった。

 理解者を失った喪失感なのか、それとも司教に逃げられた敗北感なのか、あらゆる知識を使っても答えは出てこない。


「……はぁ、もう諦めたらいいんじゃないかな?」


「は? お前今頃何言ってんだよ」


「今頃じゃない。だって君はいつだって諦められた。僕という協力者がいて、安全なこの世界に選ばれた。ほら、君はいつでも諦めれたよ。それを選ばなかったのは、君のプライドだろ?」


 この世界では長くは生きられない。いつかは、この世界の存在を認められない脳が処理に追いつけなくなり、脳が溶け、元の世界に戻される。

 ただこの世界に留まる方法が無いわけじゃない。


「君も知っている。それは僕と正式な契約を結ぶ事だよ」


 それがこの世界に留まる唯一の選択肢、ただ契約を結べば最後、木葉はエリス達を救う事も、会う事も出来なくなる。


「安心しなよ。エリス達は悲しまない。君という存在を彼女達から消すからね」


 違う。そういう訳じゃない。


「君が寂しいから? それなら望めばいい、エリス達の記憶を消してほしいってね。そしたら僕もその願いを叶えてあげられる」


 違う。違うんだ。


「食事、睡眠、ここには名誉も金もない……ああそうか、性欲があったね、それなら僕がなんとかしよう」


「だからそうじゃねぇって言ってんだろ!」


 怒りのあまり、木葉はレイに怒鳴りつける。

 違う。木葉がこの世界に留まれない理由は他にある。


「記憶を消そうが、欲を満たそうが、結局はあいつらを俺は見殺しにするって事だろ……」


「……そういう事になるね」


「なんでだよ! 救えるのになんで見殺しにしきゃいけないんだよ! 俺には出来る! そうだろ!? レイ!」


 これまで救えないかもしれない世界を救ってきた。その話を広めさせれば木葉は英雄、それをしなかったのは後ろめたいからだ。

 自分は何も出来ず、ただ人に任せる事しかしなかった。それは元の世界でも異世界でも同じだ。

 そんな木葉でも役に立つ方法がある。

『死ねば時間が元に戻る』能力、この能力さえあれば、戦う力が無くても役には立てる。

 どれだけ木葉が無力でも、何回もやり直せばいつかは救われる。そのはずなんだ。

 それなのに――


「――君には何も救えない、救われない。ただ死んで生き返る、その繰り返しだ。これから君に降り注ぐ不幸は数え切れない」


 木葉が必死に放った言葉をレイは受け流し、否定する。

 そんな木葉に失望したレイの言葉には重みはなかった。

 木葉に対する忠告のはずなのに、その言葉は全て他者に言っているようだった。


「――君は僕の世界だ。君が消えれば僕は全ての希望を失くす。そうなればこの世界が存在する意味は無くなる。君が救ってきた人も何もかも僕は一振で消し去る」


 レイと思わしき影が木葉に一歩近づいてきた。それと同時に木葉は立ったまま金縛りにかかる。

 視線も外せないし、口すらも動かせない。


「――君の願いは僕の願いだ。君が幸せなエリスとの生活を望むのならば、僕はラスボスにもなろう。君が望んでほしい、そうすれば僕は君が望む世界を最優先にし、被害も最小限に抑えられるように協力する」


 その告白のような、脅しのような物に木葉は一言も口を挟めない。金縛りにかかったのも理由ではある。しかしそれじゃない。

 木葉の体全体が危険を察知し、逃げるな、話すな、動くな、と命じてくる。

 木葉にも分かる。今のレイは冗談抜きにまずい。

 司教と戦ってきた信用出来ない木葉の勘ではあるが、レイの危険度は傲慢以上だ。


「――だから僕と契約をしてくれないだろうか?」


「……おっ断りだ! お前馬鹿か! 今の告白のつもりか!? 鳥肌たったわ! とにかくだ! 俺はお前とは契約しない。俺は俺だけの力で歩んでいくんだ」


「……僕は君を否定する、それでいて肯定する……君が英雄になったその日、君にお願いしたいことがある」


「あぁん?」


 強気に出た。それで無くては木葉じゃない。今をがむしゃらに生きて、後で後悔する。それが水瀬木葉の生き方、これは覆らない。

 礼儀も秩序も知らない。ただ後悔をし、反省が出来るのなら充分だ。


 そうして木葉はレイの言葉に耳を傾けた。しかしその言葉を聞き、木葉から強気と言う言葉が消え去った。


「――僕を殺して」


 そのままレイに押され、世界の果てに落とされた。

 猛スピードで落ちていく中、木葉の頬に当たった暖かい液体、その正体は木葉を落とした張本人、レイの物だった。しかし――


「……お前、エ…………」


 違う。確証はないが、その場にいたのはレイじゃ無かった。じゃあ一体誰だ。

 思考が検索をかける。しかし木葉は終わりに追いつかれ、この世界から追い出された。


 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


「はぁ!」


 違う光景、黒い霧など少しもない。


「俺は……」


 起きた場所は何度も見た王城のベッドの上、外の景色は戦争のあとのように荒れていた。

 それは時間が巻き戻っていないという事、その事に気づき木葉は安心してベッドに横たわる。


「あれ?」


 何を考えていたのだろうか、何を見ていたのだろうか、どれだけ記憶を漁っても出てこない。

 確かにレイの場所に行き、変な告白をされ、落とされた。それなのに一番大事そうな何かが抜け落ちている。


 頭を掻きむしり、木葉は必死に忘れた記憶を引き出そうとする。


 死んで生き返る木葉にとって記憶力と言うのは命よりも大事だ、もし記憶力が無くなってしまったら、木葉は実質終わりなのだ。


 確証は無いが、抜け落ちた記憶は大事な事のはずだった。それは次の戦いで活かせそうな物だったかもしれない。


「クソ! クソッ!」


 心臓の鼓動が速くなる。

 これ以上に無い喪失感、忘れてはいけない何か、それなのに思い出せない。

 木葉は完全に自分の世界に入り込んでしまう。その世界で自分の記憶を探し回り、喪失感の原因を探る。

 そうやって集中しすぎてしまうから木葉は近づいてくる人に気づかないのかもしれない。


「集中力のすごい人ですわ」


「これだけ呼ばれても気づかないなんて……コノハって何かの病気なの?」


 木葉は思考を止め、顔を上げる。そうして木葉の視界を埋めたのは赤いドレスを着込んだカーミラとシンプルな白い服を着たエリス、二人とも心配そうな顔をしていた。


「あれ? 俺ってそんなにやばい顔してた?」


「してたと言ったらしてた……よね?」


「えぇしてましたわ。まるで死ぬんじゃないかってくらいに」


「どんな感じだった?」


「それはもう気持ち悪かったですわ。すぐにでも死んでほしいくらい」


「すげぇ辛辣!」


 心に深く突き刺さる槍、その槍は胸から入り、背中から出る。

 今ある木葉の不安を全て引き連れて、体から出ていく。

 そうだ、俺には仲間がいる。こんなウザったくてそれでいて優しい、そんな仲間がいる。


「気持ち悪い魔人とやかましい魔人と天使ですね……他二人、死んでも構いませんよ?」


「待って……気持ち悪いって俺だよな!?」


「そこまでうるさくしてませんわ! 訂正してくださいまし!」


「あーうるさいです。何も聞こえません」


「殴るぞ!」


 そういった途端、メアは拳を握り、木葉にその拳を向け、ものすごい速さで打ち放った。

 その出来事で木葉は『ひゃ!』という女みたいな悲鳴を出し、頭をガードする。

 わかる、今木葉には冷たい視線しかおくられていない。顔を上げるのが嫌になってくる。


「はっ!」

 

「うっざいメイドですわね!」


「あーあんまり喧嘩していいけど、あんまり暴れないでね?」


「エリスさん!? ちゃんと止めて!」


 メアとカーミラの喧嘩を止めに入る人はこの場にはいない。みんな知っているのだ。

 これはただの冗談で遊んでいるだけだと言う事に、だからエリスも止めに入らない。楽しそうにしているメアはエリスにとっても珍しいものだったんだろう。


 安心してため息を吐く。ただその安心は長くは続かない。

 木葉の心臓を握り潰そうとする見えない謎の手、その手は木葉の有無を無視し、心臓を握り潰す。


「――ぐはぁ!?」


 ただ少し違う。

 時間が巻き戻るということは禁句、その禁句を他者に伝えようとすれば"それ"は現れ、木葉の心臓を握り潰す。

 その体験は一度だけだが、確かに体の中に刻まれている。

 どんな痛みだったか、どんな屈辱だったか、どんな喪失感だったのか、それは木葉が一番知っている。だから断言しよう。

 今、木葉の心臓を掴んでいるのは、"それ"では無い。それ以外の"何か"だ。


「木葉!」


「え……リス、大丈夫……だ。これ……くらいな」


 大丈夫、なはずがない。この胸を圧迫する異様な存在、幸い心臓を掴まれても痛くはなかった。ただ掴まれた、という感覚だけがある、それだけだ。


「うげぇーめっちゃ気持ちわりぃ」


「あら? こんな美人な人を前に気持ち悪いだなんて失礼極まりないですわ」


「あーやっぱ、気持ちわりぃな」


「八つ裂きにしてあげますわ!」


 メアに押さえつけられたカーミラは必死に抵抗するが、やっぱり力では叶うはずがなかった。

 その間、木葉はドヤ顔でカーミラの怒りに油を注いでいた。


「早く話してくださいまし! この男を殺さないと気が済みませんわ!」


「はいはい、落ち着いてくださいカーミラ様」


「グギギギ、痛いですわ! 何もしないから話してくださいましぃ!」


 解放されたカーミラは自分の関節がちゃんと動くか確認し、近くにあった椅子に腰掛けた。

 

「はぁ……散々な目に遭いましたわ」


「まあ、ドンマイ」


「全ての元凶がなんか言ってますわ!」


 そんなおふざけ半分本気半分の殺戮に満ちた会話は終わりを告げた。

 それからは皆、真剣な顔立ちに変わり、視線をただ一点に集中させた。


「……あの? 俺の顔に何か付いてましたか?」


「ええ付いてますわ。負け犬という札が」


「こんな時までふざけんのかよ!」


 机を叩き、ツッコミを入れたが思いのほか、木葉は痛みに耐性がなかったようで机を叩いただけでも『いでぇ!』と言うようになってしまった。

 多分、魔人になりたての頃にカーミラに浴びせられた魔法のせいだ。


「めっちゃ複雑な気分だぜ」


 手を抑え、カッコつけたつもりで窓の外を見たが、また木葉に向けられる冷たい視線は、抑えている手よりも痛かった。

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