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君を救う死生活  作者: 鈴先壮 ゆっクリ
第一章 絶望に満ちた三日間
20/52

第一章19『夜更かしはもう終わり』

「おかえり……」


 少女は上の空の少年に挨拶をする。少年はそれに対して全く反応を示さない。目の焦点が合っていない。


「……もはや狂気でしかない……か」


 今回の戦いで、木葉は自分の無力を再確認したのと、平常心を保てなくなった。

 誰がどう頑張ってもこうなってしまうのだろう。むしろ、こうならない方が珍しい事なのかもしれない。


「……諦めるのかい? 僕は別に構わないよ」


 少女は他人事の様に木葉にそう言った。いや他人事で間違いではない。死んだ彼女には、この世界に起こった事など些細な事なのだろう。


「……もう1度聞くよ。諦めるのかい?」


「――諦めねぇ。諦めるわけがねぇ」


 少女が言葉を並べている途中に、さっきまで上の空だった木葉は、少女の口から発せられる言葉を止めた。


「――俺は諦めねぇよ。ここまでされて諦められるわけがねぇだろ」


「……僕にとって、君以外に起こった事など、どうでもいい。僕はあの世界に生きる価値などないとそう思っている。君が今の状況から救われるのなら『ここ』に居てもいいんだよ」


「――」


「『ここ』に命ある者が留まれば脳が溶け死んでしまう。だけど逆に言ってしまえば、死んだ者は『ここ』に留まる事が出来る」


 木葉は無言のまま、少女は言葉を続ける。少女は返答を待たない。今のこの場に居るのは2人。だが木葉は相変わらず上の空、少女はそんな木葉に向かって話しかけている。


「僕が君の命を奪ってあげようか? そうすれば『ここ』で生きる事が出来る……いや『ここ』に住めるだね」


 少女は『ここ』に留まる事を推奨している。変わらず木葉は少女の言葉に反応はしない。


「……『ここ』で僕と話をしていれば、向こうの世界は崩壊しない。それに僕は君に『ここ』にいて欲しいと思ってる」


 少女は悲しげな声でそう言った。ただ木葉はそんな事に対して返事をする気は全く無いようだった。


「……僕は君が好きなんだ。だから君が泣いているのを見ているのは辛いんだ。僕が何回死のうと、その涙には勝てない」


 木葉は涙を流していた。少女はそれに気づいていた。


「――諦めねぇ」


 涙目で喉を震わせていた。聞き取りづらいその言葉は、自然と理解出来た。


「――諦めねぇ……諦めたくないんだ。でもな俺はアニメに出るヒーローなんかでも無けりゃ、特別凄い能力を持ってるわけでもねぇんだ」


「……僕がよく知ってる」


 無力で無能の木葉は、自分を罵倒した。そう言った木葉を否定する事も無く、少女は肯定した。


「それでも諦めたくねぇんだ。負けるとわかってても、それが0で無いなら俺は諦めない。何度でも別の方法で戦ってやる、抗ってやる。誰かの手の上に踊らされてるのは嫌なんだ」


「……君は無力で馬鹿だ。それが命を縮める結果だとしても、君は気づけずに戦う。君如きじゃ誰も救えない、救われない。君は弱いんだ」


「そんな事ぐらいよく知ってる。俺は弱い。誰かに頼ってじゃないと何にも出来ねぇ。でもな、それは諦める理由にはならねぇんだ」


 木葉は弱いと言う言葉に否定する事は無かった。誰だって知ってる。木葉は弱い。だから誰かに頼らないと生きていけない。

 ただ頼って生きて、メアが、エリスが、大量の人が死んだ。頼って生きた結果、負けたのだ。


「エリスに頼っていれば、こんな事にはならなかったのかもしれないね?」


 自分のプライドのせいでエリスが死んだ。屋敷で約束を守っていたエリスは、木葉を信じながら死んだのだろう。


「……だから僕はあれ程言ったんだ」


「――いい加減にしろよ!」


 木葉は少女の言葉を止めた。怒りが込められた言葉は涙を流している木葉の物とは思えなかった。少女は驚き、目を見開いていた。


「――俺はエリスだけは巻き込みたくねぇ! 前に言っただろ!」


「僕も言ったろ? その程度の覚悟で世界は救えない。これは全ての生物を巻き込む事だよ。それとももう1度あんな世界をエリスに見せたいのかな?」


「……」


 木葉の言葉は止まる。

 少女は正しい事を言っている。誰か1人だけ巻き込まないなんて事は通らない。それにエリスの力を借りれば勝てるのかもしれない。


「――だけど俺はエリスを巻き込みたくない」


「君は本当に頑固だね? エリスに力を借りて確実に勝てるとは言わないよ。でもね? エリスも馬鹿じゃない。むしろ天才と言うべきだよ」


「は? お前何が言いたいんだ?」


「エリスと共に戦えなんて言ってないよ。エリスは頭が良いんだよ。どうするべきか相談してみたらどうだい?」


 木葉はその少女の印象が悪い物しか無かった。世界を崩壊させようとした魔法使いのレイ。そんなレイが考える事は全て、世界の崩壊に関係するのもではないかと思ってしまう。


「僕は悪魔じゃない。君がエリスを戦いに巻き込みたくないのなら君の好きにすべきだ。だけどね? 事は世界の崩壊だ。エリスだって死にはしたくないだろうし。少しくらい頭の中を捻っても、罰は当たらない」


「言われてみれば確かにそうだ。だが俺には、エリスがそこまで頭が良いように見えない」


「失礼な男だね? 少し一緒に居ただけなのに、もう知ったような口が出来るんだね」


 レイは煽り口調で木葉にそう答えた。事実、エリスとメア、どちらと長く一緒に居たか聞かれると、メアが選ばれる。

 メアの性格問題集などがあったらエリスバージョンより点数が良いのだろう。


「君はエリスにどういう感情があるんだい? 世界の崩壊で人手が欲しいのに、エリスに共に戦ってくれるか相談しない辺り、僕は不思議でならない」


「……俺もわかんねぇよ。ただ好きなだけだ」


「まあそう言うと思ってたよ。それ以外の答えは望んでないしね」


 木葉がエリスを巻き込もうとしないのは『ただ好きな』だけ。人手が足りない今、好きなだけの人だとしても、手を借りたいと思うのが普通である。


「君がエリスに抱く感情は、君がこれからする行動の次に気になる事だ。是非答えて欲しいね」


「もう1度言うぞ? よく聞けよ? 俺はただ好きなだけだ。優しい手を差し伸べてくれたあの子を救いたいだけだ」


「……強欲だね。木葉」


 レイは木葉には聞こえないくらいの小声でそう言った。その言葉には悪意などは全く感じ取れない。哀れみでも怒りでもない。ただ思った事を口にそっと出しただけだった。


「ん? なんか言ったか?」


「い、いや! 何も言ってないよ!」


「ふぁ? そうか……」


 木葉が不思議そうに言葉を発し、それからは沈黙が流れた。周りの景色には、木葉の不安を表したかのように、闇が広がっていた。

 レイの姿は相変わらず見えず、その場にいる事は大体理解出来ても、存在を証明できるような物は一切無かった。


「なぁレイ、俺はお前がすげぇ嫌いだ。お前は遠回しに俺に伝えようとしてる。何でそんな事するんだよ」


「……僕は人と話すのが下手でね。昔から人と話す事は、全くと言っていいくらい無かったからね」


 レイの声は闇の中でもはっきり聞こえる。そんな声も少し悲しげな物ばかり、顔は見えずとも、どんな感情なのか、木葉にも簡単に理解できる。


「……俺だって人と話すのは嫌いだ。なんでわざわざ人と関わらなきゃならねぇんだ。でもな? 今の俺とお前はその程度の関係か?」


「ん? つまり君は僕のなんだい?」


 相変わらず闇で見えないレイは、木葉に言葉の意味を問いかける。木葉は笑みを浮かべると、レイに言った。


「――俺達はもう、友達だろ?」


 木葉はレイにそう伝え、言葉を止めた。周りの闇が少しずつ薄くなっているのが良くわかる。

 レイはそんな言葉を聞き流さずに、少し間を開け、木葉の言葉に返事をした。


「……全く、人間って奴はどこまでも馬鹿だね。まあそれが面白い結末を生んでくれるのなら無問題なんだけどね」


 レイは煽り口調で木葉に言葉を返した。木葉は少し機嫌が悪そうに、レイがいるであろう闇を見ていた。

 目を凝らしても見えない闇の中に、レイと呼ばれる少女が1人。木葉が救うべき人の1人であるのかもしれない。

 木葉は溜息をつき、レイに冗談混じりで話しかける。


「夜を共にした仲じゃないかよ〜そんなに俺の事が嫌いだったのか……」


「……もうそんな夜も明けてくれると僕は助かるんだけどね? 早く君の安心した顔が僕は見たい」


「――」


 木葉の考えていた返答とは真逆で、半分真面目、半分冗談で返された。

 夜が明ける。つまりこの事件の終わりを意味するのであろう。それは誰しもが思う。早く朝が来ないかと、木葉はその朝を求め、また戦いに行く。


「――もうすぐ夜が開けるぜ。ヒーローじゃない勇者様が、この闇も断ち切ってやる」


「ヒーローの次は勇者かい? まあ僕には明日の朝ごはんの次にどうでもいい事だけど」


「それってどのくらいどうでもいいんだ! 微妙なとこ行くな!」


 木葉のうるさい声は、闇の中でもよく響き、逆に黙っていれば、恐ろしいくらいの静寂が流れるだけ。『ここ』は死んだ者が来る場所なのだとよく実感できる。

 ただレイの声は響かない。レイの言葉は木葉の心を安らげさせる何かがある。レイに聞いてもまともな返事は期待出来ない。レイの秘密なのだと、理解出来た。


「さぁ勇者様に質問です。『ここ』を出て痛みに耐えるか、ここに残り脳が溶け死ぬのを待つか。選ぶのは君だよ」


 レイの質問は単純な物だった。木葉は何度諦めないと言ったか、何度諦めたか。今この質問はどちらかにプラスされる。諦めるか、諦めないか

 質問する側は簡単で、答える側はとても難しい質問となる。それが普通であり、異常でもある。

 人間という生き物は難しい


「――俺は何度も諦めて、何度挑戦したな?」


「そうだね」


「だから今回も俺は諦めるつもりはねぇよ」


「……」


「諦めるのは後回しだ。そんな物に構ってやれるほど俺には時間がねぇ」


「……」


「だから扉を出せ。今から世界を救う救世主になってやる」


「勇者の次は救世主か……扉はいつも出してある。君がいつでも出れるようにね」


 レイが呆れているのが分かる。人間は、諦めが下手な生き物なのかもしれないと、勝手に思い込んでしまうほど、木葉は諦めが悪いのだろう。

 扉の先には絶望の廊下、木葉が救うべき人の大事な生きる場所がある。

 扉に少しずつ近づいていき木葉はドアノブに手を掛ける。


「――だからお前を助けるのは、世界を救った後だ」


『ここ』から木葉という存在が消えた。そしてレイはまた『ここ』で1人存在し続ける。闇は薄くなったものの、レイの姿を隠すカーテンは役目を果たし続けている。


「――僕を助けてくれたのは君だよ。だから今は自分の救いたい者だけを救うといい」


 目を開けば、それは先程までいた場所とは全く違い、窓から光が部屋を照らしている。電気が存在しない理由は、ここにあるのかもしれない。

 静かな部屋はあと数秒でうるさい部屋に変わるだろう。

 木葉は近くにあった毛布をすぐに掴み、毛布を噛む


「――んッんん!!」


 必死に耐える。大声を出さないように、メアかエリスが近くにいるかもしれない。しかし毛布を噛んでいるとはいえ痛みに耐えられるというわけではない。耐えている声は少なからず、静かだった部屋に響き渡る。


「ハァハァ」


 痛みを簡単に例えてしまえば、胸から熱の篭ったナイフを刺しているようだった。

 痛みは木葉の持っている体力を全て奪い去って行った。その痛みは帰ってくることは絶対に無い。今の痛みを超える物が来るからだ。

 痛みは引いたものの、胸に焼けるような感覚が残り、木葉を怯えさせる。


「は、ハハ、胸の痛みがまだ引かねぇや。医学でも勉強しとくべきだったか?」


「こんな事を医学で説明できるのなら、死ぬ人間は居ないだろうね」


 木葉の少し冗談混じりな言葉にレイは真面目に返答した。レイの言うことは間違いではない。今起こっている事を科学が説明できるのなら、不老不死を作る事は簡単だろう。

 木葉はきつそうな顔をしながら、無理矢理笑みを作る。


「死なない人間はここにいるだろうがよ」


 息を切らしながら、その言葉を口にした。必死さを理解したのか、レイはそれ以上何も言わなかった。

 今あまり無理をすると、体に負担が掛かる。このままでは体が壊れてしまう。


「少し休んだ方がいい。今は休んでいても特に支障はない」


 レイは木葉を心配し、そう言うが、この状況下で休める程、木葉は優れていない。不安で夢の中で戦ってるかもしれない。

 ただ休まないと木葉は死んでしまう。それこそ今度はもっとまずい事になるかもしれない。


「休むのは後だ。せめてメアに協力を要請しないとな」


「あまり無理をしないでくれよ? この調子じゃ今度はどうなってしまうのか僕は心配で仕方ない」


「無理はしねぇよ。休む時はきっちり休む。俺はそういう所はしっかりしてんだよ」


 少し気分が優れた事により、木葉はまだ大丈夫だと思い、レイにそう告げる。

 レイは不満げそうに、「無理をしないでくれ」と言ったが、木葉は安心させたいのか、不安にさせたいのか分からない言葉で、レイを止める。


「そろそろ黙っててくれよ? メアを探しに行ってくる」


「――分かったよ。僕は黙る。助言が欲しい時はいつでも言ってくれ。君の力になれるなら何でもする」


「――」


 レイを黙らせ、いつも通りドアノブに手を掛ける。扉は変わらず簡単に開けれた。

 部屋から出て、左右を見ても変わらず、無駄に長い廊下。

 黙ったまま木葉は廊下に足を進める。

 メアが以前使っていた禁術の気配は全く無い。何故なら、1階へ行ける階段を難なく見つけた。階段を降りて、すぐの場所に外へ繋がる扉はある。

 扉を開き、外の光を少し暗い1階に流し込む。

 外の世界はメアが管理している綺麗な庭があった。

 そんな綺麗な庭の中で、美しい白色の肌を持ったメイド服の女性が植物の手入れをしていた。

 年齢は木葉より2歳ほど下と思われた。


「――おい! メア少し話いいか?」


 広い庭では木葉の声は響かない。響かなくてもメアの耳には入ったのだろう。メアはこちらを向き、歩いてきた。

 メアは少し不機嫌そうに木葉に質問をする。


「何でしょうか? 用がなくて呼んだのであれば、少し痛い目に会いますよ」


「用があるから呼んだんだよ。簡潔に言うぞ? 世界を救いに行く、手を貸せ」


「頭のおかしい方なのですか?」


 当たり前の反応だった。むしろよくこんな事を平然と言って頭の心配をされなかったのか不思議でならない。


「……無視しても良いが、その場合エリスを連れていくぞ?」


「……貴方、私を目の前にしてよくそんなことを言えますね?」


「エリスを連れていったら困るのはお前だろ?」


「……もう少し詳しく話を聞かせてください」


 メアは諦めて木葉の話を聞くことにした。

 これが普通である。いやまだ普通ではない。むしろ前まで何故あそこまで上手くいっていたのか分からないくらいである。

 それは木葉の説明不足による物だろう。


「明日の朝までにノアニール中心部に行く。見えない炎の回避、首謀者撃破」


「……それってもしかして詳しく言ってるつもりですか?」


「わかりやすくていいだろ!」


「明日の朝までなら、今から行ったほうが良いですよね?」


「そうしてくれると助かる!」


「……分かりました。馬車の準備をしてきますから、怪しい行動はしないで下さい」


「分かってるんだぜ」


 メアは溜息を吐きながら木葉に背を向けて、馬車のある場所に歩いて行った。

 木葉はそんなメアを追わずに、屋敷の方向を向き歩き出す。


「前と同じなら2階にいるんだよな?」


「誰が?」


 後ろから透き通るような美しい声が聞こえた。木葉が今から探そうと思っていた少女の声。

 木葉は体を一瞬だけ震わせ、後ろを向く。後ろには肌が白く、ロングの白髪、赤い目を持った女の子が立っていた。年齢はさほど大差ないのだろう。


「――びっくりしたなぁ」


「私おばけじゃないからびっくりされると、少し嫌な気分」


「俺がビビりで悪かったな!」


 エリスは少し不機嫌そうにして、木葉に言う


「別に怒ってない。少しだけ複雑な気分なだけ」


 木葉は恥じらいもなく、『びっくりした』と告げている。話しかけに来た女の子にビビってしまうのは失礼だろう。

 ただ話しかけてびっくりされたエリスは、顔をしかめていたが、そんな事は無かったかのように、エリスは笑う。


「やっぱり木葉って変な人。路地裏で悪い人達に絡まれてたし、臆病だし」


「そんな事言ったら、エリスはなんであんな路地裏にいたんだよ」


「私はただの迷子。屋敷の外に出る事は滅多にないから、たまに抜け出すけど迷子になっちゃうの!」


「どうやって帰ってきたんだよ……」


「……メアが迎えに来てくれた」


「俺達って面倒事を呼び寄せるなんかがあんのかな」

 

 木葉が冗談混じりでそう言う。

 エリスは一瞬不思議そうな顔をしたが、笑顔に戻り、木葉に冗談を言う。


「そうね。私達ってメアに迷惑を掛けるの上手いもんね」


「類は友を呼ぶって事だな」


「え? 何それ?」


 エリスは不思議そうに、木葉の言った言葉の意味を問いかける。

 木葉は気づいたような顔をした後に説明するため、1度目を瞑り、喉の調子を整える。


「類は友を呼ぶって言うのは、似た者同士は自然と集まるっていう意味なんだ」


「へぇーなら私達はもうお友達?」


「そういう事だな! それで友達からのお願いなんだが聞いてくれるか?」


「んーいいよ! 出来ることなら何でもする」


 エリスは自慢げに木葉を見て言った。

 木葉は『よし』と小声で言い、エリスに質問をしようとする


「何をする気ですか?」


 後ろからメアの声と殺気が感じられた。木葉はまずいと思いエリスに助けを求めようとするが、エリスは少し涙目になっており、助けを求めるのは無理と木葉は確信した。


「エリス様もこのような者とお友達となってはいけません。私の仕事が増えてしまいます」


「ご、ごめんなさい。でもね? メア、私お友達なんていなかったからこれくらい……」


「では私がいる前にしてください。メイドとしてエリス様のお近くに居たいのです」


 木葉には、メアがエリスに忠実なのが良くわかる。

 エリスと木葉の間に立ったメアは、木葉のほうに向き、睨みつける。


「怪しい行動はしないで下さいと言っていたはずですが?」


「いやこれは決してそういう訳では無くてだな」


「では説明していただきましょうか?」


 木葉はやばいと思い、少し言葉を止めたが、今ここで嘘を付けば、後々面倒な事になると思い、正直に話す事にした。


「いやな? エリスって頭いいだろ? だから少し戦闘のアドバイスと思いまして」


「……確かに頭がいいですが、戦闘の知識は全くありませんよ?」


「……はい?」


 メアの返答に木葉は首をかしげた。その言葉は戦闘知識は無く、今回の戦いではどれだけ頭が良くてもどうしようも無いという事だ。

 レイはエリスが頭はいいと言っていたが、戦闘による知識はあるとは言っていなかった事を木葉は思い出した。


「それでどうするんですか? 聞きたいことなのならば1度だけ聞いてもいいですよ。バスト以外なら」


「……エリス、誰でもいいんだ。なんか、今からでも呼べそうで強い奴とか知らない?」


「ごめん……私あまり人との関係が無いからそういう人は……1人だけいる」


 木葉は驚いた顔をしてエリスを見ている。メアは『私も知っています』と言いたいのか、物凄く誇らしげな顔をしている。


「それって誰か教えてくれるか?」


「アレスロイって言う人。前の騎士王の人で今日確かノアニールに戻ってるはずだけど」


「何故エリス様がそんな事を、知っているのですか?」


 メアも流石に驚いたのかエリスのほうを向き質問をした。

 前の世界でもメアは、アレスロイが帰っている事を知らなかった。

 それをエリスが知っているとなると誰でも不思議に思う。


「この間、敷地内に入ってきたけどすぐに出ていったから、多分まだノアニールにいると思う」


「それなら知っていても普通ですね」


「え? え?」


 木葉は1人会話の外にいる。エリスとメアを交互に見て、何も理解していない顔で言った。


「どういう事だ? 全然意味がわからねぇよ」


「私は魔力の感知が出来る範囲が狭いのです。エリス様はこの敷地内であれば感じ取れるのです。理解しましたか?」


「……凄いわかりやすくて教えてくれてありがとよ! この野郎」


 木葉は負けた感じがし、煽り口調でメアを煽った。それによりメアも少し不機嫌になり、木葉の言葉には返事をしなかった。


「エリス様、この者が無礼な事を、私が変わりにお詫び申し上げます」


「う、うん。大丈夫だよ。それでどうしたの? 戦闘ってどういう事?」


「お答えできません。エリス様はお部屋で大人しく待っていてください。そうすれば全て、この私が片付けます」


 エリスは不満げに木葉のほうを向くが、今回の事でエリスはじっとしておくべきだと思う木葉は、首を横に振る。


「もう! 分かりました。部屋で待ってます。でも終わったらちゃんと説明してね? メアも木葉も!」


「ご理解頂きありがとうございます。事が済めば、きちんと私の口とこの者が説明します」


「という事が悪いな。エリスは部屋でじっとしててくれ。だけど少しでも危ないと感じたら逃げろよ?」


「それくらい人間なんだから分かります!」


 エリスは少し不機嫌そうに部屋に向かう。その途中でこちらを振り向き


「木葉。絶対に負けないでね?」


 そう言うとエリスは「うー」と悩んだ挙句、そのまま早足で去っていってしまった。

 木葉は笑顔でエリスの背中を見る。そしてメアの方を見ると、メアは妬ましそうに木葉の顔を見ていた。


「エリス様のお言葉、感謝しなさい。私ですらも貰えない素晴らしい物です」


「あーはいはい。それで馬車の準備は出来たんだよな?」


「もちろんです。私は少し準備をしてくるので馬車に乗っておいてください」


 メアはエリスが向かった方向とは別の方向を向き、歩き出す。

 木葉は外の方へ向き歩き出す。

 人間は向く場所は違えど、行き着く場所は同じなんだなと、木葉は思った。


「さてと、僕もそろそろ話していいよね?」


「今はな。メアが来たら話しかけるなよ?」


「もちろん僕はそんな事はしないよ」


 馬車には人間1人と死者1人の声が聞こえる。正確には木葉にだけ聞こえる。


「にしてもエリスも馬鹿だね? アレスロイがいた所で、手伝ってくれる確証なんてないのにね?」


「うるせぇな。人の事いちいち言うならお前が首謀者殺せよ」


「死人に生者を殺せるわけがないだろ? 夢を見すぎだよ」


 レイと木葉の会話は相変わらず、煽りが多い。

 木葉に関しては煽りなのか本気なのか微妙な線を行くが、レイは確実に煽りだった。


「アレスロイはメアが何とかしてくれるだろ。あまりエリスに頼りすぎはダメだ」


「メアには頼るけどね」


 木葉は溜息を吐き、見えない空間に話しかける。

 メアに頼るのは仕方がない。頼れる奴が周りに存在しないのだ。

 仮にいたとしてもメアと同じようにここまで強い奴は居ないだろう。


「僕は強いよ。メアよりもね。僕をもっと頼ってくれてもいいんだよ!」


「死人に頼った所で後で命を奪われそうだからやめとくぜ」


 レイの自信ありげな言葉を、木葉は笑って誤魔化した。

 レイなら死んでいても人を殺せるかもだが、完全に信用しきった訳では無いので、頼る事は多分これから先、1度も無いだろう。


「そろそろメアがこっち来るね。あぁー君ともう少し会話をしておきたかったけど、それは死後の楽しみにしておくよ」


「不吉な事言うな!」


 レイはそう告げ木葉の言葉には返事をしなかった。

 木葉は溜息を吐きながら、メアがこちらに歩いて向かってくるのを見ていた。


「今度死んだらまじで正気が保ってられそうにねぇな」


 それは誰にでも理解できる普通の事である。

 理解は簡単だが、実際に行うのは難しい事だ。

 それはどんな戦場を歩いていても味わう事の無い絶望。

 木葉を理解できるのは木葉だけだった。だからこそ今回は今あるデッキを全て使っても勝たなくてはならない。

 次は無いのかもしれないのだから。


「申し訳ありません。準備に手間取ってしまいました。今すぐ向かいましょう」


「……そうだな目的地はノアニール王国中心部。目的は首謀者を殺す事だ」


 木葉のやる気はいつの間にか殺意に変わり、自信は憎しみに変わっていた。

 もう死ぬことに怯えていたらなんの恩返しもできない。世界を救う事で恩返しが出来るのなら、木葉にとって物凄く安いものだ。

 殺意を持たなければ、憎しみを持たなければ、自分を変えていかなければ、何も救えない、救われない。だから無理矢理自分を変えていこう。

 異世界に来て、会話もした事が無い木葉を助けてくれた、エリスの為に

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