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君を救う死生活  作者: 鈴先壮 ゆっクリ
第二章 騎士としての役割
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第二章17『無力は罪』

 ゆっくり瞼を開く、しかし視界は闇で覆い尽くされており、周りの状況を確認出来なかった。

 指の先から感じる妙な冷たさ、暗闇に対する恐怖なのか、心臓の鼓動が速い。

 体は持ち上がらない。それは当たり前だ。なんせ二階の高さから頭で落ちてしまったのだから、死んでもおかしくない。なら何故、木葉の体は持ち上がらない。


「死んだんなら関係ねぇはずだが……」


 答えはひとつ、それは死んでいないという事、あの状況からしてメアかカーミラがトドメを刺しに来ると思っていたがそんな事は無かったようだ。

 

「そう言えば、最後にエリスが喋りかけてくれったな」


 変わり果てた木葉を見ても、エリスは心配していてくれた。家族も同然のメアを殺そうとしたのに心配をしてくれた。


 どこかで間違っていた。

 弱い自分は認めてはくれないとずっと思っていた、だから魔人と言う禁忌に触れ、どうにかしようと考えていた。

 決して弱さがそうさせたわけじゃない。自分の欲が魔人にさせたのだ。

 

「そうだ……俺は決して負けたわけじゃない。ただ強くなりたかっただけなんだ……」


「結局、お前の弱さがそうさせたんだろ?」


 体を震え上がらせたその声はどこか懐かしい声、頭から足の先までゆっくりと暖かくなる。

 ただその人物は木葉の中で死者として認定されており、居てはならない人物なのだ。


 異世界では何度も死者が生き返るのを見て来た。ただしそれは異世界だったからだ。

 元々住んでいた世界では"死んだら時間が戻る"なんて事は無かった。

 だからそこで死んだ場合、生き返る事も出来ないし、生き返らせる事も出来なかった――だからこの男が目の前にいるという事はありえないのだ。


「な……んで……」


「んだよ? 父親の顔でも忘れたのか?」


「だってあんたは……」

 

「死んだ、って言いたいんだろ? じゃあ、俺は一体誰だ?」


 生き返るはずが無い男の姿、それは木葉の父親、水瀬和人。


 妻と旅行で帰る途中に原因不明の事故で亡くなった。

 葬式も行われ、木葉もその二人の死体を確かに見た。火葬も行われた。

 それにここは異世界、仮に元の世界で生きていたとしても、ここにいるのはありえない、しかし木葉のように異世界に来てしまったというのならどうにか説明ができる。


 木葉はいつの間にか立てるようになった体を起こし、足を前に出して目の前の父親に近づく。その瞬間、妙な違和感が木葉の足を止めた。


 異世界に来て何度も感じたこの感覚は、普通になりかけていたが流石に忘れない。

 この異世界で木葉が戦わないといけない理由になった奴の匂いと同じだ。

 すぐに分かった。

 こいつは父親なんかじゃない。木葉の父親という化けの皮を被った――化け物だ。


「お前……司教か?」


「……大正解だよ坊や……それでいて不正解だよ」


 その"何か"は男の姿から女の姿に変わる。

 見た事も無い光景に木葉は目を見開き、口に溜まった唾を飲み込む。


「女に対する態度をもうちょっと変えなきゃね」


「……あんな姿で女だって言われても分かるわけねぇだろ」


 木葉の予想に過ぎないのだが、この女は様々な"人"に変身できるのだろう。どうやって父親の情報を手に入れたのかは分からないが。

 そんな女の第一印象は普通の人間、テオや暴食のような、あからさまにヤバそうな奴ではなく、そこら辺にいる優しい人と言う感じだ。

 しかしこの女からは嫌な気配がする。勘が正しければ、暴食の時のように簡単には殺せないだろう。


 人に変身できる能力で嘘の情報でも流されたらたまったもんじゃない。

 殺すにしてもこの能力の攻略法を見つけなければ、どうにもならないだろう。


「大罪教で好戦的なのは傲慢と嫉妬だけだよ。他の若造達は命令されなきゃ誰も殺さないしね」


「……んじゃあんたは敵じゃないって考えればいいんだな?」


「傲慢に命令されなきゃ誰もあんたの敵にはならないよ」


 女が近づいてくる。

 その度に木葉の呼吸は荒くなり、目の奥が痛くなり始める。

 その間も女はゆっくり木葉に近づいてくる。その一歩一歩が木葉を苦しめているとも知らずに。


 そうしている間に女は手を伸ばせば届く距離にまで来ていた。それと同時に木葉の体にかかる負担は大きくなっていく。

 意識が飛びそうになる中、木葉は必死に耐える。もし少しでも気を抜けば木葉の意識諸共体が押し潰されてしまうだろう。


「ここは死者が集う墓場、坊やが来ていい所じゃないよ」

 

「――は?」


 その瞬間、木葉の体と意識は限界を告げる。

 木葉は地面に膝をつけた。苦しいとか疲れたとか、そんなものじゃ断じてない。体が少しも動かない。

 その状態の木葉を見て、女は少しも動揺しない。まるでそうなる事を知っていたかのように、平然としている。

 

「て……めぇ……何しや……がった……!」


「悪いけどね? ここに生者がいちゃいかん。少し痛いが男の子なんだから我慢しな」


 女は木葉の胸に手を当てる。

 触れた瞬間に木葉の体は吹っ飛び、地面と何度も接触を繰り返す。


 人間を簡単に吹き飛ばす衝撃を木葉は至近距離で食らった。もちろん木葉は無事ではない。

 肋骨が折れ、足も使い物にはならない。


 血反吐を吐き、自分の体を見る。

 無惨な自分の体を見て、木葉は悲鳴をあげた。

 木葉の体は骨が露出していたり、流れるのを止めない血が出ている等、普通なら気絶してもおかしくない状態。

 また食らえば、今度は生きれるはずがない。それで死ななければ、生き地獄をさまよう羽目になる。それならいっそ殺してくれた方がいい。

 

 女がゆっくり近づいてくる。

 さっきと同じように木葉の体は押し潰されそうになる、しかしボロボロの体で耐えられるはずがない。

 直に木葉は意識を失うだろう。

 視界がゆっくり闇に包まれていく。それは木葉が死ぬという暗示なのだ。


 体の体温がゆっくり消えていくのがわかる。ただそんな木葉の体に異物が入り込む。

 その異物は木葉の体をかき混ぜ始め、臓器をズタズタにし、木葉を喰らうように引き裂いて体から出てくる。


 もはや木葉の体は原型を留めてはいなかった。これまでで一番残酷な死に方なのだろう。

 そんな状態でも少しながら意識はあった、しかし意識が保てられるのは良くて数十秒だろう。

 そんな薄れゆく意識の中、木葉は最後に女を睨みつける。

 それでも女は表情一つ崩さない。そんな態度がまるで、満身創痍の木葉を嘲笑っているように見えた。

 

「――あんたじゃ"私ら"は殺せない。それが運命だよ」


 勝てない。これが実力の差、魔人の力を持ってしても、司教には傷一つ付けられなかった。

 残りの司教を殺すなんてどう考えても無理だ。


「こんな若い子が……いやそんなはずは無い」


 まだ負けたわけじゃない。この感情が続く限り。


「あとは……だね」


 女が何かを呟き、木葉から離れる。


 あぁウザイ、殺してやりたい。

 暴食のような顔をさせ、殺したい。

 そんな願いを叶えるには、木葉は無力すぎた。相手のレベルは木葉とは桁違い、初心者がラスボスに挑みに行くようなものだ。


 木葉を"何か"が蝕んでいく中、意識は消えていく事を止めない。

 木葉は司教を目の前に何も出来ず、長かった時を終わらせる。


『おやすみなさい』


 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


「ぁ――」


 生きている。いや一度死んだから生き返ったのかもしれない。それなら生きていると同じか。

 

「ここ……は?」


 木葉が目覚めたのは変に綺麗な王城のベッドのような場所、死んで生き返ったのなら木葉が目覚めるのは、汚い洞窟だったはずだ。

 窓から流れてくる風が暖かい。

 生きているという事を実感させられる。


「起きましたか? それとも寝てますか?」


 その声は木葉の頭の中で何度も木霊する。

 罪悪感で木葉は顔を向けられない。時間が戻っているとしても、木葉の記憶は戻らない。

 メアの首を絞め、殺しかけた。

 叱ってほしい。せめて一撃だけでも殴られたい。そうでもしないと罪悪感で心臓が潰れてしまいそうだ。


「はぁ」


 メアが足音を鳴らし、木葉に近づいてくる。その音すらも木葉を恐怖のどん底に陥れようとしてくる。

 もう生きている事すらも。


「グボァ!」

 

 その瞬間、メアの鉄拳が木葉に直撃する。

 そのまま木葉はベッドから投げ出され、壁に激突した。

 その衝撃は思ったより軽い。


「これは私の首を絞めた分です」


「え?」


「忘れたとは言わせませんよ。貴方はカーミラ様に飛ばされ、頭を強く打ち、エリス様に苦労をかけました。その上、私に攻撃しましたね。これはまだまだ軽いほうですよ」


 どうやら時間は巻き戻っていないらしい。それはそれで顔を合わせずらいがそんなくだらない感情、どっかに捨ててやる。

 この世界でメアに謝れる。これまでにない幸福な気分だ。


「メア……」


「なんですか……気持ち悪い」


「……ありがとう」


「……同じ戦地を歩んできた仲間です。殺すなんて事は出来ませんし、させませんよ」

 

 何度やり直しても見られなかったメアの笑顔、めんどくさそうな顔しかしなかったメアの優しそうな表情は、木葉にのしかかる負担を全て削り落としてくれた。

 

「エリス様の命令だとしても木葉を殺す事はしませんよ」


「デレた! やっと俺の名前を覚えたな!」


「おかしいですね? とうの昔に忘れていたはずですが……」


「やめて! 地味に傷つく!」


 部屋には控えめな笑い声が二つ、たったそれだけでも部屋の中は満たされていった。

 木葉を何度も救おうとしてくれた。何者かも分からない木葉に手を貸してくれた。

 そんな救世主が笑ってくれると言うのはとても喜ばしいものだ。


「殺そうとした人と殺されそうになった人が一緒に笑うなんて不思議な光景ですわ」


「魔人になったら最初は力を制御出来ないの! それはカーミラさんも知ってるでしょ?」


「知ってますわ。でもこんな弱い魔人は生まれて初めてですわ」


「お前が化け物なだけだろうが!」


 現れたのは赤い真紅色のドレスを着こんだ金髪の少女と装飾がないシンプルな服を着た銀髪の少女の二人。


 一人はよく知るハーフエルフだが、横にいる金髪の何かは、名前くらいしか知らない赤の他人。

 会ったのも二、三回程度、会っても命令されたり、投げ出されたり、ろくな思い出がない。

 そしてエリスは全く知らない木葉を無条件で助けてくれた命の恩人、そしてメアと出会ったきっかけにもなった人物。


「木葉もダメ! カーミラさんは次期王候補なの!」


「それを言ったらあなたもですわ……」


「あれ? そうだっけ? メア」


「……自分を見失わないでください、エリス様」


 こうして会話を聞いていられるのもエリスがあの時救ってくれたから。

 もしあの日あの路地を歩かなかったら、もしあの日エリスが来てくれなかったら、今も木葉は崩壊し続ける世界でたった一人、立っていたのかもしれない。

 可能性を信じ、諦めなくて良かった。

 元の世界でそう思った事は一度も無かった。それなのに異世界でそう思えるのは不思議で仕方ない。


「……割り込んで悪いんだが、なんであそこで戦ってたんだ?」


「カクカクシカジカですわ」


「うん! ぜんっぜんっわからん!」


「わたくしの誤解のせいで戦いが始まったんですわ。今はそんな誤解も無くなり、お詫びとして協力しているんですわ」


 そんな事を言うカーミラの表情はいつもの自信ありげな表情とは全く違かった。


「本当にお詫びなんて大丈夫です。カーミラさんも焦ってたんだし……」


「ケジメは大事ですわ。お詫びくらいはさせて下さいまし」


「でも……」


 そう言うカーミラには大量の包帯が巻かれている。

 メアと戦って負けたんだろう。その時に負った傷は、二階から落ちた木葉より深い。

 

「協力って言っても、何かあったのか?」


「えぇありました。大罪教がエリス様を狙っている事です」


「どうやって知ったんだ?」


「……この手紙です」


 メアから渡された手紙には『魔人エリスが大罪教に殺される』と乱暴に書き殴られている。

 一時期はこの手紙のせいでメアやエリスに危険が迫っていたが、今となってはこの手紙が信頼してもらえる証拠である。


「アゼレア様からの確認も頂けました」


「エリス達が戦った人か……」


「死体の確認はまだ出来ていませんが多分、焼き消えている事でしょう」

 

 木葉が王城に来る間、そのような丸焦げの死体は見ていない。焼き消えたのならば、あまり問題にもならないし、大罪教にバレる確率も相当低いだろう。


 大罪教は化け物の巣窟、そんな大罪教に動きがバレるような事があれば、司教を全滅させるのは困難を極める。


「だけどこれからどうするんですの? 司教を全滅させるには戦力不足ですわ」


「……他の騎士達はどうだ?」


「信用に値しませんわ。何より、ただの騎士風情が司教に敵うわけがありませんわ」


 それは木葉が一番知っている。

 一瞬で世界を崩壊させた傲慢、未だ謎の力を残している嫉妬、行方をくらました憤怒、そしてまだ出てきていない色欲、怠惰、強欲、数で言っても戦力で言っても向こうが優勢だ。


 さっき現れた奴もそうだ。罪が分からなかったとは言え、司教で間違いはない。

 魔人になった木葉は司教を目の前にして、ただサンドバッグになっていただけ。

 魔人になって経験が浅いとは言え、腐っても魔人は魔人、少しはまともな戦いができると思っていたが、そんな事は無かった。

 もしあの場にカーミラやエリスがいたとしても結果は変わらなかっただろう。


「今回ばかりは本当に死んでしまうかもしれません。出来ることならエリス様達は戦わないでほしいです」

 

「メア……それは出来ない。私だって戦える」


「ですが……」


「この場にいる全員、強制ですわ。逃げる為の道は崩れましたわ」


 空気は明らかに重たい。

 窓から流れてくる風が木葉に触れ、少しでも気を楽にさせようとしてくれる、だがそれはもう邪魔でしかない。


 この戦いで死ぬのは木葉を除いた三人、そんな三人が木葉より強く、勇気がある。

 三人の命はたった一つ、木葉より怖がっていてもいいはずなのに、三人は怯えている素振りは全く見せない。

 それなのに何度も死んで、覚悟を決めたと叫んだ木葉は一体何に怯えている。

 誰よりも死を体験した木葉が恐れる事は無い。どうせ死んでも生き返る。今の木葉にとってそれが普通であり、常識、だがエリス達はそうではない。

 一度死ねばそれで終わり、コンティニュー可能の木葉とは違う。


 怖い、それは間違いだろうか、否、間違いじゃない。死というのは恐怖そのものなんだから。

 そんな死そのものの木葉が何を言ってるんだか、怖がる必要は無い。ただ少しだけ痛い、それだけだ。

 

「――こりゃ、おっさんの出番かね?」


「は?」


「……誰ですの?」


「挨拶が先か……俺はブラッド・アルランデル、通りすがりの死に損ないだ」


 突如現れたその男は腰に剣を携えていた、そして顔には印象に残りやすい傷が一つ、その男は自分を異世界人と名乗り、木葉に警告をした人物、そんな奴は後にも先にもこいつ一人。


 誰も予想できていなかった、謎の男の出現、もちろん木葉もできていなかった。


「全員して睨まないでくれますかね? おっさん泣いちゃうぞ」


「……マジでふざけんなよ? ぶっ殺すぞ、おっさん」


「……すんません」


 ただブラッドの出現により、少しだけ空気が変わったような気がした。

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