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君を救う死生活  作者: 鈴先壮 ゆっクリ
第二章 騎士としての役割
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第二章19『敗北の味』

 それは太陽が沈もうとしていた数分前の事、


「……見つけろって言われてもなぁ、司教が簡単に顔を出してくれるわけじゃないもんな」


「そんな事言ってたら、メアに聞こえて怒られちゃうよ」


「エリス様、聞こえております」


「ほら! 木葉のバカ!」


「今の俺が悪いの!?」


 戦場のど真ん中でたった四人、そのうち二人は楽しげに会話を続け、残る二人は周りの警戒をしている。


 魔人とメイド長、二人が目を細め、極限まで殺意を隠している事は容易にわかる。それでも尚、感じられるという事は、それだけ今の状況が危険という事、


「メア、司教はおろか、他の騎士の方々の気配も感じられませんわ。あなたはどうですの?」


「同じです。仮に死んでいるのだとすれば、死体や血が落ちていないこの状況では説明できません」


 舗装された道を歩み、司教を探し続けているが、その周辺には人の気配はおろか、生物の気配もない。

 テロが起こったのならば、騎士達がすぐに出動しているはずだ。だが、その騎士とは道中で遭遇する事は無かった。


 まるで四人を残し、世界から生き物を取り除いたかのような静けさ、木葉の記憶が正しければ、ここら辺は大量の店が並び、賑やかだったはず、それなのに数時間でここまで変わるものなのだろうか。

 

「……人っ子一人いませんね」


「ここで戦うのならば都合がいいですわ。だけど敵さんの姿も見えませんわね」


「……気味が悪い」


 そんな一言で表せられるこの状況、その気味悪さのせいか、楽しげに話していたエリスは黙ってしまった。

 よく考えてみれば、それが一番正しいのだが、この空気を少しでも和らげようとするエリスの気遣い、そんな物を絶対に必要ない、とは言えない。

 

 木葉の頭の中にノイズが入り交じる。


「ぐッ……なんだ?」


「どうかしましたの?」


「頭が……少しだけ痛いんだ」


 あまりの痛さに木葉は膝を地面に付けてしまう。

 巨大な手に握りつぶされているじゃないか、という錯覚に陥る。


 それまで少しも感じなかった人間の気配が近くまで来ている。

 耳を澄まさなくても聞こえる足音を鳴らし、ゆっくり近づいてくる。


「坊やには悪いけどね? 命令が来たんだ」


「いつの間に……」


「メイドのお嬢ちゃんも悪いね。そこのお嬢様は頂くよ」


「エリス様! お逃げ――」


 メアから伸ばされた細い腕はエリスに届くこと無く、根元から綺麗に切り落とされた。

 腕が切り落とされて現れたのは、これでもか、と言うくらいに綺麗に切れた断面。

 肉を裂き、骨に残された傷は少ない。免許さえあれば料理人になれるんじゃないか、と思ってしまう。


 そんな状況に木葉、メア、エリスは一瞬の隙を作ってしまう。


「まずは一人」


 突如として現れた女は、腕を力強く振り下ろした。

 多分それがメアの右腕を切り落とした攻撃だ。普通に食らえば致命傷は間逃れない。

 そしてその振り下ろした腕が向いていた先には、右腕を切り落とされたメアがいる。しかしメアの傷がそれ以上増える事は無かった。


 その代わりなのか、周りの地面は抉れ、衝撃波で体が吹き飛ばされそうになる。

 それを堪えた先に待っているのは、耳を圧迫する爆音、そして金属のような物に亀裂が入る音。

 それらを全て終えた先には、様々な音に耐えかね気絶したメアとメアを守るように立っているカーミラ、


「これを止めるのかい」


「……腕が痺れますね、流石の火力です」


 感じられるその気配は夢の中で見た司教そのもの、魔人の木葉に為す術も与えず、一方的に殺してきた化け物。

 そんな化け物の一振りがカーミラの魔法で作り上げた盾にヒビを入れ、周りにあった建物を爆砕していく。


「一体何者ですの?」

 

「……私はただの司教さ、ただ少しだけ強いけどね」


 その言葉を終えたその瞬間、カーミラが作った盾は消え去る。そんな無装備のカーミラに無慈悲の攻撃が何度も繰り返される。


「ぐぅ!」


 カーミラは何度も盾を作り直すが、それを紙細工のように司教は叩き壊していく。


 カーミラが作る盾の強度は最高峰とも言える。そんな盾を粉々にしていく司教は一枚上手だった。

 盾を作っては壊され、もう一度作っては壊されるのループ、攻撃する隙を相手は全く見せない。


 少しでも気を抜けばカーミラの体は真っ二つ、それだけじゃない。

 後ろにいるエリス達も巻き添いを喰らう事になる。

 エリスが参戦すればなんとか決定打が打てるかもだが、エリスはメアの治療に集中、どう考えても戦えない。

 戦えるのは木葉とカーミラの二人、その内の一人は同じ相手にボコされ、力の差は明らかになっている。


「諦めたらどうだい?」


「諦めても殺されるのがオチですわ!」


「はぁ……どっちみち、能力がわからない限り、殺せないんだから別にいいだろうに」


 経験も技術も能力も、どう考えても相手が有利、カーミラに勝ち目は無いと考えるべきだ。


「所詮は子供、私に勝てるだけの力は持っていない。そう考えるべきだね」


「まだ……やれます……」


 カーミラが受けた傷は酷い。

 立ち上がる為に使う腕と足は骨が見え隠れし、肩から腰まで大きく開いた傷がある。この状態で戦えば、勝ったとしても死んでしまう。


「能力も分からなくてここまで耐えたのは評価するけど、魔人の力を少し手に入れただけで調子に乗る子供は嫌いでね」


「父親を殺しても、司教には抗えもしないのかしら……」


「……カーミラ・アルドリッジ、大健闘だった」


 傷だらけになっても手に入った情報は無し、木葉が会ってきた司教の中で一番容赦がない、と言っても過言ではない。


 司教が放っていた魔法のような物は風に関係するものじゃないのか、と木葉も一度は考えた。しかしカーミラは風を操っている。もし相手が風の魔法を使っているのならカーミラは操れるはずだ。


 カーミラの体に亀裂を入れ引き裂いていき、その周囲をおまけ程度に破壊していく。

 カーミラの力によく似ている。


「でも……風じゃねぇ。もっと違うなにかなんだ」


 カーミラは両手を前に出し、盾を作っていた。しかし司教はそんな素振りは見せず、何かを唱えもせずにただ歩いていただけ。

 両手を前に出して力を溜めて一気に放つ。それが木葉のよく知る"魔法"なのだ。

 

「……私以外の司教はまず様子見から入る。でも私は違う。最初から最大の力を出して叩き潰しにいく。相手が何も考える隙もなくね」


「それが……もう隙ですわ」

 

「ほざけ、どっちにしろあんたには勝ち目はないよ、カーミラ・アルドリッジ」


 それもそうだ。

 ゲームでも物語でも、ほとんどが最初は様子見で、あとから本気を出す、隠された力を出す。そういった物が多い。

 最初から容赦無し、ある意味正しいのだが、やはりそれは厄介だ。

 

 戦力の要であるメアが不意打ちで負け、真正面から戦いに望んだカーミラは傷一つ付けられずに敗北、ここまでの大敗北を木葉は知らない。

 一人で戦っても、仲間と戦っても、何も変わらなかった。結局行き着く場所は同じ、敗北でしかないのだ。


 司教が腕を上げ、ゆっくり口を動かす。


「……あんたは弱すぎた。だから負けたんだよ、カーミラ。私の動きをもう少し覚えておくべきだったね」


 その言葉を引き金に木葉はある共通点に気づく。

 魔法のような物は司教が歩いた時にしか放たれなかった。それも足裏が地面についたその瞬間、カーミラの体に傷が現れ、元々刻まれていた傷が開いていた。


 カーミラは自分の防御に全力を尽くしていなかった。


 木葉達の周りを走る風、カーミラが作る盾よりも小さいが、強度はダイアモンドのはるか上、そうして木葉達を守っている間、カーミラが作る盾の強度は落ちてしまうのかもしれない。


 最初に体で受けた衝撃波、それは音でも、爆風でもない。ただの"衝撃波"なのだ。

 

 根拠は少ない。ただ司教が歩いた地面にヒビが入っている、最初の衝撃波、カーミラと木葉達の位置、ただそれだけの無駄な情報に全てを賭ける。


「――そいつの足を地面に付けさせるな! てか動けないように拘束しろ!」


「何言ってるかさっぱりですわ! だけどその案、死ぬ前に試す価値はありますわね!」


「――ッ!」


 司教の腕は上げられたまま動かない。

 盾としての役割を担っていた風が司教に突撃、その風はロープとも言えない形状になり、司教を包み込んだ。

 もちろん司教が抗っていないわけが無い。


「こんな! 物すぐにでも!」


 ダイアモンド以上の強度はある。

 傲慢でない限り、風の拘束は外せないはずだ。それはカーミラの自慢げな表情が証明している。


「あら? もう変な魔法は使えないのかしら?」


「体さえ動けば!」


「どうやら無理みたいですわね……実に滑稽ですわよ」


「お前は体を大きく振るか、何かを叩きつけることにより、衝撃波を起こしていた。その衝撃波をカーミラに気付かせないために少しづつ傷を負わせていた。まるでカーミラが扱う風の魔法みたいにな!」


 カーミラに付けられた傷はフェイク、衝撃波の存在を知られない為に付けた意味の無い物。

 普通に考えて、衝撃波を起こせるのならば、カーミラなんて一瞬で殺せた。それでもしなかったのは、残っているメアとエリスが脅威だったからだ。

 その理由はただ一つ、


「衝撃波の影響は所有者であるお前にもある。だからカーミラに攻撃の隙を与えちゃいけなかったし、エリスにバレたら全滅させるしかなかった」


 エリスの魔法は範囲型、衝撃波で返せない範囲内に入られたら確実に終わり。

 それを警戒した上でカーミラにゆっくり傷を付けていた。そうすれば、風魔法だと疑われるからだ。木葉も実際、風魔法だと疑った。


「メアには悪いが、先制攻撃が無ければ俺達は全滅していた。だからお前には感謝の意を込めて――超絶美人のカーミラ様に八つ裂きにされる刑な?」


 鮮血が木葉の目の前で飛び散る。

 それは自由を奪われた司教の物、一方的な攻撃に為す術もなく、司教はただ血を流しているだけ、自分を守る事すらも出来なくなった。

 そんな可哀想な司教の血、


「こ……んな事をして……ただで……済むと思うなよ」


「 襲撃に来るのは三人程度、傲慢に憤怒、そしてお前だ。傲慢はブラッドと戦っていて、未だ追ってこない。テオはなんだかんだなんとかなる。そしてお前はこのザマだ」


 決着は付いた。

 傲慢が助けに来る様子は無いし、木葉の考えが正しければ、憤怒のテオは決してこの司教を助けはしない。ただの囮として使うはずだ。


 触れなければ呪えないテオと触れさせないカーミラなら、圧倒的にカーミラが優勢、それはテオも理解しているはずだ。

 そこまで考えていれば、木葉達との接触はなるべく避けていたい。少なくとも木葉は思う。

 相性が悪い相手と戦わずに済むならそれが一番、それにテオも他の司教との接触は避けたいはずだ。

 大罪教は憤怒を連れ戻そうとしている。

 その事が木葉に教えられたその日にテオは行方をくらました。

 連れ戻そうとする司教達を助ければ、自分の目的に支障が出る。それは確実だ。


「……あんたらは若すぎた」


「は?」


「だからあんたらは見落とすんだよ。――ここまで死体はおろか、騎士の姿も見てないだろ?」


 その瞬間、司教は四角い形をした闇の中に覆い尽くされた。

 一瞬の出来事で誰一人、反応出来なかった。否、その魔力に押さえつけられて動けなかった。


「な……んだよ…………これ……!」


「傲慢が負けるかもしれない可能性を放っておくと思うかい? あの人はね、完璧主義者だ。少しでも負ける可能性があるのなら、その可能性を少しも残らず消していく人だよ」


「――――」


「私は色欲の司教だ。そしてここに現れたのは、強欲のトライシオン――司教だ」


 姿は無い。ただ感じられる魔力という名の殺意、そんな物に体の動きを押さえつけられている。

 間違いない。木葉が会ってきた中で一番戦っちゃいけない司教だ。


 傲慢とは魔力も、気配も、何もかもが桁違い、はっきり言って勝てる気がしない。


「ごう……欲の……!」


 そう言うカーミラの体は小刻みに震えている。怒りなのか、恐怖なのか、見当もつかない。

 こんな異世界で常識を口にするのはどうかと思うが、強欲の司教に関しては常識外れだ。こんな奴を倒せる気がしない。


「あと少しで私も危なかったけどね。やっぱり、備えはしとくべきだ」


「ま……ちやがれ!」


「待つものか、それに待ってくれないのは――君達が弱かったせいだろ?」


 そのまま色欲の司教は闇と共に姿を消した。


 数分の間、動けないままだったが、強欲の司教と色欲の司教が消えたおかげで動けるようになる。しかし先程感じた魔力は体の隅々まで知れ渡っている。


「勝てない……なんなんだよ!」


 木葉の叫び声は何度も木霊し、結局帰ってくる。そんな声が憎い、ここまで有利な状況に立たされていたのにトドメを刺せなかった奴の声が憎い。

 それは全て自分自身、カーミラでもエリスでもメアでもない。他の誰でもない木葉なのだ。

 あの時、カーミラに殺せと命じていれば、今この喪失感を味わう事は無かった。

 嫌で仕方ない。こんな甘い自分が、


「これで負けと決まったわけじゃありませんわ……誰一人、死んでいませんわ」


「……おっさんが生きてるか見てくる。誰も……付いてこないでくれ」


 カーミラの励ましの言葉を押しのけ、木葉は逃げるようにその場をあとにする。

 そんな木葉を誰一人止めようとはしない。ブラッドの生死を確認してもらえるのはありがたい話、なんせあそこには傲慢がいた。そんなところに誰も向かいたいとは思わない。


 決して見捨ててるわけじゃない。

 エリスはメアの治療、カーミラは魔力を使いすぎたため、体が動かない。

 結論から言ってしまえば、一番動ける木葉が、ブラッドの生死を確認するのは普通の事だ。


「……おお、後輩か、生きてやがったな」


「おっさんも随分とタフじゃねぇか……」

 

「これでも五百年生きてんだ……そりゃタフになるわ」


「その割には……傷だらけじゃねぇか」


 ブラッドに刻まれた傷、それは傲慢と対峙し、苦戦を強いられた証、それと傲慢に勝ったという証拠、


「傲慢は俺に消えない傷を付けて自爆したよ……もちろん俺も死ぬかもしれないけどな。それでもお前には伝えておかないといけない事がある」


 弱々しいふざけた表情が一見し、真面目な表情に変わった。

 震える手で木葉に指を刺し、一言、


「……ありがとよ」


 その言葉を最後にブラッドは目を開ける事は無かった。

 そんな最後の表情は、いつにも増して悔いのないとってもうざい顔だ。


 ブラッドは木葉のいた世界と同じ住民、そう"異世界人"なのだ。そんな同じ境遇の人に会う事はこの先、一生ないだろう。

 だから最後くらいはかっこよく返してやろうと思ったが、やっぱり木葉は木葉、結局変われない。


「――お前にありがとなんて、鳥肌が立つぜ」


 涙を流しながらそう呟いた英雄は、抜け殻となったブラッドの目の前で崩れ落ちた。

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