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君を救う死生活  作者: 鈴先壮 ゆっクリ
第二章 騎士としての役割
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第二章4『利害の一致』


「尻痛てぇ」


「君には緊張感って言うものがないのかな?」


 森から抜け、しばらくの事だ。

 森にいる間、テオに襲われることは無かった。どこかでこちらの様子を伺っていたのだろう。

 そんな事考えていると寒気がした。


「森の中で男の事をずっと見ている男とか笑い事じゃねぇぞ」


 森の中でずっと木葉の事を見ているはずの男を想像した。

 獣が森の中でこちらを見ているだけで怖いのに神よりも恐ろしいテオが木々の間に身を隠し、木葉の事を見ているとなると怖いを通り越して気持ち悪いと言う感情がこみ上げる。

 それと同時に木葉は違和感を感じ、馬車をから降りた。


 喉にゆっくり上がってくる熱いものに体を乗っ取られた。膝を地面に付け、胃液を吐く。


「――なんだよ。馬車で酔ったってのか?」


 急に現れた吐き気に木葉の体力はごっそり削られた。血の匂いが木葉の鼻を包む。

 鼻を抑え、血の匂いをこれ以上嗅がない為だ。血の匂いこそ無くなったがそれとは別の臭いが木葉を襲った。

 死臭だった。

 木葉は口に溜まった唾を飲み込み、周りを見回す。


「――ここをどうやって来たのじゃ?」

 

 疑問の声が馬車の中から聞こえた。

 馬車の中には誰もいない。レイの声でもない。今馬車の中にいるのは、木葉以外の『誰か』


 木葉は怒りで歯をガチガチ鳴らす。威嚇のつもりだ。ただ今その威嚇を聞かれてはいけないので木葉は聞こえない程度にやった。

 木葉は後ろを振り返り、声の正体を突き止める。後ろで仁王立ちしたテオが木葉の事を獣を狩る目で見ていたのだ。


「答えてもらおう。どうやってここまで来れたんじゃ?」


 テオは目をさらに細め、木葉が『この場所』に来れた理由を問いかける。

 一方、木葉はいつでも来れるものだと思っていた為、テオが何を言っているのか理解出来なかった。


 テオはしびれを切らしたのか木葉の方に近づき、問いかける。


「どうやってここまで来た?」


 テオから放たれる言葉に木葉は嫌悪感を抱く。まず存在自体が嫌で仕方ない。

 

「背中に来る為の招待状があると思うぜ」


 確証は無いが木葉は背中にある『血の蛇』がここに来れる鍵になっているのでは無いかと思い、一か八かテオに言ってみる。


 テオはその発言に警戒心を持ったのか、ゆっくり服をあげ、背中を見る。

 テオは木葉にも聞こえるくらいでかく、唾を飲んだ。


「血の蛇か……」

 

 木葉は大粒の汗をかきながらテオの次の行動をパターンに分け、考える。


 テオは木葉から数歩離れ、ギリギリ聞こえるくらいの小声で何かを言った。


「――」


 ただその言葉を理解する事は木葉には出来なかった。その代わりに木葉はありえないものを目にした。

 木葉の視界に映ったのは、さっきは無かったはずの洞窟だった。

 その洞窟の入口に近づいたテオは退屈そうな目でこちらを見た。


「早く入ることじゃな。死体になりたくなければ」


 その殺意に満ちた言葉に木葉は心臓を縮めた。殺意が目に見えるのだとしたら、テオの纏っている闇が殺意なのだろう。

 木葉はその言葉を聞き、焦って馬車を降りた。

 不本意だが、テオの近くに居なければ行けないと思った木葉はテオの隣に立った。横を見てテオの表情を伺うと、めんどくさそうな顔をしていて、ため息を吐いていた。


「何故俺がこんな事しなきゃなんねぇんだよ」


 テオの独り言に木葉は体を大きく震わせ、再度唾を飲んだ。生ぬるい唾がゆっくり喉を落ちていく。体内時計は正確な時間を刻んではくれないようだ。


 テオは洞窟の入口から中に入っていった。木葉は異様な洞窟の中に入るには少しだけ躊躇したが、結局諦め、テオに続き洞窟に入っていく。

 洞窟の中に入ればそこには人が生活できそうな環境があった。


「まずは座れ、君がここに来た理由を聞くことにするかのう」


「……俺が来た理由は一つだけだ。あんたと手を組みたい」


「はて? どういう事かのう?」


 予想外の返答が来たことによりテオは驚いたのか、間抜けな声を出した。

 木葉は目を半開きにし、口の端を釣り上げてテオに言い放つ。


「――ハーフエルフ狩りを手伝わせてくれって事だ」


 テオは予想してなかった言葉により一瞬だけ動きを止め、目を見開き木葉の方を見ていた。それも仕方ない、ハーフエルフと行動を共にしていた男が狩りを手伝わせろと言ってきたのだ。  


 テオは木葉の心を読もうとしているのか、目を鋭くさせ、木葉を睨みつける。


「……貴様に一つだけ聞くぞ。何故ハーフエルフと行動していた?」


 テオが発した言葉に老人の様な口調は無い。本気で木葉の嘘を見破りに来ているようだった。


 木葉はそれに気づき、言葉が詰まる。

 時間で言ってしまえば一秒も無かった。木葉は一瞬だけ頭をフル回転させ、嘘を見破ろうとしているテオに言った。


「ハーフエルフの情報を手に入れる為だ」


「……嘘は言っていないようじゃな」


 木葉は表情に出さずに安堵のため息をした。


 木葉はテオが心理学で嘘を見破ろうとしているのではないかと思い、嘘でも無い、立場が悪くならない事を言った。

 エリスの事を少しでも知りたいと思っている木葉は言葉を少しだけ変え、テオに言ったのだ。嘘でも真実でもない。その事にテオは気が付かず、問い詰めることはしなかった。


「それでハーフエルフの情報とやらはなにか手に入ったのかのう?」


「その情報を手に入れる為にあんたの力が必要なんだ」


「どういう事じゃ?」


「あんたはハーフエルフを殺したい、俺は情報が欲しい、一石二鳥だ」


 木葉の言ってることを理解が出来ないのかテオは首を傾げた。木葉は一度ため息を吐き、テオに『一石二鳥』の意味を説明した。

 テオは理解したのか手を打ち、目を輝かせ木葉の方を見た。


「そんな便利な言葉がこの世にはまだあったのじゃな! 俺もまだ勉学が足りんようだ」


「あんたの勉学って何してんだよ。つーかこの本の山、一体何があるって言うんだ」


「全部禁書じゃ、読みたければ読んで良いぞ、数ページで狂い死ぬがな」


 テオは機嫌が良いのか、ガハハと大きく笑い、木葉に本を投げつけた。

 テオは軽く投げたつもりだろうが木葉に当たった本の威力は軽くなんて言葉では言い表せられるものではない。

 そんな高威力の本を投げつけられ、木葉は本棚に激突する。その際に木葉の頭の上から何冊か本が落ちた。


「悪いのう! 傲慢の奴によう似とるからつい、加減を忘れてしもうたわ!」


「相手は人間だぞ、下手したら今ので死んでるわ」


「死んでないのじゃからいいじゃろうが」


 少し機嫌を損ねてしまったのかテオの声は太いものになった。


 こうして会話をしてみれば、おっさん口調の面白い男という印象が強くなる。ただそのおっさんがしようとしてる事は木葉も国も許さない行為、こんな普通の会話もいったいどこまで続くのだろうか。


「奥にある部屋は一文字読むだけで狂い死ねるものばかりじゃ。流石に読ませんぞ?」


「読む気ねぇよ。死にたくないし」


「……それで今俺がお前の事を信用していると思うか?」


 木葉は一瞬で表情を変え、テオを見る。テオは疑いの目を木葉に向けている。木葉もテオの事を信用しきっていたわけでもない。


 この男はあえて信用していると思わせた後、口を勝手に滑らせるのを待っていた。木葉みたいな警戒心を持っている者以外では口を滑らせてしまうのかもしれない。


「だが少しだけ信用してやろう。傲慢から貰った血の蛇があるのだ、敵ではないじゃろ」


「敵か味方かはこれからの俺の働き次第で判断してもらっても構わない」


「最初からそのつもりじゃ」


 部屋は殺気で息苦しい。それは木葉のものでもあり、テオのものでもある。


 洞窟の中でもあるので外から来る風の音が跳ね返って大きく聞こえた。

 静寂が訪れれば、風の音は雑音になり、耳鳴りに使い存在になる。


「それで君は手伝ってくれるのじゃろう? だが私は人間の君に何も出来ないと思うのだが」


「……あんたの顔をノアニールで知らない奴は多分いない。そして今、狙いのハーフエルフは王都にいる」


「ほう?」


「王都に居れば、周りには騎士がいる。その騎士にあんたの存在がバレれば狩りに支障が出る」


「そうじゃな……」


 木葉の発言にテオは顔をしかめ、木葉の表情を伺っている。


 こんな奴に提案をするのは、腹立たしいがエリスから遠ざける為には、他に打つ手が無い。


 木葉は腹の虫を落ち着かせ、頭の中だけで考えた作戦を再整理し、テオに説明する。


「だから俺が王都に行き、ハーフエルフを殺せる環境を作る」


「確かに君ならハーフエルフに安全に近寄れるな。少し俺からも手を貸そう。少し待っておけ」


 テオはそう言うと床に落ちていた数冊の本を拾い上げ、木葉に投げつけた。

 今度は加減をうまく出来ていたのか木葉はすんなりキャッチする事が出来た。


 テオは奥の扉の先に消えていった。

 木葉が開かれた扉の隙間から見えた物は大量の本が積まれた部屋。足場が少なく、テオが進むたんびに本が床に落ちている音が聞こえる。


 木葉は頭の上から落ちてきた本を一冊だけ拾い上げ、開いた。

 開かれた本には文字が無かった。


「……なんだこれ?」


 ページをいくら開いても文字はない。

 木葉は別の本を開き、ありえない光景を目にする。


「なんだよこれ……一切文字がねぇじゃねぇか」

 

 木葉の焦りが顔からにじみ出る。


 テオは本を読ませようとしていた、その本は文字がない、読めるはずのないもの。

 もし木葉がテオの前で読んでいたら何をする気だったのか、あらゆる知識を使い、テオがしたかった事を考える。


「……魔人になれば読めるようになるはずじゃ」


 本を持ち、動揺を隠しきれなかった木葉の後ろで一人の若い男が話しかける。

 木葉は急の出来事で一気に後ろを振り向き、拳を構える。

 そんな木葉を見たテオは含み笑いをした。


「そう構えんくても殺しわせんよ」


「人の背中を取る奴を信用できるもんか」


 なんの気配も出さずに警戒心しかない木葉の背中を取ったのだ。驚きを隠せず、黒い瞳を大きくテオに見せた。


 テオの手には両手でギリギリ持てるくらいの箱があった。


「なんだそれ?」


「これをハーフエルフに渡すんじゃ。俺の能力で殺すと腐ってしまうからな、呪いで殺すんじゃよ」


「箱の中身は?」


「開けるのはハーフエルフのみじゃ、開ける時一緒に見れば良い」


 テオに渡された箱を木葉は睨みつける。


 重さは赤ん坊より少し軽い感じ、肉の塊の様だ。これが赤ん坊ならば、テオは本当に無慈悲で残虐な奴だ。

 だが箱からは臭いは無いし、血も滴っていない、少なくとも赤ん坊の死体ではない。赤ん坊でもない。


 ただ何かに例えるのが嫌になる。残酷な話だが赤ん坊の死体ではあって欲しいと思ってしまう。


「赤ん坊の死体ではないよな?」


 罪悪感に押し負け、木葉は顔を歪めながらテオに質問する。

 少しため息を吐き、テオはつまらない顔をし、木葉を見る。


「大罪教は女子供関係なしに殺す。その中にガキがいようといなかろうと、関係ない。君はそれをハーフエルフに渡せばいい」


「あまりしつこいと殺すってか?」


「君を殺すのに毛ほどの躊躇もない。長く生きないならあまり深追いしない事じゃ」


 木葉は睨みつけ、怒りという感情を抑える。

 この男に戦って勝てるはずが無いのは分かっている、だがこいつに命令されるのは嫌だ。


 怒りを抑えつけ、木葉は今からする事をテオに話した。


「俺は今から王都に行く、ハーフエルフにこれを渡して戻ってこればいいんだな?」


「そうじゃ」


 木葉はテオに背中を向け、出口に足を進める。

 木葉は何かを思い出し、哀れな目をしてテオの方を向く。テオは木葉の目を見て、首を傾げた。


「あと二つだけ聞きたいことがある。いいか?」


「……構わん」


 木葉は呼吸を整えたあとテオに聞きたいことを整理した。


「あんたの能力はなんだ?」


「……目で見た者を腐敗させ殺す能力、再生能力じゃ。あと一つあるがそう簡単に教えるわけにはいかない」


「そうか……じゃあ何故あんたは大罪教に入った?」


 木葉の質問にテオはいつもの余裕な表情が消えた。

 表情に余裕が無くなったテオを見て、木葉は警戒心を強める。

 テオがこんな表情をするとは思っていなかったのだ。禁句に触れてしまったのならば、今殺される可能性もある。


「俺は……復讐する為だ」


「……あんたにも色々あるんだな」


 木葉は再度背中を向け、出口からこの隠れ家みたいな所から出る。


 木葉を待っていたのは夜光と鳥のさえずりだった。

 止めてあった馬車はそこにあり、馬は逃げずにここに留まっていた。


「逃げずにここにいるなんてお前も勇気あるな」


 木葉の発言に馬が反応するはずがなかった。

 木葉はそのまま馬車に乗り込み、王都へ急ぐ。


 腕に抱かれた大きめの箱の中身が気になってしまい、どうにか中身を知る方法は無いか、考える。

 エリスに渡すつもりははなから無い。


「ハーフエルフを殺すのがなんの復讐になるんだよ」


 木葉は箱の中身が気になりながら、テオが大罪教に入った理由を考える。


 今回の木葉は復讐じゃない。エリスの命を奪う可能性のある奴を殺そうとしているだけ、復讐では無い。

――そんな事を考えてもう何時間たったか。


「もうそろそろ見てもバレねぇな」


 木葉は馬車を止め、箱を膝の上に置いた。


 箱は蓋が乗ってるだけの簡単な物だった。木葉はそこ蓋を開け、中身を確認する。

 箱の中身は布のような物で覆われている。その布は血が滲んでいた。


「やっぱり赤ん坊か!?」


 木葉は焦って布を広げる。

 木葉の漆黒の瞳に映ったのは、人間の腕だった。


「誰のだこれ……?」


「……やっぱり君は敵じゃったのじゃな。馬車に乗り込んでおいて良かった」


「――な!」


 全神経を木葉の背中に集中される。

 木葉は焦って顔を後ろに向けるがそれよりも早く、背中に冷たいものが刺さる。ただ刺された場所は熱を持っている。


 心臓を一刺し、木葉は口から血反吐を吐く。激痛に耐えられないがのたうち回れるほど体力は残っていない。


「て……めぇ!」


「貴様は傲慢の親族か何かか? 諦めの悪さと頭の悪さがよく似ている」


「俺はい……つでも……お前た……ちの敵だ」


 心臓を潰された木葉の意識が長く持つわけもなく、瞼がゆっくり閉じられていく。

 瞼が閉じられていく中でテオが小型の刃物を持って見下しているのがわかった。


 テオは木葉が死ぬ事を確信したのか、背中を見せ視界から消えた。


「ぜっ……たいに……こ…………ろし……」


――再び世界がまた一つ閉じられた。


「……はぁ!」


「ん? 急にどうしたんじゃ?」


 目を見開き、最初に視界に入ってきたのは箱を持ったテオの姿。

 背中には刃物は刺さっていない、血も出ていない。いつも通り、ただ一つだけ足りない物がある。


「……痛くない?」


「いったい君は何を言ってるんじゃ」


 木葉は確かに死んだ。刃物で一刺し、確かに赤い血液は木葉の背中から流れていた。

 

「とりあえずじゃ、この箱を持っていけ」


 テオに手渡された箱を見る。

 この箱の中には人の腕があった。木葉は箱を開き、殺された。いつの間にか馬車に乗っていたテオに刃物で心臓を的確に。


「箱……?」


 箱は赤ん坊の半分程度かそれ以下か、一度テオに渡された事のある、腕が入った箱、まさにパンドラの箱の様なもの。


 木葉は口に溜まった唾を全部飲み込んだ。その際に喉をゆっくり降りていく温かい液体がよくわかる。


「緊張する気持ちも分かるがあまり顔に出すのは良くない」


「あんたの能力、心とか読めるとかじゃねぇのか?」


「そこまで便利な能力があるものか。俺が持っているのは一定の条件で視界を共有するだけじゃ」


 箱を両手で持ってる木葉は動揺を顔に出してしまい、テオにも勘づかれてしまったようだ。


 木葉は咄嗟のことで表情を直し、テオに冗談半分で質問した。

 テオの反応は木葉が想像していたものだった。ただ聞きなれない言葉を聞いた。


 テオは奥の部屋を見た。

 その視線の先には開かれたまんまの扉だった。

 木葉は目を見開き、一冊の本を見つめた。一番奥にある大事そうに保管されている、惹き付けるものがその本にはあった。


「あの本が欲しいのか?」


 テオは木葉の視線の先を見て、本の事だと理解した。

 木葉はその発言にテオの顔を見た。

 ガラスケースの中に大事そうに保管されている本を貸してやる、と言われている。


 テオは返事を待たずに奥の部屋に入り、ガラスケースをどかした。

 中に保管されていた本を持ち、木葉に近づく。


「欲しいのならくれてやるぞ?」


「どうせ魔人以外には読めねぇんだろ?」


「さっきの本とは逆じゃ、魔人になる方法じゃよ」

  

 驚きに言葉が出ない。魔人になる方法が書いてある本が目の前にある。もし魔人になれば周りに散らかっている本が全て読める可能性がある。

 本が読めれば得られる情報は失った代償より遥かに大きい。

 本の中には禁術があるかもしれない、メアのように完璧に扱えれば、死ぬ必要が少なくなる可能性が出てくる。


「……触らぬ神に祟りなしって言うが貰えるもんは貰っておく主義だ」


「貰う者の態度とは思わんがまあ良い、好きに使う事じゃ」


 本と箱に両手は完全に塞がってしまった。


 本は分厚く、結構な重さがあった。物理的に言えば箱の方が重たいが本には別の重さがあった。


「ただ魔人は色々と代償が多い、じゃがそれ以上に得られる物は多い」


「俺が魔人になる前提で話すなよ」


「俺はただ道具に教えてやっただけじゃ」


 魔人になれる。

 失う物より得られる物の方が多い、魅力的な話だが、失う物は指定が出来ない、ランダムで奪われていくのだろう。

 魔人になるのは最終手段、傲慢が現れたその時の為に。

 手札は少ないより多い方がいい、使えるものは何でも使うしかない。傲慢はそこまでしなければ倒せないような化け物の様な気がする。


「早く行ってくれるかのう? 俺は待つのが嫌いなんだ」


「それは俺も一緒だ」


 本と箱のせいで両手が塞がってしまっている木葉には扉を開けることが出来ない。

 木葉はテオの方を向き、苦笑いをする。


「両手が塞がってて外に出れない。開けてもらえるか?」


「……触らぬ神に祟りなし、じゃろ?」


「使い方違うぞ」


 結局木葉はテオに扉を開けてもらい、外に出れた。


 少し出遅れたが馬車はやっぱり木葉を待ってくれていた。

 馬車に乗り込み、やっと手が開放された。


「箱は普通に重いし、本はなんか重たいし、手が痛てぇ」


 戯れ言は誰にも聞いてもらえない、馬なら聞いているが人間限定の話だ。


 これからは誰の力も借りれない、木葉だけの力でやらなければならない。

 何度も世界を崩壊させたミナセよりも強いテオが相手だ。気が狂いそうになる。


「ノアニールまで相当時間かかるんだろうな。めんどくさいな」


 力を得るにもエリスを助けるにもテオの懐に忍び込む必要がある。からといって、テオがそんな隙があるとは思えない。

 だから今回の箱を渡すイベントはクリアしなければならない但し、エリスに渡せば、エリスが殺されてしまう。そうなればテオの信用を得た意味もなくなってしまう。

 エリスに箱を渡さないまま、テオの信用を得る。それが出来れば完全クリアなのだ。


「さりげなく言ってたが視覚を共有するって今の状況を見てるってことだよな?」


「そうだね。テオは今君の見ている光景を見てる。聴覚までは共有出来ないみたいだけどね」


 木葉は後ろを振り向き、何者かがいるか確認する。テオもいない。馬車に乗っているのは木葉のみ、なら話しかけてきた者は一人。


「つまりだ。今お前に話しかけてもあいつには何もわからないって事だな」


「それくらい誰だって分かるよ」


「まあでも今回お前は必要ないけどな」


「……女の子は精密機器と同じ、いやそれ以上に扱いに気をつけなければいけないんだよ?」


「知るか」


 声の正体はレイと呼ばれる少女だった。


 テオの能力を三個知り、その能力の内、一定条件で視覚を共有するのは一番厄介だ。

 もしエリスに渡さず他の場所で捨てて帰れば一瞬でバレて終わりだ。


「視覚共有、腐敗、再生能力か……あれ? 倒せなくね?」


「君って諦めが悪かった記憶があるんだけど」


 レイの記憶の中の木葉は諦めの悪さが有名な様だ、だが木葉は諦めが悪いわけではなく、純粋にプライドが高いだけなのだ。

 木葉は腕が入ってる箱を膝の上に置き、頭を搔く。


「さて……どうするべきかねぇ? レイさん?」


「さん付けされると無関係の人の様に感じるからやめて欲しいな……」


「……結局、何も思いついてねぇんだな」


 顎に手をやり、これからどうするか考える。


 もし一定条件を達成していたらこれからの行動は大きく変わる。ただその条件を知る方法は木葉には無い。テオに聞けば確実に怪しまれる。

 仮に木葉の視覚を共有しているのであれば、箱は確実に渡さなければならない。

 しかしエリスに渡せば、エリスが死んでしまう。渡さずに帰れば木葉はテオに殺される。

 セーブポイントは箱を渡す瞬間、そこで断ればテオは木葉に疑いを持つだろう。それどころかその時点で殺される可能性もある。

 エリスを殺さず、テオに疑われない方法、言葉にするのは簡単だ。


「……ノアニールにエリスに似ている奴はいるか?」


「魔力で偽物か本物か判別できる。テオは一度エリスを見ているから多分無理だね」


「騙せもしねぇか」


 再度木葉は顎に手をやる。


 騙す事も出来ない、戦うことも出来ない。運命はとことん木葉の事を嫌っている。


 こうして考えているうちにノアニールの近くまで来てしまった。

 もう考えられる場所は過ぎてしまった。今からは覚悟を決める、決断をする道しかない。


「……もうノアニールに着いちまったんだな」

 

 その言葉に返事をする人は存在しない。馬車に乗ってる人に話しかける一般人がいるわけが無い。

 しばらく馬車でこれからする事を整理していた。

 もし失敗、いやもし認められなければ、今回は死ぬかもしれない。死ぬという事は敗北と言う事。木葉が考えた策が通用しなければ、テオを倒す事もエリスを救う事も出来なくなる。今回の死は完全な敗北になる。


「死なねぇように立ち回らねぇといけねぇのか」


「……こんな所で出会うのなんて凄い偶然ですの」


 ノアニールに入り、ずっと考え事をしていた木葉に話しかける透き通るような声をした少女がいた。

 裕福そうな格好をした少女が驚きを隠せないのか目を見開き、木葉の方を見ていた。

 少女は口を開けるより先に馬車に乗り込む。


「とりあえず早く出してくださいまし!」


「は、はい!?」


「褒美が欲しいのなら後で渡しますわ! 今はとりあえずここを離れてくださいまし!」


「どういう事かちゃんと説明しろよ!」


 咄嗟の事で木葉は馬車を出した。


 少女は安心したのか、大きなため息を吐き、座り込む。

 カーミラが後ろから話しかけてきたので木葉は運転をしながら後ろを振り向いた。


「あなたがいて、とても助かりましたわ」


「何から逃げてたんだよお前」

 

「お前じゃありませんわ! カーミラ・アルドリッジと言う素晴らしい名前がありますでしょう!」


「ハイハイ、んでどういう事ですかねぇ? カーミラ殿」


 座っていたカーミラは木葉の言葉により、その場から立ち上がり、大声で自分の名を口にした。


 木葉の嫌味混じりの言葉で不機嫌になったのか、頬を膨らませた。と言っても子供の様な姿をしたカーミラが怒ってもただ可愛いと思うだけだった。

 そしてカーミラはため息を吐き、木葉の質問に答えるためか、何かを考える動作をした。


「わたくしはアーロンから逃げていたのです。やっぱりしつこい方は好きになれませんわ」


「そのアーロンが誰だかは、また聞くとして、俺は用事があるんだここで降りるぞ」


「それは困りますわ! アーロンが追ってきたらわたくしはどう逃げれば良いのですか!」


「んなもん知るか! 自分で何とかしやがれ!」


「このわたくしを救ってくださいまし!」


 馬車を止め、降りようとしている木葉の服を掴み、降りるのを阻止する。

 木葉はその手を振り払おうとするがここは王城、振り払おうとしている所を見られるとエリスに泥を塗る事になると気づき、大人しく馬車に戻った。


 忙しい木葉にとってこの邪魔は予想外、うまく進まないことに苛立ちを覚える。

 後ろを振り向き、カーミラを睨みつける。


「そ、そんな目をしないで下さいまし!」


「俺は忙しい、自分の騎士にでも助けてもらえよ」


「わたくしの騎士は当てになりませんわ! 今では行方不明ですの!」


「本当に役に立たなさそうな騎士だな! 俺の方が役に立つな!」


 馬車には口論にも近い会話が響いている。


 カーミラの騎士は行方不明、木葉は自分の有力性を自慢げに言った。

 その言葉にカーミラはイラついているのか、瞼をぴくぴくさせていた。


「わたくしの騎士は剣聖ですのよ? 役に立たないわけが無いでしょ?」


「……え? 剣聖?」


「そうですわ! あなたの様な騎士とは違うのよ!」


「じゃあ降りてくださいますかねぇ?」


「わたくしが悪かったですわ! せめてわたくしが部屋まで安全に行けるようについてきてくださいまし!」


 カーミラが木葉の服を掴み、木葉を揺らす。

 木葉はつまらなさそうにはいはい、と何も聞かずに返事した。そのせいでカーミラは付いてくる、と誤解してしまったのか、目を輝かせ、木葉を見た。

 木葉は余計にめんどくさそうになった、とため息を吐きながら心の中で思った。


「ついて行ってやるけど部屋までだからな」


「部屋の中まで入るつもりでしたの? 流石にそれは遠慮しますわ」


「そういうつもりじゃねぇ!」


 木葉は馬車を降り、王城の入口に足を進める。カーミラもそれに続き、馬車から出てきた。

 途中『洋服が汚れてしまいますわ!』と言っていたが木葉は完全に無視して、見張りの騎士に話しかけ、扉を開けてもらった。

――カーミラと木葉は同時に足を前に出し、王城の中へ入っていった。

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