第一章9『英雄殺し』
扉の先には、この世界に来てよく見た天井、壁、少なくとも絶望と呼べる
絶望などここにはない。
「何なんだよアイツ」
「……アイツって誰の事?」
返事が返ってきた。
この世界に来て会った女の子の声だ。そうエリス。
「あれ? どうしたんだエリス?」
「急にどうしたんだって……なんで名前知ってるの?」
「え? だってそりゃ君が教えてくれたから」
「……私自己紹介した覚えは無いのだけれど」
「あれ?」
記憶がごちゃ混ぜになっている。
確かに木葉はエリスから名前を聞いている。だが本人は自己紹介をした事がないと返してきた。
「どういう事だ?」
「どうしたの? まだ傷痛む?」
「傷?」
エリスがベッドの近くにいて、傷の心配をしている。少なくとも昨日は怪我などしていない。
あの女の声が聞こえる。
『絶望を嫌でも知ることになる』
意味がわからない。今こうして思い出してしまうのも。
「なぁエリス」
「どうしたの?」
「……メア怒ってるか?」
「……どうしてメアの名前を?」
「え? そりゃ俺の上司だし」
「え? 上司?」
「ん? いやだから俺メアと一緒に仕事してただろ?」
「……何を言ってるの? メアはいつも1人で仕事してるけど?」
「え?」
おかしい。俺は確かに働いた
でもエリスはメア以外働いてる奴はいないと言った。
「え? いやだって俺風呂掃除とかしてたろ?」
「え? いつもメアが1人でお風呂掃除してるけど?」
どういう事か分からない。
エリスの言ってることが全然。
他の仕事もしたが風呂掃除は3日だけだけどちゃんとした。
嫌な予感がした。
「……うっ!?」
「どうしたの?!」
「痛い!! イダイ!! イタイ!!」
「どうしたの!」
激痛が走る。身体中を駆け回っている。1箇所だけではない。体の隅々が痛い。受けたことのない激痛。
例えるならゆっくり、ナイフを刺しそれをゆっくり上へ上へとやっているようだ。しかしその痛みはすぐに引いた。
「痛い?」
「どうしたの! まだ治ってない傷があったの?!」
「痛い? いや痛くない大丈夫だ」
「ほんとに?」
「ほんとに大丈夫だぜ」
大丈夫なはずが無い。痛みは無くなったが、記憶に深く刻まれている。
「……少し眠らせてくれないか?」
「え? うん、良いけど」
「ありがとう」
「でも後で事情聞かせてね?」
「おう! 眠くなるまでちゃんと聞かせてやるよ!」
「はい! おやすみ」
「――――」
「やぁ」
「やぁ……じゃねぇ!」
「なんだい? 反抗期かい?」
「そんなことはどうでもいい! 俺の身に何が起こったかお前は知ってるはずだ! 答えろ!」
「そう怒るなよ。僕はか弱い女の子なんだから、あまり怒られると泣いちゃうぞ?」
「……どこがか弱いだ!」
「どこを見てもか弱い女の子でしょ!」
「やばいどこ見てもか弱く見えねぇ!」
「真実を知ってる魔法少女が泣くよ」
「……お前気持ち悪いな」
「心外だな! 僕は事実、君のことを何もかも知っている! 君が風呂にいつ入るかも知ってるぞ!」
「それが気持ち悪いつってんだろ!」
「……え? 好きな人の風呂の時間分かってたら気持ち悪いの?」
「いやそれってストーカーだからな? それにさり気なく告白してんじゃねぇよ!」
「僕は正直者だからね。好きな人なら尚更正直に話すよ」
「……その好きってどういう意味の好きだ?」
「……君って僕のことどう見えてるの?」
「キチガイ、ストーカー、変態、悪趣味女」
「……やっぱり君を嫌いになれないな」
「……やっぱり俺は嫌いにしかなれないな」
「僕が君のことを好きな理由は三つある。1つは君の隠してる秘密、2つ、君の行動、3つ、君の執着心、四つ目は君のことを信じてるからだ」
「……あれ?3つって言わなかった?」
「……言ってないよ」
「てかそれって実験台のモルモットじゃねぇか!」
「そうだよ? 君はあくまでモルモット」
「ふざけんなよ!」
「僕は至って真面目さ」
「どこが真面目だよ!」
「僕のどこが真面目か語ると気づかないうちに朝になってたりするけどいいかな?」
「……お断りします」
「物分りが良いのも君を好きな理由だ。僕のような人の言葉などどうでもいい。僕は君の言葉を聞きたい」
「……やっぱり気持ち悪い」
「……君って振り出しに戻るの好きかい?」
「いや嫌いだ。同じことは何度も繰り返したくないね」
「その言葉が嘘かホントか未来が見える僕には分かる。それは嘘だね」
「は?」
「さぁ始めよう。こんな下らない会話なんてやめて、これから君に起こることを話そう!」
「お前何言ってんの?」
「みんなが待ってる」
「は? みんなって誰だよ?」
「僕は王国最強の魔法使い、三大英雄を殺し、世界を崩壊へと導いた魔女」
「それで君のことで聞きたいことがある」
「……君ってお茶会した事ある?」