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君を救う死生活  作者: 鈴先壮 ゆっクリ
第二章 騎士としての役割
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第二章16『堕ちたその先に』

 攻撃された箇所は全て見た、しかしそのどこにも傷口は無い。

 確かにエリスは魔人ではあるが、再生能力まであるはずが無い。

 話によれば、赤眼の魔女に与えられたのは業火のみ、それ以外は何ももらっていない。そう聞かされていた。


「再生能力は悪魔と契約しなければ手に入らないはずでは……」


 普通魔人と言うのは、常識で測れない力を持っている。それ故に知識は少ないが、それは決して無知と言うわけでは無い。

 元々魔人と言うのは、悪魔と契約した者に与えられる差別用語、最近となっては魔人同士での契約が可能になっている。

 もちろん力は純血の魔人に劣るが、悪魔より契約が簡単と言うことで手を出す人が多い。

 もし仮にエリスが純血の魔人だとしたのならば、その力は赤眼の魔女の遥か上を行く。


 メアは頭を抱え、今の状況を整理し、エリスの身に何が起こっているのか考えてみるが、身近にいる魔人はエリスただ一人、純血の魔人にしても見た事が無い為、何とも言えない。


「エリス様が起きるまで私はどうすればいいのか……」

 

 エリスの無事は確認したし、カーミラも倒す事が出来た。

 ここまで焦った日は人生で一度も無い。逆にあったら困るが、それはどうでもいい。


 カーミラは確かに厄介な魔人だった、しかし実戦経験の多いメアにはどう頑張っても勝てない。

 もしもっと経験があって、エリスのように強ければ、勝ち目はゼロに等しかった。


「協力者候補は二人とも的外れ、流石に三人で全て解決なんて出来るはずもありませんよね……」


 師であったアゼレアは大罪教に媚を売る裏切り者、次期王候補のカーミラは強欲の司教を追う魔人、ここまで災難続きだと味方を作るのは出来ることならば最終手段にしたい。


 魔人のエリスも隙を突かれ重傷、騎士の木葉は行方をくらましたまま帰って来る気配も無い。そして戦力となる自分も素人風情にこのざま、このまま戦っていても意味が無い。


「エリス様が起きるまで待ちますか……」


 そんなメアを待たせるエリスの世界は摩訶不思議で夢と言うには程遠く、現実と言うにもまた違う。

 最初はただ真っ暗だった空間、その空間の中で何度も同じ言葉が聞こえ、その言葉に返答をする。

――そんな流れ作業はいつの間にか終わりを告げていた。


 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


「――逃げてばかりの君には勿体無い体だ。素直に明け渡すことをおすすめするね」


 エリスを迎えたのはマリーゴールドの花畑とその中心に佇む一人の少女。


「美しいとは思わないかい? 僕は結構好きな花だと思う」


 少女が持つ感情は優しさとも殺意とも取れる、しかし少女はその場を一歩も動こうとはしない。ただ少し遠い所でエリスの事を観察しているだけ。


「……僕は何百年もここにいる。それは自分がした罪のせいでもあるし、運命だったのかもしれない。でもね? 僕も一個の生命だ。欲くらいあってもいいと思うんだよ」


「どういう事ですか……?」


「いくら罪人でも人を愛する権利くらいはある。それすらも許されないのはなんでだい? 僕は僕の愛しい人と馴れ馴れしくしている君が嫌いなんだよ。この手で君を殺して木葉の近くにいてあげたい、僕が一番木葉の事を知ってるんだ。それなのに僕はなんでここにいるんだい? だから僕は決めたんだ――ここから出るよ」

 

 その瞬間にエリスの目の前は真っ赤に染まる。飛んできた火の玉のせいだ。

 炎に込められた魔力は並の魔法使いでは扱えない量、ましてや子供が使えるはずもない。もし使えたとしても、体に大きな負担があるはずだ。

 それなのに少女は平然として立っている。

 エリスは避けられず、炎を直接受けてしまう、しかし赤眼に与えられた焼かれない体のおかげで火傷一つ負わずに済んだ。


「そう言えば焼かれない体なんだっけ? それならこれはどうかな?」


 少女は両手を上げ、何かを唱え始める。

 エリスは危険を察知し、炎で盾を作り始めた。炎で盾なんて作った事がない。その為、少し時間を要してしまった。

 エリスの盾が出来上がるのと同時に少女も唱え終わったようだ。


 呪文を唱える必要があるのは慣れない魔法や強力な魔法を打つ時だけ、直感ではあるが後者の可能性が高い。

 慣れない魔法を打つより、慣れた魔法で戦う方が有利だからだ。

 こうしてエリスが頭を使う時は大抵外れるのだが、この時は違った。


 少女の頭上に現れた何本もの黒い槍、見た事も聞いた事も無い魔法、すぐに禁術だというのは分かった。

 だからと言って禁術持ち相手に勝てる力が手に入るわけではない。

 盾を解除すれば、間違いなく串刺しだろう。

 

「唱えている時に殺しておけば良かったものを、その君の甘さが大量の人を殺したというのにまだ分からないのかい?」

 

「――――」


「……まあいいよ。このまま君の魔力がどこまで持つか、見ていてあげるよ」


 その瞬間、槍の雨が盾に攻撃を始めた。

 槍の攻撃が始まって数秒、そんな序盤から盾はヒビが入ってしまう。あと数分持つか持たないかくらいの微妙なところだ。


 これ以上、盾を強化する事は出来ない。攻撃するにしても一度盾を解除しなければ、ただ炎が盾の中でさまよっているだけになる。

 解除すれば一瞬で串刺し、解除しなくてもいつかは串刺し、二つに一つとはこの時の言葉何だろうか。


「盾を作れた事は褒めてあげるよ。でも相手の手の内が分からない時に引きこもるような事はしたらいけないよ。相手が容赦無いかもしれないからね」


「くっ……」


「……やっぱり打開策は思いつかないのかい? 本当にダメだね、君は」


 そう言うと槍の雨は止み、変わりに膨大な魔力が盾のその先に現れた。

 エリスは一度盾を解き、状況を確認する。


 エリスが見たのは、玉虫色に光る丸い形をした魔力の塊だった。

 そこから感じられる異様な雰囲気は黒い槍とは全く別次元の物、さっきのような盾を作っても、いとも簡単に壊されてしまうだろう。

 

「僕が最初に覚えた禁術でもあり、僕が一番愛用していた禁術でもある。それ故にこの禁術が持ちうる力は他の魔法とは比べ物にならないだろう」


「そんなのを一体どこで……!」


「触れたものを全て死滅させ、魔力を喰らい巨大な生物に変化していく。だが扱いが他の禁術と比べれば難しい。だから使うのは避けていたけど仕方ないよね」


 その禁術は少女の手のひらに乗るほど小さいが、その殺傷能力はエリスが持っている魔法を遥かに上回っている。少しでも近づけば巨大な魔力の影響で精神が汚染されるかもしれない。


 そんな危険な物を平然と扱う少女の持ちうる魔力は底なし、エリスでは全ての魔力を確認する事は不可能だろう。


「僕は新しい君になれる。ハッピーバースデー僕、そしてさよならエリス」


 レイから放たれた禁術はエリスに向かっていく。

 気づけば手を伸ばせば届く距離まで来ている。避ける時間はもはや残っていない。

 エリスの所に来る間、その魔力の塊は地面を抉り、魔力を高めながら来ていた。周囲に漂う魔力を吸っていたのだろう。


 少女の近くにあった時、残っている全魔力をぶつければ何とかなっていたかもしれない。最初に本気で戦っていれば勝てたかもしれない、しかしその地点は既にエリスを置いて行って、帰ってきてくれなかった。


 死を目前にしてエリスが出来ることは、過去の自分が犯した罪を数える事だけ。

 逃げる術も戦う術も、守る理由も何もかも奪われた。

 こんな弱い自分より、強いこの子の方がみんなを守れるんじゃないかって思ってしまう。

 

――もう誰の声も聞こえない。


「怖いよ、死にたくないよ……」


 何か理由があれば戦えるかもしれない、でもそんな理由は全て"私"に奪われた。自分で捨て、自分で拾った。

 こうしている間にもメアや木葉は必死に戦っているのに、自分だけ何をしてるんだろう。

 自分に失望した。

 何回覚悟を決めたって言葉を発したんだろう。もう何回言ったか分からない。

 覚悟を決める意味なんて――


『――プレゼントは全てが終わった時、必ず渡す』


 ずっと救われないと思ってた、ずっと救えないと思ってた。

 自分が見える人なんていないと思ってた。世界のどこを探しても自分を見てくれる人は見つからないと思ってたのに、なんであなたは私を見てくれるのか分からない。

 それなのに――


「なんでここまで胸の奥が痛いの?」


 焼かれて痛いと思った事は一度も無い、だから熱いって言うのがなんなのかずっと分からないままでいた。

 それなのになんでこの胸の痛みは熱いって分かるの。

 

 自分で閉ざしていた感情は色々あった。

 それが正しいと、それが正義だと自分で思っていたから。

 死を恐れるはずが無い。だって恐怖って言う感情は閉じ込めたはずだもの。

 それなのに今は死にたくないって思ってしまう。

 焼け落ちた自分の感情が全部這って戻って来たみたいな、ある事も不思議な感情の数々。


 死んだら償いになるって何度も逃げてた。生きていたら償える時があるって綺麗事ばかり言ってた。

 人の為に戦っていたらいつか、その人と一緒に自分も救われると思ってた。そんな事一度も無かったのに。


 戦う理由が無かったわけじゃない。ただどうせ嘘だって否定していただけだった。


「戦う理由はいっぱいあったじゃない」


「なっ……」

 

 エリスの体を炎が包み込む。

 魔力の塊は炎に触れたが、炎の魔力を奪うより早く炎は魔力を焼き払った。


「本当に憎たらしい顔だよ。殴って殴っても足りないくらいにね!」


「……なんでも言って、私は何と言われても自分の為に戦うの」


「それが君を"完全体"にまで成長させたとでも言うのか!」


「……そうです。それと私おめでとう、そしてさよならレイ・ノアニール」


 ほんの一瞬、レイが炎を出そうとしたその瞬間にエリスから放たれた、いやエリスを中心にした爆発はこの空間を飲み込み、破壊する。

 巨大な隕石が降ってきたかのような衝撃波、これまでで最大威力の炎は空間だけに収まらず、最強の魔法使い、レイ・ノアニールをも焼き払う。

 焼かれない体があったとしてもただでは済まない高威力、その発生源となったのならば尚更無事では済まない。

 これがもし、この空間以外で放たれたら世界は崩壊どころの話じゃなくなる。

 そんな空間も流石に耐えられなかったようだ。

 ありとあらゆる場所がガラスのように粉々になり、崩壊を始める。


 エリスの足場が砕け散り、エリスをこの空間から追放する。

 それでも空間が崩壊を続け、どうしようも無い状態になっている。修復には時間が必要になるかもしれない。


「――――」


 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


「よぉメア」


「随分と雰囲気が変わりましたね。今更何をしに来たんですか?」


「見ての通りだろ? エリスを守る為に力をつけてきたんだ」


「……それ以上近づけば八つ裂きにしますよ」


 ナイフを構え、メアはそう言う。

 そうなっても仕方が無いかもしれない。だって数日前まで普通だった人間がたった数日で異様な雰囲気を放てるようになっているのだから。

 

「おいおい? 俺は騎士だぜ? 近づいちゃ行けねぇ理由はねぇだろうが」


「……何を言おうともいけないものはいけません。二度目の忠告です。近づけば――」


 メアの言葉は最後まで続かなかった。そのついでなのかメアの体は宙に浮き、首を締めている手が木葉から伸びている。

 メアよりも早く動いた木葉が掴んだのはメアの首、メアはそのまま成す術なく持ち上げられ、体の自由を奪わらる。


「ぐっ……そう簡単に……私を倒せると……思っているんですか?」


「思ってるぜ? この状態から形勢逆転なんて無理だろ」


「握力が……!」


 首を掴む木葉の手は異常なまでの握力を持っており、あと少しでも力を入れれば、メアの首をねじ切れる所まで来ている。

 木葉の言う通り、この状況から脱する方法は無い。


「俺は魔人になったんだ。お前に負けるほど弱かねぇよ」


「この程度……ですか…………魔人は弱いもんですね!」


「調子乗んじゃねーぞ? お前が勝てる要素はねぇだろうが」


 間違いない。

 エリスは気絶したまま起きない。それにこの部屋にはほとんどの人が来ない。

 力で押し負け、速さでも負け、体の自由を奪われた。そんなメアが勝てる要素はどこを探しても見当たらない。

 ただし"メアなら"だが。


「グハッ!?」

 

 横腹から伝わる鈍器なような物で殴られた衝撃と痛み、メアに蹴られたくらいでは起こりえない痛みに困惑し始める。

 この場には戦える奴はいなかったし、人間なら気配で感じ取れる。それなのに何故、今木葉は地面に手をついている。


「確かにメイド長に勝てる要素はありませんわ、でもわたくしなら勝てる要素は少なからずありますわ!」


「カーミラ・アルドリッジ! てめぇはそこで地面でも舐めときゃいいんだよ!」


 木葉は拳を握り、カーミラに突撃する、しかし拳はカーミラまで届かず、風の盾で止められてしまう。

 その事で呆気に取られているとカーミラからのカウンターをもろに喰らってしまう。


「グェ!」


 弱点を知らない木葉にとってカーミラは現状最強とも言える。なんせ、何をしても攻撃が届かないのだから。

 

「どういう事なんだ! クソ!」


「何をやっても届きませんわ。諦めたらどうですの?」


「俺は諦めちゃいけねぇんだよ!」


「はぁ……」


 その瞬間、ガラスの砕ける音と同時に木葉は引っ張られ、遠いようで近い地面に身を急がせる。

 確かに感じた正面から来る衝撃波、避ける時間などは与えてくれず、無慈悲にも部屋から引っ張り出された。


 エリスの部屋は三階、地面から木葉の体で一番地面に近いのは頭、魔人とは言え、首が折れれば死んでしまう。

 形勢逆転、メアに全意識を配らずに他の奴にも意識を配るべきだった。

 そんな木葉の油断がこの結果を招いた。


 頭が地面に接触する。

 地面に落ちた際の衝撃はほんの一瞬で全身に渡る。

 首の骨が砕ける劈く音が木葉の頭の中を何度も反射してリピートしている。

 息ができない、体が動かない。

 頭から落ち、よく生きていると思える。ただ木葉には立つ力も意識を保つ力も残されてはいない。

 もうじき、死神が命を刈り取りに来るのだろう。その時間をゆっくり、ゆっくり待つだけ、司教と戦うより簡単だ。


 何分、何時、何年、どれくらい経ったか、それなりに時間は経っているはずなのだ。それなのに死神は来ない。

 

「な……んで……」


 薄れゆく意識の中、木葉が最後に見たのは――


『木葉! ダメ! 死なないで!』


 涙で顔を酷く濡らした紅い瞳のハーフエルフだった。


「……ごめん、今回もダメだった」


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