第一章13『愛しい人は死を急ぐ』
見慣れた光景、1度見たようで見た事がない異様な感覚
「やっと起きたかい?」
そんな不思議な感覚を消すかのようにその女の声は木葉の耳の内側から聞こえる。
「お前かよ」
木葉はその女を知っている。
自分の心が崩れている所に漬け込んで変な事を誓わせた女。
「漬け込んだとは心外だね?」
女は木葉の心を見透かしそう答える
「お前心まで読めるのか?」
「勿論。そこらの奴らと同じにしないでほしいね」
「俺は今この世界に来てから1度もお前以外の魔法使いにあってねぇよ」
「会ってるじゃないか、あのハーフエルフの娘に。あの娘魔法使えるよ? それで君の傷を直したんだから」
「……だよな」
エリスが魔法が使えるなんてことは、木葉の中では当たり前の様な事だった。
木葉は魔法が使えると教えて貰っていなかった。それと同様にエリスは木葉にしてきた事を覚えてすらいなかった。
「酷い話だよね。仕えてくれた人の事忘れるなんてね」
その女は心を見た上で嫌味を言い放つ
木葉の前で。木葉の覚悟と言う名の壁を壊して怒りと言う感情が近づいてくる。
「お前嫌味なら俺のいない場所でしろよ。殴るぞ」
木葉は殴るぞと冷たい言葉を吐き口を止めた。理解している。この女には殴ったところで分かるはずがない。この女は人間としての何かが外れている。
「女の子に殴るなんて物騒な。でも何でかな? 君はエリスの事でそこまで怒る必要無いと思うけど?」
確かに言われてみればそうだ。今回の世界を救うなんてのは自分が死なない為の自己中でしかない。人が死を恐れるなど当たり前の事
だがその感情を壊してまでエリスの嫌味に対し起こる必要も無い。
「そんなの俺の勝手だろ……」
木葉は困惑を隠せない。何故そこまでエリスの事で怒りがこみ上げるのか。
木葉のこの力があれば、王はともかく市民をまとめあげる様な人物にはなれるはず、エリスにこだわる必要性もない。
「彼女が君を縛る鎖なら僕がその鎖を断ち切ってあげてもいいよ?」
エリスが鎖ならその断ち切るはエリスを殺すという事に違いない。
木葉はそう判断してしまう。
エリスを殺すという言葉を聞き木葉は今までにない怒りを爆発させる
「黙れよ! エリスを殺すだと!? 今までに俺があの娘の為に嫌な思いしたのをお前は知らないのか!! 知ってんならそういう事言うんじゃねぇよ!!」
「え?」
木葉も想定していなかった言葉が流れる。木葉はエリスに仕えている間、嫌な事は一切なかった。
寧ろ自分が自分を救ってくれた人に仕えて嬉しい気分だった。
「ごめんね。僕も言い過ぎた。だけど僕も言わせて欲しい。君は覚悟が出来ないが為に無意識に逃げ道を探している。エリスを救いたいなら、覚悟なんて肩書き捨てて、自分と向き合ってみたらどうだい?」
「俺が逃げてるだと?」
「あぁそうだよ。君は逃げてる。ここに入れば時間が過ぎない事をいい事に逃げてるじゃないか。本当に逃げ道を探してないと思うなら、僕は少し覚悟が足りないと思う」
確かにここに入れば時間は過ぎない覚悟なんて言葉を並べてその裏では、逃げ道を探している。自分の助かる道を
「でもいつまでもここにいられる訳じゃない。この空間には人間が長居できるほど甘くない。最悪の場合脳が溶けて死ぬことになる」
「はは……そりゃ怖いな。そしたら2回目の死はそれになるな」
「あぁだから本当に出なくちゃ行けない時は言うからね? その時は怒らないでほしい」
木葉はこの言葉に対しある感情が芽生えた。この女だけは今自分の状況を真正面から見てくれる。巻き戻りなんて下らない物を手にした木葉を悪用する訳でも無く、ただ1つの目的を果たすだけで木葉の味方になってくれる。
その目的こそ分からないが木葉は自分を正面から見てくれる人は、本当に久しぶりだった。
だが木葉はそんな人に対し失礼な事を言ってしまった。木葉に芽生えた感情は感謝と罪悪感、木葉はその問いに対し少し考え答える。
「その必要はもうねぇよ。俺は今からここを出る!」
「え? 君ここから少しでも出れば、絶望しかないのを理解していないのかい?」
「どっちみち絶望しかねぇ。期限に怯えながらここに居るくらいなら、出て早く世界を救いに行くしかねぇだろ!」
「そんなコンビニ感覚で行くような事じゃないんだよ? もう少し考えてからでも遅くない! 君は自分をもっと大事にするべきだ!」
「そうやって何度も何度も遅らせて来た結果がこれだ! 全く知らない世界で全く知らない女の子に会った、オッサンに会った、メイドに会った。そいつらはそんな知らない俺を救ってくれた。なのに世界が滅びると同時にそいつらが死ぬのは俺のプライドと命が許さねぇ! 何も出来ずに居るくらいなら少しでも多く1つの事を積み上げて行くべきだろ!」
「それが君を絶望の世界へと引き入れる招待状だとしてもかい?」
「招待状としてもだ! 俺は何としてでもあいつらを救う! 何よりエリスを救う! 俺は誓ったぞ! 俺を救ってくれた。俺を恥ずかしい思いをさせた奴を救ってやる! 今度は俺の番だ!」
「昔も今も君の番は訪れていない。その理由が後先考えずに行動するからだ……僕の意見も聞かないから君はさっき落ちたろ! 君は自分の無力をもっと知り僕を頼るべきだ!」
「人に任せっきりなのが俺の悪い癖だ。後先考えずに行動して起こした結果が悪い結果なら、それとは別の行動をすればいい! 迷った結果そこで俺の精神は終わりだ! お前の目的も果たしてやる。パートナーにもなってやるよ! だから今ここを出せ! これから英雄として崇められる俺をここから!」
「……ふふ」
「なんだよ!?」
「やっぱり君は面白い。向こうの扉に出口を繋いでおいた。タックルするなり扉を倒した後に飛び降りるなり君のカッコイイ出方をするといい」
「おいおい冗談だろ?」
「俺はいつでもカッコイイだろがよ」
「よく見て聞け最強魔法使い」
「お前にも勝てる魔法を教えてやる」
「悲しい顔をするな笑え!」
「一緒に明日の天気を考えようぜ!」
木葉はそのまま扉を開け振り返らず元の世界に戻る。
「明日の天気を一緒に考えようか。確かに僕を倒せるかもね。はは……頑張ってくれよ? 僕の最愛の人」