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迷子・遺失物受付担当スタッフ コノミの話

「ついに、ついに、私の番だ……!」


 私はやっとあの話が出来ることに興奮していた。

 ユリが心配そうな顔で聞いてくる。


「コノミ、そんなに怖い話なの?」


 私はビールをぐいっとあおり、勢いづいて話しだした。


「怖いというより、話したくて仕方なかったの!

 でも、支配人とこの話は漏らさないようにって約束してたから、遊園地が閉園になるまで我慢したのよ!」


 シュウが眼鏡の奥で目を細めた。


「もしかして、ランドで子供が誘拐されてたって噂は本当だったのか?

 ランド側も警察沙汰になったら困るから、金でこっそり解決したとか」

「そんな風に伝わってるんだよね、やっぱり」


 知っている者特有の優越感が、私を饒舌にする。

 私は声を少し落として、こそこそと話しだした。


「そうそう、遊園地の七不思議の一つは、子供がいつの間にかいなくなる、って話。

 まあ、子供がはしゃぎすぎて迷子になるってのはよくあることなの。

 大抵気付いた人やスタッフが泣いてる子供を受付まで連れてきてくれる。

 子供は入り口近くの迷子ルームで親を待つの。

 ぎゃあぎゃあ泣く子もいれば、大人しく待っている子もいる。

 ルームにもおもちゃはたくさんあるから、親が迎えに来てもなかなか一緒に帰ろうとしない子もいたわ。


 あの七不思議の元になった出来事が起こったときは、夏休みも終わり頃だった。

 閉園の一時間くらい前、ナイトパレードが終わった後、空のベビーカーを押して迷子の受付に駆け込んできた夫婦がいたの。


『うちの子、保護されていませんか!』って。


 奥さんのほうは茶髪でお洒落してて若そうだったけど、すごく疲れ切った顔をしていたから、散々探した後だったんだと思ったのよ。

 旦那さんのほうも、迷子ルームの窓に張り付いて自分の子供がいないか確認していた。

 でもね。その日は夕方まで雨が降っていたから、お客の入りも少なくて。

 迷子ルームの中は空っぽだった。


 きっとまだ園内で親を探しているんだと思って、名前と服装を聞いて、すぐ園内放送をかけたわ。

 今でも覚えてる。藤岡カズヤ君、三歳。服装は青のサロペット。

 今日はお客さんも少ないし、すぐ見つかりますよってご両親に伝えたんだけど……ものすごい剣幕で、今すぐ探せ、スタッフ全員で探せ、誘拐だったら警察呼ぶぞって怒鳴るのよ。

 困った人達が来ちゃったなあ、と思って。

 時間稼ぎに、どこで見失ったのかを尋ねたの。

 そしたら、どうもおかしいのよ。

 家族でジェットコースターに乗ってからだって言うの」


 元ジェットコースタースタッフのユキが、首を傾げた。


「あのジェットコースターは120センチからよ? さすがに三歳じゃ無理でしょう」

「私もそう言ったら、三歳の子供をベビーカーに放置して乗ったと言い出したの」


 ジェットコースターの入り口には、規定に満たない子供の一時預かり所がある。

 どうしてそこに預けなかったのかと聞くと、託し所のことは知らなかったの一点張りだった。

 ユキが真剣な顔で続けた。


「で、乗り終えて帰ってきたら、姿が見えなかったというのね」

「そうなの。

 でもね……その日は夕方までは雨が降っていたこともあって、ジェットコースターは一日運休中だったの。

 動いていないアトラクションに、どうやって乗るの?」


 そんなの怪しすぎるわ、とカヤネも口を尖らせた。


「どうしてそんな嘘をついたのか、追求はしたんでしょうね」

「それはまあ……なんというか、激怒してるお客さんに嘘ついたでしょ、とは言いづらくて……結局、支配人さんが出てきてくれたのよ」


 でっぷりと太った支配人さんにも、最初旦那さんはくってかかり、奥さんはおろおろしながら泣きそうな表情で訴えていた。

 しかし『上役が出てきた』効果もあり、支配人も絶対に見つけます、と太鼓判を押したので、二人とも少しは落ち着いて別室に入り、座ってくれた。


「それで今度は、入園チケットを見せてもらったのよ。

 チケットには入園時間が記録されるから、その時間の入り口の防犯カメラに映っているはず。

 その子が当日どんな格好をしていたか、よく見てみようと思ったの。

 夫婦は、夕方雨が上がってから入場していたわ。

 二人はよく映っていたけれど、肝心の子供は雨よけの覆いでベビーカーが覆われていて、全然見えなかったの。

 でもね。映像を拡大したら、ベビーカーから足がはみ出していた。

 夏なのに、もしゃもしゃした茶色い毛皮の靴下を履いていたの」


 おかしいな、と思ったのはこれで二度目だった。

 しかし、支配人に話そうと私が別室に戻ってきたら、さらにおかしなことになっていた。


「あれだけ機嫌の悪かった旦那さんが、スマホで話しながら、しきりに笑ってるのよ。

 奥さんも、ときどき吹き出したりして。

 私が監視カメラの映像を見に行ってた十分くらいの間に、何があったんだと思ったわ。

 そしたら、旦那さんがスマホを切って説明し始めたの。

 

 祖母が偶然ランドに来ていて、うちのカズヤを連れて帰ってしまったみたいです。

 今、家に元気でいるそうです、って。


 人が変わったみたいに、ご迷惑をおかけしてすみませんって笑顔で謝ってた。

 私も、支配人もぽかーんとしちゃった。

 あんなに強気に出てて、もう警察呼びますから! くらいの勢いだったのに。

 大体、おばあさんが偶然ランドに来て、偶然孫を見つける確率って、どのくらいなの?」


「多分、天文学的確率だよ」


 ショウがそう言って、眼鏡をくいっと上げる。


「そうよね。釈然としないまま、その二人を出口まで見送った後。

 受付に戻ったら、高校生くらいのカップルが落とし物を届けてくれたのよ。

 風船がくくりつけられた、大きめのふわふわしたテディベアだった。

 木に引っかかっていたのを、子供がうっかり手を離してしまったんだろうって思って、登って取ってくれたみたい。

 ……青いサロペットを着た茶色いクマで、タグにカズヤって書いてあったわ」


 マユカも、私と同じように怒ってくれた。


「なんかもう、その夫婦に馬鹿にされたみたいな気分ね!」

「私もそう思ったわよ。とにかく、勝手な夫婦に腹が立って。

 どうしてそんなことをしたのか、そのときは全然気付かなかった。

 でも、二日後にね。

 私服警官がやってきて、私と支配人をこっそり呼び出したのよ。


『実は、藤岡さんというかたの息子さん、カズヤ君というのですが、昨日一人で家を出たまま行方不明になっていましてね。

 一昨日、家族でこの遊園地に行ったというのですが、何かご存じでしょうか?』


 ああ、アリバイ作りだったんだなあって直感したわ。

 カズヤ君は、昨日いなくなったんじゃない。

 一昨日から、クマのぬいぐるみをベビーカーに乗せて、迷子になったと派手に騒いで生きているように見せかけていた。

 あのカップルがいなければ、私たちは犯罪の片棒を担いでいたかもしれなかったわ。

 もちろん、私たちは事情を話して警察にテディベアを渡した。

 しばらくして、新聞に記事が載ったのよ。

 地域誌の小さな事件欄だったけれど。


『冷血夫婦、三歳の息子カズヤ君を殺害容疑で逮捕』ってね。

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