観覧車スタッフ マユカの話
「観覧車の七不思議は正真正銘、本当に私が体験した話なの」
マユカが開口一番そう言ったので、私たちは色めき立った。
彼女は声を潜めて、楽しそうに語り始めた。
「そうね、もう夏の終わり頃だったかな。
閉館時間になって、点検も終わって、先輩達はもう先に帰っちゃってた。
私も急いで帰ろうとして、観覧車の監視台の鍵を閉めようとしていたの。
そしたらね。
聞こえちゃったのよ。
小さい声で『ダシテ、ココカラダシテ』って。
子供の声みたいな、でもどこか抑揚がおかしいような、不思議な声でさ。
実は、二、三日前から先輩達の間では既に噂になってたのよ。
誰もいないのに観覧車から子供の声が聞こえたって。
最初は誰かが閉じ込められているんじゃないのって、観覧車のスタッフ総出で探し回ったけれど、誰も見つけられなかったんだって。
その話を聞いてたから、私、滅茶苦茶怖くなってしまって。
監視台から早く離れたくて、荷物を引っ抱えて走って階段を下りたの。
もう暗かったし、しかも慌てちゃっててさ。
一段降り損ねて、倒れて鞄の中身を全部地面にぶちまけちゃった。
そしたら、また声が聞こえてきたの。
今度は、もっと近くで。
『ダシテ、ココカラダシテ、タスケテ!』
パニックになって、私、何しようとしたと思う?
今だから笑えるけどさ、私、警察に電話しようとしたの!
馬鹿でしょ?
通報したところで、その得体の知れないものがいなくなるわけでもないんだから、さっさと逃げればいいのに。
でも、もうそれしかないって思いこんじゃってた。
それで地面に散らばった荷物の中から、必死でスマホを探そうとしていたの。
そうしている間にも、後ろから声が近付いてくるの!
『ダシテ、ダシテ、ダシテ、オカアサーン!』
もう私の心臓も限界よ。
そのとき、長方形のケースがやっと手に触って、私はそれを握りしめて夢中で電源を入れた。
そしたら、光った画面ごしに見えたの。
私の後ろに、何かが近付いてきているのが」
聞いている私たちも唾を飲んだ。
さすが、自分が体験しただけあって、マユカの話は妙に怖い。
合いの手すら入れたくなくなるような雰囲気がある。
が、マユカはそこで急に吹き出した。
「私の後ろにいたの、何だったと思う?
小さくて黄色いインコよ!
かわいいセキセイインコが、ぴょんぴょん地面を跳ねながら、
『ダシテ、ダシテ、ダシテーー、タスケテー! オカアサーン!』
って声真似してたの!
もう拍子抜け。
しばらく放心状態でさ。
鳥も、しばらく私のうしろで『ダシテ、ダシテ』を繰り返してたけど、いざ捕まえようと後ろを向いたら、飛んで行っちゃった。
あんな小さな鳥のせいでパニックになった自分が馬鹿みたいで、結局皆にも言い出せずじまいだったの」
私はがくり、と肩を落とした。
「なーんだ、心霊現象でも何でもないじゃない」
「うん、この話自体は、そんなに怖くはないんだけど」
マユカは、可愛らしい顔をふと曇らせた。
「でも、後で考えたらさ。
セキセイインコがそんなことをずっと繰り返していたってことは、その言葉を繰り返し教えた飼い主がいるわけよね。
……一体、飼い主はどんな目に遭ってたんだろうって。
どんな場所で、あの鳥は「ダシテ」とか「タスケテ」とか覚えたんだろうってね。
すごく気になったけれど、もう鳥はどこかへ行った後だったし。
せめて、飼い主が無事だったらいいんだけど……ね」