第一章17『最凶は愛を知らない』
---ノアニール王国中心部まで---
「マジでノアニールまで1日くらいかかるのかよ」
「だから言ったでしょう? ノアニール王国中心部から屋敷は物凄く遠いのです。もっと早く出るべきでしたね」
「そうだな……」
「どうかしましたか?」
「いやなんかこうして2人で来たけど勝てんのかな?」
「確実に負けるわけではないのであれば、まだ勝機があります。何よりやってみなければ分からないというやつです」
「だよな! 勝てるよな! お前がいるんだし!」
「貴方って馬鹿ですか? 女の私がいれば勝てるとかいくら何でも有り得ません」
「弱い奴で悪かったな!」
「全くです」
「にしても……負けたら誰よりも早く死ぬんだよな?」
「……」
そこからメアは何ひとつ口にしなかった。メアも不安を隠しきれないのだろう。木葉はこれから起きる状況をこれから何度も体験する可能性がある。木葉の心配はそこだ。
死ぬ苦痛を味わい、ペナルティーとして痛みが襲う。木葉はこの世の誰よりも痛みを感じなきゃいけない。苦しまなきゃいけない。大罪人だから
死が存在しない死というのは、平等に訪れるそれを無かったことにする
これは立派な罪である
法律で裁けない
神という存在がいるのであれば、木葉はとんでもないことをした罪人だ。人の死を操る行為は殺人よりも大罪だ
「そんな事どうでもいいか」
---ノアニール王国中心部門前---
「早く通してください!」
「それはできません。国王陛下のご命令でここに入れるのは許可を得たもののみです。いくらメア様でも通せないのです」
「そんなこと言わずに通してください! 今はそれどころではないのです!」
「では理由を述べてください」
「分かりました……」
その瞬間中心部まで通じる門を見張っていたはずの騎士が倒れた
「早く行きましょう!」
そうメアが倒してしまったのだ。鎧で覆われていた頭にはメアの拳が直撃。そのまま鎧がへこみそのまま倒れてしまった
「おいあれ死んでんじゃ」
「あれぐらいで死ぬのなら騎士なんてできません」
「騎士って凄いのな」
「耐久力だけです」
鎧をいとも簡単にへこませるメアの拳は何事も無かったかのように鎧をへこませた様な様子は全くと言っていいほど無い。。目の前で鎧をへこませて、私へこませてないと言われてもなんか、分からない説得力で黙ってしまうかもしれない。
「この先ですね」
「なんで分かるんだ? さっきからものすごい量の扉あったぞ?」
「ここから先に膨大な魔力を感じられます。明らかにここです」
「マジかよ……この先にラスボスがいるってことだな」
「では中ボスはどこで?」
「さっきお前が倒した騎士だろうな」
「つまらない冗談をね騎士は中ボスどころか、そこら辺にいる虫と同じレベルです。この魔力と比べればですけどね」
「そこまでかよ」
木葉にはわからない何かをメアは感じている。この扉の先に木葉を1度殺した張本人がいる。だが木葉には不思議と恐怖は無かった。
「開けますよ……逃げるなら今だけです」
「ここまで来て逃げろとか悪魔だろ。どこに行っても死ぬってのに」
「では逃げないのですね。良かったです1人で死ぬのは流石に寂しいので」
「死なねぇよ……死なさねぇ俺がいる限りな」
「無能が今更何を……」
メアが無言になりゆっくりと扉を開けていく。いや遅く感じる。走馬灯の様なものだ。扉を普通に開けてもらっているはずがこの先にいる奴が放つ殺気に押され時間が遅くなっている様だ
---ノアニール王国中心部---
「やっと来たね。暇すぎて今から召喚を行うつもりでした」
「あなたが今回の黒幕ですね?」
「黒幕と言うのはちょっと違う気がするけど……そうだよ〜私が黒幕です!」
「すげぇ! すぐに認めやがった!」
「私がこの世界に終焉……いえ終焉をもたらす神獣を召喚しようと考えている黒幕ですよ!」
「清々しいって言うかなんというか」
「それでは話は簡単ですね。今からでも遅くありません。召喚をやめなさい」
「やめろと言われてやめる殺人鬼がいると思うの? エルフのメイドさん」
「……悪いメア少し聞きたいことがある」
「私にですか? 何でしょう? 穢らわしい」
「お前じゃねぇよ! 目の前の奴に少々聞きたいことがあるんだ。いいか?」
「構いませんですが相手の動きに気をつけてください。何をしてくるか分かりません」
「聞きたいことがあるならジャンジャン来ていいよ! 聞いてる途中に殺したりとかしないし」
「優しいのかバカなのか」
「それならバカだよ。ここで話してても時間の無駄だからね。それで質問って?」
「まずお前の名前だ。殺されるのに相手の名前すら知らないのはいくら何でも酷すぎるだろ」
「……そうだね〜確かに殺す相手の名前を知らないのは少々不便だよね。だけど私名前が無いんだ。偽名でいいなら答えるよ?」
「その偽名は王国で通るのか?」
「ある組織では通るだろうね」
「なんだか知らないが偽名でもいい教えてくれ」
「命令口調か……別になんとも思わないけど。私の名前はミナセ・レイ、偽名だけどごめんね」
「ミナセ・レイ……そのレイって誰から取った名前だ?」
「あれ? 気づいちゃった? レイって名前の人はこの世界で1人しかいないもんね。そうだよ、魔術師のレイ・ノアニールから取ったよ」
「理由まで教えてくれるわけないよな?」
「理由は私に世界を壊す為の力をくれた事、何よりあの方は世界を憎んで壊したかった。あの人の願いはこの世界の終わり……なら力を与えてくださったレイ様の為に私が世界を壊すのは道理でしょ?」
「意味わかんねぇよあいつがそんな事を……?」
「あいつ……? ねぇあいつってもしかしてレイ様の事を言ってるの?」
「ちょっと黙ってろ!」
「……」
木葉が願いを叶えると誓ってしまった。仮にこの世界の崩壊を願いとしているのであれば、世界を壊さなければならない。ただそれは口約束。それに世界を崩壊させたいのなら木葉に助言する必要が無い。木葉が死ねば世界は何度も滅びる。
「まさか……」
木葉が死ねば世界の崩壊は無かった事になる。だが木葉が世界を壊し、生き長らえたら……
レイは何度も滅びる世界を見たいのではなくて、1度だけでいい、永遠に終わらない絶望を望んでいる
「……もうこれ以上我慢出来ない」
「は?」
「君はレイ様の事をあいつと言った。あの方を……レイ様を……あいつと言った。許せない! あの方をあいつと! ご友人ですらない君が! 決定しました、世界が滅びる前に死ぬ者が……あなた方2人です」
「……嘘だろ。まだ聞きたい事あったってのによ」
「嘘ではないようですね。どうでもいいです。こいつさえ殺してしまえば、エリス様の日常が続くのですから」
「私を殺せると思ったら大間違いです。この私を何度も苦痛に耐え、レイ様に認められたこの私を……殺せると思うなよ?」
「メア……いけるか?」
「隙だらけです。1発食らわせれば終わるでしょうね」
「……逆に言ってしまえば1発さえ食らわなければ、私の勝ちなんだよ」
「私を舐めているのですか?」
「……君達とって残念な事ですがもう召喚は完成しています」
「何ですって!?」
「嘘だろ?」
「嘘ではありません。召喚は完成していますがまだ足りません。曇っていては召喚が出来ない。夜は出来ないのです。朝になりその姿が現れる。目に見えるほどの絶望が朝になれば良く見える。苦しい思いをしながら死ぬのは見ていて滑稽だと思うんだよ。何せ私は誰よりも苦しめられた。生というのは苦痛でしかない。死こそが救い、今から全ての者を救う。だがそれだけでは私がつまらない。ここまでの努力をしてきたのに救われるだけだなんて、酷すぎる。だから朝でないとダメなんだ。よく見えなくてはいけないんだ」
「……では朝まで召喚が行えないと言うことですね。なら日が昇るより早くあなたを殺します」
「君結構強いんだ?」
「はい?」
「そこの後ろの男の子よりよっぽど強いんだ?」
「ぐうの音も出ない……」
「どういう意味ですか?」
「いやいや強いなら本気を出すべきかなってね」
「本気ですか……?」
その瞬間に狭いようで広いこの部屋に何かが満ちた。目の前にいる女が口を開けたと同時に妙な緊張感が襲う。危険が近い。逃げなくては殺される。だが逃げることすら許されない
足が動かない、脳が働かない。女が口をしばらく動かさなくなったと思ったら隣で少女が倒れた
「あッあ」
「おいメアどうした! おい!」
「が、あ、あ」
「メアしっかりしろ! どうしたんだ!」
「あッがう」
「お前! メアに何をした!!」
「今どういう状況か分からないけど、君の知りたいことは分かる。私は彼女を内側から燃やしてるんだよ」
「内側からだと……?」
「そう! レイ様がサラマンダーを殺した禁忌の魔法! 【インビジブルフレア】まあ禁忌と言うからには使う時にそれなりの代償があるんだよね。視力が無くなるんだ。世界が苦しむ姿を見たかった私にとっては使いたくない魔法だったけど、想定外の事態になる事も考えの中に入れなくてはいけないんだよ」
「なんでだ……なんでお前はこんな事するんだよ!」
「私はある組織に誘拐され黒魔術を教えこまれ、指から切られ体を焼かれ治療されてその繰り返し。なんで私がそんな苦痛を味わなくてはいけなかったの? ただ普通に幸せになりたかっただけなのに……」
「お前が幸せになりたいだと? こんな事を考える奴に幸せになれる訳ねぇだろ! てめぇはどんな理由があろうとやっちゃいけないことをしたんだ! 幸せがある訳ねぇだろうが!」
「もし誘拐されなければ、拷問されなければ、あの人が向かいに来てくれさえすれば、私はこんな事しなかったかもね」
「てめぇの事なんか知るかよ! それはただの言い訳だ! お前がそれを望んでいたならやめておけばよか……」
あれ?
「ん? どうしたの? 言葉が途切れたけど」
「あッ」
声が出せない、苦しい、耐えられない。死が近づいてくる。瞼を閉じてもその瞼の裏にある死が
「あ〜この感じは呪いか……どんまいだよ。どっちみち死ぬ命だったんだね。可哀想に私と同じだね。ならせめて楽に死なせてあげる」
「や……め……」
そいつの手が近づく、苦しいまま死ぬのなら、いっそ楽に殺してくれるのなら、それもいいかもしれない。変えられなかった未来を変える。きっかけになってくれるならそれで
「……」
もうどうにでもなれ
「……君も大罪教の素質があるみたいだね。私と君はよく似てる。だからこそ君はまた何かを変えられる。死ねばやり直せるのだろ? 良かったじゃないか……そうだ! いい情報を教えてあげる。大罪教は始末した方がいいよ。私に出来る魔術干渉もここまでのようね。サヨナラ 名も知らぬ大罪人」
---???---
「おかえり……来て欲しいようで来て欲しくなかった」
「俺もできればここには別の行き方で来たかったな」
「……負けたんだね?」
「どう見たってそうだろ。負けたよ、何ひとつ分からないまま」
「だけどこれでは最後ではない、君はとてつもない力を持ってる。その力を上手く使えば君に守れないものは無い」
「だけどどうすればいいってんだよ。お前が三大英雄のサラマンダーを殺した禁忌の魔法だぞ? 普通に考えてどうしようもないだろ」
もう絶望しかない。どうすることも出来ない。英雄と評価された人物を殺した禁忌、そんなのを一般人である木葉とメイドであるメアにどうすることも出来ない。
最初から勝ち目なんてなかった。
「普通に考えればね」
「……は?」
「メイドのメアを殺した禁術は【インビジブルフレア】この禁術はしたから数えた方がよっぽど早いんだ。禁忌と言うからには他の魔法とは桁外れだけど、今生きてる者でこの禁術をどうにか出来る奴なんて指で数えられないほどにいる」
「だとしてもだ! メアはそれに殺された! それを事前に知らせていても見えない炎何だろ!? どうすることも出来ないじゃねぇか!」
「メアだけに助けを求めるのは間違いだと言ってるんだよ」
「……お前それってエリスまで巻き込めってのか!」
「これは生きる者全てを巻き込んでの話だ。誰かを巻き込みたいというのは通らない」
「俺はエリスは巻き込まない! 心に決めたんだ!」
「……君はその程度の覚悟で世界を救おうとしてるのかい?」
「……」
「まあでも僕も悪魔じゃない。エリスを巻き込めとは言わない。でもメアだけでは足りないのだろ?」
「……あぁそうだ」
「僕から助言だ。インビジブルフレアは暗ければその力を最大限に発揮する。なら逆の朝はどうだろうか?」
「最大限発揮出来ないから勝機が上がる……」
「正解! それに1度でもインビジブルフレアを避けてしまえば相手は視力を失くす。より有利になるんじゃないかな?」
「……そうか」
木葉にはまだ疑問がある。奴はレイが力を与えたと言った。
もしそれが本当なのならば、この言葉も罠ということになる。だがそこもまだ謎だ。レイほどの魔術師がこんな簡単にバレるようなことをするのだろうか?
「僕だったらその裏の裏の裏の裏を狙うね。相手がずっと悩まみながら戦ってくれるのなら、僕が勝てる確率が高くなるからね」
「……お前心読んだのか?」
「僕は君の事をすべて知ってると言っただろ? それに最強の魔術師が心くらい読めててもおかしくない」
「なら話が早いお前はあの屑に力を与えたのか?」
「……屑呼ばわりか……答えだけを言っちゃうと僕は力を与えてないよ?」
「は?」
「僕は契約した者にしか力を与えれないからね。それにあそこまで馬鹿な奴と契約するなんて以ての外だよ」
「誰かと契約してそいつが渡したってことじゃないのか!」
「……僕は軽い女に見えるのかい? 僕が契約した人間は水瀬木葉、君一人だよ」
「……なんだと?」
「僕は君だけと契約を結んだ。僕は生きてる間で契約したことも無ければ死んだ後も契約をしたことが無い。君以外とはね」
「ならあいつに力があるのは……」
「日頃の努力か他の誰かに力を与えてもらったってことだね。僕が力を与えて世界を壊してもらうなら魔神獣の召喚なんてめんどくさい事はしたくないからね」
「なら他の誰かから貰ったってことが1番有力だろうな」
「何故だい?」
「だってあいつは誘拐されてたんだろ? ならその努力をする余裕もないと思うぞ?」
「いい所に気づいたね。そうだね。力は僕ではない他の誰かに貰った。僕に貰ったと思い込んでるのはただの片想いだろうね」
「話をまとめるぞ。禁術の存在をメアに知らせる。朝までに戦闘を終わらせる。後は命大事にか?」
「そうだね」
「扉出してくれ」
「ん? いいのかい? ここを出ればすぐに君は激痛に襲われる。ここで少しでも休憩をした方が……」
「どっちみち激痛は逃れられないんだ。それが少し早まるだけだろ」
「……ふふ、そうだね。扉を向こうに作っておいたよ。好きな時に出るといい」
「ありがとよ……俺は信じてるからなレイ・ノアニール」
木葉がゆっくりと歩き出し扉へ近づく、そうしてこの世界から木葉という存在が無くなる。また1人になった少女は僕という単語を使わずに独り言を始めた
「いつでも信じてもらえるように私頑張るから……木葉も大罪人に堕ちないように頑張ってよ」
小さいその口で喉を震わせながら死んだ少女は言う。その赤い瞳から少量の水を流しながら