第一章20『化け物は静かに泣く』
馬車に乗り、結構な時間が経った。ノアニール王国に入ったが、ノアニール王国は広く、中心まで行くのに相当な時間を必要とする。
「……眠い!」
馬車の静寂は木葉の声で、どこかへ去っていってしまった。
木葉が急に叫んだ為、メアは体を一瞬震わせた後、こちらを振り向き。
「なら、寝ればいいでしょう? 着いたら起こしますので」
メアは呆れ声で木葉にそう言ったが、木葉は『今は寝たらダメだと思う!』とふざけた事を言い、メアは本当に呆れたのか前を向き、無視をした。
「……兎って寂しさで死ぬって知ってたか?」
「貴方は兎ではなくて、害虫ですよ」
木葉の構ってアピールに負けたのか、それともうざく感じたのか、メアは木葉に言った。
木葉は『害虫だと!』とキレ気味で言い、『ふん!』と言い黙った。
メアはそれすらも無視し、木葉は口を開けたまま、メアをずっと見ている。
その後ろ姿は、普通の美人に見えた。
そんな後ろ姿も拳を握ってしまえば、変わるのだろう。『美人なんだけどな〜』と木葉はメアに聞こえるように言った。嘘ではない。周りと比べてしまえば、メアは圧倒的に美人なのだ。
「顔が良くても、主を怯えさせるメイドは少しなぁー」
「安心してください。男なんて者は眼中にありません」
「お前まさか、エリスの事を……!」
木葉は、メアがエリスの事を好きで、仕えてるのではないかと思ってしまう。
木葉は『そういう趣味があってもいいと思うぜ』とメアに言う。
流石にキレたのかメアが不機嫌そうな顔をこちらに向け
「いい加減にしないと地面に埋めますよ?」
と言った。
木葉にとってメアの脅しは、脅しに聞こえない。
木葉はその言葉に怯えたのか、メアの方向から目を逸らした。メアの実力は前の世界で見ている。扱い方を間違えれば、本当に埋められるかもしれない。
「お前の扱い方が書いてある説明書が欲しい」
「基本、私の説明書はエリス様が持ってます。最近は『メアにしてはいけない事』と書いてある紙を見つけましたから」
「……エリスも大変なんだな」
主とは言えど、間違った事をすれば必ず叱るメアは、メイドの鏡と言うべきだが、主がメイドを恐れるほどなんて、一体どんな方法で叱ったのか。
「エリスがお前を怯える理由ってなんだ?」
「私はただ、2時間くらい正座させ、説教してるだけですよ」
「主なのにエリスすげぇ可哀想!」
流石、王国1のメイドの名は偽物ではない。
俺だったら絶対に、メイドチェンジさせると、そう思った木葉であった。
「お前っていつからエリスに仕えてんの?」
木葉が疑問に思った事を口に出した。
メアとエリスは結構長い間ずっと一緒にいるのであろう。
「もう四年くらい一緒にいます。四年前の話は長いのでまた今度にしてください」
「四年も一緒にいるのか……ところであそこの所有地はエリスの物って言ってたが、なんでエリスに管理させないの?」
「そりゃあ、あそこが元々私の所有物だからですよ? 有名な話なのでわかると思うのですが」
「……はい?」
木葉の頭の中では、はてなが量産されていた。
有名な話と言われても木葉は、この世界に来て、そう時間は経っていない。
『はぁ』とメアが溜息を吐いた。
木葉には、前を向いているメアの顔は見えないが、呆れた顔をしているのが良くわかる。
「エリス様に仕えるのです。私が全てを渡すのは普通でしょう?」
「じゃああれは、お前の土地でいいんだな?」
「えぇそうです。ちなみに言いますと、あの屋敷も私のです」
「お前って本当に凄いんだな!」
改めてメアの凄さが分かった。
あれほどの土地を手に入れるには相当な時間を有すだろう。王国1のメイドならば普通かもしれないが、何よりそんな土地を持っているメアをメイドとして、仕えてもらっているエリスは王族かなんかなのだろうか。
考えれば考えるほど謎が増えていく。木葉は頭の中を空っぽにしようと頑張るが、余計に質問したい事が増えてしまった。
「よし! これ以上頭を動かすな! 水瀬木葉!」
「首を折れば頭が動く事はありませんが?」
メアは前を向きながら、自分に言い聞かせている木葉にそう言った。
木葉は下を向き、黙った。
メアがうるさすぎて怒っていると思ったからである。それと話すネタが尽きたのも理由である。
木葉は窓から外を見て、アレスロイと呼ばれる男を探す。
外は前の世界とは全く違い、夜だが賑わっている。
確か明日、国王の息子が帰ってくるのだ。祭りでもやっているのかもしれない。
どんだけ賑わっていても3日後には、そんな事は無かったかのように静かになる。
木葉はそう思うと心が苦しくなった。どうにか出来たはずなのに、どうにも出来なかった自分が嫌になった。
それに、この後世界が崩壊すると知っているのは、メアと木葉だけだろう。
窓から見える外の世界は、実に生きた心地を感じさせてくれる。
自然の音や人の声が、真っ暗な夜空に広がっている。
そして賑わう人の群れの中に、特徴的な黒い物体があった。
「メア! ここで止めろ!」
「は、はい? 中心部まであと少しですよ?」
「そんな事は後回しだ!」
びっくりし後ろを向いたメアを尻目に、木葉は止まった馬車から急いで降りる。
この人混みの中でも、特徴的な黒い服をした者なら簡単に見つかると思っていたが、すぐに見つける事は無理だった。
「このままだと逃げられる!」
「私はどこにも逃げませんよ? 答えてもらいましょうか? 何故私を見て焦って馬車から降りてきたのか」
後ろから決して若くはない声が聞こえる。
木葉は後ろを振り向き、その人物の顔を確認した。前の世界で見つけたアレスロイという男の顔だった。
「あんたを探してたんだ。大人しく話を聞いてもらうぜ?」
「元より君には話をしてもらうつもりだ」
「貴方は……一体どこで何をしていたのかしら?」
メアが木葉とアレスロイの話に割って入る。
メアにとってアレスロイは、同僚である。メアがいて本当に良かったと木葉は思った。
このままだったら、話を出来ずに震えていたところだ。
「メア様……この者は?」
「ただの害虫です」
メアとアレスロイの会話は相変わらず、恐ろしい雰囲気が感じられた。
しかしそんな事はどうでも良くて、木葉はメアの害虫と言う一言に『おい!』と言うが、あっさりそれも無視されてしまった。
本当にこの2人にとって木葉は、害虫なのかもしれない。そう思い始め、木葉は黙る。
「貴方に拒否権はありませんよ。大人しく付いてきてもらいます」
「私はまだ妻を探しているのです。その邪魔をするのであれば、メア様とは言えど……」
「奥様を見つけたいのであれば、私達に付いてくる他ありません。世界が崩壊しては探しようがないでしょ?」
アレスロイは顔を歪め、メアを見ている。メアはそんなアレスロイを睨む。
このどんどん悪くなる雰囲気に木葉は、落ち着きを保てられないのか、少しにやけている。
「……分かりました。その言葉信じましょう」
アレスロイはこの雰囲気に我慢出来なかったのか、少し黙った後、了承した。
この雰囲気に耐えられなければ、負けだと思い、木葉はずっとにやけていた。周りを見れば、雰囲気に耐えられなかったのか、ほとんど人が居なかった。木葉は『俺にしては良くやった!』と心の中で思った。
「物分りがいいのはいい事です。もう老人になって頑固なのかと思ってました」
メアは馬車に向かいながらそう言った。そう言われたアレスロイは、無言で馬車に乗り込む。遅れた木葉は、急いで馬車に向かう。
「それで説明していただきましょうか?」
「その者が簡単に教えてくれます」
メアは責任を木葉に押し付け、言葉を止めた。そのまま馬車は動き出し、木葉とアレスロイの間は気まずい空気になっていた。
「えっとーアレスロイさん?」
「……アレスでもロイでもどちらの呼び方でも良いですよ」
「それじゃあロイさん。簡単に説明しますよ?」
「いつでも構いません」
「世界が崩壊します! 中心部で魔神獣と呼ばれる奴が召喚されてしまいます! だからそれを止めに行きます!」
「……凄い簡単に説明してくれましたね。とりあえず、大体は理解できました」
木葉は『ちゃんと説明できてねぇ!』と思ったが、まあいいだろうと思い、言い直すことはしなかった。
「それで中心部に向かっているのですね?」
「は、はい! そうです! それだから是非、共に戦って欲しいと」
「構いませんが戦闘中は、なるべく近づかないで頂きたい。巻き添い喰らいますよ」
「――」
木葉は『またやばいのが現れた』と心の中で叫び、息を切らしたように笑い飛ばした。
「ところで、何故そんな事をあなた方が知っているのでしょうか?」
「そ、それは……」
「エリス様の魔術干渉です。文句おありですか?」
「そうですか……」
メアの言葉は見事にロイを黙らせた。
木葉にはメアが輝いて見えた。
そう言えば、メアも知ってる理由を追求しては来なかった。気遣いなら良いのだが、嫌な予感しかしない。
そんな嫌な予感も一時的ではあるが一気に吹き飛ぶ。
目の前に何度も見た、中心部の地下へ繋がる扉がある。この先には長い階段が続き、何個もある扉を無視し、最後にある扉の向こう側、それが首謀者の居場所である。
「……メア様。彼は連れていくのですか?」
「どちらでも構いません。付いてこようが付いてこなかろうが、結局は戦力になりませんから」
「辛辣だな! 付いていくわ! 邪魔になっても知らねぇからな!」
木葉の言葉を無視しメアとロイは馬車を降りた。
メアだけは1度もこちらを向いたが、見せた顔は呆れ顔だった。
木葉は少しイラッとし『悪いな! さっさと首謀者倒しに行くぞ!』と言った。それもまた無視されたが、木葉はそれに反応はしなかった。一々反応していたらキリがない。
「ここはやはり不気味ですね。メア様は女性なのに素晴らしい方です」
「褒め言葉になってません。まだこの者の方が褒め言葉うまいですよ」
「水瀬木葉な! 少しくらい覚えろよ!」
「教えて貰っていない名前を覚えるのは無理です」
ぐうの音も出ない。
木葉は自己紹介をするのを忘れていた。名前を知らなくて普通だろう。メアは名前を知らない状態で木葉と会話していたのだ。物凄く不便だっただろう。
「扉の数も尋常じゃないですね。ところで木葉さん、貴方はどこ住みの方なのですか? そのような服装初めて見たのですが」
「はっきり言って俺もわかんねぇ。ロイさんの想像力におまかせするぜ」
「貴方、貧相な方なのですか? エリス様に拾われるって相当なものですよ?」
木葉は否定する気は全くなかった。『特別貧乏って訳じゃねぇけど金持ちでもねぇよ』と木葉はメアに言った。メアは木葉の方を向き『はっ!』と鼻で笑った。
年齢で言ってしまえば、この中で1番年下なのはメアだろう。そんなメアに負けているのだから木葉は鼻で笑われても仕方ないと思った。
「木葉さん、言われっ放しじゃいけませんよ」
「仕方ねぇだろ……事実だし……」
ロイの気遣いも聞かず、木葉は自分の評価を下げていく。
高校生だったからバイトは出来たが、めんどくさいと言う理由でしなかった。仮にしていたとしても、メアの総資産には多分勝てないだろう。
「さて、こんな話をしてる間に扉の前まで来てしまいましたがここで宜しいのでしょうか?」
メアとロイは木葉の後を付いてきて、最後にあった扉の前に止まった。これ以上道はなく、あるのは扉の先にある部屋だけである。
今のこの場にいる者は理解しているだろう。前の世界でも感じた同じ雰囲気。ロイもメアもその雰囲気に気づいたのか、目を細める。
「異様なものが感じられますが、ここで良いのでしょうか?」
ロイは木葉の方を向き、警戒した顔で聞いてくる。
間違いない。この先に奴はいる。それは3人とも分かっていた。
「間違いなくここですね。貴方は逃げても構いませんよ?」
メアがこちらを振り向き、木葉にそう言ったが、木葉は『はっ!』と鼻で笑い、1度、目を閉じメアを見て言う。
「ここで逃げたらいろんな奴に恨まれそうだからやめとくぜ。何より逃げたら後ろから殺されそうだ」
「貴方は戦力外なので邪魔だと言ったのですが……まぁ死にたいのであれば勝手に付いてきて、死んでください」
メアは扉の方向を向き、ロイは剣を構える。その中で木葉は『ほんっとひでぇ奴だな!』と狭い廊下で叫ぶ。声は反響し、行ったり来たりを繰り返している。
メアが1度こちらを向き、『うるさいです』と口にしたがそんな事は無視し、木葉は扉を睨みつける。
今、この先で奴は、木葉達の登場を余裕の表情をしながら待っているのであろう。全てを見通した顔で――
「ロイ、扉を開けます。もし何かあれば私の心配はせずに斬りなさい」
「仮に何かあったとしても、恩人には当たらないように斬りますよ」
メアとロイの声は、この狭い廊下では反響し、大きく聞こえる。
扉の先の奴にも聞こえているのかもしれないが、攻撃してこない事から本当に、余裕の表情をして待ってるんじゃ無いかと思い始める。
メアがドアノブに手を掛け、扉が軋みながら開く。ここまではいつも通り。
問題はこの先なのだ。
ドアは遅く感じる事も無くすんなり開く。目の前に現れたのは、大きな椅子に座り、余裕の表情をしていた奴だった。
「世界を救う勇者は、ここに今集った。こんな下らない世界を守ろうとする君達の考えは分からない。でも私を殺せたら、人間の命が救われる」
奴は椅子に座りながら、足を組み余裕の表情を見せていた。『すげぇ! 俺予言者になれるかも!』と木葉が言ったが完全に無視されてしまった。
この状況で余裕の表情を出来るのは、目の前にいるミナセ・レイと木葉だけだろう。
「どうしたの? 私は待ってたって言ってるんだよ? 少しくらい謝ってくれたっていいじゃない」
「――害虫にかける言葉などありません」
ミナセ・レイの言葉が終えたすぐに、メアはそう言い放った。
ミナセ・レイは少し不機嫌そうな顔をし、椅子からゆっくり立ち上がる。ロイは先程からずっと剣を構えたまま動かない。多分、こっちに近づいてきた瞬間に斬るのだろうと木葉は思った。
「害虫なんて言い方はしないで欲しい。これでもれっきとした人間なんだから」
ミナセ・レイが1歩こちらに近づく、ロイは微動だにせず、剣を構えたままだった。木葉は『もういい加減に動けよ』と心の中で思った。
そしてミナセ・レイは1歩1歩こちらに近づいてくる。
木葉はロイがミナセ・レイを見ておらず、何も無い空間を見ている事に気づいた。メアはそれに気づいてないのか、目の前にいるミナセ・レイに集中している。
「警戒を少しでも良いから解いてよ。このままじゃ殺せる気がしない」
ミナセ・レイはメアに向かいそう言いつつ、ゆっくり近づいていく。
ロイが剣を抜き、見えない方向へ走り出す。
メアとミナセ・レイはそれに驚いたのかロイの方向を見る。
木葉だけは違った。ロイの方向は見ているのだが、それとは別に驚いた事がある。
教会のような場所で金属と金属をぶつけたような音が鳴り響く、それはロイの剣から発せられたものだった。
「もうバレちゃったか」
ミナセ・レイだった者は霧のように消え、代わりに何も無かった空間にミナセ・レイの姿が現れた。
ミナセ・レイは小型のナイフでロイの剣を止めている。
ロイは少し驚いた顔をした後、目を細め、そこから数歩離れる。
「人生って言うゲームは上手くいかないもんだね」
「この魔術は情報にありませんでしたが、魔力の作りを確認してる間に気づけました」
「完璧かと思ったんだがね。私もまだ未熟者のようだ」
メアは驚いたまま動かず、ロイは納刀し、もう1度構え直す。
木葉はこの魔術に覚えがあった。
前の世界でメアの隙を付き、いとも簡単に殺した。そんなメアは狭い範囲だが魔力の感知が出来る。
ミナセ・レイは教会の中にさっきの魔術を使う事で首謀者は中にいると思わせ、隙を作った。
魔法と縁遠いメアになら魔力の作りを確認する事は無かっただろう。
ロイ1人で勝機が高くなる。
エリスが教えてくれた情報はここで生きてくれた。もしまたどうしようもないようであれば、世界の崩壊を認め、大人しく3日を生きるしかないと思っていた。
「メア様、木葉さん、少しの間離れててくれますか? 加減が下手なので巻き込んでしまうかも知れません」
「……貴方がそう言うのであれば、私は大人しく聞くことにします」
メアは木葉の袖をつかみ、ロイから四歩ほど離れる。
木葉はメアの顔を見て、今の状況がまずい事を理解する。
メアは引きつった顔をしている。
木葉は、今ここでロイとミナセ・レイが戦えば、最悪の場合、この教会ごと吹っ飛ぶかもしれないと思っている。
「さて、私は準備が出来ましたが、貴方はもう準備は出来ましたかな?」
「私はいつでも準備万端だよ」
「――それでは」
「――始めよう」
この狭い空間に金属音が響く。
ロイが剣に対し、ミナセ・レイはナイフで対抗している。差は見ているだけでも分かる。
禁術が使える化け物とまともに戦おうだなんて無理がある。
「――」
ミナセ・レイが動きを止め、詠唱を始める。
ロイは少し距離を取り、納刀する。そして目を細め、ミナセ・レイを睨む。
ミナセ・レイが詠唱をやめたのと同時にロイが抜刀する。
ミナセ・レイは驚いたのか、目を見開き、見えない目でロイを見て言う。
「ど、どうやって私の禁術を!」
「詠唱を止めれば、空中に溜まっていた魔力は一気に私を殺しに来るだろう。ただそれを斬っただけだ」
「な、そんな事が人間ごときに出来るはずが!」
「人間と騎士王を比べないでほしい。昔から化け物と罵倒され、戦い続けてきた私を、貴様は一生かかっても勝てない」
木葉はただ驚いていた。メアの同僚と聞かされていたが、力は全く違うものだった。
メアを殺した禁術をいとも簡単に見破るその技術は、騎士の王と言っても過言ではない。もしかしたらそれ以上かもしれない。
「私の剣は無きものを討つ。貴様の禁術など、子供の砂遊び程度だ」
「ふ、ふざけるな! この私が人生を捧げ、身につけた禁術を子供の遊び程度だと?!」
「……終わりにしよう。この無意味な争いを」
ロイが剣を掲げる。その剣には目に見える魔力が集まる。
メアが子供の目でそれを見ていた。魔法が出来ないエルフのメイドは、初めて魔力をその目で見たのだろう。
木葉も不思議と剣に目を奪われる。
「自分のした事を悔いろ」
「――!」
ロイが剣を下ろし、魔力が一気に放出される。教会は光に覆われ、姿を隠す。
衝撃波はコンクリを簡単に砕く。その風圧だけで木葉は飛ばされそうになるが幸い、壁際にいた為、ダメージは少なかった。
目を開ければ、運が悪ければ失明するレベルの光が木葉を覆っている。
そんな世界の中で、メアを見つける事は困難だった。
木葉は諦め、その場で光が消えるのをそっと待つ。
光が徐々に去る。目が十分に見える頃になると、教会が酷い有様なのが良くわかる。
「わ、私が負けるなんて……!」
「……貴様が私の妻だとしても、妻が愛したこの世界を壊そうとするのなら、私は容赦なく斬ろう」
「……は、はは、やっと迎えに来てくれたんだね……?」
そして目に見える事実は、残酷で、酷いものだった。
「……最後に聞いてほしい。お前が私の妻ならば」
「う……うん……」
「……私はお前を愛してる。私は必ずお前を誘拐した奴らを見つけ、倒してやる」
ロイは酷い状態のミナセ・レイに話しかける。ロイの目には涙が浮かんでいた。それもそう、探していた妻を斬ってしまったのだ。
木葉はメアの方を見た。メアはいつもの蔑んでいる目をしていなかった。哀れむ目でロイを見ている。
「……あ……して……る」
「――」
ロイは死体になったミナセ・レイを抱き上げ、静かに泣いた。
メアは目を閉じ、黙祷をしていた。が木葉は何日も寝ていないせいか、安心したせいか、分からないが眠気に襲われる。
そのまま目を閉じ、睡魔に体をゆだねる。
「――今僕は今日という日を記念日として残したいんだけど、いいかな?」
「ダメだと言っても勝手に記念日にするんだろ?」
木葉の睡魔の先はいつもここ。
レイ・ノアニールと呼ばれる女がいる『ここ』に来る。
「もちろん、僕は勝手に今日という日を記念日にする気だったよ」
「やったな。バースデーケーキでも貰えるのか?」
「残念だけど想像したものしかないよ?」
レイの想像する物を食う気にはならない。というより想像されたものを食うのは、少し悲しい気がする。
「やっと終わったね。呪いがまだだけど」
「……あの? もう1度お願いします」
「……? 呪いがまだだけど?」
「それってどういう事だ? まさか俺死んだんじゃ」
木葉は呪いの存在を完璧に忘れていた。ミナセ・レイの戦闘に集中し過ぎてて呪いの対処法を考えていなかった。
「君は死んでないよ? ただ寝ただけだ」
「なら今すぐに呪いの対処法を考えなきゃ死んじまうぞ俺!」
木葉は回り始め、深く考え始める。呪いは呪術師の気分次第で発動できる。下手をすればミナセ・レイより厄介な相手になる。
「まあそんな呪術師も死んだけどね」
「……え?」
レイの言葉に木葉は首を傾げる。呪術師が死んだという事は、呪いは発動しない。『多分』と木葉は小声で言った。
「今の小声は無視するとして、呪いは発動されないよ。良かったね」
「死んだってどういうことだ? だってまだ生きているはずじゃ……」
「そうだね。実際はまだ生きているはずだったけど、ミナセ・レイを殺した事により、少しそれが早まっただけだよ」
レイの言葉で木葉は安心するが、それは不謹慎だと思い、安心するより先に、これからどうするべきか考える。
「俺って寝ちゃったんだよな? この間にロイに殺されたりしないか?」
「死んでたら困るよね。生憎僕は向こうの世界の事は少ししか知らないんだ」
木葉はその言葉を聞き、少しした後『この役立たずが』と小声で言い、また考える動作を始める。
「君って命の恩人にも文句言いそうだね?」
「流石に言わねぇよ!」
レイの言葉に木葉は素直に返事した。レイは心を読んだのか、『ふふっ』と少し笑った。木葉は少しため息を吐き、質問を始める。
「俺って戻っても痛みとか無いのよな?」
「もちろんないよ。そんな、寝たら痛みとか理不尽にも程があるよ」
木葉は心の中で『早く扉開けろ』と言う。それを読んだのかレイは、ため息を付いた。
「いつも通り扉は出してあるよ。僕はもう少し話がしたいんだけどね?」
「向こうでもできるだろ」
「そうだね。寝ればまた会えるし、君とは運命の共同体なのかもしれないね!」
「お前と運命の共同体とかゾッとするわ!」
レイは木葉の言葉を笑い飛ばした。木葉は『こいつ!』と思ったが結局は読まれてるんだろうと思いやめた。
木葉いつもある扉の場所に行く。そこから先は、まだ木葉が見たことの無い生活の始まりなのだろう。
ドアを開けた瞬間、光に包まれる。
「おはようございます!! 水瀬木葉、新しい人生を歩んでいきまーす!」
「……どうしたの? 木葉?」
「あ……見なかったことにしといてくれ」
「う、うん。大丈夫だよ! うん!」
「まあ私も見ていましたけどね」
目覚め、初めて見た物は、よく知っている天井だった。そして目覚め、初めて聞いた声はエリスの物だった。
横を見ればエリスがいて、扉のすぐ近くに腕を組んでいるメアが見えた。
「俺って運ばれたのか?」
「あの戦闘の後です。何もしてなかったとは言え、安心で眠くなるのは仕方ない事です」
「わ、私、木葉がメアに運ばれてきた時、凄い心配したの。だから何があったのかちゃんと話して」
エリスは少し怒っているのか、声の音量を少し下げ木葉に聞いてくる。
もちろん木葉は説明するつもりだったが、あまりにも覚えてないため、メアの方向を見る。
メアはため息を吐き、『自分で説明しなさい』と言った。
「少しだけしか覚えてないからそこんとこは勘弁な?」
「うん! 覚えてないならどうしようもないから仕方ないけど、ちゃんと詳しく話してね?」
「それじゃあ心して聞けよ? 俺は……」
いつも普通だと感じていた風は、生きた証でもあった。
木葉にとって、今見える光景も聞こえる音も、全てが生命を感じさせる物ばかりだった。
前の世界ではそんな物は跡形もなく消えていたが、今は違う。
メアは生きてるし、世界は崩壊していない。それにエリスも――
どこの世界にいてもこの子だけは、エリスだけは木葉の事を心配してくれる。
木葉は決めた。この子のためなら、これからもどんな苦難や苦しみがあろうと生き続けると。