第二章1『王城でふざけるのは程々に』
「……大体理解出来たけど、やっぱりわかんないよ」
木葉はエリスに一通り説明したが、この世界でも今回の事は現実離れし過ぎている様だった。メアにも説明をしてもらおうと部屋を見渡したが、その姿は部屋の中にはなく、木葉は『いつの間にか逃げやがった』と心の中で思った。
「……あいつ、俺に全部押し付ける気かよ」
「で、でも無事でよかった」
エリスは満面の笑みで言った。
木葉はエリスのいる方向とは別の方向を見て、『よし!』と小声で呟く。
木葉が再びエリスの方を見ると、不思議な顔をしていた。
「どうしたの?」
エリスは疑問を木葉に投げつける。木葉は『はは』と少し笑い『何でもない』と少し気まずそうな顔をした。
「そうだ! エリス、お願いがあるんだ!」
「え? な、なに?」
木葉は唾を飲み込み、1度目を瞑り、エリスを見た。
エリスは木葉の真剣そうな顔を見て、悩んだ結果諦め、木葉の方を見る。
「……エリス、俺を……グハ!」
木葉は頭に鉄のような物を叩きつけられた。木葉は頭を抱え、後ろを向く。
後ろにいたのは獲物を狙うような目付きをしたメア、その右手にはフライパンが握られている。
「いつからいたんだよ」
「私は気配を消すことも出来るんですよ。それでエリス様に何をお願いするつもりだったのですか?」
メアは怒った声で木葉に言った。
メアに少しでもふざけた事を言えば、叩かれるのは免れない。
木葉は覚悟を決めて本当の事を言ってみることにした。もしそれで認められなければ、頭が潰れてしまうのだろう。
「俺は普通にここに住まわせてくれって言おうとしてただけだよ」
木葉は正直に言い、頭を守る為に腕でガードした。ガードしたとしてもメアの力なら簡単に潰すことが出来るだろう。だが頭はもちろん、他の所には痛みは無かった。腕のガードを解き、メアの方を見ると興味無さそうな顔をしていた。
「あれ? 俺今1人でビビってただけ?」
「はい、そうです」
木葉は自分のした事に恥ずかしさを覚え、死んだような目をする。
木葉は1度メアの方を見たが、本当に呆れたのか、少し引いた顔をしていた。
「……いい加減に食事をとって下さい。嫌なら捨てますよ?」
木葉はベッドの隣にある机を見た。机には、メアが持ってきたであろう食事が置いてあった。
「……なんかすみません」
「早く座って食べてください。食べ終わったら、ノアニールに行きます」
「え? なんで?」
木葉は椅子に座ったがメアの言った一言で、一瞬だけ動きを止めた。
木葉はエリスの方を向いたが、エリスも不思議そうな顔をしてメアを見ていた。
「今回の件で陛下がお話したいそうです。護衛の騎士は無しでだそうです」
「へぇー」
木葉は全く興味を示さなかった。
なんせノアニールの国王なんて見た事も聞いた事も無かったのだ。
木葉は黙々と食事を口に運んでいる。その横でエリスは急に大声を出していた。
「え? メアそれってホント!?」
「は、はいそうです。そしてエリス様もご一緒にとの事です」
木葉は喉にご飯をつまらせ、咳き込む。エリスはそれに驚いたのかこちらを向き。
「だ、大丈夫?」
「大丈夫だ。少し詰まらせただけだ。それよりどういう事だ?」
木葉はメアが言った言葉にびっくりして喉に詰まらせた。
メアはエリスも一緒と言ったのだ。国王の件が終われば、デートができる。木葉は『まあ世界救ったんだし、これくらいはないとな』と心の中で思う。
「私も護衛として付いては行きます」
「えーお前は来なくていいだろ。エリスと俺のデートの邪魔すんなよ!」
「デートするのであれば、まずは私を殺しなさい」
木葉は『勝てるわけねぇだろ!』と叫び、ため息を付いた。
エリスの方向を見ると凄い満面の笑みだった。メアはエリスに『エリス様も早く準備をしてください』と言い、そう言われたエリスが焦って部屋を出た。
「なんでエリスが嬉しそうにしてるんだ?」
「仕方ありませんね。王になるにはまず、国王に会った方が良いですからね」
「はい?」
木葉は首を傾げた。王? 会った方が? 全く分からなかった。
木葉はメアの方向を向き、もう1度聞く。
「王ってどういう事だ?」
「エリス様は次期王候補です」
「それが喜ぶ理由か?」
「いえ、少し違います。私が言うのは少しおかしな話ですが、喜ぶ理由は、これからも私と一緒にいる為です」
木葉はその言葉を聞き、鼻で笑おうとするが、メアの本気のような目を見て、冗談では無いと確信した。
「で、でも王じゃなくてもお前が一緒にいてやればいいじゃねぇか」
「それは無理です。私は次期王に仕えることになっているのです」
メアは悲しげな顔をしている。
木葉はまだ希望があるじゃないかと思い、言葉にしようとするがそれより早く、メアが話し出し、木葉の言葉が遮られた。
「ハーフエルフが国王になるなんて夢のまた夢。差別対象になっているハーフエルフのエリス様には、国王なんてなれる訳がありません」
木葉も薄々わかっていた。国王になるなんて無理だと、メアがエリスに仕え続ける事は無理なんだと。
「ただ功績を積み重ねて、信用を得ればなんとか出来るんです……今回の事で信用は多少、手に入れたようですが、その他全部は貴方の功績です」
木葉はエリスの嬉しそうな顔を思い出し、心が苦しくなった。何とかしてあげたい、そう思うのは、不思議な事ではない。だがこんな自分に何が出来る。今回の件も、ほとんどはメアとロイのお陰だ。
無力で人に頼る事しかできない木葉は、自分の無力を呪った。
「……早く食べてください。外で待ってます」
メアは悲しげな顔で部屋を出ていった。木葉はその顔を見て、心が締め付けられる。メアもエリスと離れるのが嫌なのは木葉にもわかった。
「……こんな気分で食べるものじゃねぇな」
木葉は食べるのをやめ、部屋の窓から外を見る。
エリスとメアは会話をしている。その会話は当然、2階の窓からは聞こえない。メアに先程の悲しげな表情は全くなく、エリスと笑って話している。あくまでエリスの前では平然を装っていたいのだろう。
木葉は無言で馬車まで向かいながら、これからどうするべきか考える。この世界に来て目的が1つ減ったのだから、レイの目的とやらを果たすのも悪くない
「やっと来たね! 早く行こ!」
エリスはメアとの会話をやめ、木葉に話しかける。
その後ろでメアはこっちを睨んでいた。木葉は『分かってる、ごめんなさい。だからこっち睨むな』と心の中で思ったが、そんな事はメアに届くことなく、メアは無言で馬車に乗る。エリスと木葉も続いて馬車に乗り込む。
「木葉さん、王城ではふざけてたりしないで下さいよ? 流石に死刑になります」
「善処します……」
木葉の忠告を大人しく聞くことにした。王城でふざけてたら本当に死刑になるかもしれない。逆にならない方がおかしい。
「ねぇ木葉? 本当に悪い事はしないでね?」
「エリスにまで言われるとか俺って本当に問題児すぎるだろ!」
メアに言われるのは木葉も分かるが、エリスに言われるのは少し違う気がして仕方ない。それでもエリスの言ってる事は正論で、王城ではふざけるような真似は木葉には到底できない。理由はメアが怖いからだ。
「にしても陛下とやらに呼ばれるとか俺ってやばいことしてたのか?」
「屋敷内に入った事により、処刑が決定されてたりですかね」
「それお前大丈夫だって言ってたろ!」
「そ、そうよ! メア、処刑なんて酷い事じゃ無くて、捕まるだけよ!」
「それはそれで酷いけどな!」
馬車の中では他愛のない話で盛り上がっている。メアもすっかり機嫌が良くなったのか、こちらを振り向いて睨んでくる事は無くなった。ただ小声で『汚らわしい』と聞こえるのはまた別の話。
「着きました。ちゃっちゃと降りてください」
「もーメアに言われなくても分かるもん!」
木葉も続けて何かを口にしようとするが、見た事のある人影を見つけ、止めた。
メアはその間に馬車を停めるためか離れ、残されたのは見覚えのある人影と木葉とエリスだけだった。
エリスがその人影に気づき、木葉をつつく。
「木葉! 向こうにアレスさんいるよ」
「大丈夫だ、エリスちゃん。多分向こうからこっちに来るさ。だから僕達はじっとしていよう」
そう木葉が言うと人影はこっちに近づいてくる。
エリスは『ホントだ!』と言い、木葉は『まずい!』と思った。
気まず過ぎる。あの日の事でロイにはお礼を一切してないのだ。それに奥さんを殺す原因を作ったのも木葉だ。
だから木葉は今から斬り殺されてもなんとも言えない。
「昨日ぶりですな。木葉さん」
「は、はい?」
「昨日の事で感謝を申し上げます。長年探し続けていた妻を見つけられたのも木葉さんのお陰です」
「でも俺は……」
罪悪感しかない。今ロイは気を使っているのであろう。実際は辛いはずだ。自分の手で奥さんを斬って殺してしまったのだから。
「……私は私の意思で妻を斬ったのです。私はあの時に斬らないという選択が出来た。だから木葉さんは重く考える必要はありませんよ」
そんな訳にはいかない。相手は世界を崩壊させた奴だが、命の恩人の奥さんでもある。木葉は――
「貴方は長年、私を縛り付けていた鎖を斬ってくれたのです。私は木葉さんに恩がある。必要であれば、私はこの剣を振るいましょう」
「ロイさんの気持ちは嬉しいが俺は今回の事で恩返しされるような事はしてません。自分の為にやった事です」
木葉は勇気を出し、そえ言い放った。
それはロイの気遣いを溝に捨てるのと同じ事だった。ロイは少し驚いた顔をした後、笑いエリスの方を見る。
「木葉さんは面白いお方ですねエリス様」
「え、え? 全然分からないんだけど……」
当然エリスに今の話を理解できるわけではなく、エリスは1人で考えていた。
そこでメアが現れ、ロイの方を向き、哀れみの目で見て言った。
「今回の件で騎士に戻ろうと思った理由が私には分かりません。どうしてです?」
「……妻が愛したこの国を守る為です」
「そうですか……」
メアはそれだけを言い、無言で王城へ入る。エリスもそれに続き、入っていった。
木葉とロイは2人っきりになったが、何の会話もせずに王城へ2人とも入っていく。
「本当に鈍足ですね。陛下がお待ちです。決して無礼はないように」
「へいへい分かってますよーだ」
「それが駄目なの! 木葉! メ!」
エリスのその言葉で木葉は変な趣味に目覚めそうになったが、異世界でそんな趣味を持ってしまったら、長生きができないと思い止めた。
扉が開かれる。扉の先にあるのは木葉の部屋とは比べ物にならないものだった。
中央に座っていた国王らしき男は高そうな服装をし、椅子には金が埋め込まれている。部屋を見渡すが、やはり凡人である木葉には到底届かないような物しかなかった。
「本当に裕福な奴ってこういう奴がいるんだな」
木葉が心の声を言葉にしてしまった。
メアが怒ったような視線をこちらに向け、木葉は視線を国王に向ける。国王に怒っている様子は無く、変わらず椅子に座ったまま笑っている。
「聞いてた通り、地位の高い人でも言葉遣いは変わらないんだね」
「申し訳ございません陛下。今すぐこの者を部屋からつまみ出します」
「いいよ。むしろここにいるべきなのは彼1人だ。君達とは後で話がしたい。客間で待っていてくれ」
「そ、それでは陛下し、失礼します!」
メアが木葉の事を追い出そうとするが、国王はそれを止めさせ、逆に追い出した。エリスは少し驚きながら、部屋を出る。
「それでは失礼します」
メアの言葉遣いはさすがメイドなのか、慣れていた。
「さて、私は君と話したかったんだ。良いかな?」
「話があるなら四行以内、30秒以内な」
「それでは単刀直入に言おう。君を次期王候補として加え入れたいのだが」
「……はい?」
木葉にはその言葉の意味はすぐに理解出来なかった。
目の前にいる奴は木葉を王候補として加え入れたいと言ったのだ。
木葉は動揺する。むしろよくここまで動揺せずに耐えきれてなと思う。
「君の騎士はアレスロイ・リッカーにお願いしよう」
「ちょっと待て、俺は王なんてやらないぞ!」
木葉は大声で言った。それはめんどくさいと言うこともあるが、次期王候補になるとエリスとメアの敵になるという事だった。
「だが、君はこの世界を救った勇者に近い存在だ。次期王候補になれば、王になれる確率は誰よりも高くなるとと思うのだがね?」
「なら俺はエリスの従者として、いや! エリスの騎士として、エリスを王にする!」
国王は少し笑い、木葉の事をよく見る。
「君は本当に面白い男だ。それじゃあエリスの騎士として君を認めよう」
「……はい?」
「君は今日からエリスの騎士だ。もちろん君の功績はエリスの物とされる。宜しいね?」
「あ、当たり前だ!」
「それじゃあ、後は私の方からエリス達に報告するよ。エリス達を呼んできてくれるかな? もちろん君も同席してもらうよ」
木葉は返事を言わずに部屋を出た。木葉は近くにいた護衛兵に客間を教えてもらい、少し考え事をしながら客間に向かう。木葉にとってエリスの騎士になることは都合が物凄くいいことだ。木葉の功績がエリスの物となれば、エリスが王になれる確率が上がるし、メアの恩返しとしても丁度いい。
だが1つだけ疑問があった。メアがメイドなら一体誰が騎士だったのだろうか。木葉にはすぐに分かった。エリスはハーフエルフだ。ハーフエルフの騎士になりたいものなど指で数えられる程度か、それ以下だろう。
つまりエリスを守ろうとする者はノアニールにはいない。むしろ敵しかいなかった。
そう考えているうちに客間に着く。ドアをノックし扉を開ける。
「……お前らって王城なのに優雅にお茶なんて出来るもんだな!」
「飲んでるのはメアだけよ! 私は飲んでない!」
「お菓子を食べているのはエリス様だけです。私は食べてません」
木葉は『違う、そうじゃない』と思ったが、ツッコミするのも嫌なのでとりあえず要件を伝えた。
「陛下殿がお呼びだそうだ」
「まぁ貴方が戻ってきたので分かりましたが」
木葉は少しキレていたが勝ち目がない事に気づき、諦めた。
「そ、そうだよ! 木葉もお菓子食べよ! そしたら共犯者だから!」
「お菓子は良いから早く来いよ。置いていくぞー」
メアはエリスを残し、国王のいる部屋に行ってしまった。エリスは木葉と2人っきりになるが、意味のわからない言い訳をし、お菓子を1人だけ食べていた罪を逃れようとした。もちろん木葉が誘いに乗ることはなく、木葉までエリスを置いていこうとした。
「ま、待ってよ! 木葉まで置いていかないで」
「待ってますよー」
木葉は少し力が抜けた声で言った。
木葉の心の名では『エリスは馬鹿なんだ』と勝手な解釈をした。
木葉は先に廊下に出たが、メアの姿はなく、本当に置いていってしまったようだった。相変わらず、メアの冷たさは、どんな状況でも変わらないようだ。
「木葉? ぼーとしてる。どうしたの?」
「……え?」
木葉は自分の世界に入り込みすぎたのか、エリスの存在に気づけていなかった。
エリスは首を傾げ、こちらの様子を見ている。
木葉はずっと難しい顔をしていたのだから心配されるのも仕方ないのかもしれない。そんな心配しているエリスを尻目に窓から外を見た。
木葉がいた元の世界の景色は、異世界でも同じだった。魔法や魔物を除けば、元の世界とそう違いはない。
木葉がモテないのは、どの世界でも共通だったが――
「悪い悪い、早く行こうか。メアの鉄拳が俺達を襲うかもしれないからな」
「そ、そうね! 早く行きましょ!」
エリスは早足で木葉を置いていく。木葉は考えながらゆっくり長い廊下を歩き出す。
「痛てぇ! あぁすみません」
木葉は下を向きながら歩いていた為、人にぶつかってしまった。すぐに謝りその人物の顔色を伺う。
目の前にいたのは、白い服を着た若い男だった。
男は凄い剣幕でこちらを睨んでいる。木葉がこの男に抱いた最初の印象は、恐ろしい、だった。
「――お前、誰にぶつかったと思ってる?」
高圧的な態度でそう言い、木葉を睨みつける。木葉は顔色を変える。
目の前にいる男は、ロイやメアとは違う。説明出来ない何かがある。ミナセ・レイの遥か上を行く恐ろしさがある。
男は木葉の事を目を細め、よく見る。そして何かに気づいたのか一驚する。
「ま、まさか貴方は水瀬木葉さんではありませんか?」
「え? そ、そうですけど」
男は木葉の肩を掴み、問いかける。男は小声で『まずい事をした!』と言い、膝をおり頭を抱える。
木葉は予想外の男の姿を見て、首を傾げる。
「御無礼すみません! 騎士王である身、やはりこう言った態度をとった方が良いと、言われておりまして」
「……え? 騎士王?」
「は、はい! 今回の事で木葉さんの事はよく聞かされています。木葉さんに会えば、手厚く持て成せ、と言われておりました。しかし特徴が見た事の無い服装とだけしか聞かされてなかったので……」
「今回の事で俺、なんもしてないけどな」
木葉が苦笑いで騎士王にそう言う。
木葉は大量の視線に気づき、周りを見る。
メイドが怪しげな顔をしながら木葉の事を見ていた。それも仕方ない。騎士王が素性のわからない者に頭を下げているのだから。
木葉はこれ以上その場にいることは無理だと察知し、騎士王に会釈をした後、国王のいた部屋まで走り出す。
「あっ! ま、待ってください!」
騎士王がそれに気づき、呼び止めるが時間が無いのと、その場にいるのが嫌なので振り返らず、走り続ける。
「はぁはぁ」
国王がいた部屋まで遠くないが引きこもり生活をしていた木葉は体力が少なかった。
ノックし扉を開けるとメアがこちらを睨みつけている。大体わかっている。遅れた事に怒っているのだろう。
「……ごめんなさい」
メアに頭を下げる勇者の姿は後ろにいる男を驚かせる。
「メア様! いけませんよ! この方は手厚く持て成すように聞かされているはずです」
「これが私なりのおもてなしです」
木葉は顔を上げ、後ろを振り向く。いたのは騎士王だった。
メアの態度は変わらず、木葉にするものと同じだった。
「アイザック、下がりたまえ」
「申し訳ありません陛下」
騎士王は国王に会釈し、部屋を去る。
メアはもう1度こちらを向き、睨みつけてくる。
「申し訳ないね。さて話をしよう」
国王は1度息を吐き、木葉の方を見て言う。木葉は『まだ話始めてなかったのかよ』と苦笑いをしながら、小さくため息をついた。
「そ、それで陛下、お話とは?」
「木葉君を君の騎士にしたい」
「え?」
国王の言葉はエリスの首を傾げさせ、メアを驚かせた。
メアが机を叩き、席を立つ。メアは怒っているのだろう、国王を睨みつけている。少し冷静になったのか椅子に座り、息を吐く。
「……このような者を騎士として迎える事は到底できません。この者がどこに住んでいたのかハッキリしていない状態では、エリス様が危険過ぎます!」
「君は私の能力を知っているはずだ。木葉君の力があれば王になれる確率は相当上がると思うのだがね?」
メアは唇を噛み、国王を再び睨みつける。
「エリスを思う気持ちは分かる。だけど木葉君の力は必要になる」
「……分かりました」
メアは国王の言葉を認めたのか、大きくため息を吐き、木葉の方を見る。
そんなメアの目はゴミを見るような目だった。
「エリス様が汚れてしまう……」
「言いたい事は分かるけどそのゴミを見るような目で俺を見るな!」
「そ、そうよ! ゴミを見るような目をしたらダメ!」
「エリスちゃん! そこじゃない! もっと大事なことがある!」
木葉はここが王部屋である事を思い出し、エリスを止める。エリスも気づいたのか国王の方を向く、木葉もそれに続き、国王の方を見る。
国王は机に肘を付け、含み笑いをしている。
木葉はメアの方を向くがメアもまずいと思ったのか、大人しくなった。
「楽しそうで何よりだけど、木葉君をエリスの騎士として認めていいんだね?」
「え? は、はい!」
さっきの質問を国王はもう1度する。その質問にメアは答えず、変わりにエリスが答えた。木葉はその答えに目を見開き、止まってしまった。
「あ、後木葉君はアイザックに逢いにいくといい」
「へ、へい!」
木葉は反射的に返事をしたが、国王に向かって無礼な発言をしてしまった。しかし国王とエリスは首を傾げ、メアはまたゴミを見る目を始めていた。
「もう私は話すことは無いよ。もう寝たいから部屋を出てくれると助かる」
「し、失礼します!」
エリスだけがその言葉を口にし、メアは会釈をした。木葉はそんな事をする素振りも見せずに部屋を出る。
国王もそれに文句はないのか、それ以上は何も言わない。メアから送られてくる殺気に木葉は反応せずに騎士王を探し始めた。
「――僕を探しているのかな?」
王城の中で騎士王の居場所を知っている者は居なかったため、木葉は1人で探していた。
しばらくした後、後ろから聞いた事のある声が聞こえた。
「そうだ! お前を探してたんだ。覚悟しろ!」
「僕はいつも覚悟してるよ。いつ死ぬか分からないしね」
木葉は冗談で言ったつもりが騎士王は真面目な返答をしてきた。そのせいで木葉は少し気まずくなってしまい、言葉を止めた。
騎士王はそれを察したのか、苦笑いで木葉に話しかける。
「それで僕を探していたのかな?」
「国王にお前に会っとけって言われたんだ」
騎士王は苦笑いをし、『はは』と少し笑った。
「陛下はいつも騎士が増えると僕に会うように言うんだ。だから結構迷惑だったりするだよね」
「騎士王も大変なんだな……それで名前は?」
木葉は名前を聞いていないことに気づいて騎士王に聞く。
会話をする中で名前を言えないのは不便な事なのだ。メアは別だが。
「僕の名前はアイザック・グルーエンバーグ、名前が長いせいで中々覚えてもらえないけどね」
「よし! お前の事は今日からアイザックって言う!」
「僕を名前で呼んでくれるのは陛下くらいだからね。すごい嬉しいよ」
急に呼び捨てにするのは、いけないと思ったが木葉はそういう人間じゃないから、諦めた。地位が高くても木葉にとっては、無に等しい。騎士王がどれだけ偉いのかも全くわからない。
「それでもう用が無いなら帰った方がいいよ?」
「え? なんで?」
「ノアニールからエリス様の屋敷まで時間がかかるからね。メア様が怒ってしまうかもしれないし」
「そ、そうだった! 悪いな! 今度話しようぜ!」
木葉は焦り、外へ向かう。
後ろを振り向いたがアイザックは手を振っていただけだった。
廊下を走り、メイドに注意されたので早足になったがそれと同時に考え事を始める。
国王がアイザックに会うように言った理由に疑問を覚えていた。
アイザックもよくこういう事があり、少し迷惑だと言っていた。騎士とは言え、王なのならば意見する権利くらいはあるはずだ。そうだったとしても、ノアニールの事を全く知らない木葉がいくら考えても謎が増えるだけだ。
――そんな事を考えているうちに外へ繋がる扉を見つける。
扉を開けると外の風が広い王城に入り込む。
「こんな強い風の時に女の子2人を待たせるなんて、騎士として最底辺ですね。近寄らないでください」
「メア、最底辺なんて言っちゃダメ! 木葉が騎士って言ってもまだ新米だもの。まだ咲いてない花のつぼみよ!」
「エリスちゃん? 近寄らないでくださいって所を叱ってくれないか?」
木葉の儚い願いはエリスを笑わせる事しか出来なかった。いやその儚い願いでエリスが笑ってくれるのなら、安いものだ。
メアは少しニヤついている木葉を見て、『汚らわしい』と言ったが、木葉は鼻で笑いドヤ顔をかます。メアは意味がわからないのか、不思議な顔をした後、馬車へ乗り込む。エリスはメアに『汚らわしいなんて言わないの!』と言いながら馬車に乗り込む。木葉も馬車に乗り、メアの方向を見た。
メアはこちらを睨みつけ、小声で『エリス様からもっと離れなさい』と言っていたが木葉は聞こえないふりをした。
馬車が動き始め、屋敷まで急ぐ。
「それで騎士王さんとは仲良く出来た?」
エリスが木葉の方を見て、そう言った。
「仲良く出来たぜ。呼び捨てに出来るくらいな」
「そう、良かった。木葉の事だから怒らせてるんじゃないかと思ってた」
エリスが持っている木葉の評価は、すごい低いのだろう。木葉は苦笑いしながら『あいつは心が広かった』と言った。
「それでも良かったの? 私の騎士になんてなっちゃって」
「俺が決めた事だからそれで良いんだよ」
エリスは少し不安げな顔をし木葉に聞いた。だが木葉は『男に二言は無い』と言い、エリスに笑顔で接する。エリスもその言葉を聞いて安心したのか、笑顔に戻った。
「これからは一緒に頑張ろうね! メアだけじゃなくて、私の事もちゃんと頼ってもいいんだから!」
白髪の赤い目をした少女の笑顔は、世界を救った勇者を心から喜ばす事が出来た。