第二章18『re:ミナセコノハ』
自称不老不死の男は頭を掻きながら会話に入ってくる。
「おっさんの話は聞くもんだぜ?」
「どこから現れたのか分からないような奴と会話する気はありませんわ」
「年長者の話は聞いとくもんだ。お嬢ちゃんはそれが分からんようだな」
エリスとメア、木葉の三人はブラッドとカーミラの会話について何も言わない。ここで口を挟んでも無駄に時間を潰してしまうだけ、という事を理解しているのだ。
もちろんブラッドもそれを理解して話を進めようと努力しているのだが、カーミラと言う障害物のせいで何も始まっていなかった。
「まあお嬢ちゃんが聞かなくても俺が勝手に話すんだけどな」
「むきー! ですわ!」
「……最初からそうすべきだろ、常識的に――」
「おっと後輩、そこまでだぜ?」
言葉を遮られた事に木葉は露骨にも嫌な顔をしたがブラッドはそれを無視し、話を始める。
「まあ俺は大罪教の裏切り者って事でいいな?」
「と同時にノアニール王国の裏切り者でもありますわ」
「俺は別にノアニールに加担した覚えは無いんだけどな? それじゃあ大罪教の裏切り者としていい情報を教えてやるよ」
そう言うと仕切り直しの為か、ブラッドは近くにあった椅子に座った。
ブラッドは一度咳き込み、まじめな表情になる。
そして真剣に話を聞こうとしないカーミラと、イマイチ話の内容を理解していないエリス達は、眉間にシワを寄せていた。
「……もうすぐ、大罪教の司教が一人、ノアニールにやってくる。目的はお嬢ちゃんを誘拐する為だ」
そうしてブラッドが指差した先にいたのは銀髪の少女、エリスだった。
木葉とブラッドを除き、全員が間抜けな表情になった。誘拐されそうになっている本人は話についてこられずにいる。
木葉は大罪教がエリスを狙っている事は知っていた。しかし暴食を殺してからそこまで日にちは経っていないはずだ。死亡確認も取っていないだろう。それなのにここまで早く刺客を送り込むだろうか。
無駄に戦力を消費する意味もないし、傲慢ならばそんな事をするはずも無い。
可能性があるとするのならば、憤怒と暴食は大罪教関係無しに動いていた。しかし大罪教も似たような目的を持ち、エリスを狙っている。
もしこの推測が正しければ、暴食が死んでいようと、生きていようと、傲慢は何も知らないから刺客を送り込んでも何ら不思議ではない。
「だから俺達五人で司教を撃退する。相手はたった一人、壁役は俺がなる。容赦なく魔法でもなんなり打ってくれ」
「それは殺してもいいということかしら?」
「……構わん。情なんて要らない、出来る限り全力を打ち込め」
ブラッドは自信満々にそう言った。
ほとんど希望は無かったがブラッドの情報で少しは希望が現れたようだった。
どれだけの馬鹿でも無策で大罪教に挑む事はしない。それを一番理解していたメアは、この場にいる誰よりも暗い顔をしていたが、情報を聞き、少しは光を取り戻した。
そんな四人とは裏腹に木葉は絶望に満ちた顔をしている。
「どうしたよ、後輩?」
「経験値が高いあんたに聞くが、俺達五人で司教は何人殺せる……?」
「……? 良くて一人だ。暗殺って感じなら殺せない事は無いが……」
木葉は疑って仕方なかった最悪の事態に確信を持ってしまった。
この五人でも良くて一人、もしも木葉の推測が正しければ、司教はノアニールに二人以上来る事になる。
もしそうなれば、木葉達が勝てる確率はゼロに近い。
推測が当たる確率は外れる確率より少し高いと言った方がわかりやすいだろう。
「最低でもノアニールには司教が二人来る。確証は無い……」
「……じゃあその可能性も持っとかなきゃダメだな。もし司教がもう一人来た場合、何とかして俺が囮になる。その間に全力で殺せ!」
「容赦はするなと言うことなので、本当に死んでしまいますよ?」
「おっさんの心配してる暇は無いみたいだ……司教様の登場だ」
どこからか特定はできないが、確かに王城近くで爆発音がした。それに加え、老若男女関係無しに悲鳴が聞こえる。断末魔だったのかもしれない。
「とりあえず外に出るぞ! 司教を見つけなきゃ話にならない!」
その言葉に誰一人反応はしない。今はそれが正しいと、そう思っている。
ここでの会話はもはや無意味、ただ今から起こる戦いに備えてさえいれば、全ては解決する。
狙ってそうしたのか、それともただの偶然なのか、王城の出入口は近くにあった。
ただ少しでも触れれば瓦礫が落ちてきて、潰されてしまう可能性があるくらいボロボロになっていた。
ここで何が行われていたのかは、木葉達に知る由はない。
「じょ……うだんだろ……?」
「なんだよ? 因縁の敵と戦えるんだ。いいシチュエーションじゃねぇか」
「何故……こんな化け物が……!」
「挨拶からだろ? 俺は大罪教を操る司教、傲慢のフェンリル・コズニスだ。まあ覚えたところで意味ねぇけどな」
出入口を塞ぐ男は大罪教のボス、この男が全ての始まりで全ての終わりになる。
他の司教を殺してもフェンリルを殺さなければ何も変わらない。この男はたった一人で全司教以上の力がある。
エリス、木葉、メア、カーミラは身構える。ただの人間である木葉が感じる事ができる化け物じみた魔力、もしも傲慢がやけくそになって暴れたら、止める手段は何も無い。
それはこの場にいる全員理解しているはずだった。そのはずなのにブラッドは構えるどころか、ポケットに手を入れ始めた。
「何のつもりだ?」
「このつもりだ。お嬢ちゃん達、あんたらは先に行け、俺がこいつを――」
「――ほぉ? 俺もなめられたもんだな?」
その瞬間、ブラッドの体には大穴が開く。その穴から出てくる血は止まることを知らず、無限に流れ出ている。
血が出ては再生、血が出ては再生を繰り返している。失血死にならない為だ。
ブラッドの体から腕が抜かれ、腹から背中まで貫通していた大穴は一瞬で綺麗さっぱり無くなった。
「そう簡単には死なねぇか……」
「な……めんじゃ無いぞ? おっさんは……強いんだ……からな」
「……いいぜ。他の奴は進んでいいぞ、いても邪魔だしな」
フェンリルがそう言って黒い霧を一層濃くさせた。完全にブラッドを殺しに来ている。
不老不死でも細胞も残らないように殺されれば一体どうなるのか、木葉には思いつきもしない。
なんせ木葉は、どれだけ粉々にされようと"無の状態"から復活する事ができる。
ブラッドと木葉の違う点はそのぐらいだろう。
似ている点としては、痛みもあるし、死なない、これらが一番わかりやすい。
それでも相手はフェンリル、何をやっても攻撃は通らない。それでいてフェンリルが疲れて負ける可能性はゼロに等しい。
ブラッドが次の攻撃の為に剣を抜く。
「……おもちゃかよ」
「おもちゃだ……お嬢ちゃん達、行ってくれ、俺はやらなきゃならない」
「……わかりました。でも死なないでください、だって木葉と友達なんだから」
エリスに木葉達も続く。
その時、振り返った者はいない。もちろんみんな心配はしている。だが心配したところで傲慢相手にまともな戦いはできない。
薄っぺらの希望だが、それでもゼロじゃないのなら賭ける価値はある。
そうして仲間を置いていった罪悪感に言い訳をし、別の司教を探し始めた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「……これぐらい遠ければ、お嬢ちゃん達には被害は行かないな」
「――――」
「なんだ? 黙りか?」
「……いや可哀想だなと思ってな。追わなくていいのか? どっちにしろ殺される運命だ。最後くらいは一緒に戦えよ」
「これは俺の復讐劇だ。他の奴らには邪魔させるわけにはいかないんだ。それに俺は死なない。――仇が取れるまでな!」
ブラッドが傲慢に飛びかかる。
傲慢は完全に油断していた。その隙をブラッドは決して逃さない。
その刹那、ブラッドの上半身は吹っ飛び、下半身だけが傲慢の前に残っていた。
「――一回だけ言うぞ? お前に勝てる要素もシナリオもねぇんだよ」
そう言う傲慢の手には、ブラッドの右腕が握られている。その右腕はブラッドの方に投げ捨てられるが、どう考えても使い物にはならない。
上半身を飛ばされ、右腕を持ってかれたとなると、再生にも時間がかかってしまう。
それにブラッドの能力は不老不死なんかじゃない。ちゃんと死ぬし、老いる。
ブラッドは再生能力しか持っていない。ただその再生能力のスピードは魔人の比じゃない。
致命傷で無ければほとんど一瞬で再生できてしまう。逆に致命傷であれば、魔人には劣らないが再生は遅くなってしまう。
傲慢を目の前にして一秒も無駄にはできない。
少しでも油断すれば、本当に細胞も残らず消されてしまうかもしれない。そうなってしまえば、ブラッドの再生能力は意味が無くなる。
傲慢がやろうと思えば、ブラッドなんていつでも殺せた。それなのにブラッドが何故生きているのか、それはただ一つ。
「――遊んでいるからだ」
「は?」
周囲に爆音が鳴り響く。
耳障りの嫌な音だが、今は時間稼ぎになるいい手札だ。と言っても稼げる時間は秒、その間に全ての傷を癒すには無理がある。
爆発源は上半身を失ったブラッドの下半身だ。
傲慢が現れた時に仕込んでおいた小型の爆弾、威力は並の魔法には劣るが、とにかくコストがいい。
「はぁ……この程度かよ」
その言葉が聞こえ、ブラッドは目を向ける。
最初に見た光景は、周囲の煙を吸い集める傲慢に纏わりついていた黒い霧、その中で平然として立っている恐怖の象徴。
死を覚悟したのはそれだけじゃない。
傲慢に纏う黒い霧が先程より数倍でかくなっている。まるで、小動物を食って腹が膨れた大型の生き物のように。
「知らなかったか? この霧は魔力を吸収して成長するんだ。さっきの爆弾に魔力を込めてたみたいだが、それが仇となったな」
「まだこの程度じゃないぞ」
「だから下半身のねぇお前に何が――」
黒い霧が膨張し、爆発する。
今度は傲慢に傷を負わせられたはずだ。そう思うのも仕方はない。なんせ、魔力の塊の黒い霧が爆発したのだから。
黒い霧は傲慢の魔力を吸収しながら生きていた。そして戦闘時には周囲の魔力を吸って姿を現す。
傲慢の魔力に、誰かが戦い残していった魔力、それだけの魔力を吸っていれば、傲慢だろうとただでは済まない。
魔力を吸われた時の対処法、普通に考えて黒い霧がある限り、傲慢には近づけもしない。
黒い霧が魔力を吸う、そんな事をブラッドが知らないはずが無い。それを利用してしまえばいい。そして爆弾に仕込んだ魔力、それは"遠隔操作"だ。
自爆をさせるとかそんな物では無い。ただ爆発させるだけだ。
元々、爆弾の起爆スイッチとして使うつもりだったが、魔力を吸ってくれたおかげで色々と有利になった。
「再生も……終わったな」
爆発が起こってから数秒、傲慢が煙から出てくる様子は全くない。
そうしている間にもブラッドの再生は続き、挙句の果てには完全に再生が終わった。
「この程度じゃ死なないだろ?」
「……当たりめぇだ。少しだけ痛かったがな」
煙の中から一人の男が出てくる。
その男が纏っていた黒い霧は爆発のおかげで無くなっていた。そして霧を無くした傲慢の顔は、ブラッドの瞳にしっかり映し出された。
「……五百年、五百年この時を待った。お前の顔を見る事すらも出来なかった五百年は、決して無駄じゃなかった」
「いいや、違うね。全て無駄だ。てめぇが生きてきた五百年を俺は否定できる。この程度で調子に乗るな」
「黒い霧は無い。勝敗がつかなかったとしても、お前には俺を殺すことは出来ない」
「……尻の青いガキが、お前はここで終わるんだ」
傲慢の頭からは血が流れている。
ブラッドと比べればそこまでの傷では無いが、体のふらつきは普通ではなかった。
常に黒い霧で守られてきた。
最強の盾を持ち、最強の剣を持った傲慢にとって、自分の中に血という物は存在すらしていないと思っていた。
そんな理がただの一般市民により、砕かれた。
傲慢にとって、それは屈辱以上の物のはずだ。
「……お前が憎かった。ただひたすらに、お前とそれに取り巻く忌々しい黒い霧が」
「――――」
「だからお前が死ぬ事を何年も願ってた。そんな願いも今、こうして叶うんだな」
「……俺は死なない。物語の主人公が死ぬわけがない。主人公は言わば"王"だ。お前が何度殺しても俺は"生き返る"」
「そうしてくれ、それだけお前を何度も殺せるんだ」
ブラッドは剣を拾い、傲慢に向ける。
それでも傲慢は微動だにせず。抗う様子も全くない。
このまま切ってしまえば、五百年は終わりを告げる。
憎しみと復讐が全てだったこの日常が、傲慢を殺すだけに集中してきたこの五百年が、全てが終わる。
全ては木葉がいたから傲慢を追い詰めれたのかもしれない。
木葉がいなければ、他の者の協力を得れずに、傲慢と他の司教に殺されていたかもしれない。
「……恩を仇で返すなんて野暮はしない。必ず、恩は恩で返す」
その刹那、ブラッドが振り下ろした剣は傲慢の肩から入り、傲慢を真っ二つにする。
晴れて大罪教は終わり、残る残党を始末していけば、全てが終わる。
ブラッドの視線が上を向く。
――そのブラッドの視界に映ったのは青色の空、そして真っ赤に光る巨大な太陽だった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「数の暴力がなんとやら、一人一人の戦力が全く無いね?」
「一人が無力だとしても、魔人三人相手にここまで……」
「坊や達に私は殺せんよ。諦めて娘を渡すこった」
ブラッドが傲慢との戦闘に終止符を打ったその頃、木葉達は突如現れた司教に苦戦を強いられていた。
メアは負傷、エリスはメアの治療、カーミラはたった一人で司教を相手にしている。
木葉に戦える技術は無い。ただひたすらに勝つ事を祈るだけ。
ただ木葉は何度も死ねる。それで時間を巻き戻せばいい。
ただそれはあくまで最終手段、自分が殺されたその時が発動時、それに標的が木葉に行ってる頃は全滅しているはずだ。
それまでは司教とカーミラの戦いを観察するしかない。
そんな歯がゆい状況の中、ただひたすら祈る事しか出来ない木葉と呑気な司教の戦いは始まっていた。