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君を救う死生活  作者: 鈴先壮 ゆっクリ
第二章 騎士としての役割
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第二章13『血の蛇が刻まれたその日』

「――ここで殺せば、犯人は大罪教だと足がつく」


「んなもん、国を潰せばいいだろうがァ」


「剣聖が国に加わればそう簡単にはいかないだろうな」


 口論を始め、かれこれあり数分経っていた。暴食は本当に頑固でどれだけ言おうと納得しようとしない。

 その諦めの悪さに流石の木葉も顔を顰めている。


「だからその剣聖も潰せばいいだろうがァ」


「それが無理だから傲慢が剣聖を生かしてるだろうが、お前馬鹿だろ」


「……それもそうだな。それに傲慢は生かせとも言ってるしなァ。じゃあ殺さない他無いのかよォ」


 十分ほど行われていた口論にも終わりが告げられる。その間に魔石からも音が聞こえなくなっている。向こうの戦闘も終わったのだろうか。

 それを確認できるのは、魔石の所有者である暴食のみ。奪って見る事は出来るが、もう少しだけ暴食は利用しておきたい。


「……アゼレアの奴、負けやがったのかァ」


 勝敗を告げた暴食は怒りのせいか拳を強く握り、壁を殴りつけた。

 そんな何の罪も無い壁は無慈悲にも一瞬で粉々になった。


「だがまあ、死んでねぇみてぇだなァ?」


 暴食は一人、教会の外へ出ようとする。木葉はその暴食にはついて行かず、窓から外の景色を見て、精神に余裕を作る。

 

 木葉がこんなにも大変な思いをしているというのに、晴天の空はそんな事は見て見ぬ振り、本当にこんな日は"憂鬱"だ。


――そしてそんな空を真っ赤に染めたのは、五分以上戦っていた者達の物だった


 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


「――あんたぁ! 本当にタフねぇ!」


「……あなたほどではありません。アゼレアさん、いい加減諦めてくれませんか?」


「出来るわけないでしょ!」


 その戦闘はアゼレアが攻撃し、それをため息を吐きながら受け流しているエリス達によって行われている。

 そんな戦闘も、もはや戦闘と言ってもいいのか分からないほど、アゼレアの馬鹿力はエリスに通用してなかった。


「ふっざけんじゃ無いわよ!」


「私は至って真面目です。魔法が使えない以上、私は受け流すしか出来ません」


「それがふざけてるって言ってるんでしょうが!」


 アゼレアにとってその戦いは生死を分ける戦い、しかしエリスにとってその戦いは子供の砂遊び程度。

 もしこのまま耐久力戦になれば、間違いなくアゼレアは負ける。もしこの状態が続き、メアの体力が完全に戻ったら為す術が無い。

 しかしこのまま耐久力戦に持ち込んだらエリスの負ける確率も上がる。

 エリスは最後までうまく行くとは思ってはいない。

 もしかしたら秘策があってあえてエリスに攻撃を当たらないようにしているのかもしれない。

 アゼレアが危機になれば、エリスにも危機が振り込まれる。


「……もう時間がほとんどありませんね」


「それが何だって言うのかしらぁ!?」


「意味はそのまま、もうこれ以上時間稼ぎをする必要が無いってことですよ」


「何言って、まだメアの体力はかん――」


 アゼレアの体は少しの停滞のあと、ゆっくり空中に投げ込まれる。

 さっきまでずっと、同じ地面に立っていたはずたのに、今じゃアゼレア一人だけ空中で地面を求めている。


 アゼレアの体は窓から外に出た。そしてその原因を作ったメイド服をした女は体を低くしてアゼレアを睨みつけている。


「"ブレイジング・エクスプロード」


 エリスが放った魔法は空中にいるアゼレアに直撃する。

 炎はアゼレアを焼き焦がし、そのまま地面に落とす。加減をしていたがここは二階、しかも頭から落ちたのだ。重症で済めばいい方だ。


「……アゼレア様、あなたは最後まで自分を信じ、人を疑いながら死んでいきましたね。エリス様に危害を加えた事は許せませんが育て親ですもんね。墓だけは作ってあげます」


 メアが手を合わせ、死んでいるかもしれないアゼレアに最後の言葉を投げかける。

 常に冷静でカッコ良いメアがここまで体を震わせているのは生まれて初めて見た。


「エリス様行きましょう。私達は出来るだけ木葉さんのやりやすいように行動するのです」


「……メア、さよならしなくてもいいの?」


「――さよならです"父上様"はい、終わりましたエリス様行きましょう」


 そんなメアの行動にエリスは全く納得出来ない。何故そこまで無関心で入れるのか、せめて生きているかもしれないと言う希望を持ち、確認しに行かないのか。

 どんな形であろうとメアを育ててくれた親である。


「……本当に良かったの?」


「あんなのどうでもいいです。エリス様に危害を加えようとしている者達の仲間なら尚更です。死んで当然の命ですから」


――本当にそうなの?


 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


「こんな焼き焦げた所に何も残って無いかもしれないけど、確認する価値はあるわよね? "エリスちゃん"」


「――――」


「生きていたらいいわね」


 数日までに焼き消した今じゃ小さい街にエリスとアゼレアは存在した。

 瓦礫を少しどかしては生存者の確認、もちろん全て焼き消えた中で人間が生きているはずが無い。


「流石に誰も生きてないわね」


「そんなの……見ればわかります」


 逆にこんな悲惨な状況で生き残れる人間がいるはずがない。仮に生きていたとしても只者じゃない。


「いい加減帰らないと魔獣が湧くわねぇ?」


「……そんな魔獣を酷い殺し方したのに今更何に怖がるんですか?」


「あなたには負けるわよ〜」


 アゼレアの嫌味は今に始まったことじゃない。それが事実だとしてもエリスにとっては冗談じゃ済まない事なのだ。しかしその事に対し怒るのも流石に疲れた。

 

「女の肌は夜更かししてると悪くなっちゃうから私は早く帰らなきゃね」


「少しだけ寒いです」


「……ちょっとだけ傷ついたわ」


 そんな会話も何回したか、この数日で話したい事は全部話した。この会話が何回も続くのは、アゼレアなりの気遣いなのかもしれない。

 こんな酷い状況になった故郷を目の前にしてエリスは何も嬉しくない。

 テオも、お兄様も、誰一人生きている人は居ない。

 全ての原因であるエリスだけが生き残り、生き残れたかもしれないテオもエリスのせいで死を急いでしまった。


 エリスに降りかかる責任と罪悪感は大きい。

 幼い時から犯してしまった罪は絶対に拭えない。しかも街一個を滅ぼした。奪った命は数えられない。

 

 胸が焼けるこの感覚が炎の中で焼け死んだ人達と同じなのか、焼かぬ体を手に入れたエリスには、人の温もりも熱を感じる事も出来ない。


 胸の内に違和感がある。ポッカリ空いたその穴には目では"見えない炎"が焼き続けている。


 その穴が一瞬だけ埋まった。

 自分によく似た、いや全く違うのだが、生きている人間がこの近くにいる。

 それに気づいたエリスはアゼレアを置いていき、その人間の場所へ走る。


「――ちょっと待ちなさい! どこ行くの!」


 その言葉はエリスには届かない。

 ただひたすらにエリスは生きている人間を探す。

 嫌な顔をされても、憎まれても、どうにか生きていて欲しい、せめてその人にだけは罪を償いたい。その想いがエリスの足を持ち上げる。


「はぁはぁ、どこなの……いるなら返事して!」


 一人、森の中で叫ぶ。

 その言葉に返ってくる言葉は何も無い。ただずっと鳥が鳴いているだけ。

 エリスは今の自分が迷子になっている事に気づく。

 森が騒がしくなり、様々な動物が静かに身を潜めている。エリスに恐れているのかもしれない。


 周りを見渡す。もちろん迷子のエリスに何かが理解できるはずもない。

 森の中で迷子になったらする事などエリスには分からない。魔獣に会ったらどうしようもない。

 そんな途方に暮れる中でエリスは森に来た目的を果たせた。


「居た!」


 酷い傷で木々の間に座っている少女が一人、ここまで逃げて来て体力が尽きたのか、ぐっすり眠っている。

 

「あらぁ? 眠ってるわね」


 いつ追いついたのか、後ろにアゼレアが立っている。

 怒るわけでも無いアゼレアは平然と立っている。


「アゼレア、この子どうしよう」


「あなたが連れていきたいのなら連れていくけど……そんな事を言ってる場合じゃ無さそうね」


「え?」


 森が一段と騒がしくなり、心臓の鼓動が普通の数倍早くなる。


「犯人は現場に二度戻って来るってことかしらね?」


「私はただ確認しに来ただけですよ」


 森の奥から聞こえてきた声にアゼレアは拳を構える。

 その正体は赤眼の魔女と呼ばれた黒い衣服を纏った女。


「なんの確認なのかしらねぇ?」


「……多分そろそろ"血の蛇"が刻まれた頃だと思いましてね。傲慢が気に入ったらしくて」


「……それは確か、一人にしか出来なかったはずじゃ?」


「そうですね。どうやら人違いだったそうで、その娘に血の蛇を刻んでしまったようです、なので餌にしておびき出しました」


 背中から感じる膨大な魔力。大人一人を背負っている様な感覚だ。少しでも気を抜けば、後ろに倒れてしまう。

 

「……血の蛇は刻まれた様ですね。これで私の用は終わりました。あと少しでも気を抜けば、押し潰れてしまいますよ」


 赤眼の魔女はニコニコと笑い、そのまま森の外へ歩みを進める。途中足を止め、不気味な一言を言い残して言ったがその言葉は魔力に抗っているエリスには全く届かなかった。

 

 赤眼の魔女の言う通り少しでも気を抜けば、倒れるだけでなく、押し潰されてしまう。それだけじゃない。エリスの魔力が暴発し、この森一帯を消し尽くしてしまう。


「……困ったわね。少し眠りなさい、起きれば少しは楽になってるはずだから」


 その瞬間に意識が飛んだ。

 痛みはない、体全身の力が一気に抜け、魔力を感じなくなる。

 瞼が重さを持ち始め、ゆっくり閉じられる。


「――血の蛇は気に入られた者だけ、本当に不思議な呪いだわ」


 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


「――やぁ、いつぶりかな?」


「……レイさん?」


 目の前に広がるのは、王城では無い。そして建物の中でもない。

 視界一面に広がるのは様々な色を持つ花。

 その花はまるで一輪一輪が生きているかのような美しさを持っている。


「君は気絶しちゃってね。それでここに来たわけだ」


「……私、気絶しちゃったの?」


「そうだね。まだ起きるには時間がかかりそうだし、もう少し見学しているといいよ」


 そう言うとレイは本を持ち、黙々と読み始める。

 席に座ったものの、本はレイが持っている一冊だけ、本以外に暇を潰せる物が無いか探すが、あるのはどこまで続いているのか分からない花畑だけ。

 

「質問があるのなら聞いてあげるよ」


 レイが本から目を離さず、エリスにそう言った。

 エリスは一瞬体を震わせ、レイの方へ向き直った。しかし気になる事は全部レイに関すること。例えば、体重はどれくらいか、身長はどれくらいか、もし会話の内容が無くなったらメアにこれを聞けばいいと言われていたが、流石のエリスにも分かる。失礼だ。


「血の蛇の事とか知りたくは無いかい?」


 レイから放たれたその一言はエリスの好奇心を鷲掴みにした。

 長年気になっていた血の蛇の正体、本にも書いてなかった謎の多い血の蛇で分かっている事は傲慢の物だということだけ。


「簡単に説明すると血の蛇は魔神獣を召喚する時に必要になるんだ。そして血の蛇の所有者は傲慢以外に存在しない。まあこんな感じだね」


「……それだけ?」


「僕にしては結構教えてあげた方だけどね!」


 レイが本を置き、そう言う。

 エリスは頬膨らませ、『まだ隠してるでしょ』と言ったが、レイは一向に答えようとしない。

 そんな事を数分の間、続けていた。そろそろレイも教えてくれるだろうと思ったが、レイはため息を吐き、目をそらした。


「あっ! 今、目をそらした! 何かやましい事があるんだ!」


「そんな事がこの僕にあるもんか! てかそこまで暇ならこの本貸してあげるから静かにしていてくれ!」


 レイから手渡された本の題名は『騎士の英雄譚』だった。その本は現実世界でもとても有名でエリスもよく読んでいる。

 内容はある一人の騎士が一人の女の子の為に必死に戦い、黒幕である男に勝つという物。

 その本を読む理由は人によって異なる。この騎士のようにかっこよくなりたいからとか、女の子の様に誰かに守られたいから、が多い。しかしエリスは違う。


「誰にも頼らず、誰にも迷惑をかけない英雄」


 生きている中でずっと迷惑しかかけてこなかったエリスの小さな願い。

 自分もいつか、騎士のようになり、一人で何でも解決できるようになりたい。かっこよくなくても、守られなくてもいいから。


「……その物語は僕を題材として書かれてる。というか、僕が書いたものだよ」


「え?」


「僕の実体験を書き、そのまま本にした。もし君がこの騎士や女の子の様になりたいのなら、行き着く場所は地獄しかないね」


 こんな小さい本の中に隠された真実はエリスの体をほんの一瞬だけ震わせた。


「まあ別に憎しみはないよ。あったらあったで僕は魔神獣を召喚しているからね」


「そ、そう……」


「それよりもだ。もうそろそろ君は起きるみたいだよ。僕も紅茶を飲みたいからね。早く出ていってくれると助かるよ」


「えっと……失礼しました」


 扉がゆっくり出現する。

 エリスは会釈し、ゆっくり扉へ歩を進める。このあとどうするかなんてのは決めていない。今更ながらレイに聞けばよかったと思ってしまった。


「"自分自身"に謝るなんてシュールってやつだね」


 慣れない別世界の言葉を自慢げにレイが言い放つ。それからはこの空間に静寂が訪れる。

 話す相手などいない。ずっとここで一人なのだから。


「約束したから――」


 エリスの為だけに作られた花畑はガラスの様に砕け散った。


「もう夢を見るのは止めだ」


 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


「眠てぇな」


「んじゃ寝ろよ。さっきからうるせぇから黙れ」


「お前、相手は暴食様だぞ。もうちょっと敬え」


 馬車の中で寝転がる暴食が眠たいと口にした。

 ずっと起きて馬車の操縦をしている木葉はその暴食の態度にイラつきを覚えた。

 そんなくだらない会話も、直に終わりを告げる。


『――戦おう。命でも時間でも無い。俺達の精神をかけて』

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